宿泊学習
カエデという新たなクラスメイトも加わって、俺達一年生は宿泊学習に話が向かっていた。
学校外の環境で魔物を倒し、現地の人達の手伝いをこなす。それが主な内容となっているのだが、クラスメイト達の話題は専ら水着の話だった。
「水着新しいの買わなきゃねー」
「今度の休み買いに行かない?」
「いいねいいね!」
「水着かぁ。私持ってないから買わないといけないね」
「そういうことなら私が水着を選んであげるわ」
「なんか危なさそうだから遠慮しとくね」
カエデが水着を買ってないと聞いてレイスが食いついたが、野生の勘か断れていた。
水着の話をしているのは主に女子達だが、男子も浮き足立った様子だ。
「そういや、宿泊学習でなんで水着の話が出るんだ?」
だが、俺はあまり概要を覚えていなかったのでイマイチピンと来ていなかった。俺の発言に男子達の多くは衝撃を受け、特にシュウは俺の両肩を掴んでがくがくと揺さ振ってくる。
「信じられねぇよお前! 水着だぞ水着! なんでお前はそう疎いんだよ!! 大事だろ!?」
「うっさい揺らすな」
落ち着きのないシュウを拳一発で沈めると、気を取り直して一緒にいたチェイグへ目を向ける。
「宿泊学習は謂わば冒険者の仕事を体験するためのイベントだ。ただその中にはやっぱり雑用とかの地味な依頼も多い。そこで学校側から宿泊学習の意欲を高めるために考えられたのが、最終日直前の海水浴ってわけだ」
「なるほどな。最後は海で遊ばせてやるから、それまでは頑張れよってことか」
「そういうこと」
目で尋ねられたチェイグは苦笑しつつも丁寧に説明してくれた。
「ただ水着か……」
「なんだよ、水着で海だぞ? 盛り上がる要素しかないじゃん」
俺が微妙な顔をすると、復活したシュウが唇を尖らせて言った。
「いや、あんまり気乗りしないんだよな、そういうの。傷跡が目立つ」
「「あぁ……」」
俺が水着を着ることに乗り気でない理由。それはもちろん、上半身が晒されることで目につく大きな傷跡のせいだ。気にしないヤツも多いだろうが、目に入ると気分を害するヤツだっているかもしれない。なにより見せびらかすような真似はしたくなかった。
俺の言葉にシュウとチェイグが揃って納得している。
「男児たる者、己の肉体に誇りを持つべきだ」
だが制服の上からでもわかる盛り上がった筋肉を持つマッチョことゲイオグが、腕を組み胸を張って断言した。
「それは傷があってもなくても同じこと。恥じる必要も、隠す必要もない。肉体とは、己の積み重ねてきた経験の証だからな」
「お前……」
俺を慰めようとしているのか、それとも素か。多分後者だがいいヤツには違いなかった。
「ありがとな。でもまぁ、上になんか羽織るくらいならいいだろ」
ゲイオグは納得いかない様子だったが、無理に晒す必要もないと思う。
「それでいいんじゃね? で、お前水着とか持ってんの?」
「いや、持ってねぇけど」
「マジかよ……。じゃあ今度買いに行ってこいよ、早めに買っておいた方が忘れないしな」
「そうだな、今度の休みにでも買いに行ってくるかぁ」
宿泊学習の準備とかもある。準備しないといけない持ち物をピックアップして、買い物に行くか。
「一年生全体で同じことをしに行くんだ、一年生全員が買い物に行くかもしれない。一応この街の店は時期に合わせて多めに入荷してくれるだろうが、品薄になるかもな」
「じゃあやっぱ早めに行っとくか」
チェイグの忠告に従って、とりあえず次の休みまでに買うモノをリストにしてメモっておこうと思う。
◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで準備を経て、宿泊学習の当日になった。
一年全員が正門前に荷物を持って整列させられている。
俺達の前には壇が設置されていて、今は出発式の真っ最中だった。
今壇上に立っているのは炎のような髪を靡かせる理事長だ。
「諸君。これから行われる宿泊学習において、最終日のことを思い描く者も多いと思う。だが今回の宿泊学習は二年に進級した時に行われる二、三年合同遠征の予行演習でもある。今回の宿泊学習を引率する教師もいるが、基本的に道中の事態には生徒のみで対処してもらうからそのつもりでいるように。浮かれた様子では足元を掬われかねないということをよく覚えておけ」
理事長は全体の浮かれた様子を咎めるように告げる。だが果たしてどれだけの意味があるのか……。
「とまぁ、言ったところで聞く耳を持たない者が出ることはわかっている」
理事長も同じことを思っているのか、表情を緩めてつけ足した。
「そこで、今年より道中、実地演習含めて総合的な評価が一定に達しなかった者は最終日に補習を行うこととする」
「「「っ!!?」」」
その時、一年全体に激震起こる。というくらいには皆が驚いていた。……余程毎年浮かれてるんだろうなぁ。でなきゃこんな脅しをかけられない。
「因みに、評価基準はやや厳しめにしてある。油断していると他の者が海水浴を楽しんでいる間、地獄のような補習を受けることになるからな。気をつけるように。気を引き締めて、大きな怪我のないように精進するといい」
理事長は不敵な笑みを浮かべて宣言した。生徒達が戦々恐々としている中、我らがアリエス教師はくつくつと笑っている。ちゃんと話は通してあるってことか。それにしても出立の直前で言うなんて意地が悪い。適度に緊張感を持たせるのと、既に頭の中に海辺で遊ぶ光景を思い浮かべている最中だからこそ効果的なんだろうが。
「や、ヤベぇ……。どうしよう、補習になっちまう……」
「いや、真面目にやれよ」
「そうだぞ、シュウ。補習にならないために頑張ればいいんだよ」
青褪めた顔で震えているヤツが若干一名いたので、ちゃんとツッコんでおく。
「い、いやでもさ、厳しめって言ってたじゃん? 俺の成績じゃ無理だって……」
「実戦での強さや試験の点数で決まるわけじゃねぇだろ」
「おぉ、ルクスが珍しくまともなことを言ってるな。その通り、要はやり方次第だ」
チェイグは一言余計なんだよ。
「最近は不穏な噂もある。気を引き締めて、不測の事態にも対処できるよう心がけろ。以上だ」
理事長の話は短く終わったが、爆弾を投下したせいかかなり印象に残ってしまった。因みに理事長自体は今回の宿泊学習についてこないらしい。学校側の守りがどうしても薄くなってしまうからのようだ。
出発式を終えて、各クラス毎に歩いて現地へと向かう。
今回宿泊学習を行う街は一つだ。ただ十クラスあると後方にいるクラスが中弛みしてしまうからか、五クラス毎に分けて二つのルートを進むようになっていた。更にクラスは基本五人ずつの班に分かれていて、今回の宿泊学習では同じ班で行動することになる。男女比は三対二になるように組まれていた。
俺のいる班は男子が俺とペイン・アンドリューの二人だけ。逆に女子は四人と多い。女子が多い理由は、あまり人に慣れていないカエデを他の班にすると問題になる可能性があること。フィナが我が儘を言ったこと。身体から常に冷気を発しているような状態のリーフィスがカエデやフィナぐらいの元から強い者と一緒でなければ寝る時に寒くしてしまうこと。同じような理由で毒を持つリリアナがいること。
厄介者を押しつけられた気がしなくもないが、俺にとって一番の問題は唯一同じ班になった男子、ペイン・アンドリューにあった。
「……」
俺とペインが横に並んで歩いていて、後ろも二人ずつの列になっている。フィナとカエデ、リーフィスとリリアナという順番だ。それぞれ横にいる者と話しながら道中の魔物などを警戒しているのだが、俺とペインの間には会話が一切なかった。ペインが不貞腐れたような顔で俺の方を見ようともしないのが理由の一つではあるが、気遣いが苦手な俺でも遠慮してしまう空気が漂っていた。
「……はぁ」
理由はわかっている。このペイン・アンドリューという金髪をチャラつかせたピアスをつけている男子とは、一番最初俺が一年SSSクラスに入った時にやり合ったのだ。
そう、あの時自己紹介をした直後に戦った相手が、このペインなのだ(第十三話『ルクス不信任決闘』を参照)。あの時は名前も知らなかったが、もう入学から半年近い。クラスメイトの名前も過半数覚えていた。
当時“落ちこぼれ”と呼ばれていた俺を詰り決闘を挑んで、敗北した。俺もペインも精神的に未熟だったとはいえ、簡単に水に流せるようなことじゃないだろう。加えて俺はクラス代表にも選んでもらったが、ペインは代表に入ってもいない。格下のインチキ野郎だと思っていたヤツに明確な差をつけられたら、心中が複雑なのも頷ける。クラスでも肩身の狭い思いをしているようだし、俺は突っかかられた側の人間だがだからと言って今も恨んでいるわけではない。ただ彼を今の状況に追いやったのも俺なので、なにも言わず気さくにできるわけもなかった。俺はそこまで神経が図太くない。
とりあえず気の感知で索敵をしつつ、仙気の鍛錬をこなす形で過ごしていた。
「魔物の群れが来るぞ! 各自迎撃準備!!」
チェイグの号令が聞こえて、一斉に臨戦態勢に入る――のだが。
「……邪魔」
「凍りなさい」
フィナとリーフィスの広範囲攻撃によって、俺達の方に向かってきていた魔物達は一瞬の内に殲滅された。……いや強っ。手を出す暇すらなかったじゃん。
一応俺達のクラスは一年の中でも最強。加えてクラス対抗団体戦では決勝までいった上に生徒会役員といい勝負をした。夏休みの大幅強化もあり並みの魔物を一切寄せつけない強さになっている。特に遠距離から高火力の攻撃をがんがん使えるフィナとリーフィスはこういう場面で強い。
「おい! オレの獲物がいなくなっちまったじゃねぇかよ!!」
「……ならもっと早く戦いに行けばいい」
「そうよ。早い者勝ちなんだから」
一部の戦闘狂から不満の声が上がったが、一蹴されている。言っていることは正しいので、それ以上の反論はなかった。この様子なら、班総合の評価は悪くなさそうだ。ただ補習を受けるかどうかはおそらく個人の評価に関わってくる。別に海で泳ぐわけでもないし補習で強くなれるんなら別にそっちでもいいような気はするが、わざと評価を低くしても仕方がない。あまりいい意味ではないが点数稼ぎはちゃんとしておこう。
「そろそろ昼休憩の時間か。……料理できるヤツいるか?」
「……」
「……食べる専門」
「しないわね」
「すると思う?」
ペインは答えず、フィナとリリアナとリーフィスは予想通りと言うしかない。
「あ、私できるよ。普段からお母さんを手伝ってたし」
カエデが控えめに挙手してくれたことで、この班は一命を取り留めた。
「なら一緒に準備するか。日持ちのしないヤツから順番に使っていこう」
食材はそれぞれの班に決まった数だけ支給されている。それのやり繰りをするのも訓練の一環だ。足りないようなら道中で調達するしかない。
「……むぅ、少ない」
人一倍食べるフィナが、今日の分として取り出した食材の量を見て不満そうに呟いた。
「皆で分けるんだから当たり前だろ? もっと食べたいなら調達してくるしかない」
「……ん。ちょっと行ってくる」
俺の言葉に、フィナは即答してどこかへ歩いていく。……こういう時の行動は早いな。
そしてすぐに戻ってきた。
「……兎」
彼女は二メートルはあるであろう大きな兎の魔物の首を掴んで持っている。……首が潰れているのは掴んだまま握り潰したからだろうか。
丸々と肥えた兎の魔物。背中に小さな翼があることからウイングラビットという種類だとわかる。だが俺が図鑑で知っているモノよりやや大きめだな。さっきの群れを見た感じ、結構肉食な魔物も多そうだった。これほど肉つきのいい魔物が食われずに残っているなんて珍しいな。
「フィナ、こいつはこの辺で獲ったのか?」
「……ん。はぐれてた」
「そうか……」
ウイングラビットは正直言ってあまり強くない。主な攻撃が体当たりとのしかかりぐらいで、炎を吹いたり凍らせたりといったことができない魔物だ。結構美味しいので人からも重宝されているが、天敵から身を守るために群れで行動するという特徴がある。一体見つけたら百体は覚悟しろ、と言われているくらいだ。
「……丸焼き」
フィナがぐいっと仕留めた獲物を突き出してくる。口端から涎が出かかっていた。まぁ生で丸齧りしないだけ良しとするか。
「わかったよ。ちょっと待っててな」
俺は魔物が跋扈する森の中で生活してきた身。大半は母さんが飯を作ってくれていたが、旅をするなら必須だからと他の人から魔物の捌き方を習っていた。そのためそれほど自信はないが多少の料理はできるのだ。……大体男連中に、豪快な丸焼きの美味しい作り方を教わってたくらいだしな。
「じゃあ私が他の準備しちゃうね」
「ああ、頼む」
俺がウイングラビットをフィナから受け取ると、カエデが皆の分を調理してくれるようだ。
俺は体長二メートルもある魔物を手早く捌いていく。首を落とし血抜きをして皮を剥ぎ内臓を取り除いて下処理を済ませる。味つけなど下拵えをしてから大きな串を刺して括りつけた。そのまま焚火の上に設置して丸焼きにする。
「……」
じーっと見ているフィナが生焼けのまま食べ始めてしまいそうで怖かったので、両脇を抱えて座らせる。
「焼けたら言うから、それまで我慢な」
「……ん」
ジューッといい音を立てて焼けていく肉に、フィナは目を奪われている様子だった。香辛料のいい匂いも漂ってきて、誘惑は留まることを知らない。溢れ出た脂が焚火に滴り落ちて爆ぜるのも丸焼きの存在を強調していた。
他の班もそう離れていないので、大きくていい匂いのする丸焼きを恨めしそうに見ている。
火の様子を見ながら待っていると、丸焼きの前にカエデの料理が出来上がった。
「……まだ?」
「もうちょっとだから、先に他の食べてろって」
フィナが尋ねてくるのに応えつつ、俺もカエデの料理を食べることにする。六人均等に分配されたのであまり多くはない。だが味はとても良かった。流石普段から料理をしていたと言うだけはある。
「……まだ?」
俺が料理を食べ終えるよりも早く食べ終えたフィナが、同じように聞いてきた。
「もうちょっとだから」
「……さっきもそう言ってた」
「さっきからまだそんなに経ってないだろ?」
「……むぅ」
フィナが食べるのが早いだけである。不満そうに頬を膨らませつつも肉を取りに行くことはなかった。だがもぞもぞうずうずと身体を動かして忙しない様子だ。時々くぅと腹が鳴っているのも聞こえてくる。……一応一人が腹八分目になるくらいの量はあったんだけどな。やっぱフィナには足りないか。
食べ終えてから、取りに行きたそうなフィナを抱えて止め、丁度いいタイミングで声をかけた。
「おっ、焼けたぞ。熱いから気をつけてな」
「……ん」
俺が言って手を放すと、フィナは一目散に丸焼きのところへ行き串の端っこを掴んで持ち上げる。そしてそのまま齧りついた――見る見る内に丸焼きが減っていく。
「……ご馳走様。美味しかった」
五分とかからずに丸焼きを平らげたフィナは、満足そうな顔で振り返った。当然ながら口元や手がべたべただ。苦笑して拭き取ってやる。
「いつ見ても凄い食べっぷりね」
「あの量は常人には食べ切れないでしょ」
リリアナは感心したように言い、リーフィスが呆れていた。カエデは目を丸くしている。
「あー……残念だなぁ。私もちょっと食べたかった」
瞬き一つして我に返ると、名残惜しそうに食べ終わりの骨を眺めていた。
「……欲しいなら自分で獲ってくればいい」
「うん、そうだよね。夜は私もなにか捕まえておこうかな」
普通ならあれは班で分ける大きさなのだが、フィナにとっては一人前なのだ。だから欲しいなら分けるんじゃなくて自分で獲ってこいと。当然と言えば当然だが、流石に毎日これの二倍捌くのは大変だぞ。まぁ俺もちょっと食べたいと思ってしまったから仕方ないか。
「まぁ、程々にな」
と言った俺だったが、他の班も丸焼きを見て食べたいと思ってしまったのか、夕飯までに美味しい部類の魔物を捕まえる者が多くなったのは予想外だった。
ただし魔物を捌くなど実戦を経験しているこのクラスであってもあまり多くの者が習得している技術ではない。知識のあるチェイグも捌けるようだったが、他に捌けるのは数人のみ。そして魔物を捌ける者が班にいるとも限らないため、
「食材を分けるから俺達の分も作ってくれ!」
と頭を下げるヤツまで出てくる始末だった。まぁ班毎で行動しているとはいえ同じクラスだしな、と思っていたら翌日には別のクラスからも頼まれたせいで大変になってしまうのだが。
ともあれ、食事は賑やかなモノになった。道中の食糧調達も評価に加点されるならうちのクラスは一歩先を行っていることだろう。
夜は野宿だ。人より感覚の優れた魔物が蔓延る場所で、真っ暗闇を歩くのは危険が大きい。俺なら気の感知で魔物や盗賊の存在には感づけるが、例えば道が崩れていた場合はうっかり落ちてしまうこともある。安全面を考慮するなら、夜は余程急いでいなければ休んだ方がいいのだ。疲労も溜まっているだろうしな。
各班支給されたテントを設置して中に寝袋を敷く。加えて魔物が近づいてこないとも限らないので交代で見張りを立てるのも必要だ。
「最初の見張りは俺がやる。肉の下処理も残ってるしな」
夕飯のために張り切って獲物を確保していた俺達は、やや肉が余ってしまっていた。なので腐らないように下処理をして干し肉にしてしまおうかと思っていたのだ。フィナもおやつがあった方がいいだろうし。
ということで最初の見張りは俺になった。気の感知を広げて警戒は怠らず、肉を加工していく。六人全員でも良かったが、就寝時間は大体九時間なので三人で三時間とした。六人いるので丁度二日で一周するし、毎日見張りをしていると疲れが取れないので一日おきに熟睡できるようにしておきたい。俺も寝たいしな。
「……ルクス。一緒に寝る」
「男女で別のテントだろ」
「……じゃあそっち行く」
「いや、良くないだろ」
「……じゃあこっち来る?」
「それもダメだって」
就寝前、フィナがやけにしつこくおねだりしてきた。いつもなら一回断ったところで退くと思うんだが。
「……じゃあここで寝る」
「ちゃんと寝袋で寝た方がいいぞ」
「……」
なんとか諭そうとするも、なかなかテントに向かってくれない。俺と一緒にいたいという純粋な好意なら嬉しいが、どうもそれとは違う気がした。
「……わかった。なにかあったら言って」
「ああ」
それでもなんとか引き下がってくれた。しかしテントに向かう途中で振り返って俺を見る。
「……あいつには気をつけて」
「あいつ?」
「……ペイン・アンドリュー」
フィナの口からペインの名前が飛び出してきた。驚いてなにも言えずにいると、フィナは再びテントに向かって歩いていってしまう。
……気をつけろってどういう意味だ? 確かに仲がいいとは言えないし、プライドに傷をつけられて恨んでいる可能性もある。けど今までそんな素振りはないし、恨みがましい視線を受けたこともない。
見張りについての話し合いの時も俺が尋ねると「ああ、それでいい」とだけ答えていた。少なくともやたらと突っかかってくるようなことは今のところしていないが。
それも他の皆がいるから、だとしたら確かに二人きりになるのは危ないだろう。とはいえ、正直なところ不意を打たれた程度で遅れを取るつもりはない。
「……わっかんねぇな」
考えてもフィナがなにを気にして忠告してきたのかはわからなかった。
余計なことを考えていると眠れなくなってしまうため、肉の処理をして気を紛らわせる。
見張りを終えて次のカエデに交代しテントに入った時、ペインは眠っていた。フィナの言葉が蘇ったが、特に起きる様子はない。俺も寝袋に入って眠り、朝起きるまでなにも起こることはなかった。