説教と推測
……。
…………。
窓から射し込む光は少なく、窓の外は月明かりと街灯以外の明かりはなく、闇に包まれている。
暗い闇は夜であることを告げていて、夜の静けさが漂っている。
夜は静かだ。
冒険者などが夜まで騒いでいることもしばしばだが、その喧騒もここまでは聞こえてこない。
夜は好きだ。
一日の疲れを癒す時間でもあり、心を冷ますことが出来る時間でもある。
特に今日のようにドス黒い感情が沸き上がってしまった日なんかには、丁度いい。
ーーんだが。
「……まったく。あの中ではオリガとツートップだったのよ?」
アイリアは俺に床への正座を強いて、自分はベッドに座り脚と腕を組んで睨み付けるような責めるような目付きで言った。
要するに、説教の真っ最中だ。
内容はオルガの森から魔物の群れが前触れもなく襲ってきた件に関して。
丁度狩りに出掛けていた俺達が足止めするのはいい。
だが、俺はゲドガルドコング一直線だったし、オリガは視界に入ったヤツだったし、残り二人も協力して戦ってはいたが、次々と襲い来る魔物に足止めされていた。
よって、肝心なライディールを守ると言うことをすっかり忘れていたのだった。
……まあ、その途中でアイリアが来たから掃討出来たんだが、俺とオリガに至っては相手を殺すことしか考えていなかった、と。
あと少しアイリアの到着が遅ければ、ライディールに襲撃があったかもしれない。それの危険性を説教されているのだ。
オリガは例外として種族になってはいるが、本質は魔物だ。本能の赴くままに殺戮するのも、少しは多めに見てくれる。だが、俺は違う。
周りからは誰が相手でも飄々と軽く戦うと言う噂が流れていたらしく、殺意に身を任せてゲドガルドコングだけを狙ったことに関して言及があった。
……俺、そんなヤツに思われていたのか。結構真面目に戦っているんだけどな。
一応あの中で一番強いゲドガルドコングの相手を四人でも強い部類の俺が引き受けたと言うことで少し説教されただけだったんだが、騎士家系であるアイリアは殺戮を正統化して魔物を殺すために騎士は存在するんじゃないとか、俺がやったことは騎士を目指す者としては失格だと言うことで、長々と小一時間説教されている。
……まあ確かに俺もそう思うけど。
感情に流されて周りが見えなくなるようじゃ、俺もまだまだだと言うことだ。
ゲドガルドコングを死滅させることは憎しみに流されて誓ったことで、俺がライディール魔導騎士学校に来たのは守るため、もう二度とあんな思いをしないためだったハズだ。十分に反省しよう。
……実際に仇を見て憎しみに捕らわれたんだ。次もどうなるか分からない。どうにかしないとな。
俺の切り札であるあれは憎しみが根本にあるからな。どうにも憎しみに捕らわれやすくなってしまう。気を付けなければ。
「ーーしかも四つの気を融合させるなんて無茶して。私が来たんだから、協力するとかあったわよね?」
アイリアの説教は俺が反省している間も続いていたらしい。……まあ、もう十分反省したからそろそろ止めに入ろう。
「一人で突っ込んでいったらしいじゃない。そんな無茶しなくても協力すればもっとスムーズに倒せたでしょう?」
……ん?
「……もしかして、心配してくれてるのか?」
俺はふと騎士としての行動とやらで説教されているのかと思っていたが、いつの間にか変わっていることに気付いて顔を上げる。
「えっ? ……まあその……クラスメイトだからよ」
アイリアはいきなりのことに戸惑っていたが、照れたように顔を赤くして言った。……俺だけに限った話じゃないが、アイリアの優しい一面が見れてしまった。役得だ。
「まあそれよりもさ、俺もう十分反省したから許してくれないか? これからはアイリアをちゃんと頼るからさ」
俺は手を合わせてアイリアに頼む。正座で足が痺れていることもないが、そろそろ寝たい。風呂入りたい。
「……私も頼って」
ぬっとフィナが横から顔を出してきて言った。
「お、おう。フィナも頼るよ」
俺はどこか張り合うようなフィナの迫力に圧されて少し仰け反りながら頷く。フィナは満足したようでちょこんとベッドに座ると身体を倒し、目を閉じた。……寝る気なのか、フィナよ。風呂はもうすぐだぞ。
俺はフィナの寝起きがとてもぽやーっとしているのをよく知っているため、少し不安を覚える。
「……分かればいいのよ、分かれば。……貴方でもああやって取り乱すのね」
アイリアはふぅ、と嘆息してから頷き、少し意外そうな顔で話を切り換えた。
「……俺だって人間だぜ? 取り乱すことだってあるさ。それに、あんまり平静じゃないんだぞ? 実技試験で最初にやった新米教師にはちょっと怒ってたしな」
「……彼ならもういないわよ。ライディール魔導騎士学校の教師になるためにひたむきに努力する人だったんだけど、教師になれた途端ーーね。権力を持つと人は変わってしまうのよ。……私の伯父のようにね」
アイリアは表情に陰を落として消えるように呟いた。
「……お前の伯父さん、どうかしたのか?」
無関係な俺がアイリアの家族関係に立ち入るのは野暮だとは思うが、伯父さんのことを言うアイリアがいつもの気丈な態度とは違い、あまりにも弱々しく年相応かそれ以下の女の子に見えたと言うこともある。
「あっ……。いえ、ごめんなさいね。今は関係ないことよ」
アイリアはそう言うが、表情に陰を落としたままだ。……今はまだ触れないでおいた方がいいな。
「……なあ。アイリアはどう思う?」
俺は姿勢を崩してアイリアの向かいのベッドに座り、真剣な顔をする。
俺が聞きたいのは、今回の件のその先だ。
「? 何の話よ?」
アイリアは聞き返す。……省略し過ぎた俺が悪いな。
「……今日の襲撃、のことだよ」
「……今日の襲撃がどうかしたの?」
俺が今日の襲撃について言うと、アイリアも表情を引き締めた。……やっぱり勘の鋭いヤツとは話すのが楽だな。俺が今日の襲撃について思うことがあると、ちゃんと察してくれる。
「……何で見つめ合ってるの?」
いつの間にか起きていたフィナがジト目で言った。……寝たんじゃなかったのか。
「……私とルクスはこれからちょっと話し合うことがあるから、フィナは先に風呂に入ってきなさい」
アイリアが夫婦の相談を子供に聞かれまいとする母親のようなことを言っていた。……アイリアもやっぱフィナを子供扱いしているんだろうなぁ。
俺は何か和んでしまった。
「……」
フィナは不満そうにしていたが、アイリアの言うことを聞いて大人しく風呂の方に向かった。
「「……ふぅ」」
俺とアイリアは同時に嘆息した。そして、互いに顔を見合ってどちらからともなく笑い出した。
「ふふっ。それで、ルクスは今回の襲撃に何を見たの?」
アイリアは微笑んで、しかしすぐにキリッと表情を引き締めていた。……さすが貴族のお嬢様。表情の切り換えはお手の物なのか……。
「……ってか、アイリアって俺を名前で呼んでたっけ?」
俺はふと気になって聞いてみる。確か貴方とかそんな感じだったハズだ。
「……今はいいでしょ、そんなこと」
アイリアは憮然とした表情で言う。……あまり意識する程のことでもないらしい。
「……ああ、そうだな。アイリアは思わなかったか? この襲撃、何かおかしいって」
俺は気を取り直して表情を引き締めて本題に入る。
まず、アイリアが俺と同じ違和感を感じているか確かめるために聞いた。
「……? 確かにこの時期で魔物の襲撃は珍しいとは思うけど」
アイリアは怪訝そうな顔をしていた。どうやら、そこは俺と同じではないらしい。
「そうじゃない。群れでライディールの方に襲撃しようとすることはあるんだろ? 魔物の数が増えて競争に負けた魔物が人間を求めて襲撃してくるって言う……」
「ええ。まあ、その割りには強い魔物ばかりだったし、それは違うんでしょ?」
「ああ、違う。俺の推測なんだが、あの中にゲドガルドコングがいたろ?」
「……ええ。貴方が執拗に戦っていたわね。それがどうかしたの?」
「そこで、おかしいとは思わなくても違うって思わないか?」
「……。そうね。ゲドガルドコングはオルガの森でもトップクラス。同種との競争に負けたならまだしも、全く傷が付いていない状態だったんでしょ? だとしたら、ゲドガルドコングが群れを引き連れてライディールを落とそうとしたとも考えられるわね」
やはり、さすがだ。俺が導きたい方向へきちんと答えを出してくれる。俺も話を進めやすい。
「だが、それも違う」
そして俺はそれも否定する。それだと違和感がない。
「……じゃあ、何よ?」
いい加減単刀直入に言って欲しくなったらしいアイリアは急かすように聞いてくる。
「……実際にオルガの森を飛び出してきたのを見たから覚えた違和感なんだが、逃げてきたようにも見えた」
何かに追いかけられて、飛び出してしまったと言うような。
「は? そんな訳ないじゃない。貴方も言ったでしょ? ゲドガルドコングはオルガの森でもトップクラスの強さを誇るから、それはないわよ。そんなこと、ある訳ないわ。ゲドガルドコングを恐怖させるなんて、戦意を喪失させて逃げ惑わせるなんて、そんな魔物はオルガの森にはいないわよ」
アイリアは器用に片眉だけを上げて、やや早口で言う。まるで、そんな存在を認めたくないと無意識に思っているかのような。
「……いないだろうな」
「っ……だったらーー」
「だが、連れては来られる」
俺は自分の言葉を即座に否定した俺にくってかかろうとするアイリアを遮って、告げた。
「……何よ、それ? そんなの……」
黒幕がいるみたいな言い方じゃない、と言う言葉をアイリアは飲み込んだ。
アイリアはだがしかし、それを完全には否定出来ないのだろう。ぎこちなく俯いた。
「……それか、ライディールを襲わせるためにゲドガルドコングを恐怖させて戦意を喪失させて逃げ惑わせるような強さを持ったヤツがわざとやったか、だな」
俺はもう一つの可能性を示唆する。と言っても、そう変わらない。
ゲドガルドコングを問答無用で怯えさせる程の強さを持った魔物をここまで連れて来られるーー捕獲か何かを出来る強さを持ったヤツ。
それか。
ゲドガルドコングや他の魔物を怯えさせる程の強さを持ったヤツ。
どっちにしろ、ゲドガルドコングに手こずる俺にとって強敵であることは間違いない。
「……仮にルクスの推測が正しいとしてもよ? 誰が、何でライディールを落とそうとするのよ?」
アイリアは俺の推測を頭ごなしに否定することはなく、しかし相当のショックはあったようでこめかみを押さえながら聞いた。
「……さあな。だが、今回は威力偵察が精々じゃないか? 俺達四人だけでも結構減らせたしな」
冒険者や騎士団、他の学年の生徒や教師を合わせれば大した脅威にはならない。だから、あれはただどれくらいならライディールまで辿り着けるかを試したかっただけのような感じがする。
俺は嫌な汗をかいていた。
「っ!」
そこで、さらに嫌なゾクゾクが背筋を駆け上がった。
ーー敵だ。
「……どうかしたの?」
アイリアは気付かないようで、首を傾げている。
「……ああ。アイリア、出陣るぞ。敵だ」
おそらく、今日の襲撃の倒し損ないだろう。
そいつは、小さく、姑息。
「敵?」
「……今日の倒し損ないだろうよ。ミャンシーだ」
俺はミャンシーが何かをしでかす前に、行動を開始して討伐しなければならない。
俺はアイリアの腕を掴み、木の棒を腰に差し、アイリアの槍二本を脇に抱える。
「ちょっと! 何で私まで!?」
アイリアが俺の手を振りほどこうともがくが、無視して窓を開けて枠に足をかける。
「ちょっーー」
そして、飛び下りた。
「きゃああぁぁぁーーむぐっ」
俺は近所迷惑になるアイリアの悲鳴を口を塞いで止めて、夜空の冷たい空気を全身で浴びながら墜落していく。