魔力のない少年
「……うわぁ」
俺はライディール魔導騎士学校の受付までの人混みを見て、思わず呻く。
馬車だろうが家族連れだろうが、兎に角人で溢れ返っているのが俺の今いる場所だ。
新品の鎧を着た新米騎士や新品のローブを着た新米魔術師や旅人風の無難な格好をしたヤツが緊張した面持ちで歩いていた。
……まあ、格好は関係ないけどな?
俺は黒いシャツに黒いズボン。試験に来るような格好じゃあないが、特に規定もなく、大した稼ぎもない平民なら妥当だ。それでも奮発して見栄を張るのが一般的なんだが、どうせ入学すれば制服が支給されるし、落ちれば使う機会も少なくなる。
俺の家は名字のある成り上がり貴族だが、親父の成果による。何をやったのかは兎も角成果を上げ、しかし親父は田舎でのんびり暮らしたいから名字だけ貰って田舎で暮らした。
……まあ、家を出てから何も食ってない俺にちょっとした食べ物を持たせるくらいの気遣いはあってよかったと思う。
周りのヤツらは知らないヤツばかりだ。田舎暮らしのせいもあって同年代も少なく、さらにライディール魔導騎士学校を受験するとなれば俺くらいのもんだ。
ライディール魔導騎士学校、俺の受けるそこは年齢制限がある。生徒の年齢差を大きくしないためだが、十五を境にしていて、俺は今年十六になる十五歳だから受験する権利がある。
十五から二十前後が入学試験の年齢範囲で、だがまあ、二十くらいになると家を継いだり他の仕事に就いたりするため、十七くらいまでが妥当な範囲だろうか。
「……」
俺は押されたりしながら徐々にライディール魔導騎士学校に近付いていくが、あまり距離は縮まっていない。一応今日までが期限だが、最悪ギリギリまで待ってくれる。夜中の二時ぐらいまでな。
……そうならないためにちょっと早く出たんだが、時間間違えたな。
それでは、ライディールとその周辺の地理を説明しよう。
以前も言った通り、ライディールには東西南北四つの門がある。そこから中央に向かって~大通りと呼ばれる通りがあって、四つが交わる中心に噴水が湧き立つ大広場がある。
ライディールは中心都市ではあるものの、王都ではないので城はない。貴族の館はいくつかあるものの、宿屋やライディール魔導騎士学校の敷地の割合が多く、観光都市としても有名だ。
まずライディール魔導騎士学校の敷地だが、大広場から東大通りに差し掛かってすぐにある。裏門は北大通り沿いにある。ライディールは広大な土地を持つ都市だが、その四分の一の区分の半分程が本校の敷地だ。その周りには鍛冶屋や道具屋などの店などがある。
その下の区分には、宿屋やライディール魔導騎士学校の寮などの宿泊施設が充実している。
ライディール魔導騎士学校のある区分の左は表面上は宿泊施設やアイテム店だが、一歩入れば娼館や風俗が多い。ライディールの汚点と言える。闇市や呪いのアイテムの取引はここで行われる。
汚点の下には民達が暮らす居住区や冒険者を集める冒険者ギルドなどがある。ここが一番安全。何故なら、人々の善意が溢れているから。
汚点の区分はもちろん、ライディール魔導騎士学校でも金のやり取りは少なからずあるかもしれない。宿泊施設はこういう受験のために来るヤツの付き添いなどで稼ぐと言う強欲に溢れている。
その点居住区は暮らすために仕事をしているから安全だ。
……まあ、俺の偏見と推測が混じってるから確実ではないが。
「……」
俺は門の外の行列から五時間、やっと大広場に入った。
「……ダルいな」
待ち時間と言うのはあまり好きじゃない。しかも、並ぶともなれば尚更だ。だって、やることがないから。
その証拠に、緊張などで励ましたり色々語ったりしていた周りが静かになり始めた。
話題が尽きたんだろう。人間そう簡単に話し続けることなど出来ないのだ。そして、聞き飽きてくる。そう言う点では俺が一人だったのは不幸中の幸いと言えよう。
さらに五時間。
「……」
何で大広場に来てからの時間と門外から大広場までの時間が一緒なんだろうか? 不思議だ。
「……名前と受ける試験科目を教えろ」
不機嫌そうに足を組んで小柄でぺったんこな美幼女が受付の旗を掲げた長机の真ん中に座って言う。……まあどこがぺったんことは明確には言わないが、察してくれ。
美幼女はゴシックドレスに黒髪に蒼い瞳をしている。
「……ルクス・ヴァールニア。測定と実技だ」
俺はこの子何歳? と言う疑問が浮かんだが、特に触れずに流した。
「ヴァールニア? ……ふーん。そうか、お前があいつの息子か。それにしては魔力が少ないが、なるほどな。……ああ、教師には敬語を使え」
ヴァールニアの名字を聞いて美幼女はニヤリと笑う。親父の知り合いだろうか。……ってか、教師だったんだ。ちっちゃいから手伝いの子かと思ったぜ。
「ほら、受験番号な。今日は測定を行う。そこに書いてある宿屋に泊まり、明日実技を受ける日程だな。測定は体育館で行うから、今から向かえ」
美幼女は俺に受験番号と宿屋の名前と部屋番号が書いてある紙を渡し、次の受験生の応対をする。
「……さて」
俺は呟いて、かなりの広さを誇る体育館へと向かった。場所は聞いてないが、目立つのですぐ分かった。
俺は流れに従って体育館へと向かう。
「……また並ぶのか」
俺は体育館の中を見てうんざりと言った。
ゴゴォ!
「っ!」
魔力を測る測定では、魔晶体と言う球に魔力を込めて行う。そのため、強大な魔力が込められると今のように余波が起こる。
「……誰だよ」
魔力感知は上手くないからな、俺。アイリアでさえ微妙だったのに、感知出来る訳がない。
……ってか、マジで上位クラスだぞ?
「……」
カツカツと床を鳴らしながら悠々と歩く姿があった。男子からは羨望の視線、女子からは尊敬の視線を浴びせられている。しかも、そいつが歩くと道が開かれる。
……と言うか、アイリア・ヴェースタン・ディ・ライノアその人だった。
「……ふぅ」
他がヒソヒソと呟き合うのに対し、俺は静かに嘆息した。
「……」
お互い無言のまま数秒視線を合わせ、ほぼ同時に逸らした。
「……」
アイリアは体育館の壁に寄りかかる。どうやら、他に目ぼしいヤツがいないかどうか、偵察するらしい。
その後十人程感心するくらいの魔力とアイリアに匹敵するのが三人いた。……SSSの座は四つ埋まったと考えていいな。
そして、俺の番が回ってくる。
「受験紙を掲示して下さい」
受験紙ってのは、紙のことか。俺はそう思って手を出していた試験官らしきヤツに渡す。
「……はい。それでは、魔晶体を持ち、魔力を込めて下さい」
試験官に言われ、魔晶体を両手で持ち、魔力を込めるフリをする。
「……? 魔力をちゃんと込めていますか? 魔力が感じられません。それとも、考えにくいことではありますが、魔晶体の故障?」
魔晶体は魔力を段階的に分ける役割もあり、普段は透明だが、色がつく。分ける基準は量と質だ。
「いや。これが結果だ」
俺は少し笑って当惑する試験官に言う。
「……えっ? ですが……」
「俺、魔力ないんで」
戸惑う試験官に言う。少しおかしいことに気付いた全体が静まり返っていて、俺の声はよく通った。
「「「……えっ、えええええぇぇぇぇぇぇぇ!? 魔力が、ないいいいぃぃぃぃぃぃ!?」」」
体育館にいるほぼ全員が打ち合わせていたかのようにハモって響かせた。……いつの間に打ち合わせていたんだよ。