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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
155/163

ペイン・アンドリュー

 ペイン・アンドリューは、それなりに優秀な部類だった。


 中小貴族のアンドリュー家に生まれたペインは、次男だったため家督を継ぐこともなく騎士になる道を選ぶことになった。中小貴族であれば特になんの違和感もない、言ってしまえば普通の進路、人生。

 ただしペインには多少なり才能があった。魔法は複数属性に適性があったし、剣の呑み込みも悪くはなかった。あまり大きな家ではないため凄腕の師匠がいたわけでもないのだが、凄腕の師匠がいなくてもライディール魔導騎士学校のSSSクラスでの入学を認められるだけの実力はある。それどころか特殊な問題児共を省いていけば上から数えた方が早いくらいだった。


 クラス一の巨漢であり、魔装をも使いこなすゲイオグや気と格闘術をメインに戦うレイスなどと争えるくらいには実力のある生徒である。


 だが本人の精神的な都合もあって、今は鳴りを潜めていた。


 だからと言うべきか、ペインは大貴族の坊ちゃんほどはプライドが高くない。だがあまり立場の高くないアンドリュー家において、ライディール魔導騎士学校への入学、SSSクラスに配属されたという自負が強くなっていった。

 そんな中で、ルクスの存在が目に留まる。


 学校側が不正しているとは思えないが、なにか卑怯な手を使ったのではないか。魔法もなく気のみで試験官を圧倒できるわけがない。そういった思い込みが重なって、彼は入学初日にルクスへ挑んだ。


 そして、あっさりと敗北したのである。


 魔力もないヤツに負けたとあってはなけなしのプライドが折れるのも無理はなかった。特にアイリアの存在が大きく、同じクラスでも上には上がいるとはっきり突きつけられてしまったこともあり、ペインの向上心は「卒業できればいいや」くらいにまで下がってしまったのである。騎士団に入団するくらいであれば、ライディール魔導騎士学校をSSSクラスで卒業、となれば充分通用する。少なくとも就職に困ることはないだろう。


 元々なにか大きな出来事があって騎士を目指していたわけではない。実家を継がず、自分にそっち方面の才能があったから騎士を目指していただけだ。強くなっていく過程で熱に浮かされてしまっていたが、元々そこまで本気で騎士になろうと思っていたわけではなかった。

 というのを思い出したのだった。


 だが仲のいい友人二人は違う。


 カイン・ダリルとダイン・コーデックの二人は、元はただ名前が似ているという理由で付き合い始めた仲だったが、一緒に過ごしていく内に友情が芽生えていった。

 二人は同じ中小貴族でありながら才能あるペインのことを誇らしく思っている節があり、なにより期待を寄せていたようだった。


 だからこそ、無名の魔力がない落ちこぼれにペインが負けたことが気に入らなかったらしい。彼が美少女に囲まれて和気藹々と過ごしていることも嫉妬を煽り、事ある毎にルクスを貶すようになっていった。

 だがペインはそこまでルクスを恨むでもなく、次は勝とうと必死に努力するわけでもなく、といった状態だ。


 友人二人に関しても、しばらくしたら頭が冷えるだろとしか思っていなかったのだが。


 頭が冷える前に、とある出来事があった。


 ライディールを魔物の大群が襲ったあの日、彼ら三人はとあるから声をかけられたのだ。


「クラスの誰よりも勝る、力が欲しくありませんか?」


 と。

 黒気という気使い最強とも取れるモノを見た直後に、聞かれてしまった。

 誰かが黒気の帯を指して「あれよりも?」と尋ねた。


「あの程度の力なら、いくらでも」


 蟲は答えた。

 カインとダインは即答して受け入れた。ペインも蟲の提案を受け入れることにした。


 蟲は自分の分身体を刻印として埋め込むことで、尋常ならざる力を与えることができると言った。

 二人は躊躇なく刻印を埋め込み、ペインもそれに倣った。二人は期待を寄せているようだったが、一歩引いたペインからしてみればこんな怪しいモノ受け入れたいと思うはずもなかった。ただ、友人達を見捨てることもできなかった。


 蟲は力を与える代わりに協力して欲しいと申し出た。

 それからはルクスを陥れるために蟲の指示に従って活動することもあった。次第に様子が変わっていく二人を心配していたが、自分がなんともないので一旦置いていた。


 だが、それが誤りだった。


 クラス対抗団体戦の時。蟲の指示を受けて、彼らは最終的にルクスと会長のリーグが決勝で戦い合うことを目標に行動していた。クラスメイトの情報を他所のクラスに流すことも厭わなかった。

 そうして全てが上手くいった決勝戦で、ペインは見てしまったのだ。


 気のみで最強たる会長に挑むルクスの姿を。


 前評判なんて聞くまでもない。いくらルクスの気が優れているからと言って、気と魔力どちらも非の打ちどころがない会長に勝つどころか、勝負になると思っている者の方が少ないくらいだった。


 それが、どうだろう。

 彼は死力を尽くして会長に勝負を挑んだ。そしていい勝負をしてみせたのだ。


 ルクスの戦いを見て、ペインはどこか叱責されているような気がした。


 ――魔力のない俺でもここまでやれてるのに、お前らは諦めんのかよ?


 そう言われているような気がしてならなかった。


 そうでなくとも思わず応援したくなってしまっていた部分もあり、ペインは急激に恥ずかしさを覚え始める。

 魔力のないルクスが落ちこぼれだと言うのなら、向上心を捨てた自分はなんなのだろうか。


 結局のところ、確定的な差がある者に呆気なく負けるのがカッコ悪いと思っていただけなのだと気づかされてしまったから。

 必死に努力しても勝てないなら、必死に努力せず負けても仕方がないと自分に言い訳できるようにしたかった。それを理解させられてしまったからこそ、ペインは大きな羞恥心を抱いたのだ。


 だが、傍にいた友人二人は違った。


「この決勝戦が終われば、俺達があの舞台に立てるんだ」

「来年の優勝だって見えてくる」


 自分達が強くなることしか考えていなかった。


(……あれを見ても、なんとも思わないのか?)


 ペインは二人の様子を見て愕然とする。この時初めて、二人と完全に道を違えてしまったことを実感したのだった。


 決勝戦がルクスの敗北で終わった直後、ペイン達が事前に聞いていた通り学校にカタストロフ・ドラゴンが襲来する。

 正気に近いペインは威容さに畏怖してしまっていたが、二人は違った。カタストロフ・ドラゴンなどという災害を意のままに操る力に魅入られている。


 だがその直後、事件は起きた。


 全員が突如現れたカタストロフ・ドラゴンに注視する中、ペインの右手が勝手に動いて掌をある方向へ向けた。


「……え?」


 呆然としている最中にもペインの魔力が勝手に使われて、魔法を構築し始める。一人でに動いていると言っても自分の手。手がどこに向かって魔法を放とうとしているかは感覚でわかった。


「やめろ……やめてくれ……!!」


 掌は会長との戦いで倒れ伏したルクスに向いている。魔法が意識のないルクスを攻撃していることもわかった。

 なんとか魔法を中断しようとしても、腕を別の方向に向けようとしても、ペインの力ではどうにもならない。


(これ以上俺に、恥の上塗りをさせないでくれ……!!)


 軽々しく受け入れてしまった刻印によって操られ、ペイン含む三人の魔法がルクスへと炸裂する。撃ち終わってから自分の思うままに動くようになった腕が、力なく垂れた。


「ぁ……」


 頭から思考が抜け落ちる。……それからどうしたのかは、あまりよく覚えていなかった。

 他の生徒達と一緒に避難して、自室のベッドでぼーっとしていたのだが、我に返ったのはカタストロフ・ドラゴンによる襲来が片づいた後のことだった。


 突如として周囲の景色が変わり、異空間に閉じ込められる。そういった異変が起こってようやく我に返ったのだが。


 混乱して焦るペインの頭の中に浮かんだ選択肢は二つ。

 片方は刻印を埋め込んだ蟲側の接触だ。だがそれなら他の二人がいないのはおかしい。

 となるともう片方の可能性が濃厚になってくる。


「ここは外との関わりが一切断たれた空間だ。他の誰かに聞かれることはない」


 背後から聞こえてきた声は、ペインが思い浮かべたその人のモノだった。


「……アリエス教師」

「お前達の様子がおかしいことはわかっていた。だが、なにが原因かまでは把握していない。そこで唯一話の通じそうなお前と話をしようというわけだ。ペイン、お前達の身になにが起こっている?」


 ペインが所属する一年SSSクラスの担任教師、アリエスだ。

 彼女は彼らがルクスを攻撃したことを受けて、直接話し合う機会を設けたのだろう。他の教師陣にも気づかれているかもしれないが、そこは担任だからということで通したのだと考えられる。


 ペインにとって、これはまたとないチャンスだった。

 自分達に接触してきた謎の蟲は学校を狙ってきている。それに対処するきっかけにできるかもしれない。

 なによりこれまでの彼なら兎も角、今のペインはなにがなんでも償わなければならないことがあるという決意が滾っていた。


「全てを、お話しします」


 彼は真剣な眼差しでアリエス教師を見返すと、事のあらましを全て打ち明けた。

 入学当初ルクスと戦った時から遡って、現在に至るまで。


「……なるほどな。事情はわかった」


 アリエスでも感知できない蟲による刻印は、現状誰にも解除することはできないだろう。アリエスの伝手を辿っても怪しいかもしれない。未知の呪いみたいなモノだ。


「で、お前はどうしたい?」


 尋ねられたペインは迷うことなく答えた。


「二人を助けたい。……もう間違うことがないように、確固たる強さが欲しい」


 彼の答えにアリエスは笑みを見せる。途端、ペインの右手がずくんと強く疼いた。丁度刻印が埋め込まれた辺りだ。


「……アリエス教師。今、刻印に反応がありました。もしかしたら、強くなりたいと思うことによって影響が強くなるのかもしれません」

「そうか」


 だとしたら強くなりたいという気持ちを封じなければならないが、決意を固めたペインにそれは難しい。


「なら、お前は強くなれ」

「えっ?」


 だがアリエス教師は今は様子を見ろと言わなかった。


「お前には重要な役割を頼みたい。お前の願いを叶えるためには、他の二人、カインとダインと離れてはならない。だが刻印とやらの効果が薄いのに一緒にいたら不審がられる可能性もある。なら強くなりたいと願って刻印を反応させつつ、敵と接触するしかあるまい」

「で、ですが、それだと二人みたいに精神への影響が……」


 二人はルクスを攻撃してもなにも思っていないようだった。ペインは、今の二人のようになるのが怖かった。また過ちを繰り返してしまいそうだから。


「精神への影響は、心の持ちようでなんとかできる。私も心得がないわけではない。一応保護はかける。今のお前なら大丈夫だ」


 ペインはピンと来ない様子だったが、アリエスの保護があるならどうにかなるのかと自分を納得させた。


「お前に頼みたいことは、敵の全容や正体についての調査だ。と言っても無理に踏み込む必要はない。得たいの知れない連中を相手にするのだからな。敵と接触した時に得られた情報を伝えてくれればいい。細かな作戦の情報はなくても構わん」

「わかりました」

「念を押しておくが、身の安全を第一に考えろ。二人を助けるにも、お前の助力がなければ難しいからな」

「わかっています」


 アリエスと話したおかげでペインの腹は決まった。


 だからこそ彼は日々研鑽を重ねつつ、夏休みにアリエス教師の下で強くなることを決意したのだった。


 蟲に埋め込まれた刻印のおかげか、ペインは格段に強くなっていく。


 そして敵が宿泊学習で事を起こそうとしていることを知り、アリエスに伝えて敵が動き出すのを待っていたのだ。


 そして、ようやく時は現代に追いつく。


 宿泊学習最終日の夕方。敵組織の合図があって、投獄される形で送り込まれていた刺客達が一斉に変異した。ペイン達には合図があったら、としか言っておらず具体的に合図がどういったモノかは聞かされていない。だが明らかな異常事態が発生すればそれが合図だと聞いていた。そのため変異した巨人達の出現を確認してから、三人は指定されていた場所に向かう。


 混乱の最中にある街で、人気のないやや開けた場所。

 ペインとしてはあの巨人になることが力を手にすることだとしたら御免だ、という気持ちが強かった。もし友人二人がああなったら元に戻るのかという不安も強い。


 だがアリエスからは、敵の正体が掴めるまで大人しくしているように言われていた。……そのアリエスを足止めする要員がいることも聞かされているので、本当に大丈夫なのかという不安は拭い切れないが。


 ――突如、三人の前に異様な気配が降りてくる。


 柔和な笑みを浮かべた二十代ぐらいの見た目をしている青年だ。立ち居振る舞いは優雅で気品があり、着ている服も貴族の衣装と執事の衣装をかけ合わせたような紳士的な服装であった。


「お待たせしました。私があなた方に力を与える……神です」


 胡散臭い、それがペインが彼に抱いた第一印象であった。


「神と言っても世界を形作ったわけではありませんがね。主神に仕える一柱といったところでしょうか。――私は魔神インフィニトル。あなた方に強さを与える者です。さぁ、刻印のある手を」


 男性は自らを魔神と名乗り、手を差し伸べてくる。ペインは迷っていたが、カインとダインは躊躇なく手を差し出した。


「さぁ、あなたも」


 魔神はペインにも手を出すように告げてくる。警戒するが、それでも今は大人しく従うべきだろう。魔神の話はアリエスから聞いているが、カタストロフ・ドラゴンを子供扱いできるほどの強さを持っている。今のペインでは太刀打ちできない。

 彼は遅れて右手を差し出した。それを確認した魔神は一つ頷いて、左手を掲げると掌から奇妙な蟲三体を生み出す。出会った時もそうだったが、見たこともない蟲だ。魔神が生み出していると考えるなら当然なのかもしれない。今現在魔神は表立っては確認されていないのだ。


 三体の蟲は三人それぞれの手に向かって飛び、手の中にすっと入り込んでくる。


 刻印のある場所が熱く疼き始め、刻印から力が流れ込んできた。魔力が増幅され、なにか別の力も加算されている。おそらく魔神の力なのだろう。


「っ、はははっ……!! 凄い、力が溢れてくる……!!」

「これならきっと……!!」

「っ……!」


 カインとダインは力が増していくことに喜びを表していた。ペインだけはなにかに耐えるように顔を歪めていたが、


「さぁ、三人共。この街にいる人間達を皆殺しにしてください」


 柔和な笑みを浮かべたまま、変わらぬトーンで残酷なことを告げる。直後、カインとダインの身体が膨れ上がり暗い紫色の肌をした巨人へと変わり果てていく。


「なっ……!?」


 唯一変化のなかったペインが変貌した二人を見て驚愕する。その姿は送り込まれていたヤツらが変化した姿と全く同じだ。


「まさか、投獄されてたヤツらにも……」

「ええ、その通り。しかしあなたは変化しませんね。刻印はかなり育っているようですが……。余程精神が強いのか、それとも他の者の補助があるのか。どちらにせよ、あなたは成功の可能性がありますね。おまけをしてあげましょう」

「なに……ぐっ、うあぁ……!!」


 魔神が呟くと刻印から流れ込む力が増幅している。内側から響くような痛みが右手から昇ってきた。


「はははっ……! この力があれば!!」

「皆殺し、ミナゴロシ……!!」


 巨人と化してしまった二人は既に正気を失った様子で、湧き上がってくる力に酔い痴れている。


(クソッ……!! どうすりゃいい!? どうすればこの状況脱せるんだ!? アリエス教師は来ないのか……!?)


 増幅し続ける力を抑えることもできず、自分も同じように狂ってしまうのではないかという恐怖が焦りを生んで冷静さを失わせていく。


 ――ペイン・アンドリューの中に、自分が立ち向かうという選択肢はなかった。


 彼が強くなろうと努力してきたのは、今日この日のためだというのに。頼りになる教師の言葉もあって、自分がなんとかしようという覚悟が揺らいでしまっていた。

 彼の中には恐怖と不安、焦燥しかなかった。


「ペインッ!!!」


 ……その声を、聞くまでは。


「……――」


 ペインは自らを呼んだ声の方を向く。そこには、黒に白が混じった髪色の少年が焦った様子で立っていた。息を切らして額に汗を掻いており、慌ててこちらに向かってきたのだとわかる。


 彼を見た瞬間、ペインの中でなにかが燃え上がった(・・・・・・・)


 駆けつけたルクスはペインの苦し気な表情を見たからだろうか。


「今、助け――」

「ふざけるなッ!!」


 思わず口走った言葉を、ペインは湧き上がる感情のままに遮った。そこに今までの恐怖や不安は一切ない。


「俺はお前に――」


 あるのはただこれ以上恥を掻きたくないというプライド。


「助けられるのだけは御免なんだよ!!」


 ルクスの前で情けない姿を見せたくないというなけなしの矜持だった。


 ペインが湧き上がるままに叫んだ瞬間、自らに流れ込んだ力が右手から外側へ溢れ出していく。


「ほう?」


 感心したような魔神の声は誰にも聞こえていなかった。


 ペインの右手から溢れ出した力は、黒の混じった紅い焔と化す。焔の奔流は収束し、彼の右手に()を握らせた。黒を基調としながらも赤の混じった片手直剣だ。色合いこそ禍々しいものの、刀身の美しさが目を惹いた。


「これはこれは。予想外でしたが、成功しましたね」


 緊迫した空気の中、魔神インフィニトルの声だけが響くのだった。

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