二人の相性
俺は寮に戻ってきていた。
連絡が終わり、解散になった後、色々聞かれるのも面倒なんで早く戻ってのんびりしようと言う魂胆だ。とは言っても昼飯は食わないといけないし、誰かと顔を合わせることもあるかもしれないが。
「……ふぅ」
俺は一息ついて備え付けの椅子に座る。まだどのベッドを使うか決めてないし、ベッドに座るのは止めておいた。
「……ルクス」
とててて、とフィナが小走りで駆け寄ってくる。
「……いいのか? フィナと話したいヤツもいただろ?」
「……ん。ルクスと話したいから。それに、眠くなると寝ちゃう」
フィナはちょこんと俺の膝の上に座る。……そう言ってくれるのは嬉しいんだが、やっぱりクラスの女子とは仲良くした方がいいだろう。
「……はーっ。疲れたわ」
すぐにアイリアも入ってきた。
「アイリアも早く戻ってきたのか? 色んなヤツに話しかけられなかったか?」
アイリアの知名度なら、男女問わず集まってきそうだ。
「……話しかけられたわ。でも、純粋に慕ってくれるのはいいけど、可愛いからとか、爵位が高いからって近付いてくる男子が多いのよ。そういうのって、向けられた側からは結構分かるの。だから作り笑いするのが嫌になって」
アイリアは深いため息をこぼす。……人気故の悩みか。俺には全く分からないが、フィナなら共感出来るかもしれない。
「……俺には作り笑いしなくていいのか?」
「……。私の爵位も知らないようなヤツに作り笑いなんてしないわよ。それに、今さら作り笑いした所で会った時が少し焦った素なんだから、隠す必要もないでしょ」
アイリアは呆れたように言う。……まあ、そうなんだが。
アイリアと話していると、二つの小さく柔らかな手が俺の顔を挟んで膝の上にいるフィナに向けさせる。
「……今は私の時間」
そう言うフィナは少し拗ねているようにも見えた。
「ん? 構って欲しいのか?」
会って間もないが、甘えん坊で可愛いと思う。容姿的な可愛さもあるし、俺もつい甘やかしてしまう。そう言う所がフィナの親父に似ていると言われた理由の一つかもしれない。父親は娘に甘いって言うからな。息子には厳しい癖に。
「……撫でて欲しいの」
フィナはそう言って身動ぎする。……まあ別に撫でるくらいならいいけどさ。座る場所は考えような? 今結構危ういから。
フィナは身動ぎしたせいで俺の脚の付け根に近くなってしまった。……本当に危うい。俺の忍耐力が試されているんじゃないかと疑いたくなる。
「……イチャイチャするのは勝手だけど、学生だと言うことを弁えなさいよ。あと、フィナ……さんも気軽に男子に甘えないの。しかもそいつは破廉恥極まりない変態なんだから」
アイリアは半眼になって言う。どうやら、ライディールに来る途中のハプニングを根に持っているらしかった。……触ったのは不可抗力だって。その後は兎も角。
「……ルクス、何したの?」
フィナが聞いてくる。少し目が細まって、怒っている気がするのは気のせいじゃない。
「……いや、えーっと、その……」
素直に白状すれば収まるようなことでもない。出来れば人に知られたくはないため、はぐらかしたい所だが。
「……私の胸を事故に見せかけて掴んだ上に、意図的に揉んだのよ」
アイリアは羞恥と怒りで顔を赤くして言った。……後半は兎も角、前半は故意じゃない。不可抗力だ。
「……ルクス、ダメ」
フィナは表情を変えずに真っ直ぐ俺を見て言った。
「……いや、だからその……不可抗力と言うか何と言うか」
「……ダメ」
「……ごめん悪かった」
フィナの語調が強くなったので、素直に謝った。
学校で二大勢力を作れそうな二人に敵対されたら、この先の生活が苦しくなる。ただでさえ同室と言う爆弾を抱えていると言うのに。
「……ん。そんなに触りたいなら、いつでも触らせるから。私以外のは、ダメ」
「……は?」
俺はフィナの言っていることが理解出来ず、固まった。
「……な、何言ってるのよ! ダメに決まってるでしょ!?」
アイリアは顔を真っ赤にしてフィナに怒鳴る。……まあ、そりゃそうだよな。
「……何で?」
慌てるアイリアに対して、一方のフィナはきょとんと首を傾げた。
「何でって……! そんなの、フィナさんがこの変態にそれ以上のことをされる可能性が高いからよ!」
「……しねーよ」
俺は自棄気味に言うが、二人は耳を貸さない。
「……双方の同意があるからいい。部外者は黙ってて」
フィナはアイリアに真っ向から歯向かう。
「部外者じゃないわよ! 同室なんだから、二人がその……そういうことしてたら迷惑なの!」
クラスにいた時のカリスマ性はどこへ行ったのか、アイリアは余裕を崩し、フィナと睨み合う。
「……」
こんな時俺はどうしたらいいんだろうか。「俺のために争わないで!」は……ちょっと違う気がする。言った後にはアイリアの冷ややかな視線と後悔が残るだけだ。
そうして俺が悩んでいる間にも二人の言い合いは続いている。
「「……っ!」」
アイリアとフィナが睨み合い、ふん、と同時に顔を逸らした。どうやら、完全に食い違ったらしい。……仲良くして欲しいもんだ。同室なんだから。
「……ルクス。あのおばちゃんが怖いの。なでなでして?」
フィナも相当お怒りのようで、火種を撒いた。
「誰がおばちゃんよ! 誰が!」
案の定、アイリアが再びフィナに食って掛かった。
「……勘弁してくれ」
俺は、終わるんだろうかと不安に思いながら、途方に暮れて呟いた。
▼△▼△▼△
「「……」」
二人の言い争いは夜まで続き、遅めの飯を寮にある食堂で済ませた後、二人はついに一言も喋らなくなった。
「……えーっと、ベッドの位置は……」
俺が聞く前に、アイリアが奥、フィナが手前のベッドに座り、服の整理などをし始めた。
……必然的に俺が真ん中と言うことになる。二人の相性は最悪に近く、隣で寝たくないと言うことらしい。
「……私、先にお風呂入るから」
アイリアが言って、各部屋にある風呂に向かう。
「……私は最後でいい」
フィナが言った。どうやら、また俺が真ん中らしい。
「お、おう……」
俺はどっちに返事したのかも微妙なまま、頷いた。
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「……」
フィナが風呂から上がった後、二人は俺に背を向けてベッドに入った。……互いに背を向けている訳か。
「……はぁ」
俺はため息をついて自分もベッドに入る。……家にあるのより上等だな。そんなことを考えていたら眠気が襲ってきた。意外と疲れていたのかもしれない。
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「……ん?」
俺は腕の中に何かがあると言う感触があって、目覚めの微睡みが覚めた。
「っっっ!??」
その正体は、小動物のように丸くなって眠り、薄い寝巻きに身を包んだ、しかし胸元がはだけて押し出されそうな大きなそれを持ち、無防備な寝顔を晒すフィナだった。
「……」
……俺は音を立てないようにそっと布団から出てベッドを降りる。
「……起きてない、よな……?」
顔を覗いてみるが、二人共起きた様子はない。頭の方が壁側のベッドの、その壁の上に飾られた時計が指すのは三時。時間通りに起きられたようだ。
「……」
俺は木の棒を持ち、そーっと部屋を出る。今日は場所探しもしないといけないし、二時間鍛練出来ればいいだろう。
これからずっとこんな一日を送るかと思うと、特にアイリアとフィナの仲が心配になるばかりだ。
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一週間後。親善試合は決行され、俺は出ずに観戦した。
結果、一年はSSSクラスだけが全勝、アリエス教師の言っていたGクラスは負けていた。
俺と同じ理由かは知らないが、騎士団長か冒険者筆頭を倒したヤツが出ていないからだろう。どんなヤツかは知らないが、士気も下がるってもんだ。
フィナは結局辞退し、術式は見れなかった。まあアイリアも魔導を使うことなく勝っていたし、出なくて正解だな。