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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第一章
30/163

カオスの原因

 アリエス・ルーゼリア・ヴィル・ラライファ・ウィーズは年齢に反し小柄だが、彼の大戦では優秀な戦績を収めた強者である。


 そんなアリエスは教師としてライディール魔導騎士学校に在籍している。


 アリエスは本日もいつものように職員室から出席簿と授業に必要な教科書――現在の場合は魔法に関する教科書を持って今年担任を持つことになった一年SSSクラス、つまりは学年最上位の実力者、または将来有望な生徒を有する教室に向かっていた。


 アリエスは授業開始間際で誰もいない廊下をつかつかと歩いていた。


 その途中、上りの階段の踊り場でアリエスを待っているらしい一人の女生徒が、浮かない顔で待ち伏せていた。


 アイリア・ヴェースタン・ディ・ライノア。今期新入生のトップを争う有力な実力者である。


 その顔を見て、アリエスは何の用件かを見抜いた。


「……昨日の夜の件か」


 アリエスが来たことを視認したが口を開かないアイリアへの軽い気遣いとして、先に用件を当てた。


「……はい。昨日は外出禁止時間に外出したこと、申し訳ありませんでした」


 憂鬱な顔で深々と頭を下げた。良くも悪くも真面目なアイリアは、規則を破ったことに対して負い目を感じているのだろう。それが分かったアリエスは、


「……理由は分かっている。対処出来たのに対処しなかったのはこちらの責任でもあるしな。特に処罰はしない。それに、どこかのバカと違ってアイリアは正直に謝罪した」


 アリエスは苦笑して言った。出来るだけアイリアが負い目を感じないようにするための言葉だが、それと同時に真実でもあった。


「えっ? ルクス……ヴァールニア君はこちらに来ていないのですか?」


 しかし、アイリアは不思議そうに聞いた。アイリアはどこかのバカ――ルクスがこちらに来ているものと思ったらしい。……さりげなくどこかのバカが通じていた。


「ん? 同じ部屋だろう? 行方ぐらいは知ってるんじゃないか?」


 アリエスはルクスの行方を知らないかのような物言いに疑問を覚え、聞いた。同室とは言え全てを把握している訳でもないが、大体の予測はつけられると思っての疑問だ。


「いえ。彼は毎朝私とフィナが起きるよりも早く起きて早朝の散歩とやらに出て、帰ってきてからシャワーを浴びて準備をするのですが、さすがに昨日の件もあって早起き出来ないと踏んでいたのですが、私が起きた時にはもういなくて、帰ってこなかったので。いつも同じぐらいの時間に帰ってくるのでおかしいとは思いつつも登校しましたが、制服に着替えていなかったのでこちらには、やはり来ていませんか」


 ルクスの散歩と言う言い分は疑っているようだが、今朝から行方不明だと言うことを伝えた。


「……要するに、いつになっても帰ってこない夫を待つ妻のような感覚だと言いたい訳か?」


 ニヤリとからかうように言った。


「……そんなんじゃありません。それより、昨日の件、裏に誰かがいることははっきりしたのでその報告も兼ねての謝罪です」


 アイリアはぷいっとそっぽを向いて言う。……その頬は少し赤かった。


 しかしすぐに顔をキリッと引き締めると真剣な声で言った。


「……教室まで歩きながらでいいか?」


 アリエスは言って確認せずに勝手に階段に足をかける。


「……はい。それでは、昨日の件に直接関わった当事者として、報告します」


 アイリアは文句一つ言わずにアリエスについていく。そして、昨日の出来事を持ち前の記憶力で出来るだけ詳細に話した。


「……なるほどな。こっちでも調査はしてみるが、ミャンシーを生け捕りするかして尋問したかったな」


 アリエスは犯人であるミャンシーを倒したと聞くと、苦笑を漏らした。


 生き証人程有力なモノはないからだ。


「……すみません。彼が倒してしまったので」


 アイリアはここにいても謝らないであろうルクスの分も謝罪した。


「……まあ、あのバカはいい。私の方でも裏の件に関して探りを入れてみる。お前はこの街を守ることに集中してくれ」


「はい。……ですが、探りを入れると言ってもどこから?」


 アイリアは見当がつかないらしく、聞いた。


「……ライディールを執拗に狙う理由を考えてみろ」


「……そうですね。ライディールはディルファの中心都市ですから、ディルファに恨みを持つ者、などですか?」


 アリエスに言われてアイリアは顎に手を当てて考えながら言った。


「……三角だな。ディルファに恨みを持つ者の犯行なら、王都を直接狙った方が早い。ディルファを狙っているなら、ライディール一つに手の込んだ策などいらない。余程慎重なヤツでもなければな」


 アイリアの考えに、しかしアリエスは首を振った。


「……つまり、ディルファではなくライディール単体で狙っていると考えた方がいいと言うことですか?」


 アイリアは思案顔で尋ね、アリエスはそれに満足そうに頷く。


「ああ。ライディールが狙われそうな理由、単体で狙う理由を挙げてみろ」


「……次世代の実力者が集うから、その割りに警備が少ないから、ですかね」


 アイリアは額にしわを作って言う。


 ライディールは次世代の戦力が多く在籍するので、見張りと門に衛兵がいるくらいで、あとは冒険者である。意外と警備が手薄なのは言うまでもない。


「……惜しい、と言っておこう。――ライディール魔導騎士学校に、大戦関係者の子がいるから、と言うのも考えられるだろう?」


 ネタばらしをするかのように楽しげだ。


「っ! と言うことは、敗戦国ですか? または、人間ごときが亜人と共存するなど言語道断――亜人主義派ですか」


 アイリアはアリエスの言葉にハッと顔を上げる。後者は兎も角、前者については可能性あり、だ。


 敗戦国ならば、大戦で活躍した戦士――アリエスなどや、大戦で活躍した戦士の親戚――アイリアなどが多くいる。そんなライディールを攻めるのは恨みを晴らすのには持ってこいと言うことだ。


 しかも、生徒に実戦経験を積ませるため、襲撃は自らで対処させるようにさせている。そのため先程も言った通り警備が見張りと衛兵だけと言う手薄さだ。


 魔物を利用すると言うのは、いい案である。


 すぐ傍に、オルガの森があり、多くの魔物がいるのだから。何かしらの方法でライディールにけしかけることも不可能ではない。


「……ああ。前者が第一、後者は第二候補辺りだな。調査の結果次第だが、どうも敗戦国でこんな策を練るとは思えない。裏で糸を引いているヤツがいると見ていいだろうな。まあ、この件は私の方で調べておく。分かり次第連絡してやる。――何せ、アイリアの父親はあいつだからな」


 アリエスは言ってニヤリとする。騎士精神を重んじるが、娘と妻を溺愛し、戦闘での凛々しさが皆無な旧友の姿を思い浮かべたからだ。


「……父親と言うと、やはりルクスの父親は?」


 アイリアは少し気恥ずかしさを覚えたのか頬を赤くして、以前から気になっていた『ヴァールニア』の名字。それは世界でたった一つの一族にしかない名字のハズだ。必然的にルクスはその一族になるのだが、本人がいかんせん何も言わない上に、両親は魔力がちゃんとあったので確信には至らなかった。


「……だろうな。『ヴァールニア』は世界でたった一つの名字だ。ルクスはあいつの息子と言うことになる。まあ、本人に聞けば一番手っ取り早いがな」


 アリエスは遠回しに、気になるなら自分で聞けと言った。


「……そうですね」


 アイリアはいつか聞いてみようと心に決める。


 父親が幼い頃に語ってくれた二人の戦友の様子を聞き、一度は会ってみたいと思ったものだ。


 父親も久し振りに会いたいと言っていたし、丁度いい。


「着いたぞ。……ん? やけに静かだな?」


 アイリアが内心少しわくわくしていると一年SSSクラスの教室に着いた。


 しかしドアの前まで来て、いつもとは違い静かなことに気付く。いつもはアリエスが来るまで雑談や何かをしてざわついているのだが、今日はやけに静かだ。


 ガラッ。


 アリエスは不思議に思いつつもドアを開けて入り、アイリアもそれに続く。


 そして待っていたのは。


 クラスメイトの非難がましい視線だった。


「……何だこの空気は」


「……さ、さあ?」


 ただごとではない雰囲気に、アイリアは苦笑いで返した。


「「「アイリア様! あのルクスとか言う無礼者と夜二人きりで如何わしいことをされていたと言うのは本当なのですか!?」」」


 まず、アイリアを慕う女子達が眉を吊り上げて言った。


「……えっ?」


 アイリアは半ば呆然として聞き返す。


「私は見てしまったのです! アイリア様とあの無礼者が手を繋いで林へ入っていくのを!」


 一人の女子が言って、女子達の視線がさらにキツくなる。


「……お前達、あの危機的状況でそんなことを……」


 アリエスはアイリアから数歩離れて目を見開き言う。もちろん本気でそう思っている訳ではない。


「違います! 私、そんな、如何わしいことなんて……っ!」


 いつもの毅然とした態度ではないアイリアが言う。


「アイリア様。初夜を迎えるのに林でとは、いかがなモノかと」


 的外れなことを言うのは“平坦な変態”ことレイス・リンクス・スフィアである。


「初夜!?」


 良くも悪くも真面目なアイリアは純情が故に過剰に反応してしまう。そして、悪くも真面目なことに林でルクスに押し倒される自分の姿を想像してしまって。


「っ!」


 アイリアの顔が、耳も首筋も真っ赤に、ゆで上がった蛸のように真っ赤になった。


「「「お姉様汚されたーーーーー!!!」」」


 女子が頭を抱えてこの世の終わりのような声を上げる。そこには男子の声も混じっていた。


「……ち、違うわよ! 私とルクスはそんな仲じゃ――」


 慌てて取り繕うが、顔が赤いのは隠せない。しかも、墓穴をほってしまった。


「ルクスって言った! ルクスって言いましたね! 名前で呼んだ!」


 そう。


 ルクスとアイリアは少し話すだけのクラスメイトと言う風を装うと決めていた。身分の差などはもう気にしていないが、寮で同室であること、意外と親しいことなどは伏せておいた。名字で呼ぶか貴方かフルネームかにしていた、のだが。


「あぅ……」


 そこで、自分のミスに気付き俯く。


 ガン!


 そこで何か音がした。


 フィナだ。今日は自分の席にいたフィナが急に頭を机に打ち付けたのだ。


 それも、一定のリズムで。


「……ちっ!」


 いつも無表情かつまんなそうな顔か氷の微笑を浮かべているだけだった“氷の女王”ことリーフィス・イフィクル・ヴィ・ブリューナクである。


 そんなリーフィスが今は目を吊り上げて思いっきり舌打ちした。しかも、冷気を周囲に放っている。


「……ふふふ」


 突然漏れた暗い笑いにクラスメイトの視線が集中する。


 クラスの男子では癒しの天使などと呼ばれていたその微笑みはなく、暗い笑みを浮かべて虚空を見つめていた。


 さらには、イルファが大事なパートナーであるハズのリオを人差し指でぐりぐりと苛めていた。


「……」


「……あ、アイリア……様……?」


 一人の女子がアイリアに声をかけるが、目が虚ろでそれに応えない。


 顔の赤みは消えたが、それと一緒に何かを失ってしまったようだ。


 アイリアは虚ろなまま自分の席に座ると、ボッと顔を真っ赤にし、首をぶんぶん振ってと挙動不審を繰り返す。


 ルクスとアイリアの件で、トップクラスのメンバーが挙動不審になってしまっていた。


「「「クラスの可愛い娘が壊れたーーーー!!」」」


「「「お姉様が壊れたーーーー!!」」」


 男子と女子の悲痛な叫びが響き渡り、少数を除いて余程ショックだったのか、突っ伏して動かなくなった。


 ……授業もままならないので、ルクスが来るのを今か今かと待ち続けていた。


 ちなみに、オリガは最初の方の授業で知恵熱を出し撃沈した。


 ▼△▼△▼△▼△


 ……道理で。


 俺はアリエス教師から話を聞いて納得し、苦笑を漏らす。


 アイリアは学年屈指の実力者であり、学年屈指の美少女でもある。


 よって、そんな噂が流れればカオスにもなるだろうな。


 ……だが、アイリアがすぐさま否定してくれればこんな事態にはならなかったと思うんだがな。


 まあ、過ぎたことを言っても後の祭りか。


「……とりあえず、誤解を解かねえとな」


 まずはそこからだ。武力行使も悪くないが、ここは俺の話術でやるか。

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