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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
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特別授業

 宿泊学習を終えて帰ってきた俺達は、やっと安心できる場所に着いたと各部屋でどっぷりと眠っていた。翌日も休みだったので学校に顔を出したのは翌々日だったが。


 午前中の授業は宿泊学習の総評や個別評価をしてもらう時間だった。

 とりあえず成績が悪いと判断されたヤツはいなかったようだ。


 昼休み前にアリエス教師が「午後は予定を変更して特別授業だ」と言っていたのが少し気になったくらいか。実技ではなく座学のようなので、なにかクラス全体に伝えたいことでもあるのだろうか?


 午前の授業が滞りなく終わったところで昼休みに入る。


 食堂に来るのもなんだか久し振りだな、と思いながらフィナに連れられて食堂に到着すると二年のシア先輩、セフィア先輩、アンナ先輩と三年のエリアーナ先輩、レクサーヌ先輩が待っていた。五人共俺の知り合いだなと思っていたら俺達が入ってきた時にこいらを向いて、顔を綻ばせていた。あまり表情の変わらないアンナ先輩もわかるくらいには変化がある。

 なにかあったのだろうかと思っているとシア先輩が駆け寄ってきてそのまま抱き着かれた。


「良かった、無事で!」


 シア先輩の心から嬉しそうな声を聞いて五人が集まっていた理由を察する。柔らかな感触と甘い香りに戸惑いつつも、心配してくれた嬉しさと心配をかけてしまった申し訳なさがやってきた。


「まぁ、なんとか。今回は運が良かっただけでもあるんだけどな」

「それでも、こうして無事に帰ってこれたことが成果よ。襲撃に遭ったって聞いて心配してたんだから」


 俺もまさか再会と同時に飛びつかれるほど心配をかけていたとは思わなかったが。


「シア」


 鋭く冷たい声が聞こえたかと思うと、シア先輩が引き剥がされる。


「いきなり飛びつくなんて、君らしくない。どのような心境の変化があったのか、詳しく聞かせてもらいたいところだけれど?」

「とりあえず、人前で抱き着くなんてあんまり良くないと思うわよ」


 シア先輩を引っ張って引き剥がしたセフィア先輩とエリアーナ先輩が言う。


「す、すみません。つい……」


 二人や他からの視線もあり、シア先輩は頬を染めて謝っていた。別に悪いことをしていたわけではないのだが、俺に向けられた殺意混じりの視線を考えると全面的にシア先輩の味方をするわけにもいかないようだ。


「え~? 私もルクス君にぎゅ~ってしようと思ってたのに~」


 だがマイペースにそんなことを言うのはレクサーヌ先輩だ。


「シアさんのは思わずって感じだったからいいけど、レクサーヌは元からそう考えてたでしょ。よりダメよ」


 エリアーナ先輩が呆れたように言うが、レクサーヌ先輩の発言のおかげで俺に刺さる視線の威力も上がった気がした。


「なにはともあれ、無事なら良かった」

「ああ、まぁ」


 アンナ先輩の一言に、若干思うところがないわけではない。自分達の無事を喜ぶ気持ちと無事では済まなかった人達を想う気持ち、どちらも存在していた。


「……ルクス、ご飯」


 痺れを切らしたのか不満気な様子でフィナが俺の腕を引き、先輩達のいる方向とは別のテーブルに連れていく。だが先輩達もぞろぞろとついてきたので、結局全員が同じテーブルに座ることになってしまった。


 先輩達から宿泊学習でなにが起きたのか聞かれてしまったが、アリエス教師から不用意に話すなと念を押されているので大したことは話せなかった。先輩達でも魔神に襲われたことまでは知らないようだったので、あまり余計なことを言ってしまうのも良くないのだろうと思う。言うべき時になったら説明されるとは思うのだが。向こうが俺などの個人を目の敵にしているなら兎も角、学校や国を狙っているようなのでいつかは先輩や他の生徒達にも情報を伝えないといけない。ただし、タイミングはアリエス教師達に任せた方がいいのかもしれない。


 と思っていたのだが。


「午後の特別授業を始める。お前達も気になっているであろう、魔神についてだ」


 午後の授業開始と同時、教壇に立つアリエス教師が核心を突く語り出しをした。


 俺が一番他人事ではないので、今回の授業は集中して聞かなければならない。まぁ最近はどの授業もきちんと聞いてはいるのだが。


「ただ、話し始める前に一つ確認することがある」


 アリエス教師が言った直後、俺の頭の中に直接声が響いてきた。


『聞こえているな? これは魔神に関係のある者に対してのみ声を送っている。頭の中で返事をすれば私に聞こえるが、他の者には聞こえないから安心して率直に答えて欲しい。お前達のことを話してもいいかということだ。無論話したくないならそれでもいい』


 という内容だった。……魔神に関係のある者、か。俺とペインは間違いなく該当するだろうな。妙な詮索はしないとして、知っているヤツもいることだし俺のことは話してもらっても構わない。


『話してもいいぞ』


 念じるように回答して待つ。


『わかった。私は生徒の意思を尊重しよう』


 すぐにアリエス教師から返答があった。聞かれていたヤツ全員からの答えが返ってきたのだろう。


「……今確認が取れた。では早速、魔神についての講義を始めるとしよう」


 アリエス教師は言うと、授業を開始した。


「まず始めに、魔神とはそもそもなんなのかという説明から入る」


 俺が文献を漁っていた時期があるので概要を知ってはいるのだが、諸説あるのでアリエス教師の話を聞きたいところだ。


「魔神。魔の神という呼び名からして想像がつくかもしれないが、人智を超えた力を持つ存在のことだ。一応色々な文献に記載されているが、姿形や特性についてはそれぞれ異なるため一概には言えない。故にそういった曖昧な説明になってしまうわけだ」


 天変地異を操る獣という説も、生命から生気を吸い取る人型という説もあった。文献により様々なのは、魔神の個体が違うからだろう。魔神というのは人の種族みたく特定の特徴を有している存在というわけではないらしい。


「魔神の例を挙げると、今回宿泊学習での襲撃を行った中にいた魔神インフィニトル。この魔神は、戦闘したルクスとペインから聞いた情報によると蟲を操る蟲の魔神だ。本体も無数の蟲の集合体だが、認識を変化させているのか人の姿をしているように見えるそうだな」


 俺とペインが魔神と交戦したという話は既に一年の間では知っている者もいたが、改めて話すようだ。中にはぎょっとしているヤツもいたが。


「魔神固有の能力としては、真術という特異な術が存在しているようだ。ただこの真術というのはある程度の法則性はあるようだが、少なくとも我々ではどういう言葉がどういう意味なのかわからない。今のところわかっているのは、最初に真術を使うという宣言をすることのみだな」


 アリエス教師は俺が魔神の力を引き出せるように特訓してくれたので、真術についてもある程度知っている。当人である俺が言うのもなんだがよくわかっていない部分も多いのだが。


「真術、真なる術という呼び名だが、なぜそう呼ばれているのかは不明だ。自らそう名づけているからにはなにかしらの意味があるのだろうが。少なくとも我々の知る術よりは起源の古いモノであるというのは間違いない。私が知る限り魔神という存在は、どんな文献で登場する時も『封印が解かれた』結果出てくる。つまり魔神が封印される前の普通に跋扈していた時代もあったのかもしれない。古い文献で信憑性はないのだが、世界を荒らしていた魔神を創造神が罰して封じたという一文もある。なんにせよ、私達が知り得るより古の歴史から永く存在しているということだな」


 確かに、文献でもその土地の守護神として祀られていただとかそういう書き方をされていた気がする。


「誰がどうやって封印したかは兎も角として、封印されているということは封印される理由があったということだ。実際、どんな文献であっても魔神は封印が解かれた後に暴れ回って周辺一帯を滅亡させたというモノが多い。……まぁ、文献に残っているということは、生き残りがいたということだが。どうやら魔神の封印とやらは途轍もなく強力らしく、一定時間経つと再封印されるようだ。完全に封印が解かれた魔神を、私は一柱しか知らない」


 ちらりとアリエス教師が俺の方を見てきた。……ああ、なるほど。魔神アルサロスがその例と。確かに完全に封印が解かれていなければ俺と契約することなんてできるわけないか。


「魔神が持つ能力についての話に戻そう。未確認情報ではあるが、魔神は魔神が持つ力を注ぎ込むことで他の生物に力を与えることが可能なようだ。言っておくがこの“力”というのは魔力ではない。魔神に関係する者でなければ感知することはできないようだ。全員目にしたと思うが、宿泊学習の時に現れた巨人達は人間に魔神の力が注ぎ込まれた姿だ。より詳しく言うと、魔神の力に適合できなかった姿だそうだがな」


 紫の巨人の正体が人間だと知って驚いている者も多いようだ。俺は元々収監されていたヤツらの気を把握していたので変化の直後からわかってはいた。今回は運良く化け物として討伐しなかったから良いものの、一歩間違えば殺してしまっていたかもしれない。その事実に気づいている者もいるのだろう。


「因みにだが、ここにいないカインとダインの二名は魔神に力を注ぎ込まれた結果巨人へと変化してしまっている。現状我々では元に戻す手段がない状況だ。親御さんへの説明は済ませているが、各自注意して欲しい。二人についても無闇に外へ漏らすことはしないように。また勘違いしないで欲しいのは、必ずしも二人に非があったわけではないということだ。強くなりたいという気持ちを抱え、強くなれるという甘言に拐かされた結果だ。結果がどうあれ、当人の気持ちを否定するモノではない」


 当然のことだが、二人は利用されてしまっただけであって自ら俺達を傷つけようと思っていたわけではない。もちろん元から突っ撥ねていればという話でもあるのだが、相手が魔神では勝ち目はなかっただろう。


「ついでに、魔神の力に適合できた例もある。今回の襲撃を実行した中にもいたが、どちらも真術を行使できていた。そして適合しなかった二人と共に力を注がれ、適合できたのがそこにいるペインだ」


 ペインについて言及した。俺にもあった事前確認で承諾したからだろう。ペインについては巨人になってしまった二人と関係が深い上に、今後真術を戦闘に活用していくので話さざるを得ないというのはあるかもしれない。


「ペインが得た真術は、魔神の力を武器として具現化するモノだ。実際襲撃時には彼のレーヴァテインを具現化して戦った。私も確認したが、間違いないようだ」


 話題に挙げられたペインが注目を浴びている。最近までペインが注目されるようなことはなかったからか、若干居心地が悪そうだ。正直俺もあまり意識したことはなかった。最初に突っかかってこられたのに名前を覚えてなかってくらいだからな。……いやまぁ俺の個人的な問題もあるんだけど。名前を覚えるのが下手というな。


「魔剣が自在に具現化できる。聞けば随分便利で強力だが、念を押しておく。くれぐれも魔神から力を得ようとするなよ。失敗があるということは力を注ぎ込む前から適合するかどうかがわかるわけではないということだ。楽して力を手にしたい気持ちはわかるが、しっかりと自分の意思で拒絶しろ」


 アリエス教師は厳しく言及していた。もし適合すればという誘惑はあるだろうが、望んではならないモノだ。……昔の俺なら、間違いなく魔神側に堕ちてただろうけどな。


「さて。とはいえ文献を読んでいないお前達にとって、魔神の強さの基準にはイメージが湧かないだろう。実際に戦ったルクスとペインは兎も角、会ったことがないならわかるはずもない。当然のことだ。だから次は魔神の強さについて話す」


 俺は既に知っているが、アルサロスやインフィニトルが戦っている場面に遭遇していなければイメージはしにくいだろう。なんなら真術だけでも使えるし。


「ただ、今回は私が戦ったわけではないからな。実際に戦った者の見解を聞こうと思う。まずペイン、どうだった?」


 俺達が聞かれるようだ。そりゃそうかとも思うが、ペインが先だったのでその間に考えておくとしよう。


「えっと、自分は先ほどアリエス教師がおっしゃっていたように魔剣・レーヴァテインを使用して、その上で魔装を発動できた状態でした。それでも相手が蟲という炎に弱い性質を持っていたことを差し引いても、相手が遊んでいる状態で互角程度。本気で来られたらなにもかも次元が違いました。正直歯が立たなかったです」


 悔しさを滲ませてペインが言う。丁寧な報告なので、俺はある程度端折ってもいいだろうか。


「次、ルクス」


 とりあえず進めるようだ。


「俺も似たような感じで、遊んでる時は兎も角本気になられたら格が違ったな。今持てる本気で挑んでも上回られちまった」

「二人の話を聞いて、既に強さが実感できてきていると思う。具体的に言えば、ルクスの本気とはガイスに一撃入れたあの状態のことだ。油断していたとはいえ格上を撃退できたのは大きい。……生徒達の前で言うことではないが、魔神は私達であっても苦戦を強いられるのは間違いないだろう。負けるとは言わんが」


 アリエス教師が補足する。生徒の前というのもあるが、それ以外にも負けると言わないのはプライドがあるのだと思う。

 ただ俺達生徒にとってはアリエス教師達大戦の英雄が苦戦することなど想像もつかない物事だ。つまり魔神はそれだけの相手ということでもある。


 実際に戦ってわかってはいたが、本人から聞くと重みが違う。クラス内もしんと静まり返っていた。


「もちろん、お前達を守るために全力を尽くす。ただ今回情けないことに封じ込められていたことからも予想できるが、私達に対しては対策が取られていると思った方がいいだろう。天敵とも呼べる能力を持ったヤツをぶつけてくるはずだ。それで負けるような私達ではないが、時間を取られる可能性は充分にある。よって、お前達に力をつけてもらう必要がある。私達大人は既に成長を終えた後だからな、お前達と違って伸び代は薄い。そういう意味でも、この学校内で一年SSSクラスという一番伸び代が多いと目されるお前達の比重はそれなりに重いというわけだ」


 気を楽にさせたいのかプレッシャーをかけたいのかよくわからなかった。


「もう一つ、魔神について語っておこう。本人の許可は得たので話させてもらうが、魔人と魔神の関係性についてだ。種族である魔人と、超常の存在である魔神。ある一説によると、魔人というのは魔神の子孫と言われている」


 ついでとばかりに告げられた情報に、明らかなざわめきが起こった。魔人と言えばフィナの種族だ。クラスメイトの視線がフィナに集中したのも無理ない話だろう。当の本人はいつも通りの無表情だったが。いや、少し緊張はしているようだ。


「というのも、魔人が使う術式という特異な能力が着眼点となっている。この“術”とつく名称は、現在あまり数が多くない。魔人と魔神という呼び名の類似性と合わせて、そういった考察もある。というかフィナから事実であると聞いた」

「……ん。お父さんはそう言ってた」


 衝撃の事実、というかフィナが話したことのようだった。


「というところから、真なる術を使う魔神が扱っていた術は形や名称を変えて、しかし術という名前を持って生きているのかもしれない。陰陽術ももしかしたらそうかもしれないな」


 陰陽術はクラスにも使うヤツがいたはずだ。ただ、術がつくから魔神が関連しているというのも安直な発想なので、果たして合っているかどうかは別の話である。


「まぁこれは余談だ。術のつく技を使っているから魔神関係者というのはあまりにも愚直な発想だということは言っておく」


 アリエス教師も同じ意見のようだ。ただそんな考えに至っている人はこのクラスにはいないようだったが。


「魔神についての簡単な説明は以上だ。まだわかっていないことが多いので、今回話したことは憶測混じりだとも言っておこう。で、そんな強大な敵にどう立ち向かうかだが、一人で勝てとは言わん。今回ルクスとペインが共闘したように、複数人で補い、手助けし、協力して戦えるようになることが目標だ。勝てとも言わん。少なくとも私達が駆けつけるまで戦い、生き抜くだけの実力を身につけて欲しいと思う」


 今回は上手くいったが次もそうとは限らない。俺ももっと強くならなければ。黒気と内功の併用は俺が今実現できる最大の強化だ。それでも上回られたとなると、気の鍛錬の他に別の手段が欲しくなる。実はもう考えていることがあるのだが。


「私は半年ほどお前達のことを見てきて、それができると確信している」


 アリエス教師が不敵に笑って告げる。

 かけられた期待は重荷にもなるが、同時に意欲にも変わる。アリエス教師に言われるだけで不思議と力が湧いてくる気がした。


「……持ち上げて落とすようだが、魔神はおそらく敵連中の幹部・・に当たる存在だ。敵の首魁はそれ以上の存在と見ている」


 本当に、上げて落とされた気分だ。いやまぁそれも俺は知っているのだが。魔神がアリエス教師や親父にとって勝ち目のある相手だとしたら、あいつは勝ち目のない相手だ。それくらい差がある。


「と言ってもそっちはお前達が気にする必要はない。もし前線に出てくるようなら私達が相手をするからな。そいつの正体に目星はつけているが……憶測が多すぎて語れるようなモノではない。謎も多いことだしな」


 俺には見当もつかなかったが、アリエス教師はなんとなく予想しているらしい。……魔神の上、ねぇ。魔神が「神にも等しい超常の存在」だとするなら、その上なんて神そのモノしかないんだけどな。荒唐無稽な話だし、あり得ないか。


「で、だ。魔神に関することで、言っておきたいことがある。これは本人に確認を取っているが」


 アリエス教師が話題を変えた。ちらりと俺の方を見てきたので、ようやく俺の話をするようだ。


「ルクスの身体には、魔神が宿っている」


 この授業で一番の衝撃がクラスを襲った、と思う。俺は当人だし。


「当然のことながら、そこにいるルクスが別人格だとか擬似人格だとかそういう話ではなく、ルクス・ヴァールニアという人物の中に魔神が存在している状態だ。より詳しく言うとルクスが魔神と契約している状態のようだな。だが基本的には意識が同居しているだけで表には出てこない。これまで出てきたのは一度だけ、団体戦の後に襲来したカタストロフドラゴンの時だけだ」


 注目を浴びる。注目を浴びることに慣れていないわけではない。元々魔力がないだのと色々あるからな。他にも注目を浴びる理由なんていくらか思いつくし。ただ奇異の視線を向けてきても、恐怖の視線を向けてくることがなかったのは有り難い。慣れていても嫌なモノは嫌だからな。


「ルクスの中に宿っているのは魔神の名はアルサロス。文献では至上最悪の魔神とされ、討伐ではなく封印しかできなかったとされているようだ」


 ……うん? なんか不穏な説明だな?


「アルサロスは真術とは関係なしに魔力を吸収する体質を持っているため、魔力による干渉の一切を受け付けない。他の真術と違って、どうやら魔力を使用するのは吸収する体質の都合だろうな。とはいえ普段のルクスを見ていればわかるだろうが、この体質は魔神が表に出てきた時にしか発現しない。まぁ今は一時的に発現させることで魔法を吸収できるようになっているが、全身はまだ不可だ。この辺りはガイスとの戦いでもやっていたから思い出してくれればいいか」


 魔神の力の引き出し方を教えてくれたのはアリエス教師だからなぁ。


「で、ここからはガイスとエリスにも聞いた話だ。……本当は当人から聞くべきなんだろうが、どうやら言うつもりがないようだから、申し訳ないが私から話させてもらう。把握しておくべきところだとは思うからな」


 アリエス教師が神妙な面持ちで俺の方を見てきた。親父と母さんに、ってことは俺がなぜ魔神と契約しているのかを教えてもらったということだろうか? なんにせよ自分のことだ、真剣に聞かなければ。


「お前が魔神について知らなかったことからもわかるように、二人は生まれる前のお前を魔神アルサロスと契約させた。文献にもほとんど乗っておらず、その危険性から封印されている場所も普通の人では到達し得ないような地理だったそうだ。だがガイスとエリスは魔力を吸収するという魔神の不確かな情報だけを頼りに心当たりを探し回り、魔神の子孫である魔人の中で、先の大戦で知り合ったフィナの父親であるアガナンを訪ねたそうだ。そこで、魔神アルサロスの封印場所をなんとか見つけ出したというわけだ」


 まさかフィナの父親まで登場するとは思ってもみなかった。隣の彼女を見ると、向こうもこちらを見ている。驚いてはいないようだが。


「どうやったかは知らんが、なんにせよ二人はルクスに魔神アルサロスと契約を結ばせることに成功した。となると問題は、なぜそこまでする必要があったかということだが。誰か予想できる者はいるか?」


 アリエス教師はそこで教室を見回した。俺は聞くのに集中していて完全に考えていなかったわけだが、気になって周りを見ているとすっと小さく挙げられる手がある。チェイグだ。


「チェイグ、答えてみろ」

「はい。具体的なことは言えませんが、魔力を吸収する魔神という情報とルクスの体質が結びつくと思います」


 俺の体質? ……あっ。


「大体正解だ。そう、ルクスは魔力を持たない。そのルクスが魔力を吸収する魔神アルサロスと契約している」

「俺の魔力は常に魔神に吸い取られてる……?」


 チェイグの考えを聞いて思い至った答えを、思わず口にした。


「そういうことだ」


 アリエス教師が頷く。……そうか。だから魔力を持たない、なんていう状態になるわけか。人である以上、持ってないなんてことは今まで確認されてないんだから。


「つまり、ルクスが魔力を持っていると困るわけだ」

「……なにが、困るって言うんだ?」


 魔力がないという事実は、長年俺を苦しませてきた。いくら気だけでもと頑張ってはいても、他の人よりも生まれ持った力の一つがないというのは大きな差だ。全人類最大の落ちこぼれと言っても過言ではない。どうしても、そこまでしなければならなかった理由を知りたくなってしまう。


「ルクス。お前は――魔力拒絶体質だ」


 アリエス教師は真剣な表情で告げた。俺は耳から入ってきた言葉をそのままオウム返しに口から吐き出す。聞き覚えはない。だが言葉そのままの意味だとすれば。


「魔力拒絶体質というのは、身体が魔力を拒絶してしまう体質のことだ。拒絶することで身体が傷つく。全ての人は魔力を持って生まれるから、この体質が確認されること自体滅多にない。知らないのも仕方がないだろう。なにせ、生まれ落ちた時には既に自分の魔力で傷つき死亡してしまうからな」


 生命の細かな仕組みは知らないが、胎内で育つ子供がいつ魔力を得るのかは兎も角。胎内にいる時点で既に魔力を得ているのは間違いない。つまり、その体質で生まれたが最期、自らの魔力によって死亡することになる。


「ルクスが無事生まれたのは、母親がエリスだったからだ。自分の子供に起きた異変を逸早く感じ取り、傷つき続ける子供を回復し続けた。エリスは胎児であるお前が自分の魔力によって傷ついていることを知るとガイスに相談した。そこでガイスが僅かな情報を手がかりに魔神アルサロスを探すところに戻ってくるわけだ」


 俺はなにも言葉が浮かばなかった。なんと言えばいいのか、今後両親にどんな顔で会えばいいのかもわからなくなってくる。なにより魔神アルサロスの存在についてもだ。なぜ契約に至ったかはわからないが、ずっと俺の命を繋ぎ続けてくれているわけだ。


「……魔力拒絶体質と思われる子供が生まれる可能性として考えられるのが、膨大な魔力を持って生まれることだ。魔力に優れた両親を持つ場合に起こることが多いと考えられている。魔力が桁違いに高すぎて身体が拒絶反応を起こしてしまう、というモノだな。慰めにもならないだろうが、お前は両親の才能を漏れなく引き継いでいたわけだ」


 アリエス教師の声が静まり返った教室に響く。


「まぁ、当時私も少しおかしいとは思っていたがな。子供が出来たと嬉しそうに報告してきた後は会わせようとも会おうともしなかったからな。それに、在学中もその後もイチャイチャしまくっていたバカップルが複数子供を作らないのも不思議だったが、そういう理由だったようだ」


 少しでも空気を軽くしようとしているのかそんなことを言っていたが、空気が軽くなることはなかった。


「……んんっ。兎に角、そういうことだ。そしてもう一つ、お前一人に色々と背負わせてしまうようですまないが。魔神が力を注ぐことで人から変化した巨人を、同じ魔神の力なら元に戻せるかもしれない。もちろん可能性だけの話だ。今はまだお前が扱える魔神の力は少ない。今後できるかどうかの判断だけでもできるようになって欲しいと思う」


 咳払いをしてから、少し申し訳なさそうに告げてくる。


「これで、魔神に関することは大体話し終えた。個人名は兎も角として、魔神に関する情報は同じ時間に全てのクラスで教師陣が説明を行うようにしている。我々の敵がどういう存在なのかを知る必要があるからな。色々話したが、お前達がやるべきことは弛まぬ努力と鍛錬だ。相手がどれほどの規模で仕かけてくるかわからない以上、立ち止まっている時間はないぞ。ただし、逃げ出すのも一つの手だとは思う。今回の情報共有を行うに当たり、同時についてきたくない者は退学を勧めることにしている。どちらにしても、我々教師はお前達生徒の意思を尊重する。……この時間の授業は以上だ。しばらく考える時間は必要だろう。次の時限からは普通に授業を行うからそのつもりでいるように」


 アリエス教師はそう締め括ると教室を出ていった。そうなると教室から一切の音が消える。


 俺はと言えば、椅子の背凭れに身体を預けて天井を仰いだ。


 ……ちょっと、考えることが多すぎるな。

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