免許皆伝
夏休みが終わるところまで更新します。
と言ってもこれ含めて残り二話ですが。
※本日一話目
内功の修行を始めてから一週間が経過した。
俺と対峙しているカエデが白く光ったオーラを纏い攻撃を繰り出してくる。
顔面への拳。横腹への蹴り。四肢を掴もうとしてくる尻尾。足払いに連続での拳打。
カエデの攻撃をよく見て、紙一重で避ける。余裕を持って避けないのは向こうも内功を使っているからする余裕がないというのもあるが、カエデの要望だった。
「回避を最小限にした方が次の動きまでが少なくなるでしょ。それに、ギリギリで避けた緊迫感で解けないようにしなきゃ」
という理由らしい。
別に回避の練習ではないので攻撃に転じてもいいのだが、カエデの方が元の身体能力が高いので隙を突けないというのが理由の一つだ。
内功で身体能力が大幅に上昇しているので攻撃も速い。この状態の速さに目がついてこれるようになったのはつい二日前だ。それも攻撃に転じれない理由になるのかな。
とはいえ避けてばかりいても勝てない。なんとかして突破口も見つけたいところだが。
内功で体外に排出した気を掌に集束させ、
「戦気!」
カエデに向かって波動を放った。
「っ!」
思ってもみなかった攻撃にカエデは避けられず吹き飛んでいく。……あれ、なんか普段より威力上がってないか?
「そこだ!」
吹き飛んではいたがダメージのなさそうなカエデに拳を放り、防御されてしまったが当てることはできた。内功も解けていない。
「……まさか内功の発動中に外功を使ってくるなんてね。思ってもみなかったわ」
「咄嗟の思いつきだ」
戦気が発動できたなら他の気もいけるはずだ。纏うのは難易度が上がりそうだが、実践してみたい。
「そう、じゃあ避けられなかったのは隙を突かれた形ね。まぁ、いいんじゃない。こうしてる間も内功は発動できてるし。うん、会得したってことで」
「よしっ」
師匠の認可が下りたので思わずガッツポーズ。最近では寝ている間でも内功を発動することができるようになってきているのだ。これくらいは当然だ。
「結構早かったわね、元々気の扱いには長けてたとはいえ。教え方が良かったのかしら」
ふふ、と悪戯っぽく笑う。カエデとも打ち解けてきて、こういった一面も見せてくれるようになった。まぁ教え方が良かったかどうかはさておき、発動中に殴りかかってくるのが怖かったから一刻も早く会得しなきゃ、っていう気持ちはあったかな。
「そこは俺の努力の成果って言って欲しかったが。まぁいいや、次は外功と内功の両立だなぁ。仙気を遣いながら内功を使えば実質無限に発動できるし」
「そういうの、机上の空論って言うのよ。外功との両立は難しいんだから。なにより、普通の外功と違って古くなって気を排出してるから扱いが難しいの」
「それはわかってる。でもできないわけじゃないなら、やってみる価値はある」
俺は笑って言った。ここに来る前は、どうやったらこれ以上上にいけるのかもわからず迷っている状態だった。それがたったこれだけの日数で大きく広がったのだ。
俺はまだまだ強くなれる、そう思ったらやる気が漲ってくる。
「楽しそうね、もう」
基本修行に明け暮れるのはもうわかっているからか、カエデは仕方がないとばかりに苦笑していた。
修行とカエデとの会話を併行して、ずっと続けていた。カエデも次第に表情豊かになっていったし、笑顔をよく見せてくれるようになったので、いい傾向ではないかと思っている。コノハさんも嬉しそうに俺達の様子を眺めていることが多いので、いいことだと思うことにしている。
夏休みは長いようでいて短い。がんがん突き進んでいかなければ。カエデと手合わせする時は素手が多いが、剣の修行もしないとな。
そして更に二週間が経過した。内功は問題なく、仙気も自然と扱えるようになってきた。気の練度も順調に上がっている。この期間で、俺はかなり強くなれただろう。カエデとの手合わせでも手応えを感じるので間違いない。
「コノハさん、カエデ」
朝食の時間、三人で集まっているタイミングで俺は真剣に切り出した。
「そろそろ、俺はここを発とうと思う」
「えっ!?」
俺が告げると、カエデがショックを受けたような顔になった。……カエデも楽しんでくれていたんだろうか。
「具体的に言うと明日な。今日いきなりとは言わないが、気の修行もある程度目処がついたし」
「……」
「そうですか。ここに来た頃と比べると随分強くなりましたからね」
カエデは黙り込んで俯いてしまったが、コノハさんは頬に手を当てて微笑んでいる。
「……まだ、免許皆伝って言ってない」
「ん?」
カエデがぼそりと呟いた言葉に聞き返すと、彼女は顔を上げてきっと睨みつけてきた。
「まだ免許皆伝って言ってない、ここから出るなんて認めないから!」
……それはちょっと強引では。まぁ、それだけ惜しんでくれていると考えれば、嬉しくはあるんだが。
「カエデ。我が儘言っちゃダメよ」
「ふんっ。ここから出たいなら、本気の私に勝ってからにしなさい」
「わかった、じゃあやろうか」
「えっ?」
コノハさんに窘められてもそっぽを向いた。俺が彼女の口にした条件に速攻で頷くと、きょとんとした顔になる。
「……本気で言ってるの?」
「ああ。俺は本気のカエデに勝つ。だから、戦おうか」
訝しむように見てくる彼女に、笑って頷く。実はこの二週間で、いくつかとっておきの切り札を思いついたのだ。まぁ、どっちも滅茶苦茶強いがまだまともに発動もできないような状態だけどな。それでも一瞬でも本気のカエデを上回る自信はあった。
「……私に負けたら、ここを出ていっちゃダメだからね」
「ああ。俺が勝ったら、潔く見送ってくれ」
言い合って、食後少しの休みを挟んでから本気で勝負することになった。
「「……」」
勝負の審判はコノハさん。俺とカエデは開けた場所に対峙している。今回は俺も本気の本気なので愛用している武器、木の棒を腰に提げていた。
「勝負を降りるなら今の内よ?」
「降りる気があるなら最初から挑まねぇよ」
「……そう。じゃあ精々後悔しなさい!」
カエデは内功を使って白く光る煙のようなオーラを全身に纏い、その状態で瞳を変える。人と同じような形状から、獣などが持つ瞳孔が縦に開いた瞳へと。次の瞬間彼女の全身が赤い雷のようなモノを放ち始めた。複数本ある尻尾の毛が逆立ち、手も地面に突いて今にも飛びかかりそうな獣の姿勢を取る。
肌がヒリつくような威圧感が俺を襲ってきた。獰猛な九尾の狐としての本性が露わになったかのような状態だ。元々の身体能力があって、内功があって、九尾の力がある。学園全体で考えてもかなり上位に食い込む強さだろう。
「……流石だな」
しかし俺は笑って、内功を発動する。その上で闘気と鬼気の融合である闘鬼を発動し紫のオーラを纏った。内功の状態だと外功が光を発するのが違いとして挙げられる。それにかなり効果が増幅されるのだ。身体能力強化の重ねがけだから、これで少しはマシに戦えるだろう。
「へぇ、闘鬼? でもそれだけで勝てるとは思わないことねっ!」
カエデが言いながら地を蹴り瞬時に接近してくる。……大丈夫だ、目で追えている。
鋭く伸びた爪で顔を狙ってくるのを紙一重避けた。目測を誤って少し傷をつけられてしまう。だがこれくらいならすぐに修正できる。
本気になったカエデの動きは、九尾の狐としての力を使っているからか雑というか獣に近い動きになっていた。それでいて俺の振るった棒は容易く避けられてしまうので、なんとか俺がやり過ごしているからいいものの向こうの方が身体能力が上か。まぁ想定通りなので、仙気で動きを読むのも追加しつつ隙を見て攻撃、を繰り返した。
「もう一段階上げるから!」
攻撃を続けながらカエデがそう言ったかと思うと、彼女の全身を金色のオーラが覆った。直後仙気の先読みもあって、且つ目で追えていたのに身体がついてこなくてカエデの蹴りを頭に食らってしまう。一瞬意識が飛び、身体を強かに打ちつけたことで覚醒してすぐに身体を捻って体勢を立て直し足から着地する。……マジか、意識飛んでる間に五十メートルは吹っ飛んだぞ。
カエデの今の強さを認識して驚きながら、しかし安心した。
「……まさか、これ以上の強化はねぇよな?」
「ええ。これが正真正銘、私の全力よ」
俺の問いに、カエデは余裕そうな微笑みで答えてくれる。……良かった。流石にこれ以上強くなられたらとっておき二つの内二つ共切らなきゃいけないことになってた。
「なら良かった。……それくらいなら、勝てるな」
「……なに言ってるの? 今、追いついてなかったでしょ」
俺の勝利宣言に、カエデは眉を顰める。
「ああ。だが、一瞬なら上回れそうだ」
「……?」
怪訝に思ってはいたようだが警戒するように身構えている。一瞬なら、とは言ったが一瞬しか発動できないんだよな、まだ。だがそれでも上回れるなら、使うしかない。
「悪いが一瞬しか発動できないんでな、最大限警戒してくれ。――黒気」
先に忠告してから、俺は外功で辿り着いた最高を発動する。黒気だけでも凄まじい効果があるのに、内功を加えたらそれは劇的に身体能力が変化する。ただ発動時間が現在一秒しかないという決定的な短所があるので、発動してから話すことはできないのだ。
発動直後全力でカエデに接近。彼女の目が遅れて俺の方を向いている間に、木の棒と振るって一撃叩き込んだ。
身構えていても捉えられないほどの速度は出ていたらしく、防御する暇も与えずカエデの身体が軽く百メートルほど吹っ飛んでいった。……いかんな。発動自体が短くて消耗が激しいから使いこなせていないせいで、加減のし方が全然わからん。
一撃加えた後はすぐに解けてしまい、内功も強制的に解除されて膝を突く。全身が重くて疲労感が凄まじい。気を明日の分から持ってこれるから、で連続使用は無理だな。ちゃんと練習してコントロールできるようにならないと。
「……カエデは完全に気絶していますね。この勝負、ルクス君の勝ちです」
俺が自分のことで精いっぱいになっている中でいつの間にかカエデを回収していたコノハさんが結果を告げてくる。
「それにしても内功に外功最高峰の黒気を重ねるなんて、随分と無茶なことをしましたね」
「……まぁ、そうだな。けど、そうでもしなきゃ、上回れなかったし」
息切れも酷い。すぐに回復するような疲労じゃないところが恨めしかった。
「……んっ、あれ、私……?」
そこでカエデが目を覚ます。コノハさんは治癒をかけていたらしい。目覚めたことを確認してから彼女を下ろした。
「あなたの負けですよ、カエデ」
「っ……」
コノハさんの宣告に、カエデは自分が気を失っていたことを理解したのか悔しそうな顔になる。
「……最後のって」
「ああ、内功に、黒気を足してみた」
言いながらなんとか立ち上がろうと足に力を入れるが、途中でフラついてしまいカエデに抱き止められる。
「ふ、ふらふらじゃない。大丈夫なの?」
「ああ、まぁ、キツいかな。たった一秒でこれじゃあ、まだ実用的じゃないけど」
カッコ悪いが、カエデの身体に寄りかかるような恰好だ。身体に力が入らない。最初使った時はこっそり夜中にやったんだが、その場で気絶して夜が明けてしまった。
「……もう、しょうがないんだから」
柔らかく言って、頭を撫でてくる。
「カエデ?」
「……約束通り、認めるわ。免許皆伝よ」
「悪いな」
「いいの、元々私の我が儘なんだから」
「そうか。……楽しかったか?」
「……うん」
「なら、良かった。悪いがもう限界でな、寝床まで運んどいてくれ」
俺は言ってから、意識を手放しカエデに抱えられたまま気絶した。通学中はほとんどフィナと一緒に寝てたから、誰かに触れてってのは久し振りな気がするな、とどうでもいいことを考えていた。
◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと、左の腕に柔らかな感触があった。寝転んでいるのは間違いない。
「……カエデか」
窓の外を見ればすっかり夜になっていたが、カエデが俺の腕を抱えるようにして眠っていた。豊かな双丘に腕が挟まっているのは役得と言うべきか。
「目を覚ましましたね、ルクス君」
反対側から声がして、びくっと身体が跳ね上がる。……親の前でそんなことを考えるべきじゃないな。
「コノハさん」
「はい。カエデは寝かせてあげてください。ずっと看病していたので」
そうだったのか。心配をかけてしまったのかもしれない。
「ところでルクス君は、特定の女性がいるんですか?」
「え?」
思わぬ質問に固まる。
「……いない、けど?」
仲のいい人はいる。ただ彼女はいない。……なんか最低さが上がったような気がするな。
「そうですか、それは良かった」
コノハさんは嬉しそうに微笑んでいる。どういう意味だろうか?
「ルクス君。今後ともカエデのこと、よろしくお願いしますね」
「え、ああ、わかった」
今後も仲良くして欲しい、という意味だろうか。まぁここ三週間で仲良くなったと思うしこれからも仲良くはしていきたい。素直に頷いておく。
「あ、そうだ」
と急に俺は三週間の中で思いついていた案のために、コノハさんに聞きたいことがあったんだと思い出す。良かった、忘れたままここを出なくて。
「コノハさん。アリエス教師とかの弱点、知らないか?」
俺は真剣な顔で尋ねる。しばらくきょとんとしていたコノハさんだったが、それからは楽しそうに話してくれた。能力のこととか、性格のこと。過去の恥ずかしいエピソードなど。アリエス教師だけじゃなく、他の人の情報も仕入れていく。
これで準備は整ったな。明日カエデに別れの挨拶をして、朝にここを発とう。
そう思ってしばらくコノハさんと話してから、また眠りに着くのだった。
「……まだ一週間くらいあるんでしょ? ホントに今日行くの?」
翌朝、支度を整えた俺を見送りに来ているカエデが寂しそうに言ってきた。
「ああ。まだまだやりたいことがあるからな」
「そう……」
考えを変える気はないとわかったからか、耳と尻尾がしゅんと垂れていた。少しだけ罪悪感が出てくる。
そんな彼女に苦笑して、頭を撫でてやった。
「またな、カエデ」
「……うん」
俺が言うと、カエデは笑って頷いてくれる。しばらく撫でてから手を放し、踵を返す。
別れは済ませたので、後は去るだけだ。
「……お母さん。大事な話があるの」
結界を出る直前にカエデの声が聞こえた気がした。まぁ、ある程度内容は想像がついているが、盗み聞きするのも野暮ってモノだろう。
俺は大人しく立ち去り、アリエス教師のゲートを使って学園へ転移するのだった。
まだまだこれから、行きたいところはたくさんあるんだ。