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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
142/163

コノハとアリエス

 エリアーナ先輩と母さんの試合は、母さんの勝利で幕を閉じた。先輩の舞は見栄えがするというのもあるが、非常に盛り上がる戦いだったと思う。


 次にバトルフィールドへと姿を現したのは、生徒会会計のニエナ先輩。橙色の髪を短いポニーテールにしていて、すらりと長い手足と顔つきから身体を動かすタイプなのが伝わってくる。両足首に灰色のリングをつけており、それが彼女の持つ古代兵器ニルヴァーナの部品。魔力増幅の効果で戦闘を補助することができる。聞いた話だと使えるようになるまでに緻密な練習が必要になるそうだ。


 対するは、コノハさんだった。人嫌いだと聞いていたから来ない可能性も考えていたのだが、ちゃんと来てくれたらしい。金毛の九尾と抜群のスタイル。着物から香る大人の色香と人間離れした神々しささえ湛える美貌。絶世の美女と呼ぶに相応しい彼女の姿に、観客から感嘆の声が漏れていた。


『一戦目からいい勝負を見せてくれました! お次は生徒会会計“二色拳聖”ことニエナさんです! 拳から放たれるタイムラグがほとんどない魔法で遠近共に得意とする彼女はどんな戦いを見せてくれるのか!?』


 試合前の紹介が始まった。ニエナ先輩はやる気満々な様子で胸の前で拳を打ち合わせている。


『彼女が挑むのは神獣とも呼ばれる九尾の狐の突然変異!! 人並外れたその圧倒的な力は健在なのか!? かつての英雄、コノハさんの登場です!!』


 コノハさんの紹介は少し短めだった。余計なことを言って反感を買えば、国が半壊する事態になりかねないからだろう。そもそもがこんな人の多い場所に顔を出しているのだから。ストレスは溜まっているはずだ。

 コノハさんは俺の方を見上げてにっこりと微笑むと、なにかを口にした。口の動きを読み取ると……「あそこにいるわ」だろうか? なんのことだろうかと首を傾げていると、俺の目の前に人影が降りてきた。……どこから現れたんだ。


「……ふぅっ」


 一息吐いて振り返ったその人影の正体は、それこそコノハさんの娘であるカエデだった。俺を見つめてにっこりと微笑んでいる。


「久し振り、って言うほどじゃないけど。また会ったね」

「ああ。来てたんだな」


 てっきり留守番しているモノかと思っていた。立ち話もなんだから座ってもらおうと思ったが、周りには空いている席がない。突如として現れた美少女になんだなんだと騒ぎになり始めていた。と、そこで右側から柔らかな感触を感じた。なぜかフィナがぎゅっと抱き着いてきた形だ。

 フィナはその体勢のままじっとカエデを見上げている。カエデもそれに気づいて少しむっとした表情だ。


「……えっと、抱っこか?」

「……ん」


 こくりと頷いたフィナを、試合が見えるように前を向かせたまま膝に乗せた。


「……ちょっと納得いかないけど、席空けてくれたからまぁ良しとしてあげる」


 ぼそりと呟いていたが、カエデは元々フィナが座っていた席に腰かける。俺に向けてにっこりと笑みを浮かべてきた。


「お母さんが行くって言うからついてきたの。久し振りに皆と会いたくなったんだって」

「そっか。まぁ、いいこと、なのか」

「……うん、と思うよ。もしかしたらルクスのおかげかもね」

「そうか?」

「うん。だってルクスが戦友とそっくりみたいだから」

「ああ、なるほどな」


 色んな人に散々言われているが、俺はどうやら若い頃の親父にそっくりらしい。一応目元は母さんに似ている、という話だったが。

 まぁそんな俺を見て本人に会いたくなって、いい機会だからと参加したというところだろうか。


『それでは第二試合、開始ィ!!』


 話している間に司会の合図があって、勝負が開始される。

 母さんは相手の全力を待ってから行動を開始していたが、コノハさんは基本人嫌いなところもあるせいか早速手を出すつもりのようだ。


 コノハさんは右手の指を綺麗に揃えて手刀のようにして掲げ、そこに赤黒いオーラを纏わせる。対面していなくても危険だというのがひしひしと伝わってきた。


「ちゃんと、避けてくださいね」


 コノハさんは俺が最初見た顔に近い、無表情のままにニエナ先輩へと告げる。そのまますっと手元がブレるほどの速度で、しかし軽く振ったのだとわかる動作で手を振り下ろす。

 その瞬間赤黒い斬撃が飛び、咄嗟に横っ飛びで回避したニエナ先輩の横を高速で通り過ぎた。しかしあまりの威力に当たっていないはずのニエナ先輩がかなり吹き飛ばされている。


「……ネアニ。結界が脆いので私の方からも強化していいですか?」

「…………これでもこっちは全力ですけど、まぁ今後のことを考えるなら有り難くお願いします」


 コノハさんは責めるような顔で理事長のいる方を見上げていた。理事長は複雑そうではあったが頼んでいる。コノハさんの一撃が当たった結界がヒビ割れていたことからの発言だろう。……一応あれは多分俺の黒気全力攻撃――よりは弱いと思いたいが、相当な威力だと思う。それでも完全には壊れていないのだから充分強度が高いはずなのだが。


「――ッ」


 コノハさんの全身が神々しい金色の輝きを纏ったかと思うと、周囲に広げていく。それが結界にまで達した時に結界が輝いた。すぐに光は収まったがおそらく強化したのだろう。


「……では再開しましょうか」


 言ってコノハさんがまた赤黒いオーラを纏わせた右手を掲げる。ニエナ先輩は的を絞らせないためかバトルフィールドを駆け出した。だがコノハさんにとっては歩いているのも同然の速度なのだろう。あっさり動きを読むと直撃するように斬撃を放った。

 当たる直前でニエナ先輩が足首につけているニルヴァーナの部品が光を放ち足裏に魔方陣が発動する。ニルヴァーナの部品を使って魔力を増幅し、なんらかの魔法を使ったのだ。ニエナ先輩の速度が劇的に上昇して完全に回避、とまではいかなかったが衝撃に多少体勢を崩しただけで切り抜けてみせた。


「はぁ!!」


 そのままの勢いを保ってコノハさんに接近し近接戦を挑む。勢いのままに出した蹴りは掲げていた右手で軽く受け止められてしまう。ニエナ先輩はそれでも諦めずに手足を使って、魔法も使って猛攻を仕かけているが、それら全てをコノハさんは右手一本で受け切っている。しかも身体は直立の状態だが微動だにしていない。

 更には猛攻の隙間に傍目には軽く腹部への打撃を見舞った。ニエナ先輩の身体がくの字に折れて呆気なく吹っ飛んでいく。


 壁に叩きつけられたニエナ先輩は意識はあるようでよろよろと立ち上がった。


「……まだ倒れませんか。ではもう少しだけ、強くしますね」


 コノハさんは感心した様子もなく、淡々と足を開いて右手を構える。纏う赤黒いオーラが巨大化し、見る者全てに畏怖を与えるほどの威圧感を放った。ニエナ先輩も呑まれているようで、身体を動かすことができていない。むしろ、少し震えていた。


「元々九尾の狐と人じゃ格が違うから。ちょっと本気を出すと本能的な恐怖に駆られるのは仕方ないことだよ」


 大半が息を呑む中、平然としているカエデが口にした。……カエデは兎も角なんでフィナは眠そうに目を擦ってるんかね。まぁ強い種族ではあるんだけど。


「――ッし!!」


 だがニエナ先輩は震える足を強く叩いて無理矢理に動かし、全力を以って待ち構えた。


「……避けた方が、賢明だと思いますけど」


 コノハさんは受け止める気満々の相手に少し呆れつつ、右手と先程までとは比べ物にならない速度で振り下ろした。放たれた赤黒い斬撃の速度、規模、威力どれを取っても先程までのがお遊びだったのがわかる次元にある。


「っ、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ニエナ先輩は気合いを入れるためか咆哮し、両手を前に突き出して魔方陣を展開する。おそらく障壁かなにかの魔法を使っているのだろう。ニルヴァーナの部品も煌々と輝いて彼女の魔力を最大限増幅させている。それでも押されていき結界に背中がつくまで追い詰められていた。


 それでも諦めなかったのは、ニエナ先輩の意地だろう。


「ああああぁぁぁぁぁぁ……っ!!」


 斬撃に対して両手を挟み込むようにして、横から魔法を連打する。創っていた障壁が壊される前にコノハさんの斬撃を砕いてみせた。コノハさんもカエデも予想外だったのか目を見開いて驚いているのがわかる。ニエナ先輩もやってやった、と笑みを見せて――意識を失ったのか力なく倒れ込んだ。魔力切れだろう。


 司会の人が試合終了の宣言をして上がった歓声の最中、コノハさんは退場する。その途中でニヤニヤと笑うアリエス教師になにか言われて、素気ないような反応をしたことがなんとなくわかった。

 おそらく「人間も捨てたモノではないだろう?」とか聞かれたのだろう、と推測してみるが。


「……びっくりした。正直受けられないと思ってた。人型状態のお母さんの一撃を、五割くらいとはいえ受けちゃうなんて」

「あれで五割か。いつか本気で戦えるくらいになってみたいモンだよな」

「ルクスには絶対無理」


 カエデに言うと断言されてしまった。……まぁ気の強化も先が見えてきてるからな。俺の伸びしろを考えれば不可能に近いだろうが。それでも諦める気はない。


『第二試合も見所ある戦いを見せてくれました! 第三試合は生徒会書記、“宙得手の書記”ことシェリカさんが挑みます! 彼女は持っている羽根ペンで魔方陣を描く特異な戦い方をします! 描く魔方陣は実に多彩! 中にはオリジナルのモノまであるとか!』


 丸眼鏡におさげのシェリカ先輩が出てくる。


『対するはライディール魔導騎士学校一年SSSクラスの担任でもある、この人! アリエス・ルーゼリア・ヴィル・ラライファ・ウィーズさんです! 見た目とは裏腹に魔法などを圧壊させることで封じる彼女は大戦時にも一番厄介と評されたほどの実力! 教員として働きその力は鈍っているか? それはこの後判明するでしょう!!』


 対峙するは我らが担任アリエス教師。幼い外見で腕組みをしたまま踏ん反り返っている。生徒達にとっては一番身近な英雄だからか一際歓声が大きかった。

 しかし今回の戦い、生徒会側が不利すぎるな。魔法を使う相手にアリエス教師の魔方陣を圧し潰す攻撃はかなり厄介だ。正面から戦っても勝てる相手ではないのは誰も同じだが、より天敵と言えるのがアリエス教師だろう。


「小手調べに、百倍の重力といこうか」


 アリエス教師がそう呟いたかと思うと、空間が(ひず)んだような不快な音が響き、バトルフィールド全体を加重が襲う。シェリカ先輩は発動直後から動けなくなるまでの僅かな間にペンを走らせて魔法を発動、重力の影響を無効化したようだ。


「ほう、流石に対応が速いな。一応対象加重ではなく座標加重にしておいたのだが、それを見切るか。セドフの教育は行き届いているようだな。まぁあいつの手腕を考えれば当然か」


 アリエス教師は感心したように頷いている。その最中にもシェリカ先輩はペンを走らせていた。


「……天上からの光」


 それとは別に口で魔法を発動、アリエス教師の遥か頭上に魔方陣を描いて真下に向けて極大の光線を放つ。だが、当たる直前で異空間に呑まれてしまった。


「そうだ。魔方陣を潰せる、そして重力が発生している。この二つを考えれば攻撃に使える魔法は限られてくる。……ということは、当然相手もその限られた魔法に対する対策を練っているわけだな」


 不敵に笑ったアリエス教師が見上げた視線を追うと、同じような位置に異空間が開いて呑み込んだ光線を発射した。

 シェリカ先輩は慌てた様子もなくペンを上に向けて魔方陣を描く。するとシェリカ先輩が最初に設置した上空の魔方陣の更に上へ同じ魔方陣が描かれてそこから光線が魔方陣に向けて放たれた。おそらくアリエス教師が使った異空間による攻撃の転移と同じような要領なのだろう。


 光線は魔方陣に当たると未だ光線を放ち続けている魔方陣を強化して更に光線の威力を向上させる。それでも異空間への入り口を破壊するほどではなかったが、シェリカ先輩近くの魔方陣によって更に増大され――を繰り返して光線の威力がどんどん上がっていく。


「……どうやらそれは自分の魔法の性能を上げる魔法のようだな。よく考えるモノだ。おそらく自分の魔力では砕けないようになっているのだろう? だからこのまま威力が上がっていけば異空間への扉が維持できなくなり、攻撃に繋がると」


 教師が板についているからかなにが起こっているかを解説しながら感心して頷いている。シェリカ先輩はそれに驕らずなにかの魔方陣を描き続けていた。一つの方法では倒せないとわかっているため、いくつか手法を重ねるつもりなのだろう。


「そうだ、考え続けろ。頭を回し続けなければ強敵との戦いに勝利は訪れない。だがお前のように考えるのが得意そうな相手に考える時間を与えるのは愚策だな」


 アリエス教師は言うとシェリカ先輩の足元から鎖を出現させて巻きつける。途端にシェリカ先輩の羽根ペンを動かす手が緩んだ。


「身体能力低下、思考能力低下の鎖だ。これを乗り越える術はあるか?」


 生徒を試す教師のように、試練を課す。……いや思考能力低下ってエグいな。頭働かせる人にとっては致命的だ。だがシェリカ先輩の手が緩々と魔方陣を描き終えると、バトルフィールド全体が白い光に包まれた。足に絡まっていた鎖も、シェリカ先輩が使った魔方陣も全て消えていく。


「魔法無効化か。いい読みだ。だが、誤算だったな」


 アリエス教師は慌てた様子もなく告げる。意識がはっきりし始めたシェリカ先輩が体勢を整えようとする前に、|頭上から降り注いだ光線・・・・・・・・・・・が彼女の身体を穿った。放ったモノよりもかなり縮小されていたがかなりの威力だったようで、シェリカ先輩は倒れ伏してしまう。


「悪いが、これは魔法ではない。魔法でも同じことができるが、お前が魔法を無効化してくるだろうと踏んで別の手段で作っておいたモノだ。読みが一歩甘かったな」


 シェリカ先輩は意識があるようだが身体は動かないらしい。勝負ありのようだ。


「もう一つ、最初に魔法無効化の範囲を広げるための魔法を設置していたが、優先順位はきちんと選べよ。私の鎖には思考停止もある。そうなったら描きかけの魔方陣は使えなくなる。それに対抗する術を持っておくべきだったな。……私はできないことは言わん。精進しろ」

「……はい」


 アリエス教師が身を翻して去っていく。……強いのは当然だが、ただ勝つだけでないのが彼女らしいと言うか。シェリカ先輩は三年SSSクラスの回復担当に連れ帰られていた。


 戻るアリエス教師が足を止めていた。ここからでも少し見えるが、ほぼ全員が「アリエスがちゃんと教師やってる……!」と驚いていたようだ。それを見た途端憮然とした表情になって、「教師をやっているのだから当然だろう」と答えていたのがわかった。


 残るはあと二戦。エキシビジョンマッチも終わりが見えてきている。

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