ライディールへ
前回のあらすじ。
騎士を目指す俺はライディール魔導騎士学校の入学試験を受けるため、実家を出て中心都市ライディールに向かっていた。
その途中のオルガの森にイービルアイの群れがいたが、美少女が一瞬で全滅させた。
しかし、すぐ傍に翡翠色の竜もいて、美少女が魔導を使ってそいつを撃破し、美少女も俺と同じく試験を受けることを知り、美少女の呼んだグリフォンに乗ってライディールまで向かおうとした時、急な滑空に俺は無我夢中で何かを掴んだ。
むにっ。
……んん?
むにむにっ。
俺は何かを確認しようと指を動かす。
「……」
俺が掴んだ何かは少女の前にあって、柔らかく弾力がある。
……………………………………まさか?
「……この、変態っ!」
ゴスッ。
「ぐほっ!」
少女からの肘打ちが俺の脇腹にクリーンヒットし、痛みに悶絶する。
「変態! 手を離しなさいよ!」
少女は後ろから見ても分かる程顔を真っ赤にしていた。
「……そう言われてもな。手え離したら俺落ちるから、もうちょっとこのままでよろしく」
「ふざけないで!」
少女は裏拳を放ってくるが、それを間一髪避ける。
「避けないでよ!」
「避けるだろ、そりゃ。まともにくらって俺が落ちない保証はないぞ」
「落ちて死ねばいいのよ! この変態平民!」
うがーっと暴れるが、俺は離さない。離したら落ちるし、それにもったいない。
「……ふむ。なかなか大きいのか?」
「ひゃうっ! ……冷静に揉んでんじゃないわよ!」
暴れ続けるが、俺は気にしない。俺のいた村には同年代の女子ってのが少なくて、ほとんど関わりもなかった。だから、健全な青少年の俺としては、この状況を変える訳には……。
「いい加減離しなさい!」
「……まあ、あともうちょいの辛抱だ。もうベイルナ川越えたし、我慢しようぜ」
「我慢出来る訳ないでしょ! ……私の胸がこんな平民に初揉みを取られるなんて……」
少女は落ち込み始めた。
「……何だよ初揉みって。それに俺は一応平民だけど平民じゃねえの。成り上がり貴族ってヤツ?」
「……そうなの? 貴方の名前は?」
少女は何もかもを諦めたかのような顔をして聞いてくる。……そんな顔されると、手を離さないとな。
「……ルクス・ヴァールニアだ。あんたは?」
俺はソッと手を離し、腰を抱くようにして掴まる。
「……アイリア・ヴェースタイン・ディ・ライノアよ」
俺が手を離しても、テンションが低いままだ。悪いことをしたな。
「……高位貴族か。爵位は?」
名字が一つなのは成り上がり貴族。名字がないのが平民。名字が二つなのが中級までの貴族。名字二つの間に間字が入るのが高位貴族。めっちゃ長いのは王族だ。
「一応公爵よ? でも、騎士思想が強いから他の貴族からはあまりよく思われてないわ」
公爵は貴族の一番上だ。かなり身分高いんだな。元々高位貴族だったのに武力で功績を上げて昇格していったんだろうか。
「……まあ、そうだろうな」
俺はなんとなくそれが分かって、頷く。
「……ええ。だから、高位貴族に嫁入りさせられる予定だったのよ。でも、お父様とお母様が私は私の道を行けばいいって言ってくれて、こうして試験を受けられるのよ」
……公爵家も大変だな。それで親まで権力に執着してたら、今ここで会うこともなかっただろうし。
「……理解のある親でよかったな」
「……ええ。ところで貴方はどの試験で狙うの?」
「理論とかよく分かんねえし、測定は期待してないから実技だな」
「そう。実技は測定の結果で相手が決まるわ。貴方は測定に自信がないから剣一本よね。それに加えて少ない魔力だと、完全に最低のG行きよ。勝てば次の相手とも戦えて、点数稼ぎは出来るけど、一番魔力が高かった人の相手ぐらいまで倒し続けないといけなくなるわ」
ふーん。詳しいんだな。
「アイリアはどれを受けるんだ?」
「全部よ。測定はもちろん、理論も実技も」
……凄いな。まあ、両方凄い方が合格に近くなるらしいが。
「……そうか。じゃあ、合格してもクラスは違うかもな」
合格した後のクラス分けは実力によって行われる。
上から順に、SSS、SS、S、A、B、C、D、E、F、Gだ。
一クラス五十人程度になっている。男女比は年々違うが、やや女子が多い。
「……私は多分SSSだと思うけど、貴方はやっぱりGよね」
自分のことは多分とか思うとか自信なさそうなのに、何で俺は断定なんだよ。
「……まあ、俺の話を聞けばそう思うのも無理はないが、何でそんなに自信なさそうなんだ?」
魔導が使えて立派な槍二本持ってて魔法も結構いいんだから、確実にSSSクラスだろうに。
「……私が世間からどれだけの注目を浴びているか分かってるの? 貴族や王族、騎士などなど……様々な人が私がSSSクラスに入るだろうと思ってるのよ? そんなプレッシャーの中での試験だからミスするかもしれないし、私の家は元々貴族だった生まれの子息とかから恨まれていて襲撃を受ける可能性があるわ」
……万全な状態で挑めるか分からないって訳か。貴族ってのは面倒だな。
「まあ、受かりたいなら頑張ることだな。結局、緊張したって失敗したらマイナスなんだ。緊張する意味なんて、ないんだぞ」
俺は緊張しても意味ないと思う派だからな。
「……それも、そうよね。……ありがとう」
「……そりゃ、どういたしまして」
アイリアがはにかんで言うもんで、俺も少し照れてしまい、数秒間気まずい沈黙があった。
「……ん?」
「……な、何?」
「いや、もう結構来てるな。そろそろ下りないと不味い」
ライディールが見えてきて、馬車が数台入るのが見えた。と言うか、ライディールの東西南北四つの門に続く道に、遠いのではっきりとは見えないが、行列が出来ていた。
さすがに空を飛ぶグリフォンは速く、森を越えるのが数分で済んだ。走ったら木々を避けないといけなかったりと、時間がかかり、グリフォンの飛翔速度は俺が走るよりも速い。
「……うわっ。あれが全部受験者だったらいやだなぁ」
俺が受かる確率が低くなってしまう。
「……あれでも一部でしょうね。今回は多いから、五百人は五万人の中選別されると考えればいいわ」
アイリアは顎に手を当てて言う。……いや、よくはねえだろ。倍率百倍だぞ。
「……まあ、多めに見てよ。付き添いとかを差し引いたら、半分ぐらいにはなるんじゃない?」
何故か結構適当だった。人数なんて、結構当てずっぽうだもんな。今回は当たってない方が有り難いんだが。
「……確率一%ってとこか。おもしれぇ。……じゃ、また後でな」
俺は笑って言い、グリフォンの背に手をついて、腰を浮かせる。
「えっ? ちょっと、今下りるの? 高さ三十メートルはあるのよ? 下りてあげるから、待ってなさい」
アイリアは慌てて言う。
「大丈夫だ。この高さなら何とかなる。それに、こっち見てるヤツがいて、後々何で下りたのかを聞いてくるヤツだっているかもしれないんだ。念のためな」
「……」
アイリアは納得がいかなそうな顔をしていたので、俺は早速飛び下りることにした。
「じゃ、試験会場でな」
「ちょっーー」
俺はアイリアが制止するのも構わず、背面跳びでグリフォンから下りる。
「ひゃっほーーーーーーーーー!!」
俺は上手くうつ伏せ状態になれたことに安堵しつつ、ひっくり返らないようにバランスを取りながら落ちていく。
「よっ、とぉ!」
一回転して、かなり小さなクレーターを作って着地する。
「ん? 何だ、まだいたのか」
俺はなんとなく空を見上げると、グリフォンがクルクルと旋回していた。
「おーい! 俺は無事だから先に言っていいぞー!」
木の棒を目印にするために振って叫ぶ。届いたかは兎も角、アイリアを乗せたグリフォンはライディールの方へと飛んでいった。
「……さて、んじゃ行くか」
俺は木の棒を腰に戻し、軽く走りながらライディールへと向かった。