ミャンシーの企み
月明かりが闇夜を照らし、幻想的な雰囲気を醸し出している。
そんな月夜の晩に、ダンと荒々しく地面に着地する音が響いた。
着地したその芝生には、小さなクレーターが出来ていて、砂煙が舞った。
音が鳴ったと言うのに、誰も近くの建物から辺りを見回すような者はいなくて、少し不自然に感じられる。
「さすがはアイリアだな。咄嗟に風魔法で音をこの辺だけに留めるとは」
音は空気を振動させて伝わるため、真空状態で周辺を区切れば、音が伝わることはないと言うことだ。
アイリアをお姫様抱っこをするような格好で、俺は寮の裏に着地した。
「ま、何なら風魔法で宙に浮かせてくれれば良かったんだが」
俺は軽い口調で言う。が、本当はそっちが最善、今は良ってとこだ。
「……仕方ないじゃない。いきなり飛び下りるから、咄嗟に音を封じる方を思いついたのよ」
アイリアは不機嫌そうにぷいっとそっぽを向いて言う。……咄嗟により高度な方を選ぶとは、なんともアイリアらしい結果と言えた。
真空を作ることは、物体や生物を宙に浮かせるよりも高度な魔法技術になる。
風を操るのと、空気を操るのとの違いだ。
「……ま、騒ぎにならなかっただけ良しとするか」
俺は結果オーライと言うことで妥協し、アイリアを地面に下ろす。
「……何で上から目線なのよ。貴方だけだったら騒ぎになってたのよ? 感謝こそされるべきで、文句を言われる筋合いはないわよ」
アイリアは感謝して欲しいらしく、憮然として言った。
「俺だけなら反対側に戦気でも放って注意を引くさ」
「……それはそれで騒ぎになるわよ」
アイリアは何故か呆れていた。理由は俺だろうが、何でかはよく分からない。
「じゃ、とりあえず土魔法と木魔法でここ直しといてくれるか? 俺じゃあバレるんでな」
俺がこれを直すには、手作業か龍気になる。
元々、龍は神秘、竜は破壊と称される。
龍は神聖であり神秘でしかも万能で、様々な自然現象を巻き起こすことが出来る。
龍気もそれが元だ。
だが、龍気は所謂天災と呼ばれるようなモノなどの自然現象しか引き起こせない。
例えば、俺がよく使う嵐とか。
嵐は雨、風、雷が組み合わさっている。
吹雪。
風と雪が組み合わさっている。
単体だと地震とか地割れとか雪崩れとか土砂崩れとか。
最強の奥義は天変地異だとされている。
……閑話休題。
龍気を使うと銀色のオーラで闇夜が照らされてしまうので、あまり使うのは遠慮したいって訳だ。
「……分かってるわよ。魔方陣を消せば私がバレることはないから」
魔方陣を消す。それは魔法における高等技術なのだが、アイリアはそれをあっさりとこなして有言実行した。みるみる内にクレーターが埋まり、芝生が生える。……俺まで埋められそうになったことは、指摘しない方がいいんだろうか?
「で、何がどうしたの?」
アイリアは穴を元に戻した後で聞いてくる。そういや、話してなかったな。
「夕方の襲撃の後始末だよ。ミャンシーが残ってやがった」
ミャンシーはとても小さい魔物で、さらに人間並みにずる賢いことで有名だ。
個体によって違うが、魔力を隠す程の賢さを持つヤツもいると言う。そうなれば気での感知にしか引っ掛からないため、厄介だ。
「それはさっきも聞いたわよ。……。私の魔力感知じゃ無理ね。魔力を隠してるんだとは思うけど、何で私を連れ出したりなんかしたの?」
「ああ、それはだな」
俺がアイリアに理由を言おうとすると、俺の気配察知に活発なミャンシーが引っ掛かった。
「……ちっ。後で説明するから、早く行くぞ。何してんのかは分からないが、ミャンシーが動き出しやがった」
俺は舌打ちして、アイリアの手を引く。ミャンシーは民家のある方にいる。
俺は最短ルートは障害を物ともせず突っ切るだと思い、寮の裏から広場へと通じる中央の通路へと走った。
走行中に俺は考えていた。
何故、ミャンシーは魔力を隠してまでライディールに来ているのか。
何故、今のこの時間なのか。
……それに、妙な気がいくつかある。途中にも一つあるし、寄ってみるか。
もしかしたら、これを設置するために動いていたのかもしれない。
だとしたら、何を設置したんだ?
気で感知出来るってことは、生物だ。動物だろうが魔物だろうが植物だろうが、生物のハズだ。
何か、嫌な気だ。
一つのハズなのに、多くの気が蠢いているような、奇妙な感覚だ。
……正直、気持ち悪い。
「……アイリア。妙な気がある。先にそっちを見てくが、いいよな?」
「……ダメって言ったって行くんでしょ? 別にいいけど、そろそろ手を放してくれない?」
アイリアは呆れたように言って、逆の手で俺に握られている手を指す。
「……悪いな。じゃあ、俺が先行する」
俺は言って、左斜めに曲がる。
……嫌な予感がする。当たらなきゃ、それが一番なんだけどな。
数秒で俺とアイリアはそこに辿り着いた。
「っ!」
アイリアがそれを見て口元を押さえる。こう言うのはダメらしい。そう言うことは女子らしいと言えば女子らしいんだが。
「……さすがに、これはまずいな」
俺はそれを見て嫌な汗と嘔吐感を覚えていた。
……道理で、蠢いているような気だった訳だ。
「……くそが……っ!」
俺は呻いて、戦気で消し飛ばす。
そして、俺とアイリアはミャンシーの企みを阻止すべく闇夜を疾走した。