欲しいモノ
※本日二話目
「アリエス教師、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
学園に戻って早々、人に聞いて行方を追った彼女に声をかける。丁度資料を作成しているところだったらしく、職員室にいた。
「戻ってきて早々なんだ? 私は忙しい」
「わかってる。でもちょっと頼みたいことがあってな」
「なんだ、言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
素っ気ないし手も止めずこちらを向かないが、話を聞いてくれればそれでいい。ネタはある。
「俺に、魔神の力の使い方を教えて欲しい」
「っ!?」
見事、アリエス教師は俺の方をばっと向いてきた。
「……お前、どういうつもりだ?」
「リーフィスにある程度話を聞いたからな。魔力を吸収してそれを使って攻撃できるなら単純に手札が増えるってことだろ。是非使えるようになりたい」
「……お前というヤツは」
アリエス教師は俺の申し出に、頭痛がするように頭を振った。
「しかしなぜ私に言う? 魔神とお前はおそらく契約状態にある。それこそリーフィスでもいいと思わないのか?」
「さぁな。詳しいことは俺にもわからないが、アリエス教師が適任だと思ったんだ。あんた、悪魔と契約してるんだってな?」
「どこでそれを……! コノハのヤツか」
表情を険しくする彼女だったが、原因に心当たりがあって苛立ちを見せる。
「あんたは幼い頃から極端に魔力に秀でていた。けどある時から、魔力が衰え始めたんだ。それがその姿、十歳の時だと聞いてる。だからあんたは十歳、全盛期の状態を維持し続けるために悪魔と契約した。間違ってないよな?」
「……あのお喋りめ。いや、ここはあいつにそこまで話してもいいと思わせたお前を責めるべきか」
アリエス教師は頭を抱えていた。もちろん、全盛期を維持しなくても強かったらしいのだが。ただそれだと親父や他のクラスメイトと肩を並べることができないから、彼女は年齢を停止させることにした。そう聞いている。
「魔神ってのが悪魔とどこまで違うのかはわからないが、そっちの方が近いかと思ってな」
「……はぁ。根拠もなく私に話を持ちかけてきたのかお前は。親子揃って、頭を悩ませてくれる」
アリエス教師は疲れたように嘆息した。
「親子と言えば」
俺は最初から言おうとは思っていたのだが、ふと今思い出したかのように口にする。
「アリエス教師って、親父のこと好きだったんだってな」
「なっ!?」
俺がにっこり告げると、彼女は驚き赤面した。……本当だったのか、半信半疑だったんだが。
「……コノハぁ……!」
それを教えた相手が誰なのかわかっているため怨嗟の声が発せられる。怒りのオーラが立ち上っているようだ。
「当時成長してたのにぺったんこで親父はもっと大きい方がいいんだろうかと悩んだとか、色々聞いたんだよなぁ」
「お前……! それ以上口を開くな!」
「じゃあ、修行つけてくれ。断ったら当時の赤裸々なエピソードを休み明け学園中に言い触らす。色々と、聞いてるんでな」
「……くっ」
俺の脅迫は上手くいったようで、アリエス教師はぷるぷると身体を震わせつつも悔しそうにしていた。
「……ふぅ。いいだろう、教えてやる」
アリエス教師はしばらくして身体から力を抜き、そう言った。
「ただし!」
だがきっと俺をキツく睨み上げてくる。
「その八つ当たりも含めて厳しい訓練になるからな? 覚悟しておけよ。……そして誰にも言うなよ」
「わかってるよ、頼むわ」
にやりと怖い笑みを浮かべたかと思えば、薄っすら頬に朱を差してつけ足した。もちろん、言い触らす気は更々ない。だって今後も脅しに使えるからな。一回で使ってしまうなんて勿体ないだろ。
というわけでアリエス教師が作り出した特殊な空間で修行を行ってもらった。特殊な空間内だからかアリエス教師の分身体がいたので、クラスのヤツらの特訓と併行できていた。
次に。
「あんたがドラゴンの突然変異、ラハルだな?」
俺はアリエス教師に転移させてもらって、ラハルさんのいる霊峰カネルへと来ていた。
「てめえは……ガイスとエリスの子供か。あいつそっくりだな」
「ああ。あんたに剣を教えて欲しい」
「あん? なんであたしがてめえを鍛えなきゃならねぇんだ? アリエスに頼まれてた二人は終わったんだからもういいだろうが」
ラハルさんのところに来たオリガとリリアナは無事修行を終えたらしい。どんな成長を遂げているのか、今から会うのが楽しみだ。
「そうだな。だからこれは、俺個人の頼みだ。コノハさんからあんたの性格は聞いてる。これから俺があんたに膝を突かせられたら、剣を教えてくれないか?」
「はっ! いいじゃねぇか、コノハに話を聞いてるってのもあるが、あたし好みの条件だ。……だがあたしはコノハよりも強ぇぞ? その条件でいけんのか?」
ラハルさんは凄惨に笑って威圧してくる。……あれ、コノハさん曰く「私の方が強いです」だったんだけどな。まぁ、そういう関係なんだろう。
「ああ、問題ない。三秒だけのとっておきで、あんたを納得させてみせる」
カエデの時は一秒だったがちょっとだけ延びている。あともう一つのとっておきも、出し惜しみなく使うつもりだ。
――勝負はすぐについた。
「あー、クソッ! やっぱこれキツいなぁ!」
俺はごろんと寝転がって天を仰いだ。解除して気絶しなくなったのはいいんだが、三秒発動してこのデメリットは大きすぎる。まだまだな。けど、条件は達成できた。
「……まさか本当に、膝を突かせるとは思ってなかったぜ」
「本当は倒すつもりだったんだけどな、あれについてくるとは思わなかった」
「はっ。あたしの最速を打ち破っておいてよく言いやがる」
俺が一撃決める直前、ラハルさんは腰に提げた刀を居合いで抜いた。居合いは確かに最速だが、俺がそこまでやるとは思っていなかったのか全力ではなかったらしく、なんとか押し切ることができたのだ。
だが最強に少しだけでもダメージを与えられた。これを使いこなせるようになれば、俺はもっともっと強くなれる。
そんな実感が湧いてきていた。
「面白ぇな、てめえ。流石にあの二人の子供なだけはある、ってのは失礼か。あの二人とは全然戦い方が違ぇしな。てめえの努力でそこまで来たんだ、誇っていいぜ。あたしが保証する」
思わぬ言葉に目を丸くしてしまう。コノハさんとライバル関係にあって悪口ばかり出てきていたのだろうということを考えても、全く思ってなかった言葉だったのだ。
「……なんだよ、あたしが褒めたのが意外か?」
「ああ、まぁ。コノハさんは『乱暴でガサツで校舎壊しの達人』とか聞いてたし、アリエス教師からは『コノハと並んで問題児の筆頭。暴れ出すと制御効かない分厄介なカタストロフ・ドラゴンより酷い災害』とか聞いたから」
「……あいつら、今度会ったらぶん殴ってやる」
青筋を立てて握り拳を作るラハルさん。そういうところがそう言われる要因じゃないかとは、恐ろしくて口に出せなかった。
「……チッ。まぁ、なんだ。あたしは乱暴だって言われるようなとこもあるが、強ぇヤツは認めるんだよ。あの二人はここに来た時クソ雑魚だったからな。第一印象の違いってのもある。魔力がねぇってことは全部てめえの努力だろ? なら、認めるに決まってんだろ」
もしかしてこの人いい人なのでは? と思ってしまう俺は単純だろうか。
「兎に角、てめえに剣教えりゃいいんだな? あたしの剣はあたしの力を全部切れ味に乗せるモンだ。扱い切れるとは思えねぇ……いや、さっきのヤツなら使えそうだな」
「まぁな」
俺は言って起き上がる。動ける程度には回復していた。
「あんたの剣術、黒竜一刀を教えて欲しいんだ。もちろん俺なりにアレンジはさせてもらうが、分散しがちな破壊力を一点に向けたいってのがある」
黒気を発動している時に思いついたことだ。オーラとは別に黒い帯のようなモノが出てくるのだが、あれが無駄なんじゃないかと。もちろん強い瞬間はあるんだが、なかなか難しい。俺が直接殴った方が早いと思ってしまっているのも理由だろうが。
「これはあんたにもメリットがあってな」
「へぇ? どんなだ?」
「休み明け、あんたにも話がいってるかもしれないが、学園最強の三年SSSクラスと親父達で戦うことになってる」
「ああ、来てるな。行くかどうか迷ってんだが」
「そこで親父は多分、現最強の会長と戦って勝つと思う。会長は強いが、勝てるとは思ってないはずだ。で、その後親父ならこう言うはず」
俺はそこで区切って口にすると、同時にラハルさんも声を発した。
「「『折角だ、俺の強さを体感したいヤツはかかってこい』」」
言って、全く同じことを口にして笑い合う。
「やっぱそうだよな。ってことで、俺はそこで親父に挑む。あんたの技を使ってみせたら、親父は驚くんじゃねぇか?」
「そりゃあいいな。あいつを驚かせてやりてぇってのはあるしよ。ってことはあたしも行かなきゃいけねぇな、あいつの驚く顔を見によ」
にやり、とラハルさんは笑う。……有り難いか迷惑か、生徒会の人すまん。ラハルさんが行く気になってしまった。
「おしっ。じゃあ早速始めんぞ。残り短い時間でてめえに黒竜一刀のなんたるかを叩き込んでやる」
ラハルさんがやる気を出してくれたのは良かったが、疲労の激しい俺は正直、死にかけた。
次は馴染み深い場所。というか俺の実家だ。
「母さん、いるか?」
こんこんと扉をノックして声をかけると、ばたばたと音がして扉が開く。
「ルクス!」
開けたのは母さんで、俺に抱き着いてきた。その様子に苦笑する、とぎりぎりと締めつけられているということに気づいた。
「く、苦しい……」
「当たり前でしょ。全く、便りも寄越さないし夏休みになっても帰ってこないし!」
「ご、ごめんって」
どうやら怒っているらしい。まぁ、別にそんな必要ないかなとか思って放置してたんだよな。
謝るとやっと離れてくれる。
「それで、どうしたの? 私に用事?」
「ああ、うん。実は母さんの体術を、ちょっと本格的に教えて欲しいなって」
「……お母さんの顔を見に来たんじゃないのね」
「ごめんって」
実を言うと修行の一環である。
「はぁ、もう。そんなところまでお父さんに似て。でもなんで私の体術を? 体術なら他でもいいんじゃない」
「いや、実は多分親父と戦うことになるだろうから、親父の隙を突くために改良されてく母さんの体術なら一矢報いれると思ってな」
「ああ、そういうことね」
母さんは俺の理由に仕方ないと苦笑した。
「いいわよ、お父さんを倒せるように協力してあげる」
「助かる」
……母さんが親父倒すのに協力って、それもどうなのかとは思うけどな。
そんなこんなで、俺の夏休みは更けていった。
……体術を教わって充実したぁ、と学園に戻ってからアリエス教師に課題のことを言われて思い出し、残り日数でひぃひぃ言いながら取り組むことになったのだが。