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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
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早朝の約束

 目を覚ますと見知った天井があった。既に慣れてきた寮の自室だ。上に乗っかっている柔らかな重みも馴染みがある。


 寝起きの頭でそういえば親父にボコられたんだっけな、と思い返す。戦いの流れは鮮明に思い出せるが、本気の親父に対抗できた、とは到底口にできない。成長は感じ取れたがまだまだだ。内功と黒気の併用を持続させられるようになって、初めて戦いになるくらいの格差があるらしい。

 まぁ今までは黒気を使ったところで手も足も出ないような状態だったからマシにはなってきているのだろうが。


 ……息子だからどうしても比較されることを考えると、もう少し圧倒的な強さを身につけたい気持ちはある。


 けど強くなるのに近道はない。地道に鍛錬していくしかないのだ。


 時間を確認するとかなり長い時間眠っていたのか早朝だった。半日以上眠っていたらしい。まぁかなり手酷くダメージを受けていたからな。仕方がない。ただ身体は万全の状態だ。あの場に母さんがいたのだから当然と言えば当然か。


 身体の調子を確かめてから、俺は寝静まった部屋で親父との戦いを思い返す。最終的には意識を失ってしまったが鮮明に思い出すことができた。


 ……結局、親父は全然本気じゃなかったな。


 わかってはいたことだ。と言うより覚悟していたと言うべきなのか。僅か心の中で「もしかしたら勝ちが見えるかも」と浮かれていたところはあった。だがその驕りは叩き潰されたと言っていい。落ちこぼれだなんだと言い聞かせ続けていて、今更驕ってしまったことも恥じるべきだが。それよりもこれからどうやって強くなっていくかを考えた方が有用だ。

 とはいえ、夏休みの修行期間で手札をかなり増やすことができたので、しばらくは夏休み中に手にした技術、力を洗練し完全な自分のモノにする段階に入るのがいいだろう。


 コノハさんとカエデに教えてもらった――内功。

 アリエス教師協力の下俺の中にいるという魔神の力を引き出した――真術。

 ラハルさんに教えてもらった技のアレンジ――黒龍一刀。

 母さんに一応習った――母さんオリジナルの体術。

 そして内功と外功を組み合わせた現在の切り札。

 ……一応もう一つ、気を極めた先にある思いついたアレがあるんだが。今は使い物にならない。内功と外功の合わせ技よりも。


「……やることがいっぱいだな」


 忙しくなりそうだ。だが、口元には自然と笑みが浮かんでいた。夏休み前は「これから先どうすればもっと強くなれるんだ?」という不安に駆られていたので、当然だろう。強くなれるって、強くなる余地があるっていいことだ。俺は多分、それが人よりも少ないから余計にそう思う。一応独自の真術もあるが、あれは繊細な上一部の魔法にのみしか使えない。当然のように魔力を消費して使用するため、俺だけでは使用不可能なのだ。魔法ごと魔力を吸い取ってそのまま真術へと変換する。そして魔力を吸い取る力こそ魔神アルサロスの特異性、らしい。なので魔力を吸い取る面積を増やせば増やすほど身体を魔神に明け渡すという意味になってしまう。だからこそ全体のほんの少し、指先という微かな位置のみで吸い取ることにしている。やろうと思えば魔法に片腕を突っ込み、腕で吸い取るということもできるのだが。そうなると魔神に身体を乗っ取られてしまう可能性もある、という話だ。俺は直接話したこともないのでわからないが、文献によると凶悪な存在のようだ。文献はある程度誇張されているにしても、警戒するに越したことはない。……それも両親に聞かなきゃならないんだけどな。

 今聞いても誤魔化される気がしてならない。多分、俺が本気で魔神と向き合う必要ができた時には教えてくれるのだろうが。


「……まぁ、あんまり期待はしないでおくか」


 自分達が大戦の英雄だってことも隠していたような人達だ。今更隠し事の一つや二つ、気にしても仕方がない。他にも色々と秘密にしていることがあるのだろうが、これでも親子だからな。必要のない大きな隠し事はしない、と信じている。


「……目が覚めてきたし、鍛錬でもするか」


 早朝鍛錬も再開しているが、どうしても急激には成長できない。地道に努力する他ないのだ。


 俺はフィナがぎゅっと握っているジャージを脱ぐ形で逃れると、鍛錬用のジャージへと着替える。アイリアはぐっすり眠っているようなので気づかれないだろう。

 木の棒を持って部屋から出ると近くにある林へと向かった。すっかりいつもの場所と化した、林の中の開けた草むらへと歩く。早朝ではあるがまだ暑い。身体を動かせばいい汗を掻けるだろう。


 草むらまで着いて丈の短くなっている範囲に入る、その直前で足を止めた。草むらの真ん中で座禅を組んで瞑想している者がいたからだ。


 白に少しの桃色を混ぜたような髪色の女性。長い髪を後頭部で括っているが、それでも長いために今は地面に着いてしまっている。切れ長な目は今は閉じられて、それが余計に彼女の顔立ちの良さを引き立てているようだ。鍛錬の時に着ている和服姿である林の中で瞑想するセフィア先輩である。非常に絵になるなぁ。


 そう思いつつも、足を進めることはなかった。その範囲に入ったら否応なく先輩の刃が飛んでくるとわかっているからだ。極限まで集中しているからか、俺の存在に気づいた様子はない。今回は特に気を隠すようなことはしていないので、セフィア先輩がただただ集中しているというだけのことだろう。


「……うん?」


 しばらく眺めていると、セフィア先輩がゆっくりと目を開ける。瞑想が終わったからか俺の存在に気づき、顔を綻ばせた。


「ルクスか。声をかけてくれても良かったのだが」

「いや、集中してるとこを邪魔しても悪いしな」


 言って歩を進め隣に腰かける。


「私とルクスの仲だ、そう気にしなくていい」

「親しき仲にも礼儀ありってことだよ」


 言いつつ、強さに関して俺も思うところがあるので、味方の強くなる邪魔だけはしないと心に決めているのもあるのだが。


「そうだ、君の戦いを見ていたよ。凄かった」

「結局は負けちゃったけどな」

「いや。会長が手も足も出ない相手だったというのに、君は攻撃を当ててみせた。未だ修練の途中だとは思うが、将来を感じさせてくれる戦いだったと思うよ」

「そうか? まぁ、ありがとな」

「礼などいらない。私は私の思ったことを述べているまでだからね。……と言っても、あの後挑んであっさり負けた私が偉そうに言えることではないか」


 セフィア先輩はそう言って苦笑した。どうやら俺が挑んだ後、先輩も挑戦していたらしい。


「セフィア先輩も挑んでたのか。どうだった、親父と戦ってみて」


 改めて強さの底が知れないと思った。だがそれに届くかもしれないとも思っている。非常に有用な戦いだったと思う。


「強さの次元が違う、と思ったよ」


 セフィア先輩の苦笑に少しの悔しさが滲んだ。


「君のお父上だけではない。君のお母上、九尾の狐の突然変異、アリエス教師、ドラゴンの突然変異。学校で二番目に強いクラスと称されて慢心していたわけではないが、まだまだ世界は広いということを思い知らされた。尤も、それは現生徒会のメンバーが戦っている時に思ったことだが」

「だな。俺もクラス対抗団体戦の時に会長に負けたし、更に強くなった会長が普通に上回られててビビった」

「ふふ、君でもビビるなんていうことがあるのだな」

「俺だってあるに決まってるだろ。そりゃ勝ち目のない戦いにだって臨むが、負けていいとは思ってないからな」

「そうだな。君はいつだって全力で勝ちに行く。それが私には、私達には少し羨ましい」


 セフィア先輩は真剣な表情だった。思わず顔を見てしまったが、冗談を言っている雰囲気ではない。その上彼女は今「私達」と言い直した。俺が以前に発破をかけたこともあるが、おそらくシア先輩も含んでいるのだろう。アンナ先輩はわかりにくいが他のエンアラ先輩や他の先輩は三年SSSクラスに勝てるわけがない、と心のどこかで思ってしまっているのかもしれない。……かく言う俺も、会長との試合前には絶対に敵わないと思ってしまっていたのだが。


「……全力を出し切らなくても勝てる見込みは少ないが、全力を出したとしてもどうせ負ける――心のどこかでそう思ってしまっている自分がいる。全力で勝ちに行くことが、どうしてもできない時がある」


 わかってはいても心はそう簡単に切り替えられない、ということだろう。俺も勝てないヤツの気持ちはよくわかる。しかし、だからこそ諦めて欲しくないと思う部分が大きいのだ。


「ま、俺も会長には十中八九負けると思ってたからな」


 だからこそ、俺はセフィア先輩の背中を押せるように、まだ諦めないように声をかけるのだ。


「……そうなのか?」

「当然、そう思いながら戦ってればあそこまでのことはできなかっただろうけど」


 意外というようなセフィア先輩に対してつけ加える。意識していなかったが、俺は多分ずっと会長には勝てないと理解していた。それを押し退けていただけのことだ。


「……俺の場合は、だけど」


 言いながら顔を見られないように立ち上がる。これはあまり、口にしてしまうとカッコ悪いことだから。


「勝てなくても、勝とうとしている姿を見せることに意味があるんじゃないかとは思ってる」

「っ……」


 これを他人に言ったのは初めてだっただろうか。……これは秘密にしておいても良かったかもしれないな。口にするとなんか、凄くダサい気がする。


「まぁ全身全霊、死力を尽くして、勝つ気で戦わないと誰もなにも得られないだろうから。勝てないことを気にする必要なんてないんじゃねぇかな。うちの学校の最終目標は騎士になることであって、会長に勝つことじゃないわけだし」


 校内戦は勝ち負けを争わせるのが目的ではない。順位づけによって生徒の優劣を決めるための催しでもない。互いに切磋琢磨するため、あまり戦う機会のない学年の違う生徒とも戦う機会を設けるためだ。勝ち負けも確かに評価されるが、一番大事なのはその戦いの中でなにを学び、なにを次に繋げるかだ。

 ……まぁ、俺が言うまでもないことというか。俺が言っても説得力がないというか。そんな気はするが。


「……そう、だな」


 セフィア先輩は笑っているようだった。多少なりとも俺の言葉が届いてくれていればいいと思う。セフィア先輩の剣の腕前は俺と一年違うとは思えないほどだ。折角才能を持っているのだから、諦めるにはまだ早いだろう。


「そうだ、お父上との戦いで使っていた黒龍一刀、と言ったか。あれのために気の刃の形状を刀に近くしていただろう?」


 しばらく黙っていたが、セフィア先輩は話題を変えてきた。明らかに先程より張りのある声音になっている。


「ああ、元が刀だからな」

「だが、刀の扱いはまだまだのようだな」

「うっ……」


 痛いところを突かれた。というか、普通に剣として扱ってきて急に刀のように扱えと言われても難しい。元々が片刃だったからまだマシというだけだ。こういう武器の形状の違いによる使い方の差異というのは大まかに使えていれば多少なんとかなる部分でもある。だが巧い人と戦えばその違いが浮き彫りになってしまうのだ。


「良ければ私が指導しようか?」

「いいのか!?」


 願ってもない申し出だ。セフィア先輩の剣の腕前は学校一と言ってもいい。


「もちろんだ。代わりに、気の指導をお願いしたい」


 そう口にするセフィア先輩の目には、強くなりたいという意志が込められていた。そうされては断ることなどできない。


「ああ、任せろ」


 ある種の交換条件ではあったが、学校が目指すところとしては正しいやり取りだ。

 互いに切磋琢磨し合う。足りない部分を補う。


 とりあえず、俺が強くなるための一歩として平日は毎朝早くからここでセフィア先輩と鍛錬することが決定したのだった。


 セフィア先輩が弛まぬ鍛錬で黒気まで習得してしまったら俺も気の面でうかうかしていられなくなるだろう。だがそれはそれで、面白そうだ。


 生徒会戦挙でも仲間だが、他にも色々なイベントが開催されるはずだ。そのどこかでは、セフィア先輩と直接対決をする機会もあるだろう。


 その時が、今から楽しみだ。

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