謎の攪乱
宿泊学習が本格的に始まった二日目。
俺は早朝に起きて鍛錬を軽く行い、約束通り農場で早朝の依頼をこなした。夜中は依頼を行ってもポイントにならないルールがある。徹夜で無理矢理依頼をこなし続けるのを防ぐためだろう。依頼を効率良くこなしていくためには適度な休息、睡眠が必要不可欠なのだ。いくら強くなったところで、俺含めたほとんどがただの人間なのだから。
……まぁ、アリエス教師含む規格外の人達は疲れ知らずで数日間戦い続けることができるんだろうけど。
数日なら兎も角、一週間は流石に長い。今の俺では無理だった。あと内功の使用時間もあるので、今の俺では長期戦が難しいというのもある。
フィナやカエデに無理するなと言っておいて、自分が無茶するのも阿保らしいしな。
二日目もおおよそ順調だった。カエデは人と触れ合う依頼を避け、フィナと同様魔物討伐に切り替えたようだ。完全に接しないようにする気はないのだろうが、やはりストレスは溜まるようだった。
リーフィスは冷気を振り撒いて暑い夏の街の避暑地と化しているので依頼が消えることはなく。
リリアナもリリアナで糸紡ぎの依頼が気に入ったらしい。
ペインも変わらず他と協力して依頼に当たっている。
俺は色々と回りながら依頼の伝手を作っていたが。
依頼中も内功を使用したり仙気を使用したり鍛錬は続けていた。討伐関連はフィナとカエデがやっていると他のヤツがこなす依頼がなくなってしまうので、戦闘はしていなかったが。それでも少しずつ強くなってはいるのだろう。
二日も終わり、宿屋でフィナを抱っこしてのんびり過ごしている時のことだった。
「なんなんだよ、あいつ。ムカつくぜ。ぶん殴ってやりゃ良かったのによ」
宿屋に戻ってきたオリガが憤慨した様子を見せている。
「まぁまぁ。よくわかんないけど、ああいうヤツの言うことは無視した方がいいって」
それを同じ班のチェイグが宥めていた。
「なにかあったのか?」
俺は気になって尋ねてみる。違う班とはいえ、クラスメイトがトラブルに巻き込まれているなら事情を知りたいと思ってしまう。まぁ敵対関係じゃないのだから仕方がない。
「ああ、それがな……」
「オレのことを化け物だなんだと言ってきやがったヤツがいたんだよ!」
チェイグが説明する前に、オリガが割って入った。……オリガにも?
「オリガもそんなことがあったのか?」
「? “も”ってことはルクスもなんかあったのか?」
「いや、俺じゃなくて。カエデがな」
「カエデさんが? ああ、確かに二人共魔物の突然変異だな」
「そんなん関係ねぇだろうが! 大体、前あった大戦に参戦してんだろうがよ」
オリガは怒りが収まらない様子だ。というか大戦の参加者についてはちゃんと覚えてるんだな。まぁ夏休み中にラハルさんにしごかれてただろうし、覚え込まされたんだろうが。
「なぁ、チェイグ」
「うん?」
話を聞いてから、冷静に状況を眺められていたであろうチェイグに尋ねてみる。
「そいつ、人間主義の紋章を象ったアクセサリーかなんかつけてなかったか?」
「――……なるほど」
チェイグは僅かに目を見開き、そう口にした。……この反応は当たりだな。
「やっぱりあったんだな」
「ああ。確かペンダントだったかな。あれは人間主義の国家、アイジール共和国の紋章だ」
流石はチェイグ。俺が出てこなかった国名まで出てくるか。
「多分だけど俺が見たのも同じ紋章だな」
「ディルファ王国じゃ見るはずのない紋章なんだよな。他種族差別の象徴でもあるから、あの紋章を掲げること自体が違反とされてる」
「だよなぁ」
ってことは、わざわざそれを持ってカエデやオリガを糾弾しに来たってことだ。このタイミングで街にいるってことは、確実に俺達の訪れを待っていたに違いない。しかもわざわざ目に見えるところに持っての話だ。街に入る時に隠して持ち込み、糾弾する時に紋章を見えるように持っておく。……意味がわからないな。なにが目的なのか見当もつかない。
「けどざっと考えてみた限り、イマイチよくわかんないな。精神的ダメージを与えるのが目的だったらもっとやり方があるはずだけど」
「まぁ目的とか行動原理とかが読み取れないよな」
「そういうこと」
俺も思いつかなかったが、チェイグでもわからないか。例えば表立ってカエデやオリガを非難したとして、ディルファ王国内の民が同調するわけがない。しかも街へ入る時は紋章を隠しているはずなのに、糾弾する時は紋章を見せるようにしている。そうすることでなにが変わるのかと言えば、捕まるか注意で済むかの違いくらい。あと深読みするなら人間主義国家の仕業じゃないかとミスリードするくらいだが。人間主義じゃなければ、なんのために二人を責めるのかって話になる。
「二人してなに訳わっかんねぇこと言ってんだ?」
「……ルクス、ねむ」
オリガが首を傾げ、俺の上でうとうとしていたフィナが眠いと訴えてくる。
「……ま、推測を話し合っていても仕方がない。今日のところは休むとしようか」
「ああ。またなんかあったら」
チェイグと二人苦笑し合って、俺達は分かれて休むことにした。この街でなにかが動いているかもしれないことはわかったが、今の段階ではどうすることもできない。なによりこの街にはアリエス教師達がいる。生徒に危険が及ぶようなことを教師陣が見逃すわけがない。街全体で不穏な空気があるのなら動いているはずだった。
とりあえずは任せておくとしよう。
なにも起こらないとは思えないが、今日のところは休むことにした。
三日目も依頼は順調だったが、今度はリリアナとリーフィスのところに人間主義らしきヤツが現れたらしい。当然ながら、カエデとオリガを非難したヤツとはまた別の人物だった。捕らえられているのだから当たり前だが、これで四人いたことになる。
リーフィスは避暑地を作り出すことで人気が出ていたので、彼女のことを化け物と呼んだヤツは速攻で取り押さえられたらしい。リリアナも世話になっていた人には突然変異だと明かしていたので、その人が取り押さえたそうだ。
これで更に集団での行動だという予想は強まったのだが、しかし相変わらず目的が見えない。突然変異だけでなくリーフィスにまで突っかかるとは思っていなかったというのもある。というかリーフィスはブリューナクとやらの契約がなければただの人だろうに。わざと触って「冷たい! お前化け物だろ!」みたいな感じだったそうだ。触ってきたということはリーフィスの身体が冷たいということを事前に知っていなければならないが、外の人間がそれをわかっているはずがない。学園内部の人間なら、わかるかもしれないが。
「……はぁ。やっぱわっかんねぇな」
だが考えても仕方がない。俺も一応気の感知を街全体で行っているが、気の反応だけじゃ怪しいかどうかまではわからない。人気のないところで会っている人物は怪しいかもしれないが、ただの逢引かもしれない。一応捕まった連中の気も捉えているが、大人しくしているようだ。わざわざ内部に送り込んだ、と考えるにしても杜撰すぎる。
これが敵の攻撃なのか。それともただの偶然なのか。偶然にしては悪戯が過ぎるので、おそらくなんらかの意図があってのことだとは思う。だが意図が全く読み取れない。
一度アリエス教師に相談するべきだろうか。だがアリエス教師が知らないわけがない。ただ手を子招いているとも思えない。
とはいえ、これが続くようなら相談した方がいいだろう。四人共気にしてないとは言っていたが、少し思うところはあるはずだ。二回目があったり他のヤツが狙われたりするようなら対策を練る必要があるかもしれない。
三日目は警戒を強めただけで終わり、四日目になった。四日目も変わらず依頼をこなす。ヤツらが仕かけてくるのは決まって夜に差しかかった辺りだそうだ。午前中は平和だった。夕方までもそうだ。
だが、夜帰る途中で遭遇してしまった。
一見して怪しいと思う風体の男。色黒の肌は鍛え抜かれており、軽装に身を包んでいた。頭に巻いたターバンから覗く髪色は銀で、顔を横断するように包帯が巻かれている。両腕にも包帯を巻いていて、怪我人のようにも見えるが怪我をしている様子はない。赤い瞳は爛々と輝いており、それが不気味だった。
その男は俺の真正面から歩いてきたかと思うと、ぴたりと足を止めて歯を剥いた。
気を感知する限り、かなりの使い手だ。魔力も相当に高い。流石に会長ほどではないが、俺一人では苦戦を強いられそうな強さだ。尤も、黒気と内功の併用なら勝てるとは思う。
そんな強いヤツが元から街にいたか、と言われれば否と断言できる。警戒するために強そうな人の気は感知して、今日実際に回ってわからなかった人の確認はしたからだ。だとすると俺が依頼に尽力していた今日一日の間に訪れた者、ということになる。
とはいえ、強い人が来たとしてもそれ自体に問題はない。怪しい風体だがアリエス教師の呼んだ応援の可能性もあるしな。
なので俺は、立ち止まった男には意識を向けずそのまま歩いていく。後は宿屋に戻るだけなので、真っ直ぐ男の方に歩いていく形だ。
「待てよ、おい」
だが男は俺の真正面に陣取って呼び止めてくる。男と俺の間に人はおらず、俺に言っているのだとわかった。だが関わり合いにはなりたくない。横にズレて通り過ぎようとするが、行く手を遮られた。更に決定的なことを告げてくる。
「ルクス・ヴァールニア!!」
よく通る大声で、男は俺の名前を呼んだ。……間違いなく俺に用がある。加えて、フルネームで俺を呼んだということは「ヴァールニア」という物珍しい苗字が街の人達に伝わってしまうということだ。
俺は足を止めざるを得なくなり、加えて苗字のせいで通りがかりの人達も足を止めてしまった。
「会いたかったぜ、ルクス・ヴァールニア。俺はお前に会いたかった」
男は笑みを浮かべたまま俺を真っ直ぐに指差してくる。……チッ。今のでヴァールニアの苗字が聞き間違いじゃないって野次馬に教えやがったな。なにが狙いだ? 俺を狙ってもいいことなんてねぇと思うけどな。人質にしても、親父や母さんが乗るとは思えない。なにを言うつもりだ?
「……俺は、お前なんて知らねぇな。人違いじゃねぇのか?」
「違わねぇよ、ルクス・ヴァールニア。ガイス・ヴァールニアとエリス・ヴァールニアの一人息子だろ、お前。そんな稀有な存在がこの世に二人いるかってんだよ」
ご丁寧に民衆に対して説明まで始めやがった。野次馬がざわつき、俺に視線が集中していく。好奇の視線だ。居心地が悪い。
「知ってるぜ、俺はよ。お前、魔力がねぇんだってな?」
男のニヤけた言葉に、野次馬はより一層ざわつきを大きくした。当たり前だ。最強と称される夫婦から生まれた子供が欠陥品だと言われたらそうなるに決まっている。
「彼の大戦の英雄から生まれた子供が、とんだ欠陥品だとはな。道理で世間に公表されねぇわけだよ。ライディールに入学した。けど他の連中と違って外に情報が出てこない。それはなぜか? ――話題にならないくらい弱いからだよ」
随分と説得力のある物言いだ。団体戦なんかは外からの観客もいたのだが、あまり俺のことは話題に挙げられていないらしい。まぁ、いい意味で特別な雰囲気のあるヤツの方が話題に挙げやすいというのが理由だろう。それに魔力のない俺が将来有望な会長といい勝負をした、なんて吹聴しても実際に見なければ信じない。なにより親父を超えるとまで言われている会長の評判に傷をつけてしまう。
あと見た目が禍々しいしな、黒気って。英雄の子供にしたって英雄感なさすぎだろ。
というわけで、俺が弱いと言われてもそれを否定する材料を、街の人達は持ち合わせていない。
「彼の英雄の、将来を期待された子供がまさか、魔力のない落ちこぼれだったなんてな。世間はさぞがっかりするだろうよ。ライディールの学校に入学できたんだからそれだけで優秀? いやいや、英雄の子供に求められるのはそんなモノじゃない。英雄と英雄の強さをかけ合わせた、全てを超越する強さを持った者のはずだ。例えば生徒会長リーグのような、すぐに将来有望とわかるような子供だったら良かったのに! きっと両親もそう思ってるだろうな!」
男は声高らかに話すが、内容自体は下らない。今更そんなことで俺が乱されるわけがなかった。なにより子供は、そんな兵器を作り出すような見方で親から見られていない。俺の親が本当にそういう風に見ていたなら、今の俺はもうちょっと感情がなかっただろう。
「……ぐだぐだ煩ぇな。結局なにが言いたいんだよ、お前は」
それを言うことで両親の評価を落とせるわけもなく。俺も気にしていない。なにが言いたいのかさっぱりだ。
「そんなの決まってるだろ? 生まれてきて恥ずかしくないんですかって話だよ!!!」
男は嬉々として告げてくる、が特に響かない。ああそんな頃もあったなぁ、って感じだ。今思い出しても子供っぽかった。
学校に入ったばかりの頃の俺なら、とりあえずぶん殴って黙らせていただろうか。今の俺は、あまり気にしていないせいか特になにも思わなかったが。好き勝手言いたいなら言わせておけばいいや、という感じがある。
それに、俺が殴るよりももっと速くに黙らせられるだろう。
男の背後から物凄い勢いで突っ込んできた人影が、男の頭に拳を振り下ろして男の顔面を地面にめり込ませた。
「……うるさい」
やや不機嫌そうな、フィナである。尻を突き出すような恰好でぴくぴくと痙攣する男の頭を更に踏みつけて、頭を完全に埋めてしまった。……いや、そこまでしなくても。
その衝撃でなにかが懐から落ちる――人間主義の紋章だ。こいつもかよ。
「フィナ、今日もギリギリまで討伐依頼やるんじゃなかったのか?」
「……ん。でもルクスが変なヤツに絡まれてたから」
「そっか、ありがとな」
「……ん。抱っこ」
両腕を伸ばして抱っこをせがむフィナに苦笑して、彼女を抱き抱える。
その後騒ぎを聞きつけた衛兵達に男は連行されていった。人間主義の紋章を掲げる癖に、ハーフですらない俺にちょっかいをかけるのはどういう了見だ? ホントにあいつらの目的がさっぱりわからん。行動は一貫して俺達の批判。だがそれによって街の人達の意見に影響が出ているわけでもない。なんなんだ一体。
「……ああいうの、今日来た」
「ん? フィナのとこにもか?」
「……ん。受付でなんか言ってきて、無視して依頼して帰ってきたらいなくなってた」
「そっか」
ガン無視とは強いなフィナ。依頼の受付は冒険者と同じ場所だから、多分連行されたんだろうが。
「……ルクスは、大丈夫?」
「ああ。別に、気にしてない」
これは強がりじゃなくて事実だ。生まれてきて恥ずかしい、もっと強く生まれたかった。なんて両親に言ったらぶん殴られるのが目に見えてる。十にも満たない子供の頃の、俺の体験談だけど。
宿屋に着くまで特になにもなく、着いた後に聞いた話で俺とフィナだけじゃなくイルファや他のクラスの他種族にまでヤツらと遭遇したと知った。
俺と遭遇したヤツと含めて十一人が、同じような理由で捕まっている。これは流石になにかあると思い、アリエス教師の部屋を訪ねることにした。とりあえずフィナは置いてきて一人でだったが。
アリエス教師の部屋をノックすると、「入れ」と短く返事が聞こえたので扉を開いて中に入った。
「ルクスか。手短に頼むぞ」
アリエス教師はいつものゴシックな服装で椅子にちょこんと座っている。
「この街に来てから、人間主義の紋章を持ったヤツらに絡まれる騒動が頻発してるのは知ってるよな?」
「当たり前だ。更に言えば、全員が私達がアヴァロンに来る前に滞在していたというところまで調べがついている。組織立った動きの可能性を今探っている最中だ」
流石に話が早い、と思ったが俺の考えと食い違っている点が一つあった。
「それはおかしい」
「なんだと?」
「俺が今日遭遇したヤツは、相当な実力者だった。けど俺が昨日感知した時にはいなかったヤツだ。確実に今日訪れたヤツ、のはずなんだが」
「……? 確かにおかしいな。私が聞いた情報では、お前に突っかかってきたヤツは既に五日滞在しているヤツだったが。それと、相当な実力者とは到底言えない」
「まぁアリエス教師から見たらそう変わらないんだろうが」
「いや、そういう話じゃない。お前がそう言うなら、おそらく内功を使ったお前とある程度戦えるヤツ、という推測が立つだろう? それほどの実力者なら私でも把握しているはずだ」
……マジで的を射た推測だな。俺のことをよくわかっていると言うべきか。
「その通りなんだが、だとしたらなんで食い違ってるんだ?」
「さあな。だが、直接会って確かめる必要はある。そいつは今も捕らえられているか?」
「あ、ああ……」
「よし。なら行くぞ」
アリエス教師が言った直後、膨大な魔力が周囲に満ちていき浮遊感の直後視界が歪んで宿屋から別の場所へと転移した。
「あ、アリエス様!? ど、どうしてこのような場所に……!」
捕えている者達の見張りをしていたらしい兵士が突如現れた俺達に驚く。
「私の生徒にちょっかいをかけた連中の様子を見に来ただけだ」
アリエス教師はそれだけを兵士に告げると、今回騒動を起こした連中が一箇所にまとめられて捕まっている牢屋に近づいた。兵士はアリエス教師に逆らえないのか、少し離れた場所で背筋を伸ばして待機する。
とりあえず今日俺に突っかかってきたヤツを目で追う。……うん、間違いなくそこにいる。牢屋の隅で胡坐を掻いて座っていた。他のヤツの様子は空虚なモノだったが、そいつはにやにやと笑っている。
「ルクス、どいつだ?」
この期に及んでアリエス教師にはわからないようだ。俺はターバンに包帯と他のヤツより異色な服装をしている男を指差した。
「……チッ。この私でも見抜けないとはな」
アリエス教師は俺の指差した先にいる男を見てから、忌々しそうに舌打ちする。
「実際に見てもわからないのか?」
「ああ。魔法で偽装しているなら私にもわかるはずだが……おい、兵士」
「は、はいっ!!」
アリエス教師は言ってから少し離れて待機する兵士へと声をかける。声をかけられた方はびくっと直立していた。
「この牢屋は魔法の発動ができなくなっているはずだが、それ以外になにかあるか?」
「は、はい。魔法の発動を阻害する牢屋に加え、魔力の操作を制限する手錠が嵌められています」
かなり厳重なようだ。組織立った動きをしている可能性のある者達を一箇所にまとめるのは危険だと思うが、魔力を制限していればなにもできないと考えているもあるのだろう。
「……となると、抜け道は気か魔力を使わない特殊能力か。気でそういったことができるわけもない。となると特殊能力の類いで間違いなさそうだが、解除の方法がわからないことには真偽はわからんか」
顎に手を当てて考え込んでいるが、ヤツを暴く術は出てこない様子だ。
「あそこの隅で座り込んでいるヤツだけ別の牢を用意してやれ」
「は、はい!」
兵士は深く事情を尋ねずとりあえず指示に従ってくれていた。空いている牢を確認してくると言ってこの場を離れてから、しばらくして戻ってくる。牢屋の鍵も持ってきたらしく、鍵を開けて目当ての男を掴んで引っ張り出した。鍵を閉めてから別のより狭い牢屋に放り込む。これでヤツは他のヤツから隔離された状態だ。
「兵士、これから起こることは他言無用で頼む」
「えっ――?」
アリエス教師がそう言ったかと思うと、膨大な魔力が男に襲いかかり、全身をボロボロした。無数に傷が出来てばたりと倒れれば床を血が染める。
「あ、アリエス様? い、一体なにを……」
「とりあえず半殺しにしてみれば解除できるかと思ったが、そうはいかないようだ。安心しろ、放っておいても死にはしない」
青褪める兵士とは裏腹に、アリエス教師は至極冷静だった。容赦ないな。
「とりあえず、こいつはきちんと監視しておけ」
「は、はい!」
アリエス教師は兵士に告げると、来た時と同じように転移して宿屋の彼女の部屋に戻ってくる。
「なぜお前にはヤツの能力が効かないのかはわからないが、とりあえずこれで集団での行動は邪魔できるだろう。尤も、ヤツに脱出の算段がついているのならあまり意味はないだろうがな」
「これからどうするんだ?」
「後手に回ってしまうが、今のところ一切口を割っていない以上ヤツらから情報を聞き出せると思わない方がいい。動向に注意しつつ、お前達生徒にちょっかいをかけてくるヤツらがいるという名目で教師の見回りを増やす。お前も充分注意しておけ。人間主義の紋章を掲げているが、本質は別物だ」
「えっ?」
「人間主義なら確かに、先の大戦でお前の両親が活躍したからお前にちょっかいを出す理由にもなる。だがヤツらの主張は人間主義のヤツらとは少し違う」
「そうなのか?」
意外だった。わかりやすく紋章を掲げていること、他種族や突然変異を糾弾すること。こういった理由で人間主義が関係しているのは明白だと思っていたのだが。
「ああ。人間主義の名の通り、ヤツらは人間こそが至高の種族であると主張していた。その延長線上で他種族を批判していたわけだな。だが今回の連中は人間こそ至高、というような物言いをしていない。つまり人間主義を騙る別の連中だということだな。もちろん、人間主義が関わっている点については否定できない。だが主犯というよりは利用されている立場だろうな。やり方は杜撰でまともな作戦になっていない。捕まった連中も正気か怪しいところだ」
「背後関係については……まだ調査中か」
「そういうことになるな。わかったらもう休め。お前達生徒の本分は学業だ。今回の件は私達教師に任せておけばいい」
「わかった」
もう関わるなと言われても納得はいかないが、とりあえず頷いておく。もしヤツらがデカいことをやろうとしているなら、俺達生徒も参戦せざるを得ない状況になってしまうだろう。そうならないことを祈っているが、どうにもこれで解決したとは思えないのだった。