期待外れな
新年明けましておめでとうございます
「……ゴフゥ」
……チーン。
結果、ものの数分で撃沈した。
俺は地面に大の字になり、オリガは少し清々しい顔で仁王立ちしていた。
「人間の癖にやるな。ルクスか。覚えておくぜ。またヤろうな」
オリガはにかっと笑って去っていった。
オリガは少し擦り傷を負っていたものの、血は出ていない。対する俺は血も出てるし、きっと痣も出来るだろう。……活気で素早く治すか。
俺とオリガの殴り合いにほとんどのヤツが集中していて、野次馬は今から手合わせするようだ。そこでも、夢のカードが実現していた。
“神童”フィナVS“双槍の姫騎士”アイリア・ヴェースタン・ディ・ライノア。
“氷の女王”リーフィス・イフィクル・ヴィ・ブリューナクVS“魔性の毒蜘蛛”リリアナ。
“魔女”イルファVS“平坦な変態”レイス・リンクス・スフィア。
“平坦な変態”とは、自己紹介で下ネタぶっこんだレイスへの皮肉だ。本人は気にしていないようだが。
フィナとアイリアは今期最強と謳われる二人だ。その二人が戦うとなると、自然と注目が集まる。
冷たく近寄りがたいリーフィスと、魔性で毒蜘蛛と言う近寄りがたいリリアナの対決。例えるなら、極寒の山の頂上に咲く氷の花と毒の海の底に咲く毒の花と言ったところか。……どっちも近寄りがたいだろ? まあそれは兎も角、注目する戦いだ。
イルファとレイスだが、レイスは実技でも理論でもあまりずば抜けた成績ではないので、どう戦うかに注目が集まっている。……もしかしたら、女子の口から出る下ネタに期待されているのかもしれない。
「「……」」
フィナとアイリアが真剣な面持ちで向かい合っていた。
夢のカード三つ以外のヤツらはそれぞれを見ている。
……そういや、何で実技も制服でやるんだろうか。汚れるし、女子もスカートじゃあやりにくいだろう。
フィナとアイリアのバトルでは、女子はアイリアの気ありとは言え槍を二本も操るその実力と華麗な戦いを、男子はバトルによってフィナのその豊満な胸が揺れるところを見に来ているのかもしれない。
……どうなんだろうか。アイリアは体術の心得がありそうだし、フィナは魔人なので身体能力が高い。
「……」
アイリアの体術によるか。相手の動きを利用して戦うタイプの武術だったりすれば勝てるだろう。真っ向から殴り合う武術なら部が悪いだろう。
「……」
まず、フィナが動いた。ゆっくりと歩を進める。
「……あっ」
フィナが声を漏らす。……自分の右足に引っかかって、どてっと地面にうつ伏せ転けた。
……後ろのヤツらには、転ける際に舞い上がったスカートの中が見えただろう。
フィナは胸がクッションになってあまり痛くなさそうだな、とどうでもいいことを考えてしまうが、それは兎も角。
「……フィナって、運動音痴?」
俺は思わず呟いた。
それを初めとして、野次馬達にざわめきが広まっていく。
「……」
自分の足に引っかかって、しかも手を着けてないんだ。相当な運動音痴と反射神経の悪さだろう。
「……」
フィナはゆっくりと起き上がる。その瞳は心なしか潤んで見えた。
「……っ~~!」
フィナは俯いたまま、俺の方に突進して、跳びついてきた。
「……よしよし」
俺はそんなフィナの頭を優しく撫でてやる。
転けて痛かったのか、転けて恥ずかしかったのかは兎も角、慰めてやるのが跳びつかれた俺の役目だろう。
「……」
アイリアは困ったような顔をしていたが、不機嫌そうに眉を寄せた。
「……まあいいわ。誰か、私と手合わせしない?」
アイリアは諦めたように言って周りを見渡す。
「じゃあ、俺がやるぜ」
長身で筋肉隆々と言う、見るからに近接向きな男子が名乗り出た。
「……」
ただの筋肉バカかと思ったが、どうやら違う。魔力もなかなかのモノで、外見とのギャップで不意打ちするタイプらしい。……まあ、今は関係ないか。
「……いいわよ。かかってきなさい」
アイリアももちろんそれを感じたんだろうが、薄く笑って承諾した。
「……ぬおおおおぉぉぉぉぉ!」
叫びながらアイリアに突っ込んでいく。
「……はぁ。遅いわよ」
アイリアはため息をついて、一歩踏み込み、マッチョの腹に両手で掌打を叩き込んだ。
「っ……!」
マッチョは身体をくの字に曲げて吹っ飛んでいった。
「……ふぅ」
アイリアはパンパン、と手を払った。……余裕だな。何かの武術でもやってるんだろうか。
次はリリアナとリーフィスの手合わせだ。
リリアナの種族、アラクネと言うのは古代に存在したアラクネと言う蜘蛛使いの子孫と言われる亜人だ。モンスターのアラクネと言うのもいて、それはただの蜘蛛だ。蜘蛛使いではなく、蜘蛛使いに使われる蜘蛛の方だと言う噂がある。
毒系の亜人に共通して、毒は気や魔力に関係ない。元となる存在の毒の性質に依存するのだ。
「……言っておくけど、私は毒蜘蛛のアラクネ。触れたら、毒に侵されるわよ」
リリアナは対峙するリーフィスに忠告する。
「残念ながら、退く気はないわ。だって、負ける気がしないもの」
リーフィスは一歩も退かず、勝負するようだ。
「……気も魔力も使えないあなたに勝っても意味ないわよね。糸も毒も使えるんだから」
リリアナはそう言うと、背から制服を突き破って蜘蛛の四本の脚が出てきた。……リリアナの綺麗な背中が見えて、男子が感嘆の声を漏らす。
「……でも、勝てると思ったら大間違いよ」
リーフィスには自信があるようだが、足運びなどから見ても素人。能ある鷹は爪を隠すとは言うが、それ以前の問題だろう。到底勝てるとは思わない。
「……ふーん。じゃあ、やりましょうか」
リリアナは妖しく笑う。
「ふふっ」
笑いながらゆっくりと歩を進めていくリリアナ。リーフィスはその場で悠然と立っている。
……果たしてハッタリなのか秘策があるのか。
「っ!」
間合いに入ったかと言う距離で、リリアナが足を払った。蜘蛛の脚を出して上でいくかと思わせての足だろうか。リーフィスはあっさり転けて、受け身も取れず、ドサッと倒れる。
「……」
打ち所が悪かったのか、リーフィスは気絶していた。……ただのハッタリだったか。
「……乳デカ女。その無駄に大きいパイオツが邪魔になって動けないのではなくて?」
早速レイスがぶちかましていた。
「……キミが持っていないから羨ましいのかな?」
制服の上をカットして胸の上部分を晒しているイルファは少し戸惑ったようだが、普通に返した。
「……いえ。私はパイオツの大きさが全てを決めるとは思っていないもの。時代は下ネタよ」
……レイスは全くぶれない。芯が通っているんだな。
「ボクは下ネタが全てだとは思わないけどね。……それより、キミはあまりずば抜けた成績じゃないようだけど、ボクに勝てると思ってるのかな?」
イルファは余裕の態度を崩さず言った。
「……ええ。私はあまりずば抜けた成績ではないのだけれど、同じSSSクラス。エリート中のエリートなのよ。甘く見ていると、負けるわよ」
レイスは気も魔力も一般より高い程度だ。どうやってSSSに入ったのか気になる所だし、どう戦うんだろうか。
「いいよ。やろうか」
イルファは構えを取る。あまりいいとは言えないが、両腕を顔辺りまで上げ、足を肩幅まで開く。まあ、魔法が得意な“魔女”にしてはいいんじゃないだろうか。
「……そうね」
レイスは頷くと、軽快な走りで距離を詰めていく。
「……」
イルファは警戒して腰落とす。
レイスは互いの間合いに入ったと思われる距離で左に跳ぶと言うフェイントを混ぜた。
「っ……!」
それにあっさり引っ掛かったイルファは右を向いてしまう。
フェイントを左に行ったと言うことは、右に来ると言うことで、レイスは右から加速してイルファの背後に回る。
やられるーーと誰もがそう思った時、レイスの両手がイルファの誇ってもいい大きさの胸を思いっきり掴んだ。
「ひゃぅ!?」
ビックリしたイルファが甲高い声を上げるが、レイスはそんなのお構いなしに揉みしだいていく。レイスの指に力が込められる度にいやらしく形を変えていく胸とほんのり赤く染まった色っぽいイルファに、男子の視線が集まる。期待通り、いや、期待以上のことをしでかしてくれたと言うべきか。
「……得意はパイオツと言ったでしょう」
……いや、ただの乳揉み魔なだけだからな、それ。
「……リオ!」
半ば悲鳴のような声で叫ぶと、イルファの肩に乗る漆黒のリスのような可愛らしい生物がイルファの胸を揉みしだくレイスの左手人差し指に噛みついた。
「っ~~!!」
小さく尖ったたった二本だが牙が刺さったレイスは痛みに地面を転がり回り、イルファはレイスから解放された。……何だこの泥仕合。
「……結局、完璧なのってアイリアだけなんじゃねえか?」
俺はまだくすんくすん言っているフィナの頭を撫でながら独りごちた。
魔力のない俺、運動音痴なフィナ、魔力の少ないオリガ、魔法が苦手なリリアナ、体術は素人のイルファ、体術はからっきしなリーフィス。
両方優秀なのはアイリアだけだ。それに知力も含めると、最も優秀と言える。だがそれでもフィナはアイリアと並び称されるんだから、余程術式ってのは強いんだろうな。