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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
147/163

かくれんぼの終わり

遅れて申し訳ありません。月一更新、再開できるように頑張ります。

 俺が戻った頃には、森の一部が消し飛んでいた。


「……はぁ……はぁ……っ」


 木々が薙ぎ払われ、地面が他より一回り低くなっている。見るだけで壮絶な戦いが繰り広げられていたのだとわかる光景だ。


 ただ一部砕けた神魔装を纏うアイリアが肩で息をして膝を突いている。

 対するフィナは無傷だった。息も乱していない。


 ……全力のアイリアが瀕死とはな。フィナ相手に手加減してる余裕はないだろうと思ってたが、魔人はこんなにも強いのか。


「……ルクス」


 フィナが俺に気づいて顔を向けてくる。その隙を狙ってアイリアが高速で飛び出した。飛来する神槍・グングニルと共に空中を駆けてフィナへと接近。アイリアがどんな隙でも見逃さないようにするくらい手段を選ばないのは珍しいことだ。一切余裕がないのだろう。


「術式展開」


 今までなら「〇〇術式」と唱えていたと思うが、フィナはたった一言そう呟いて複数の術式を瞬時に出現させる。魔法とは異なる幾何学模様がいくつも浮かび、槍を突き立てる直前まで迫っていたアイリアの身体が強く弾かれた。彼女の腹部に術式が刻まれており、ある程度離れたところ爆発する。爆発に呑まれて吹き飛ぶ勢いが増したアイリアの向かう先にトゲの壁が出来上がっていた。だが直前で忽然と姿を消した――フィナの上空へ空間転移している。一気に至近距離に転移しないのは、おそらくやって失敗した後だからだろう。フィナもアイリアの転移が厄介なのはわかっているはずだから、近距離範囲はカバーできるようにしてあるのか。


「……天墜」


 ぽつりと呟いた言葉に呼応して、アイリアのすぐ上から空が降ってきた(・・・・・・・)。否、おそらく不可視の空間が下に向けて落ちたのだろう。目の錯覚で、一瞬空がズレたように見えただけだ。

 アイリアは直撃を受けて、しかし転移しない。いや、不可視の空間をぶつけることによって、転移を阻害しているのか。……アイリアの戦法をちゃんと対策してきてるんだな。


「破砕」


 フィナが落ちてくるアイリアに右手を向ける。掌の前に術式の紋様が描かれてアイリアを待ち受けた。おそらく紋様の前にあるモノを衝撃波で破砕する術式なのだろう。


「っ……はぁ!!」


 アイリアは直撃を受ければ即座に敗北すると悟って強引に槍を突き出し術式を貫きフィナを狙う。だがフィナには届かず、術式が発動して衝撃波がアイリアを襲った。槍を突き刺したことで術式が不完全になったせいか威力が落ちていたようだが、それでも強力なことに変わりはない。

 吹き飛んだアイリアはなんとか足から着地したものの膝を突き、神魔装が解けてしまっていた。


「……これで、私の勝ち」

「そう、みたいね……っ」


 フィナがいつもの無表情で右手の人差し指と中指だけを立てる。アイリアは悔しさと苦笑いの入り混じった表情で返し、どさりとその場に倒れ込んだ。……まさか本当にアイリアが負けるなんてな。しかもフィナの圧勝と来た。


 これは外功と内功を併用しても、俺が有利と思わない方が良さそうだ。


 鬼が二人共倒されて敗北、という新たな結末を迎えてしまうかもしれない。警戒を強める俺に対して、フィナは向き直ると両腕を伸ばしてきた。


「……疲れた。ルクス、抱っこ」


 汗一つ掻いていない顔で言われてもな。どうしても罠の存在を疑ってしまう。躊躇していると、フィナはむっとしたような顔になった。


「……抱っこ!」


 やや強く言って一足に俺の方へ跳んでくる。


「おわっ」


 驚き、術式も展開しないので仕方なく抱き止めてやる。


「……ん。捕まった」

「飛び込んできたの間違いだろ」


 ぎゅっとしがみついてくるフィナの抱える位置を調整しながら呆れて返す。成長したと思ったのに、甘えん坊は変わらないんだな。


「……ホントはルクスから抱っこして欲しかった」

「いや、授業中なら罠疑うだろ」

「……なでなでもしないと許さない」

「はいはい」


 右腕で抱えながら左手で頭を優しく撫でてやる。嬉しそうに頭を預けてきたので、本当にこれ以上戦う気はないようだ。


「じゃあアイリア連れて一旦戻るか。逃げるなよ?」

「……ん。ルクスがぎゅーってしてくれるなら、離れない」


 フィナは俺に抱き着いたまま頭を預けるようにしてくる。童顔についた柔らかな頬が押しつけられた。


 とりあえず、フィナを右腕で抱えてアイリアを左肩に担ぐ。一応誰かに襲われる可能性もあったので警戒しながらアリエス教師のいる地点まで戻った。


「……ルクスに捕まえられた」

「絶対嘘でしょ。明らかに自分から捕まえられにいってるじゃない」


 しれっと告げるフィナに対して、リーフィスが氷のような冷たいジト目でツッコんだ。他も呆れたり苦笑いを浮かべたりしている。フィナはクラスメイトと仲良くしているのを見ると不思議な感じだ。いつも特定のヤツとしか話していない印象だったのだが。


 とりあえず、さっき一網打尽にしたおかげでもう残るはリリアナ一人となった。

 リリアナはアラクネの突然変異だ。戦闘方法は蜘蛛に由来していて、毒と蜘蛛の糸を使う。突然変異ならではの身体能力の高さも厄介な一つだ。……内功と外功の併用も何回か使ってしまっているので、少なめに見積もって使用可能は五秒ってところか。それが倒れないぐらいの感覚だから、それからも戦闘をするとなるとキツい。使うならここで決める、って時じゃないとか。


「残るはリリアナ一人か。一騎討ちになるとは思ってもみなかったけどな」

「……リリアナは強い」


 一応捕まえた扱いのフィナを下ろして三度森の方へ向かおうとすると、フィナがそう断言した。……アイリアを完封したフィナが『強い』って言うか。


「らしいな。あいつの能力は基本搦め手。ラハルが認めるに至ったのは、まぁオリガの単純な強さもあったそうだがほとんどがリリアナによるモノだったそうだぞ」

「へぇ……?」


 加えてアリエス教師から目を見張る情報が齎される。ラハルさんとは俺が内功と黒気の併用でなんとか膝を突かせたほどだ。しかも半ば不意打ちでのことである。修行って言うくらいだからきっと正面から挑んだ上で認めるに至ったのだろうと思うが。そうなるとどうやったのかわからない。二人がかりという有利なんかないようなモノだしなぁ。

 それはそれは、と期待して笑みを浮かべてしまう。


「じゃあ、決着つけに行ってくるか」

「……頑張って」

「……フィナは一応敵側だからな?」

「……ルクスの味方」


 授業中くらいせめてリリアナを応援して欲しいと思う俺であった。


 兎に角、事の真偽を確かめるためにも俺は一人リリアナの待つ森の方へ向かった。


 リリアナは前回もそうだったが、森に糸を張り巡らせて地の利を作り出してくるだろう。蜘蛛と同じことができる、という利点を活かすなら無闇に挑むより巣を作って待ち構えていた方が遥かに有利だ。


「……とは思ってたが、大きすぎねぇか?」


 森に近づく最中でも増築が繰り返されていた蜘蛛の巣を見て、俺は苦笑する他なかった。


 今俺の目の前には大量の蜘蛛の糸で編まれた巨大な城が出来上がっている。明らかに木々よりも高い位置まで出来ているのは、糸を集めて凝縮しているからだろうか。

 蜘蛛の糸で迷路を作ったらしく、色々な罠が用意されているのだろうとは思う。だがこの迷路を突き進む方が不利だ。碌でもない罠がたくさんあるに違いない。


「なら、やることは一つだな」


 俺はニヤリと笑って、左手に特大の龍気を纏わせる。炎の力を宿して真っ赤に染まった龍を、地面に叩きつけた。すると蜘蛛の糸の城がある地面から炎の柱が噴き上がり糸を融解していく。一緒に森の木々も燃えてしまうが、サバイバル演習場は壊れること前提なので問題ない。その昔、会長が魔法の制御をミスって森林を丸ごと灰にしたそうだし。

 城と木々が燃えて道が開けたので、俺は悠々とリリアナのいる場所に向かって歩き出した。


「全く、やるとは思ってたけど風情がないわね。迷路を壊すなんて」


 リリアナは下半身を蜘蛛にした状態で、木の上に寝そべっている。臨戦態勢とは思えないが、燃えない範囲で小さな巣を作り直していた。油断はならない。


「敵が作ったモノに正面から乗り込む方が危険だろ。ここに来る途中でも落とし穴やらなんやらが大量にあったんだから」


 蜘蛛の糸を使って作られた罠は燃やした時に基本壊れていた。だが地面に仕かけられた罠は少し残っていて、厄介だったのだ。落とし穴は蜘蛛の糸を使ってカモフラージュしていたからか丸見えになっていたので助かったが、魔法などを使った罠もあったのだ。リリアナは魔法をあまり得意としていないので、おそらく他のヤツも協力したのだろう。


「かかってくれれば楽だったのに」

「大抵のモノは発動しても当たるまでに間があるからな」


 発動しても対処できる。とはいえそれは罠の性質上ある程度は仕方ないモノだ。


「さて、残るはお前一人だ。ここで捕らえさせてもらうぞ」

「ええ、私も今更逃げるつもりはないわ」


 リリアナが言った直後、俺を取り囲むように蜘蛛の糸の網が張り巡らされた。……いや、事前に張った網を持ち上げたのか? 自分の位置がわかると理解した上で俺を待ち伏せしたわけか。


「これで、上に逃げるしかないわねっ!」


 リリアナが握っている糸を引っ張ると網が収縮して一度囚われたら逃れられない蜘蛛の糸が迫ってきた。だが、これならさっきと一緒だ。上だけが空いているから、上に逃げて罠があるのは明白。なにより空中戦は得意じゃない。


「焼き払え、龍気!」


 赤い龍を出現させ、網を燃やし尽くす。これで道が開ける、と思った直後爆発が巻き起こって強烈な熱気が俺の全身を焼いた。


「づっ……!」

「毒の使い分けを会得したのよ。可燃性の毒を糸に付着させてたなんて、わからなかったでしょう?」


 活気でなんとか回復する俺の耳に、リリアナの声が聞こえてきた。……クソッ。蜘蛛の糸を焼くってのがわかった上で「上に逃げるしかない」と言って俺をそっちに誘導したのか。

 黒い煙が巻き上がったのをいいことにリリアナのいる場所へ直進すると、煙から出た直後に蜘蛛の巣に引っかかってしまった。爆発直後にしれっと張ってやがったらしい。粘着性の糸が絡まり身動きを封じられる。


「気で場所を感知できるからチャンスだとでも思ったかしら?」


 リリアナはまだ木の上で余裕たっぷりに妖しげな笑みを浮かべていた。……内功の状態で引っ張っても千切れない、か。ってなるとここから黒気も使わせるのが狙いだと読める。

 ご丁寧に巣には毒が付着しており、残念ながらそれが可燃性か否かはわからない。活気があるためある程度は解毒できているが。


「……仕方ねぇか。なら、どうやって俺を倒すのか楽しみだ!!」


 すっかり掌の上で踊らされていたのはわかったが、むしろどんな手を打ってくるのか楽しみだったので思惑に乗ることにした。

 内功の上に黒気を発動。五秒程度の制限時間内にリリアナを倒せるよう全力で挑む。


 まず黒気発動と同時に出てきた帯の束のようなモノを伸ばしてリリアナのいる木を破砕。もう一本でリリアナを空中へ打ち上げた。

 空中なら身動きできないだろうと思い見上げるが、右手から糸が伸びており地上の木に繋がっている。おそらく上に打ち上げられるのも予想の内だったのだろう。糸を引っ張るような形で地上へ戻るのだろうか。


 俺も蜘蛛の巣に捕えられていては動けないので、抜け出す必要はある。そこで俺は、糸を掴んで思い切り引っ張ることにした。余程頑丈な糸なのか、千切れる前に繋がっている木が地面から引っこ抜けてしまう。それならそれで都合がいいとリリアナに向けて糸のついた木をぶん回した。


「ちょっ……!」


 リリアナは慌てた声を上げつつも糸を手繰り寄せてギリギリのところで木を避ける。……今のぶん回しで糸についていた毒液が払われたな。これなら燃やしても多少勢いよく燃える程度で済むだろう。ということでさっさと燃やしてしまう。残っていた毒液のおかげが瞬く間に自由になった。

 残り秒数は二ってところか。


「ッ……!?」


 俺は自由になった身体で、着地したリリアナの懐に潜り込む。そのまま素早く蜘蛛脚を掴むと思い切りアリエス教師達がいる方角に向かってぶん投げた。


「――ッ!!」


 黒鬼を使ったオリガですらついてこれないほどの身体能力だ。同じく突然変異のリリアナもついてこれていない。高々とぶん投げて空気抵抗で身動きが取れないようにした。糸をどこかに繋げるだけの余裕はなかったようで、成す術なく飛んでいっている。

 俺は投げたリリアナに向かって思い切り跳躍した。衝突しながら蜘蛛脚を黒気で掴んで動かないようにする。


「このまま捕まえようってわけね!?」


 リリアナは碌に身動きの取れない中、逃れようと蜘蛛脚を動かしたり毒液を吐いたりして抵抗してきた。この速度、高さから叩きつけられれば相当なダメージになって捕まえた判定にされると察したのだろう。とはいえ時間的にギリギリだ。アリエス教師達がすぐそこに見える距離で、受け身を封じリリアナをそのまま地面に叩きつける。勢い余って地面を抉りながら突き進み、丁度目前にして止まった。


「……はぁ、はぁ……っ。これで、俺の勝ちだな」


 リリアナが相当なダメージを受けて動けなさそうなことを確認してから気を解除する。……気絶しないギリギリの時間だと思ってたが、ちょっとオーバーしちまったな。


「そうだな。この状況では、捕まったと見ていいだろう」


 アリエス教師が判定を下したことで、皆の「あ〜あ」という残念そうな声が聞こえてくる。俺は無事勝てたことにほっとして気が抜けたせいか、リリアナを取り押さえた体勢のまま意識を朦朧としてしまう。

 身体から力が抜けてレイヴィスのつるりとした布越しにふにゅっと柔らかな感触が顔に当たる。


「あら? ……大胆なのね」


 リリアナの妖しげな声が聞こえたような気がするが、既に身体が動かない。リリアナには悪いがこのまま意識を手放させてもらう。


「……むぅ」

「そんな顔してもダメよ?」


 フィナの不満そうな唸り声も聞こえてきたが、俺の意識はやむなく暗転していった。

 一応勝負としては勝ったが、ギリギリだ。先に力尽きていた可能性もある。


 ……次は、もう少し余裕が持てるように頑張らないと。

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