魔神戦
蟲の魔神に対して、俺とペインが突っ込んだ。
「おらぁ!!」
ペインが怒りのままに焔を放ち、ヤツを包み込む。普通であればこれだけでも勝利に近づくのだが、全身を覆う焔が払われたかのように落下して消えていく。
「なに!?」
巨人に対して使っていた消えない焔と同じモノだったのだろう、ペインが驚愕していた。
気を見ていた俺にはわかったが、表面の蟲が燃えた瞬間に身体から分離させて落としたのだ。気の形を見ればわかるが、ヤツの衣服すらも蟲のようだ。言ってしまえば、蟲の集合体が人に擬態しているかのようだ。それか認識を改変しているのかもしれない。こいつから力を貰った包帯男が認識されない真術を使っていた。そういう系統の能力を持っている可能性は高い。……だとしたら今回俺にも効いてるのは、あくまであいつの劣化した能力だったから効かなかっただけってことか。
ペインが警戒するように立ち止まったので、俺も一旦突っ込まずに様子を見る。
「そいつは身体が大量の蟲で構成されてる! 今のは表面の蟲だけを燃やして切り離したんだ!」
「重要なことは早く言え!」
燃え移るよりも早く分離させるとは考えないだろう、という言い訳は置いておいて。
確かに一回目の後に言うべきだったかもしれなかった。
ほぼ無尽蔵に回復できるようだが、なんとか燃やし尽くす手立てはないモノかと思いはする。
「やはりあなたには感づかれていましたか。流石、気のみを使ってきただけのことはありますね」
魔神が笑って左腕を真横に伸ばすと、腕が膨れ上がり破裂するかのように無数の羽虫が飛び出してきた。まるで肘から先が蟲の群れになったかのようだ。
根本から波打つように、黒い小さな群れがどんどん数を増していく。
「クソッ! 気味の悪ぃ野郎だな!」
「落ち着けよ。あの増え方を見るに、母体がいる」
「チッ……そいつを叩けばいいってわけか」
「そこまで読み取りますか。ですが、どこにいるか言わない辺り、どの蟲がそれに当たるのかまではわからないようですね」
俺達の会話を聞いて、魔神は否定しなかった。バレても結果が変わることはないと思っているからだろう。……こいつの言う通り俺にはどこに母体がいるのかわからなかった。うじゃうじゃいすぎて感知し切れないのだ。数を減らさない限りは特定できそうにないな。
母体がどこにいるのかはわからないが、少なくとも蟲の群れの内側から蟲が増殖しているのは確かだ。全ての蟲が新たな蟲を生み出しているのではなく、増える時も内側で増えたことによる押し出しで増えているように見える。少なくとも新たな蟲の気が表面から突然現れた、ということはなかった。
そもそも母体となる蟲がいたとしても、群れの中心にいるとは限らない。第一、動かないわけがない。最終的にはそいつを捕捉する必要があるにしても、場所がわかったところで意味があるとは思えなかった。
「私を構築する蟲を生み出す母体。それを攻撃されれば人間で言う心臓を潰されるのと同じ。私を倒すには周りの蟲を減らしながら母体を探して攻撃すればいい。これで、勝ち筋は見えましたね?」
男は笑顔で告げると、糸目を開いて目玉がいくつも無理矢理嵌め込まれたような瞳を見せる。同時に殺気が空気をヒリつかせた。
警戒して各々武器を構える俺達へと、
「では次は、絶望を与えましょう。――真術を行使する、レァ・アニムニクス」
魔神の口からなにかの言葉が紡がれると、湧き出ていた黒い蟲達が一斉に動きを止めた。間違いなく真術の一種だ・
ぞわり、と全身の毛が逆立つのを感じた。ただの勘だが、マズい。
「ペインッ!!」
「っ、てめえに言われなくても、なぁ!!」
刃という小さな的に対しては戦いにくい俺よりも、範囲攻撃ができるペインに対処してもらうのがいいと思った。
それは当たりで、ペインがレーヴァテインを振るい焔の壁を築くのとほぼ同時に黒い蟲達が高速で飛来してくる。まるで矢のように飛んでくる蟲達は大半が焔によって阻まれたが、ペインと離れていた俺の前には焔が間に合わない。剣を振るって両断するも全てに対処することはできず、蟲によって身体の複数箇所を貫かれた。……急所は避けたが、右脚の骨を持っていかれたので体勢を崩し膝を突いてしまう。
「チッ……! 俺の焔が間に合わなかったか」
「いや、俺の判断が遅かったな」
体内の気を極限まで活性化させているので、身体に穴が空いても再生はする。おまけに活気まで併用してすぐに治ったのだが。
……万が一にも頭や心臓をやられてたら死んでたかもな。
最優先として守ったが、大量の矢が高速で飛んでくるようなモノだ。事前にわかっていなければ対処のしようがない。
(俺とは、ちょっと相性が悪いな)
「あなたとは、少し相性が悪いようですね」
俺の心の声と魔神の声が重なった。ただし、あいつが見ているのはペインの方だ。
「この場でつい先ほど開花したにしては、私の力が基になっているにしては、相性が悪い。これもまた、試練ということですか」
「知るかよ。ベラベラ喋りやがって。てめえはこれから、俺に焼き殺されるんだよ」
「それは恐ろしい。では、もう少し、数を増やしてみましょうか」
魔神はもう片方の腕も横に伸ばして、両側に大量の蟲を生み出す。
「おい! 俺がやるからてめえはこっち来い!」
「わかってる!」
ペインが対処できるというなら、俺は助けてもらう他ない。
「レァ・アニムニクス」
ペインの方へ俺が走り出すのとほぼ同時に蟲達が射出する。ペインは数の多さを考慮してかさっきよりも分厚い焔の壁を作り出した。
結果、蟲達は全て焔に焼かれて灰と化していく。
「ではもう一度。レァ・アニムニクス」
「さっきの倍くらいの数だ!」
再び蟲達が射出される。焔で見えないため、気で感知できる俺が警告する。今度も、分厚くなった焔の壁が防いでくれた。
「さて、どこまで耐えられますか? レァ・アニムセル」
使う真術が変わる。……これは、蟲の増殖が止まる気配がねぇ。
「連続してくるぞ!」
「っ……!」
俺の言葉通り、今度は射出される蟲が途切れることがなくなった。ペインは壁を維持するために魔力を消費し続けるしかない。
ペインの息が上がっている。残り魔力も心許ないのだろう。対してヤツの気は消耗した様子が一切ない。現状維持ではいずれ詰む。だから俺が動くしかないのだが。
「……三秒貰う。それまで耐えて、援護してくれるか?」
「やるならさっさとやれ。こっちは余裕ねぇんだよ」
言葉遣いは当初と全然違うし別に仲良くなったわけでもないが。この場では、命を預ける仲間だ。
「わかった。頼りにさせてもらう」
「相談は終わりましたか?」
俺が言った後に、魔神から声をかけられた。相変わらず余裕そうだな。まずは一回、冷や汗を掻いてもらわねぇと。
「ああ。覚悟しとけ――っ!!」
俺は直後に内功と黒気の併用を発動。蟲の弾幕を避けて瞬時に回り込み、魔神の背後を取る。人ではないので死角なんてないも同然だが、人のフリをしている以上前後の感覚はあるはずだ。
振り被った黒い刃に龍が巻きつく。
「黒龍一刀」
どこに急所があるかわからない以上、本気の一撃でより多くを削る他なかった。
「刺青」
一振りを当てず、鋭い爪で切り裂いたような黒い斬撃を放つ。左右それぞれに四本ずつの斬撃が発生して、近距離の範囲を抉り取った。
俺の全力の一撃は、焔のように次々と蟲を生むことで防がれなかったが、身体が削れていくつかに分断されつつも瀕死になった気配はない。だが分断させたことで母体がどこにいるのかはわかった。今首から胸にかけての範囲から蟲が湧いている。
「燃え散れ!!」
そこへ、ペインが焔を放った。範囲攻撃ではなく、再生し始めている部分を消し飛ばすために高速で放った火焔の球だ。だが、再生が間に合っている。
「レァ・エンドゥーサ」
欠けた頭の口が動いて真術が発動した。バラけていた部位が蟲へと戻り、一斉に俺へ襲いかかってくる。ブゥンという羽音が重なって聞こえてくるほどの距離だ。なにより速い。黒気と内功の併用を以ってしても距離が近すぎて回避が間に合わないほどだ。
それでもなんとか、全力で後方に跳ぶことで回避しようとはしてみる。飛んでいる間に近づかれて、眼前にまで黒い蟲が迫った。
が、俺に当たる直前で焔が蟲を焼き払う。おかげで命拾いをした。着地してからすぐに黒気を解く。……クソ、ちょっと長引いちまったな。
「おや。予想はしていましたが、勿体ない。私を殺すチャンスだったというのに」
すっかり元通りにまで再生した魔神が笑って言った。俺を助けるために、ペインは魔神への攻撃を中断する必要があった。どちらにしても致命傷を与えられたとは思えないが、燃やし続けられていれば母体の位置ぐらいは捕捉できたかもしれないのに。
「それで犠牲者が増えたら意味ねぇよ。バカかてめえ」
ペインは睨みつけるように告げるが、魔神の余裕振りは変わらない。はっきりと母体を狙われたというのに焦った様子が全くないのは、まだ本気を出していないからだろうか。
「しかし今のは危うかったですね。当たり所が悪ければ勝負が決まっていたかもしれません。ですが連発はできないのでしょう? もう少し強くして、遊んでみましょうか。――レァ・ホルヌングス」
心にもないことを述べつつ、ヤツの肘から先が蟲へと変わる。蟲達は高速で飛行しながら一匹一匹が流星のように尾を引いて加速していく。俺とペインの二人同時に狙う形だ。離れているのでペインの焔による防御は期待できない。
「火炎龍!!」
俺は龍気によって赤い龍を刃に纏わせ、放つ。炎の龍に呑まれた蟲はやがて墜落していくが、一部は当たらずに突っ込んできていた。数が減ったおかげで自力でも対処でき、確実に斬り捨てていく。
ペインは焔を使って難なく防いでいた。
「回避は選びませんか。残念です。――レァ・マヌレイギ」
再生した腕が、今度は肩から分離して黒い蟲の塊となる。蟲は円を描くように飛びながら迫ってきた。直接飛んでくるのとなにが違うのかと思ったが、丁度数メートル前にあった瓦礫がなんの抵抗もなく切断されたのを見てしまう。運が良かったと言うべきか。
火炎龍で殲滅できるまで攻撃して対処したが、技の対処で手がいっぱいになってしまうのはマズい。俺もペインも順調に消耗していっている。俺はまだ余力があるが、黒気と内功との併用はあと一回できるか、というくらい。ペインは初の魔剣、魔装で普段の戦闘と魔力消費の勝手が違う。
相手はまだ俺達を嘗めている。一切本気を出してこない。……なら、本気を出される前に勝負を決めるしかなかった。
「ペイン! 俺が仕かける! 援護は頼んだ!!」
ペインが攻撃する場合、最大火力で燃やし続けても母体の蟲を生む速度に勝らない可能性がある。俺はさっき確かめたが、一時とはいえ削ることができた。
なら多少無理をしてでも、母体の居所ぐらいは掴まないと話にならない。
「勝手言ってんじゃねぇよ!!」
打ち合わせなどしている暇もないので、即興で合わせるしかない。ペインには悪いが付き合ってもらおう。
俺は再度黒気と内功との併用を発動。攻撃の合間を狙って魔神へと突っ込んだ。
「黒龍一刀、刺青」
「それは先ほども見ましたね」
俺が放った八つの斬撃で、魔神の身体が分断される。相手が余裕たっぷりな内に、母体を把握しなければならない。分断された蟲達が俺を襲うとしてくるが、そこはペインの焔が援護してくれている。その隙に気が増えた箇所を狙って、
「刺青」
もう一度同じ技を放つ。八つの斬撃を鋭く細くして分かれた箇所を狙った形だ――見つけた。
俺は蟲の群れの中で、新たな気を生み出し続けている個体を捕捉する。
「黒龍一刀、倫敦塔」
刀に見立てた剣を地面に突き立てるようにして、斬撃を敵の足元から上へ突き出す技。間違いなく母体を狙ったはずだが、直前で軌道から動かれてしまった。
「なるほど、場所が判明してしまいましたか」
これまでと変わらない声音で聞こえてきたはずの言葉に、ぞっとする。一瞬足が竦むほどの殺気を受けて咄嗟に後ろへ跳んだが、通りかかった蟲の群れが俺の腹部を抉った。
「っ――!!」
後ろへ跳んだ勢いはそのままに着地してから、黒気との併用が切れてしまいがくりと膝を突く。俺が跳んだ軌道上に血が滴り落ちている。活気を発動して治癒力を高めて傷は塞いだが、黒気と内功の併用を使った状態でも反応し切れない攻撃速度だった。思っていたよりも速かった、というのはあるが完全に上回られている。……まだ力が足りないってのかよ。
「おっと、すみません。私としたことが少しやりすぎてしまったようですね」
魔神は未だペインの焔に焼かれながら、平然と佇んでいる。母体ががんがん蟲を生み出しているようだ。
「……チッ」
ペインが忌々しげに舌打ちして焔を消す。無駄に消耗するだけとわかったからだろう。
「さて。そろそろ終わりにしましょうか。充分遊びましたからね。これ以上は、必要ありません」
魔神は言うと、瞬時に俺の前に移動してきた。
「相性は良いのですが、あなたを先に殺した方が良さそうです」
俺が回避や防御を選択する暇もなく、魔神の拳が腹部に突き刺さった。背中まで貫かれたと錯覚するほどの衝撃に内臓が潰れて吐血すると同時に地が足から離れた、かと思ったら硬い平らなモノに激突して一瞬意識を失ってしまう。
気がつけば落下していて、上から衝撃でへし折れた壁の瓦礫が降ってきている。だが身体は動かず、そのまま下敷きになった。
……そういえばあの野郎、最初に立ってた場所から一歩も動いてなかったな。
今更ながらに気づいてしまう。わざと遠距離攻撃を主体にして戦っていたが、蟲が弾丸のような速度で放たれるということは、蟲の集合体であるあいつも同じ速度で動けるということだ。冷静に考えてみれば当然だろう。
内功で強化されているとはいえ、重い瓦礫の下敷きになっては身動きが取れない。抜け出すのには時間がかかってしまう。
「ひと思いに、頭を踏み潰してあげましょう」
当然、敵が待ってくれるはずもない。現れた魔神が片足を持ち上げる。……気絶してもいいから黒気との併用を使うという手もあるが、結局その場凌ぎにしかならない。なら悪足掻きするしかなかった。
なんとか身体ごと瓦礫を持ち上げて抜け出そうとしてはみるも、間に合うはずがない。だが悪足掻きをする俺を見下ろして魔神は慢心している。
「ッ――!」
もし、今この瞬間に攻撃してくれる者がいたら、狙い目かもしれない。
魔神の振り上げた脚が紅蓮の焔によって灰と化す。それどころか焔の当たった範囲以外も熱気で赤く燃えていた。強烈な熱気が目に染みて身体を持ち上げる腕が少し下がってしまった。熱されている範囲から余裕を持って切り離さなければならないようで、魔神は再生に手間取っている。
「……これは、意外ですね」
魔神は再生した脚を下ろすと焔が放たれた方向を見やった。そこには、熱で大気を歪ませるペインが立っている。特にレーヴァテインを握る両腕からは煙が発せられており、ペイン自身が強烈な熱を持っているようだった。
「これまでの焔とは一味違いますね。これほどまでの火力……魔力も尽きかけた今の状態で、なにを犠牲にすればそこまでの威力が出せるのでしょうか」
魔神がくつくつと笑う。ヤツにはペインがなにを使って今の焔を放ったのかわかっているようだ。……いや、俺にも大体わかった。さっきの焔、これまでの黒混じりの焔とは違って魔力が感じられなかった。代わりに気に似たモノが感じ取れた。厳密に言えば気ではないのだろうが、気に近いモノ。となると生命そのモノを消費している可能性が高い。煙が出ているのも、実際に腕が焼かれていると考えられた。
「……てめえは俺が殺す、っつってんだろ」
「あまり図に乗るのは良くありませんよ。私が本気を出せばあなた方全員を殺すことだって――」
「うるせぇよ、クソ蟲野郎が」
ペインが焼かれているからか険しい表情を浮かべたまま魔神の声を遮る。
「実力で敵うかなんてどうでもいいんだよ! 人間嘗めてんじゃねぇぞ!!」
ペインは吼えると一気に駆け出した。背中側から焔を噴射して加速し、魔神へと肉薄する。だが魔神の速度は彼の遥か上だ。あっさり右側へ回って殴りかかった。
「甘ぇんだよ!!」
だがペインは紅蓮の焔を全身から放つことで魔神の拳が焔に触れた瞬間灰に変えていく。これでは魔神もペインには手を出せない。
「そういうことでしたら、あなたの命が尽きるまでゆっくりと攻撃していましょうか」
それでも、ヤツにペインを直接攻撃しなければならない理由はなかった。魔神はペインから離れると「レァ・アニムセル」と唱えて両腕を蟲へと変え延々とペインに向かって放ち続ける。
「クソが!!」
怒鳴りながらもペインは距離を詰めるべく動くのだが、相手は余裕を持って移動しながら攻撃を続ける。あれではヤツの思い通り、ペインの命が先に尽きてしまう。
俺は身体を持ち上げる腕の力を強めてなんとか瓦礫の下から這い出ている最中もペインは奮戦していた。
俺がようやく抜け出してフラつきながら立ち上がった時だ。
魔神を追っていたペインが纏っていた焔が消え、彼自身も剣を支えになんとか立っている状態になった。全身から煙を噴く様から、甲冑で見えないが全身が相当焼かれているのだろう。瀕死の重体だ。立っているのが不思議なほどに。
「おや。案外粘りましたが、ここまでのようですね」
魔神はペインに戦う力が残っていないと見るや、接近して拳を振り被った。
「ペインッ!!」
俺が駆け出しても間に合いそうにない。黒気との併用を使っても間に合うとは断言ができないタイミングだ。それでも足を動かしたが、疲労からか縺れてしまう。
その時、こちらを見るペインと目が合った。……彼の目は死んでいない。なにかを狙っている。なら、俺はそれを信じて俺のやるべきことをやるしかない。
俺が走っても間に合うことはなく、魔神の腕がペインの腹部を甲冑ごと貫いた。
「人間とは、やはり脆いモノですね」
人という生物そのモノを見下すように告げて、魔神は腕を引き抜こうとする。だが、その前にペインが魔神の身体を掴んだ。
「……俺を殺そうとする時は、近づいてくるって思ってたぜ……!!」
口から血を流しながらも笑って顔を上げたペインの全身から、紅蓮の焔が噴き上がる。瞬く間に魔神の身体を包み込んだ。
「っ、くっ……」
焔の中で魔神の姿が歪む。全身を焼かれているせいで形が保てなくなっているようだ。それどころか少しずつ縮んでいる。母体を外に逃がそうにも焔の中を突っ切るのはリスクが高い。やるとすれば蟲達を盾にしながら飛び出すくらいだが。
「俺が死ぬのが先か、てめえが死ぬのが先か。我慢比べといこうじゃねぇか……!!」
ペインは本気で死ぬ可能性を考えて、焔を放っている。焔の規模が更に膨らんで、塊となって逃げても抜ける前に燃えてしまう可能性もある。危険を冒さなければ脱出はできないが、ヤツのことだ。心のどこかでこう思っているのではないだろうか。
――私が先に尽きるはずがない。全力で増殖し続けていれば、先に果てるのは人間の方だ。
その甘い目算を潰すのが、俺の役目だ。
「そこだぁ!!!」
俺は焼けるのも構わず燃える魔神へと突っ込み、捕捉していた母体へと刃を突き立てた。
「……っあ」
間違いなく母体は死んだ。その証拠に魔神の身体がどんどん灰になって消えていく。気が増えることもなく減る一方だった。
「どうやら、てめえが死ぬのが先みたいだなぁ!!」
「ッ、ァ、――――ッ!!!」
ペインの言葉に怒りを覚えているのが、人ならざる音を発する魔神。だがいくら吼えたところで、自分は本気じゃなかったと言い訳したところで、結果は変わらないのだ。
だが、母体を中心に胴体だけが残った瞬間黒い蟲の群れと化して高速で焔から抜け出した。その多くは焔によって灰になり熱気を浴びて墜落していくが、辛うじて十体だけ残っている。
「逃がすか!」
ペインが焔を向けるが、ヤツの速さは異常だ。母体がいなくなっても意識はあるのか、焔の届かない範囲へ逃げてしまっている。だがここで逃がすわけにはいかない。折角追い詰めたのに、逃がして堪るか。
「クソ……」
ペインはもう動けない。焔も届かないとなれば無理難題だ。となると俺がやるしかない。
「ペイン、俺に焔を撃ってくれ」
「あ?」
「いいから早く!」
時間がない。ヤツが完全に離れ切ってしまう前に、仕留めなければ。
ペインは怪訝そうだったが、それでも最後の力を振り絞った紅蓮の焔を放ってくれた。
そこへ、俺は右手を向ける。神経を集中させて掌に焔を吸収させた。
「真術を行使する」
俺は真術を唱えながら、黒気と内功の併用で身体能力を強化して助走をつけ思い切り跳躍する。
蟲の移動速度を考えて先読みした形だが、それでも届くことはない。そのための真術だ。
「ディ・エンヴォイア!!!」
右手を振り被ると掌の前に焔を圧縮したような球体が現れる。それを握り込んで投げるように腕を振るい、前に突き出したタイミングで手を開く。
すると掌から焔が分裂し、流星のように尾を引いて蟲へと迫った。数は十個。蟲の速度よりも遥かに速く迫る焔の軌跡は、標的の数と同じ数にしか分裂しないが、速さと追尾によって確実に当たる。ただ使っただけでは威力が足りない可能性があったため、効くとわかっているペインの焔を流用させてもらった。俺が魔力を吸収して放つ関係か、こういうこともできるようだ。
気を使い果たして疲労が急激に増幅し、重力に従って落ちていく俺の視界で、焔の弾は一つ、また一つと蟲を撃破していく。残った蟲が必死に蛇行しようと追尾して滅していく。
残ったのは、あと一体。
いってくれ、と俺が願うまでもなく。焔は蟲へと直撃した――かに思われた。
いや、実際に直撃したのだと思う。だが直撃して灰になっていく蟲とは別に、飛び出した蟲がいた。灰になった方はおそらく抜け殻。当たるまで追ってくるとわかった時点で最後の一体は抜け殻を焔に当てて追尾をかわし逃走する気だったのだろう。
「く、そっ……」
最後の最後で一歩及ばなかった。たかが一体の蟲、とは言えない。母体がいないからと言って再生しないとは限らない。相手は魔神、ここで仕留められるに越したことはなかった。
だというのに、俺は敵を逃してしまった。一抹の後悔が襲うも、長続きはしない。力を使い果たして頭も回らなくなっていく。
視界に映らないほど遠くに逃げ去ったのを見届けて、俺は落下し地面に激突する。身体はもう動かず、意識を保っていることすら難しい。
「……ペインを、運ばねぇと」
俺よりも重傷のペインを治療できる誰かの下へ連れていかなければならないが、そんな力も残っていない。なんとか明日の気を引き出して活気へと変え、ペインの方に撃ち出しておく。当たったかどうかも確認できず、俺は気を失ってしまった。