王気習得に向けて
庶務の業務に遅れて参加し、終わった後は寮に帰る。
チェイグとは会わなかったので聞けなかったが、部屋に戻れば聞ける人が二人いる。
「……おかえり、ルクス」
俺が帰ってきて早々、挨拶と同時に両手を伸ばしてくるフィナもその一人だ。
いつもと変わらない様子に苦笑しながら、フィナを抱え上げて椅子に腰かける。アイリアはまだ帰ってきていないようだ。チェイグのところの副会長枠として出るらしいが、むしろ会長じゃないのかと思った記憶がある。別にチェイグが会長枠なことが不思議なわけじゃない。俺も同学年で会長を選ぶとするならチェイグだと思っている。が、アイリアも会長に相応しいヤツだと思うのだ。
とりあえず、いないならいないでフィナに聞いてしまおう。あまり複数人の前で聞きたいことでもない。
「なぁ、フィナ。俺が王になるとしたら、どんな王だと思う?」
胸元に顔を埋めているフィナに尋ねてみた。
「……? ルクスは王様になりたいの?」
顔を上げてこてんと首を傾げている。……まぁ、そう思われても仕方ないよな。
「そういうわけじゃないんだが、」
俺はフィナに王気について会長から聞いたことを話す。
「ってことで、王の自覚ってヤツがよくわかんないから周りに聞いてみようと思ってな」
「……ん。ルクスが王様なのは想像できない」
話を理解してからは即答だった。正直なところ俺もそう思っている。
「だよなぁ」
「……でも、ルクスが王様になったらいいこともある」
「そうか?」
「……ん。差別はなくなるかも」
「あぁ……」
言われて、一理あるとは思った。
差別とは強い立場の者がすることだ。それは種族の数だったり強さだったり。なにが強いかは異なるとしても。
だからなのか、多種族共存を謳う我が国でも差別は存在している。根が人間の国だからだろう。学校でも人間が大半を占めている。フィナやオリガは数少ない他種族になるが、差別が起きていない理由は単に強いから。数をモノともしない圧倒的な力があるから成り立っているのだろう。逆を言えば、多種多様な種族がいるにも関わらずフィナのような強さを持っていなければ入学しようとも思わない。
そもそも受験の時点で受けない選択肢を取る者も多いようだ。
俺がそういうのを嫌うのは、俺が弱い立場の人間だからだろう。生まれつき持つはずだった魔力を持って生まれなかった、わけではなかったらしいが。それでも魔力を使えないというのは間違いないことだ。他人が持つ当たり前のモノを持たないというのは結構差別の標的にされやすい。
運が良かったのは育つ環境だろう。俺は周囲に恵まれた。
狭い閉鎖的な村と言うよりも集落に近い集まりだったが、そこにいる人達は優しかった。同年代の友達は、いなかったわけではないが。それも十年前の襲撃事件が起こるまでの話。今はもう、前後五年の年齢の人は、あそこにはいなかった。
まぁそういうのは置いておいても、居心地のいい場所だ。
「確かに、種族差とか別に気にしないしな」
思考の後返すと、フィナがじっと俺の顔を見上げていた。なにか言うのかと思って待っていたが、どうやら見ているだけのようだ。
「どうした?」
「……なんでもない」
なんでもないという感じじゃなかったんだけどな。フィナはそう言うと再び頭を俺に預けてきた。
「……ルクスは、どんな王様になりたい?」
「ん?」
フィナは体勢を変えないまま聞いてくる。
「……会長の話から考えると、周りにどう思われててもいい。ルクスがどうしたいかが大事、だと思う」
「それはなんとなくわかってるんだが……」
「……王様が難しいなら、周りにどんな影響を与えたいか、とか」
「影響?」
「……ん。王様は国を動かす権限があるから、王様が変われば国も変わる」
なるほど。周囲にどんな影響を与えたいか考えることで、自らが思う王の姿にも近づけると。
「ありがとな、フィナ」
「……ん。なでなでぎゅっ」
「ん? ああ、はいよ」
俺が礼を言うと、一変して幼くおねだりしてくる。急なことだったので一瞬怪訝に思ってしまったが。要求通り頭を撫でながら抱き締めてやる。
普段の様子からは想像しにくいが、フィナはこれでも成績優秀である。テストでは学年一の優等生と思われるアイリアに次ぐ順位を取ることもあり、幼さの印象もあるがその実聡明だ。
本人はあまり見せたがらないみたいなので、せめて気持ちを込めて頭を撫でた。
それからしばらくして部屋の鍵が開けられる。この部屋の鍵を持っているのはここに住んでいる三人とアリエス教師のみ。アリエス教師は持っていると言っても用があれば転移で入ってくることもあるので基本使わないが。
気でわかってはいたが、アイリアのお帰りだ。
「ただいま」
「おかえり」
なんだかんだ慣れてきた挨拶を交わす。フィナは俺の上ですやすやと寝息を立てていた。
「相変わらず仲がいいわね」
「なんか、よく懐かれてるからな」
「……私から言うことは特にないわ」
「うん?」
「なんでもないわ。それよりお風呂は済ませたの?」
「ああ。フィナも入ってたぞ」
「そう。じゃあ入らせてもらうわ」
なんてことのない雑談をする。途中含みのある言い方をされたが、それ以外は普段通りだ。アイリアはこうして風呂に入る前に一言言ってくれる。だがフィナはなにも言わずに入るか一緒に入ると言ってくるかになる。
当初は風呂に入るの後に続く言葉が「絶対覗かないで」だったのだが、これまでの時間でそれくらいの信頼は得れたのだろう。
最初の方は出会い頭のこともあって印象最悪だったが、今は多少なり改善していると思うべきか。
アイリアが風呂から上がったら話を聞いてみよう。
ぐっすり眠っている様子のフィナを抱えたまま待っていると、やがてアイリアが戻ってくる。白の寝間着に着替えてタオルを髪に巻いていた。湯上がり直後だからか薄く湯気を纏っており、頬が上気している。アイリアは男女共に人気が高いので、今の姿を見て騒ぐヤツは多そうだ。俺はもう慣れたが。
「なに?」
彼女の方を見ていると目を細めて聞いてきた。変に勘繰られても困るし、さっさと本題に入るか。
「いや、ちょっとアイリアの意見が聞きたいところがあってな」
「珍しいわね。あなたが私に聞きたいことなんて。それで、一体なんの話?」
俺が腰かけている自分のベッドから離れた、彼女自身のベッドに腰かける。
俺はフィナにしたのと同じように王気の話をした。神妙な面持ちで聞いていた彼女は、俺が話し終えると微笑む。
「なんだよ?」
その微笑みにどこか得意気になっている空気を感じて俺から尋ねた。
「いえ、いい情報が聞けたと思っただけよ」
彼女はそう言うと右手を胸の前に掲げて目を閉じる。集中しているのか気の流れが活発になり、やがて右手に金色のオーラを纏った。間違いなく王気だ。
容易く発動してみせたアイリアに、素直に目を丸くして驚くしかなかった。
「ルクスは平民だからイメージつかないでしょうけど、私は幼い頃から人の上に立つ者として教育を受けてきたの。だから自覚はもう備わっているのよ」
アイリアは俺が苦戦している王気を習得できたからか、得意気だ。……人の上に立つ者としての自覚、なぁ。平民云々じゃないが、確かに俺はこれまでそんなこと考えたこともなかった。むしろ下から押し上げるような気持ちでいたわけだが。
「でもルクスは人の上に立つようなタイプじゃなさそうだし、もう少し苦戦しそうね」
「うるせ」
どこか優越感のある嬉しそうな笑顔に、思わず眉を寄せてしまう。
「一つ助言をするとしたら、そうね。チェイグ君に聞くといいと思うわ」
「チェイグに?」
「ええ。彼なら別の答えを出してくれると思うから」
もちろん聞こうとは思っていたが、アイリアの言葉にはどこか確信がある。ヒントを得られるのではなく、答えを得られるという確信を持っているようだ。
「ふぅん? いいのか、俺に塩を送って」
「ええ。あなただって私にヒントをくれたじゃない。それに、この程度なら大した差にならないわ」
「へぇ?」
余裕たっぷりに微笑むアイリアに、ぴきりと青筋が浮かんできてしまった。
「よく言うぜ。会長相手に早々に諦めてたヤツが」
「……っ」
俺が煽り返すとアイリアもかちんと来たらしく、眉をヒクつかせていた。
「あの頃は色々あったのよ。でも今は違うわ。今の私と以前と同じだと思わないことね」
「そんなの俺だってそうだ。全力を出し惜しみして夏休み明け補習を喰らってたどっかの誰かさんと違っていつも本気だからなぁ」
「っ……!! あなただって公の場でお父様にあっさり負けてたじゃない。堂々と乗り込んでいった割りには、情けなかったわねあれは」
「は?」
「なにか?」
最終的に、俺とアイリアは額を突き合わせて睨み合うことになった。
「……うるさい」
というフィナの一言であっさり霧散していったわけだが。
アイリアと言い合うのも随分久し振りな気がする。そういや、アイリアと全力で戦ったことってなかったような気がするな。まぁそういう意味で言うなら大半のヤツとは本気で戦ったことないんだけど。
そんなことを考えながら眠りに着いた俺は、翌日になってチェイグを呼び出し早速王気について話してみた。
「王って言われてもね……」
だがアイリアの言葉とは裏腹に、チェイグは苦笑いを浮かべている。微妙な反応だ。
「アイリアに聞いたら、チェイグが答え出せるんじゃないかって」
「アイリアさんが? うーん……」
アイリアのことも言ってみたが、反応は変わらなかった。
王気のことをあまり大勢の前で言い触らすのもどうかと思うので、チェイグは適当な
場所に呼び出した。あまり周りに話を聞かれなさそうな校舎の外にしている。
「ピンとは来ないんだけど、アイリアさんはちょっと俺のこと買ってくれてると思うんだよね。今回の生徒会戦挙だって、多分ホントに勝つ気はないと思うんだけどアイリアさんから申し出てきたことだから」
チェイグが会長の枠で立候補していることは知っていた。副会長の枠がアイリアであることも知っている。あのアイリアが、すんなり王気を習得してみせたアイリアが会長の枠を譲るとは意外だった。なんなら今新事実を聞かされた。
「そうなのか?」
「生徒会長なんて柄じゃないって言ったんだけど。今の一年生の代で任せられるのは俺しかいないって言ってくれたから、つい乗っちゃった」
彼は少し照れたように笑っているが、言われてみればそうだ。俺も来年俺達の代から生徒会長を選出することになるが、そうなった時に誰を会長に選ぶかと言われればチェイグのことを思い浮かべる。生憎自分が会長になる気はないので、アイリアかチェイグ辺りが似合うなと思う。
もちろんチェイグには今の会長のように戦闘力はない。が、生徒をまとめるという点では彼に勝る者もいないだろうと思うのだ。
「確かに、そう考えると俺もチェイグかアイリアだとは思うよな」
「そうか? あんまり、自分じゃそう思えないんだけど。今の会長みたく強いわけでも、一種のカリスマ性があるわけでもないし」
「でも今の一年って問題児多いし、それぞれが好き勝手してるからなぁ。俺も含めてだけど。だからチェイグみたいに生徒をまとめられるっていうヤツが他にいないのはある」
「アイリアさんからも似たようなことを言われたよ。上に立つ者の資格は強さだけじゃない、って。正直アイリアさんがそのまで俺のことを買ってくれてるとは思ってなかったけど」
「俺も意外だったな。けどそれだけのことをチェイグがしてきたっていうことだろ」
「ははっ。ありがとう、ルクス」
この学校に入学してから半年が経とうとしているわけだが、思い返してみるとチェイグの存在が有り難いことは多かったと思う。特に俺は足りない分の知識を補完してもらっていたからな。あとアイリアも人をまとめる立場だとは思うが、それにしても制御し切れないヤツらが多い。だからこそチェイグがいてくれている意義ってのは大きいと思う。ぶっちゃけチェイグを騎士になるという観点で評価すると事務仕事なら兎も角戦いには一切向かない。今後どうなるかはさておき、現状では兆しも見えていない状態だ。そんな彼がSSSクラスに割り振られた意味は、ちゃんとあると思っている。
「んで、王気の話なんだが」
「ああ、ごめん。話を戻そうか。とはいえ、俺は王の器じゃないと思ってる。だから会長として立候補するに当たって、意識してること? って言うのかな。そういう話をするよ」
「おう、頼む」
生徒会長という役職も、生徒の代表として上に立つ者を指す。仮にも立候補するのだから、会長になった時のことを想定するのは当然のことだ。
「まず、今の会長であるリーグ先輩は参考にならない。あの人は圧倒的才能と圧倒的実力と圧倒的カリスマ性を持っている。あの人を参考にできるのは今の生徒の中だと、スフェイシア先輩かアイリアさんくらいかな?」
それには俺も同意する。その辺の人達はなんと言うか、そこに立つだけでオーラがある。
「そこで俺は、色々な人達を参考にして、どういう会長だったら俺にも目指せるのかを考えてみたんだ。そこで参考にしたのが、王宮騎士団の団長だ。入学試験も担当していたんだけど、ルクスも会ったことはあるだろ?」
「ん? あぁ」
俺が直接戦ったんだが。……なんていうか、微妙に印象が薄いんだよな。入学試験だからある程度手加減されていたんだろうと思うんだが、強い印象がない。
「因みに、あの人は入学試験の時全力を出してたと思うよ」
「え? そう、なのか?」
となると入学前の生徒にも負けるほどの実力ということになるんだが。そんな人物が団長って、大丈夫なんだろうか?
「ああ、びっくりだろ? 当然だけど、あの人は団長であって騎士団最強じゃない。なんなら、今は平の騎士と同じくらいの実力しかない」
「それは初耳だな」
「結構世界的に有名な人なんだけど。……まぁ、悪い意味でだから知らない方がいいか」
チェイグが言い淀む。確かに、実力の伴わない団長ということであれば色々なところから嘲笑の的にされてしまうだろう。
「兎も角、今の騎士団長には飛び抜けた実力はない。当時は気が結構使えたから戦闘力も少し上だったそうだけど、誰かさんが気のレベルを物凄く上げた結果世間の気のレベルが上がって追いつかれ追い越されたみたいだよ」
意味深な視線を送ってくる。俺のせいだって言いたいのか。俺には元々それしかなかったんだから仕方ないだろ。
「まぁそんなわけで今となっては実力も普通の騎士くらい。それでも団長でいるのは、団長としての書類仕事に適していたからっていうのと、彼より強い騎士がそういうのを嫌がって押しつけたからだね」
苦笑して告げた内容に、呆れを顔に出してしまう。……明らかに書類仕事が嫌だっただけじゃねぇかよ。
「もちろんそれだけじゃない。強さだけなら他にも適任はいるかもしれないけど、それでも満場一致で彼が団長に推された。彼は大局を見る目が素晴らしく、全体を見通して隊を動かすのに秀でていたんだ。また人柄も良く、飛び抜けた才能がない故に苦悩する騎士達に的確な助言を与えることもできた。人に教えるのも上手く、騎士団を任せられる人材という点では申し分ないという評価だったんだよ」
なるほど。ここまで聞いてようやくなぜあの人が騎士団長になっているかを理解した。
極端な例を挙げるなら、チェイグとオリガがいいだろう。チェイグはそれこそ今の団長と似たような立場だ。オリガは強さだけならチェイグよりも圧倒的に高いが、それでも人の上に立つ器かと言われればまた別だ。あいつはどちらかと言うと先陣切って突っ走っていって欲しい。
比較対象がアイリアとかならまた変わってくるだろうが、どちらかと言えばオリガ寄りの騎士が多いのかもしれない。となると書類仕事を嫌がるというのも納得だった。
「つまり、チェイグはその人を参考にして、強さやカリスマ性に頼らない長ってのを考えたわけか」
「そういうこと。簡単に言うと、俺の目指す生徒会長は徹底した適材適所の場を設けること。俺が面倒な仕事の矢面に立って、俺よりも才能ある生徒達は成長の時間に費やしてもらう。今の会長が生徒を導く会長だとしたら、俺の目指す会長は生徒を支える会長ってところかな」
そこにはチェイグなりの意思、答えがあった。
そして彼の言葉の一部に、刺さるモノがあったのだ。
「……なるほどな。そうか、導くだけが人の上に立つ者じゃない。支える、適材適所……」
「ん? もしかして、ちょっとは王気の参考になった?」
「ああ、かなりな。助かったぜ、チェイグ。ちょっと考えてみる」
「そう。じゃあ頑張って。ルクスがより強くなるんだったら、俺の目指す会長に一歩近づくことになるからね」
「おう。今年は譲らねぇが、来年は頼んだぞ。未来の生徒会長!」
俺は最後に激励の意味を込めてそう言うと、チェイグを置いて場所を移動する。今思いついたことを今すぐにでも試したいが、折角なら大勢の前で盛大に披露してやりたい。となれば、人目につかないところで実践だ。