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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
148/163

総評

 目を覚ますと白い天井があった。


 ぼーっと天井を眺めて、自分がここにいる経緯を思い返す。……確かかくれんぼの授業で、力尽きたんだっけか。俺の記憶が確かならギリギリで勝ったはずなんだが。人って結構自分の都合のいいように記憶を改竄するからなぁ。後で他のヤツに確認しておかないと。念のためな。


 で、その俺の記憶では勝利した。とはいえ強引にリリアナを吹っ飛ばしてゴールまで近づけさせて押さえつけただけなんだが。実際にあの場で戦っていたら俺は時間切れで負けていた。だが本性を露わにしたリリアナは内功でも手に負えない可能性があった。体力を消耗してしまえば両立の制限時間は更に減ってしまう。判断としては悪くなかったとは思う。

 ただ、悪くないというだけだ。最善を取れたとは到底思えない。相手が俺を殺す気だったら無力化できていない以上危険を招くだけだったろう。


 俺もまだまだ未熟な点が多いってことだな。


 とはいえ、それで落ち込むわけもない。未熟どころか落ちこぼれからのスタートだ。それに、未熟とわかる点があるということは、改善すれば更なる成長が見込めるということでもある。そう考えるしかない。

 夏休みの期間中、俺は色々な人から教わって手札を増やすことに成功した。だが、それだけだ。それらを十全に使いこなすだけの時間が足りない。


 課題は山積みだな。


「あのさー、目が覚めたならさっさと行ってくれる?」


 やる気のなさそうな、だれた女性の声に呼びかけられた。……一応俺の寝ているベッドはカーテンに覆われていて見えていないはずだが。


「自分のことだと思ってない? 一年SSSクラスのルクス・ヴァールニア君」

「あ、悪い」


 俺のことで間違っていなかった。と言うか、気の感知で今この場に俺とこの人しかいないことはわかっていたのだが。

 上体を起こし、ベッドから降りて靴を履く。レイヴィスを着たままの恰好だ。まぁ着替えさせられていても誰がやったのか気になるからいいんだが。と思っていたら傍に着替えが置いてある。男子は教室で着替えるからな、全員が戻ってきた後だと着替えられないと思ったのだろう。


 とりあえずカーテンを開けて呼びかけてきた人と対面する。

 くすんだ灰色の長髪をぼさぼさと言えるくらい適当に流している、白衣を着た女性だった。黄緑色の目の下にくっきりと隈が出来ており、肌の色も青白いと言えるくらいだ。医務室の担当教師なのだが、生徒より先に自分の健康に気を遣ったらと評判らしい。ただ物凄く腕がいいと評判だ。腕が良すぎて引く手数多なので一所(ひとところ)に留まるのが難しいとも聞いた。この教師の世話になっていたとしても、目覚めた頃にはいなくなっていることも多いらしい。


「良かったね、小さい頃から気を使ってて」

「えっ?」

「あんたの内功と外功を両立するあの状態のことだよ。あれは本来捨てるはずの気を纏う、謂わば外法だ。そんなの気孔に多大な負担をかけるに決まってる。両立できるのは、あんたがずっと気孔を使って鍛えてきたからだ」

「そうなのか……」

「だから、常時どっちかを発動するようにして、もっと気孔を鍛える必要がある。そうじゃないといつか限界が来るから」

「ああ、わかった」


 急にどうしたのかと思ったが、助言をしてくれた。俺がぶっ倒れて偶然この人がいたから、ついでに身体の調子を調べてくれたのだろうか。

 礼を言っておこうと思って口を開くと、丁度通信魔法が発動した。


「急患? どこの誰?」


 躊躇なく通信に出ると、畏まった様子もなくやる気のなさそうな声で応対し始める。


「あー、わかった。すぐ行く。じゃ」


 いくつか問答をして自分が行くべき状況と判断したのか、早々に結論を出した。


「起きたならさっさと着替えて行って。ここはサボるための場所じゃないんだから」

「ああ、ありがとう」


 教師は追い払うような仕草で俺に告げると、さっさと踵を返してしまう。確かこの人が提携している病院への転移魔法が設置されているんだったかな。どんな急患がいてもすぐに飛んで行けるというわけだ。改めて礼を言ったが、特になにもなかった。応えることすらしなかったのは、礼を言わせるようなことじゃないと思っているからか、忙しいからか。多分前者だろうなぁ。それが仕事だから、とか言いそうな雰囲気がある。


 兎に角、俺はベッドの方に戻ってカーテンを一応閉めて制服に着替えた。すぐに出ていく。この部屋をあの人が監視していないとも限らないので、用が済んだら出ていくのが吉だろう。


 教室に戻るとアリエス教師に身体の調子を聞かれたので、問題ないと答えておく。


「……心配した」


 自分の席に座ると隣のフィナが抱き着くように膝の上に乗ってくる。レイヴィスをしまいつつ、おそらく半分冗談で抱っこの理由にしたいだけなんだろうとは思っていたが。


「ルクスが戻ってきたところで、今回の総評だ。全体的に良くなってはいる。だが最初のオリガ。リーフィスはいいとしてお前は他と一緒にルクスと戦った方が時間が稼げただろう。そろそろ自分の勝ち負けだけじゃなく仲間の勝ち負けを学べよ」

「……おう」


 オリガは不満そうにしながらも、わかってはいるのか頷いていた。彼女は戦いが好きだ。だからこそ戦いで高揚してしまって他の味方のことが頭から抜けてしまうのだろう。……となるとリリアナはどうやってオリガと協力してラハルさんの出した条件をクリアしたんだ? 今度聞いてみよう。


「一箇所に固まることで対応時間を増やす方針だったようだが、ルクスの一番強い状態は使用時間が極端に短い。だから特別強い相手と戦う時以外には使えない。内功だけなら演習場を目いっぱい使えば今回よりも長い時間を稼げたはずだ。チェイグの作戦ミス、というよりルクスを甘く見すぎたな」

「……はい」


 どうやらチェイグの予想では、俺はもう少し苦戦する予定だったらしい。俺としては不満だが、最初見せた相手が親父で、その上で相手にならなかったからな。自分達との差で見た時に誤差が生じるのは仕方がない。それに、チェイグは戦闘が本分ではないので動体視力が低く俺の動きを目で追えていなかっただろう。そうなるとどれくらいの差だったかわかりにくく作戦を立てる難易度が上がる。

 それでもあれだけやれたんだから、充分凄いとは思うんだが。


 ただアリエス教師の評価に返事をしたチェイグの顔は、とても悔しそうだった。これでは甘く見られたことを怒る気にもなれない。


「だが、今回の敗因はお前だ、フィナ」

「……」


 アリエス教師の言葉を、フィナは無視した。


「お前がその気になればアイリアを倒すだけでなく、ルクスと戦って時間を稼ぐことくらい容易だったろう。おそらくリリアナが無傷で残り、ルクスが内功しか使えない状態にまで追い込めたはずだ」

「……アイリアに勝てればそれで良かった」

「全く。お前はそのマイペースさが仇となる……と言って聞くお前じゃないか」


 アリエス教師はなんとかフィナにやる気を出させようと試みていたが、嘆息して諦めたようだ。


「レガート。お前はよく気を隠す域にまで至ったな。かくれんぼという点ではお前に勝る者はいないだろう。厳密に言えば微量な気を発しているのだが、それを他人の影に入り込んで感じ取れる気を紛らわせる方法は有効だった。戦闘についてはまだ改善の余地ありだ。精進しろよ」

「は、はいっ」


 第一回の時もそうだったが、かくれんぼというルールの授業で優位に働いたのはレガートだ。まさか俺ですら感じ取れなくなるとは思ってもみなかった。なんだかんだ成長の著しいヤツだ。聞く限りだとアリエス教師の評価も高いみたいだし。


「リリアナ。お前の戦術の組み合わせ方は良かった。ルクスの行動を読んで罠を張り巡らせる、という点では充分に通用したと言えるだろう。それを上回られたのは、次で修正していけばいい。初遭遇の敵に対しても通用させられるように精度を上げていけよ。このクラスならチェイグとも擦り合わせるといい」


 確かに、まんまとしてやられた側の俺からすると厄介な相手だった。糸は燃やし、毒は活気の効果で効かない。割りと相性の悪い相手だったとは思うが、それを考慮して可燃性の毒を使うなど弱点を突いてくる敵の行動を利用していた形だ。……俺ももう少し、戦い方を工夫する必要があるのかもしれないな。今回はほとんど力任せのごり押しだったし。


「追われる側はこんなところか。他のヤツは、成長していたが大半がルクスにすぐ倒されていたからな。特に評価はない。イルファも成長度合いはあったが、おそらく意識が両立しているせいで変に加減するようになっている。これはある意味デメリットだな」


 他のクラスメイトの評価はまとめて済ませるようだ。細かい評価は後日紙で配られるのかもしれないが。


「次は追う側だが、まずはアイリアだな」

「はい」


 アイリアは毅然とした様子で返事をするが、敗北してしまっているが故に若干面持ちが硬い。


「お前が今回負けた理由は単純だ。お前が強くなっていないからだ。夏休みの間、お前は確かに成長はした。魔力と気も伸びて、神魔装を使いこなせるようになった。だが、それだけだ。夏休み前と、そこまでの差はない。……そもそも神魔装を使えるようになった後の話だからな」

「……」


 確かに、アリエス教師の言う通りだ。これまでも神魔装は使えていた。安定はしなかったから、使いこなせるようになったというだけではある。そもそも神魔装を使えること自体が今のところ世界で唯一なのだが。


「他が新しいことに手をつけた中、お前はこれまでのことを安定させた。それが今起きている差だ。そのことをどう受け止めるかはお前次第だが、もしお前がこれから新しいことを始めるなら、目標を与えてやる」

「目標ですか……」

「そうだ。上を目指す気があるなら、そうだな。お前の目標はただ一つ。現生徒会長を超えることだ」

「えっ!? あ、あの会長をですか?」


 アリエス教師の告げた目標に、普段はおしとやかに振る舞おうとしているアイリアも驚きの声を上げていた。


「ああ。このクラスであの生徒会長に最も近いのはお前だ。いや、より具体的に言えば、この学校でだな。強さという点だけなら他にも多くいる。だが才能や戦い方という点でお前以上に生徒会長に近い者はいない。確かにあいつは才能の塊だ。才能の化け物と言ってもいい。だがあいつは桁違いの魔力量故に神装や魔装などの元となる武器に選ばれることがない。強すぎて武器がついていけないからだ。その点、お前は優秀と呼ぶ程度で留まっている。その度合いの大きさはあるがな。今生徒会長が強いのは、黒魔導を使いこなしているからだ。そこに魔法を加えることで更に強化されている。同じようにするのであれば、お前ではあいつに勝てないだろう。だが、神魔装があればどうだ? 今のあいつが持てる力の域にまで達し、神魔装を発動する――当然だが超えるに値する力を手にするだろう」


 珍しく、と言うべきかアリエス教師は一息に語った。柄にもなく、と俺は思わないのだが熱くなっているようだ。


「……少し話しすぎたな。以上だ」

「……はい。精進します」


 アイリアは自分のことを不甲斐なく思っていたようだが、アリエス教師の言葉によって進むべき道が見えたようだ。そこら辺はやっぱり教師たる人物というか。しかもアリエス教師ほどの人に暗に「お前には期待している」と言われたらやる気を出さないわけにもいかない。


「最後はルクスか。お前はアイリアとは逆だ。伸びしろがない」


 アリエス教師は俺の方を真っ直ぐに見据えて断言した。……わかってはいても他の人に言われるとクるモノがあるな。


「……とは言っても他のヤツが知らない奥の手まで知っているからな、他が知るお前からすればまだ上がある」


 ラハルさんや親父相手にも使わなかった俺の奥の手。内功と外功の両立を目指す中で編み出したソレの存在を知っているのはコノハさんとカエデ、そしてアリエス教師だけだ。使ってみて死にかけたのが原因で使っていない、と言うか使えない。一応アリエス教師が用意してくれた特殊な空間でなら使用可能だったのだが、普段使いは一切できない状態なのだ。人前で使う日はいつ来るのやら……。


「お前は今持てる力の伸びしろを作っただけだ。そういう意味ではアイリアとは全くの逆だな」


 俺が伸びしろを作ったのに対して、アイリアは得た力を安定させた。


「今持ち得る力の全てを使いこなしてみせろ。わかっているとは思うが、今お前がやるべきことはそれだけだ。……しばらく新しいことを始める必要がないくらいにはな」


 俺は夏休みの間、色々な人から色々なことを教わった。だが、それらを完全に俺のモノにしているとは言い難い。なにせ超常の人達が使っている業だ。内功は兎も角、他は本物と比べるとちゃちなモノ。まだまだ改善の余地がある。それを実際に超常の一員であるアリエス教師が言うのだから、俺の認識も間違っていないだろう。


「課題は私が言うまでもないことだが、制限時間だ。一番のネックと言ってもいい。今日もギリギリだったからな。今のままでは次に負けるぞ」


 よくわかっている。肝に銘じておくとしよう。


「当面差し迫っているのは宿泊学習だな。二、三年が春に実施する遠征の予行演習みたいなモノだ。学校外の環境で魔物を倒し人の手伝いを行う実地演習になる。詳細は後日伝達する」


 そんなのがあるらしい。一応年間予定表みたいなモノは配られているはずだが、全然覚えてないな。というかちゃんと取ってあるのかすら怪しい。後で聞いてみよう。


「では次の授業に移るぞ」


 アリエス教師が言って、本来この時間でやる予定だった授業が開始される。どうやら俺が戻ってくるまでは待つという話になっていたようだ。おかげで授業に置いていかれないので有り難い。まぁ聞いてない授業があったらチェイグに内容を聞けばいいだけの話なんだが。

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