カエデの想い
お久し振りですみません。
一応、前回までのあらすじ。
今、主人公達は戦力補強のために各地で修行をしています。
ルクスは九尾の狐の突然変異、コノハとその娘カエデの下に来ていて、気の修行をしている最中です。
内功という気の奥義みたいなのを会得しようとしていますが、会得しているカエデが教えたくなさそうで、過去のお話を聞いた後になります。
コノハさんから過去にあった話を聞いて、俺はただ壮絶だなと思うしかなかった。二人が経験したことに比べれば、俺の過去なんて小さなモノだとすら思えてくる。
……しかし十年前、か。
二人の過去から一旦頭を離すためでもあったが、一つコノハさんの話で気になることがあった。
それが十年前に、その襲撃? が起こったという点だ。もしかしたら俺の集落が襲われたのと同時期なんじゃないかと、話の流れで思ったのだ。なにせその頃両親や強い人が上からどこかへ行って、その期間の襲撃だったからな。
もしかして大戦の英雄を誘き出した上で、その子供達を殺す算段でもつけていたのだろうか。
まぁ確かなことは言えない。俺のところは魔物で、カエデのところが人間だそうなので同じと考えるのはちょっと飛躍しすぎな気もするが。
ただ以前にライディールで魔物の襲撃を受けた時は遠くに、確かに人がいた気がした。もし仮に人が魔物を操る術があるのだとしたら、魔物による襲撃と人による襲撃を結びつけることができる。魔物ってのはそんな簡単に人に屈するモノじゃないが、もし人ならざる尋常でない力を手にした者がいるとしたら、本能に従う魔物を屈服させることが可能かもしれない。
多少勉強しているとはいえ俺の知識は同年代と同じか少し劣っているくらいだ。内功についても知らなかったし、俺の知らないことなんて山ほどある。なら魔物を従える方法も秘密裏に会得している者がいるかもしれない。
「……話を聞かせてくれて、ありがとう」
コノハさんの顔が今でもその時のことを鮮明に思い出せる、と物語っている。鮮明に思い出せるせいで沈痛な面持ちにさせてしまったことを申し訳なく思いながら、自分から頼んだ手前謝るのは筋違いだと思い感謝を口にした。
「……いえ、参考になれば幸いです」
コノハさんは頭を振って言った。……さて。コノハさんから鍵になる話は聞けた。
後はカエデ本人に話をつけるだけだ。
「じゃあちょっと、行ってくる」
もちろん事情を知ったからと言って俺になにができるかはわからない。けど、なにかしなければ俺の修行も進行具合が遅く、会得できないまま終わってしまうかもしれない。
強くなる道筋が少しでも見えているなら、それに縋りたいとは思う。
俺はコノハさんと分かれてカエデを探し歩いた。とはいえ気を感知すれば居場所はわかるので、カエデの自室に籠もっているのがわかったのだが。
こんこん、と部屋のドアをノックする。ドアと言っても横にズラして開けるタイプで、コノハさん曰く襖というモノだそうな。俺には馴染みない文化だったが、刀発祥の地の建築様式なんだとか。セフィア先輩だったらわかったかもしれない。
「……なぁ。ちょっと話がしたいんだが、いいか?」
声をかけるが返事はない。俺と話すことなんかないということだろうか。感知で見てもノックした時にびくっと肩を震わせていたが、それだけだった。
「……コノハさんから事情は聞いた。十年前に、父親が殺されたんだってな」
「っ……!」
思い出したくもないことだろうが、俺は非情に徹する。
なぜ、そのことがあって内功を教えたくなくなったのか。俺は多分当たりだと思う推測を立てていた。あんまり頭がいい方じゃないんだが、予測は立てられる。
というより、俺はそれ以外に思いつかなかった。
「これは俺の勝手な推測だ。間違ってるかもしれない。けど、俺にはこれ以外思いつかなかった」
俺はそう前置きして告げる。
「父親が死んだのは自分が内功を教えたからだと思ってるんじゃないか?」
「っ!?」
がたん、と大きな物音がした。図星のようだ。内功を教えたから父が死んだ。一見なにを言っているかわからない文章だが、結論はそれだろう。
まぁ言った後でなんだがトラウマになったからというのも理由に推測できるのかもしれない。
「お前の親父はそんなに強くなかった、弱かったんだろうな。だから自分が内功を教えさえしなければ賊に挑むことなく立ち去り、コノハさんと合流して迎撃することができたんじゃないか。そう、思ってるんじゃないのか?」
「煩い!!」
ようやく反応が返ってきた。痛烈な怒鳴り声だったが、話を聞いてはいるようだ。
「それは答えてるのと一緒だぞ。……お前は自分が内功を教えたから父親が無謀な勝負に挑み、死んだと思っている。だから内功を誰かに、特に弱い俺に教えたくないんだろ? また自分のせいで人を死なせたくないから」
俺は口を閉ざさず追撃した。その結果襖が勢いよく開け放たれ、飛び出してきたカエデに胸倉を掴まれる。だがその動きはわかっていたので踏ん張り耐えた。
目元は赤くなり、涙を堪えている様子だ。ただ怒りと悲しみに満ちた表情をしている。
「煩いって、言ってるでしょ!?」
悲痛な慟哭が俺の正面から突き刺さる。……だがここで手を止めるわけにはいかない。
「……だったら力尽くで閉じさせればいいんじゃないか? 傲慢で愚かなガキが」
「同い年ぐらいでしょうが!」
俺の挑発に、感情が昂ったカエデは乗ってきた。俺は天井へとぶん投げられ、突き破って空まで飛ばされる。……チッ。気の強化があるとはいえ、流石に強ぇ。
空中でなんとか身を翻した俺へと、跳び上がったカエデの拳が飛んでくる。
「関係ない癖に、踏み入ってこないでよ!」
闘気、鬼気を纏った拳が言葉と共に放たれた。俺はタイミングを見て拳を横からいなし脇腹を蹴りつけて距離を稼ぐ。吹っ飛ばしたカエデが着地する頃には俺も屋根の上に着地できた。近くでコノハさんが何事かと困惑しているのが確認できる。……悪いが、娘に荒療治させてもらう。
「家族の問題には関係ないが、全くの無関係ってわけじゃないだろ。なにせ、俺はお前の父親と同じ弱い人間で、内功を教えて欲しいからな」
「っ! まだ言うか!」
俺の言葉にカエデは感情を剥き出しにして突っ込んできた。コノハさんは成り行きを見守るのか手出ししてこないようだ。非常に助かる。
とはいえこれ以上家を壊すのは忍びないので屋根から降りて遮蔽物のない場所へ誘導する。相手の身体能力が高いので誘導も命懸けだ。時折攻撃を受け止めて吹っ飛ばされながら広い場所へ移動した。
「……私がお父さんに内功を教えさえしなければ、お父さんは戦えないままで、あの時も無茶しなかった」
カエデはゆっくりと歩きながら独白する。
「きっとお母さんを呼びに来て、何事もなく終わったことだったのに。お父さんは、死ななかったのに……!」
カエデはこれまで相談相手が母親しかおらず溜め込んできたモノを吐き出すように、己の感情を口にする。
「……それは、どうだろうな」
俺は涙を流しながら怒るカエデを真っ直ぐに見据えて反論する。
「……?」
案の定、怪訝そうに眉を顰めた。
「俺は、弱い人間だからわかる。お前の父親は、内功がなかったら戦わなかったのか?」
「? なにを言ってるの? そんなの当たり前でしょ? だって弱いお父さんに、襲ってきた人達を倒す力なんてないんだから、そんなの逃げるに決まってる」
俺の発言に、カエデは当然のように返答する。……確かに、普通に考えればそうだろうな。けど、そうじゃない時を俺は知っている。
「……普通に考えればな。だが、弱くたって身体が動く時はあるんだよ。敵わない相手に遭遇したって、止めようとする時があるんだ」
あの時の俺がそうだった。幼馴染みが襲われて、ただ見ているのが嫌で、助けてあげたくて。その結果呆気なく死にそうになった。
他の大人が敵わない相手に、俺が勝てるわけがないのはわかっていた。けど、それでも動いてしまったから。
「……なにをいい加減なことを」
「いい加減なものかよ。……お前の親父さんは優しかったか? 家族想いだったか? もしそうなら余計に、目の前で家族を襲う相談をしているヤツらを見逃せると思うか?」
「え……?」
無理だ。無理に決まっている。じっとしているなんてできるはずがない。なにより大切な存在であればこそ、身体は動いてしまう。
カエデは俺の言葉に理解が追いついていないようで、聞き返した。
「……十年前、俺のいた村に襲撃があった。俺以外は全員死んだよ。強い両親が戦争に行ってる間の出来事だ」
俺は、一端しか話していなかったことを語る。
「そしてカエデのところに襲撃があったのも、十年前だ。……俺はこう考えた。もしかしたら、誰かが大戦の英雄の子供達を殺そうと企てたんじゃないかってな」
足を止めたカエデの代わりに、今度は俺から近づいていく。
「……そんな、ことが信じられると思うの?」
「俺の話は真実だし、予想は俺がそう思ったってだけの話だ」
「……じゃあやっぱり私のせいじゃない。私がいたから、お父さんは――っ!」
俺はカエデの懐に入り、胸倉を掴み上げる。今度は俺が怒りを表す番だ。
「……自分を生んでくれた親の前で、いなければ良かったなんて言うんじゃねぇよ!」
以前、親父に同じようなことを言われた記憶がある。
「お前は両親が望んで生まれてきたんだ! それを否定するってことは、自分だけじゃなく親のことまで否定することになるんだぞ!」
そうだ、あの後。襲撃があって、俺以外がいなくなった時のことだ。
奇跡的に一命を取り留めた俺は、なにをするのもやる気が起きなくて抜け殻のように過ごしていた。そんな時ぽつりと、確か「……俺じゃなくて、皆が生きてればいいのに」みたいなことを言ったんだ。当時のことは、俺もよく覚えていない。幼い頃だし、その時のことは精神状態の問題で薄っすらとした記憶になっている。だからこそ、自分を取り戻した時の親父の言葉はよく覚えている。
……あの時が初めてで、最後だったな。俺が親父を怒らせて、本気で叱られたのは。
「……これは親父の受け売りだ。お前をどう思ってるかは、それこそ本人に聞くのが一番だろ」
俺は突き放すように手を離す。カエデは呆然としたように佇んでいた。
「人はな、死ぬとわかってても、死ぬかもしれないと思ってても、身体が動く時があるんだよ。どうしようもない感情に突き動かされて、なにかが身体を動かしちまうんだ。俺は親父さんのことを知らないが、そういう時があるのは知ってる。だから、内功が使えなくたって、大切な娘を殺す相談をしてる連中がいたら飛び出しちまうもんじゃねぇかな」
幼馴染みが襲われて死にかけているのを見て、俺を突き動かしたのはなんだったのだろうか。彼女を失いたくないという恐怖か、それとも傷つけられた怒りだったか。よく覚えていない。ただの憎しみだったかもしれない。
「最初にも言ったが、これは俺の勝手な予想だ。的外れだって言うならそれでいい。けど、内功を教えたカエデに罪はねぇよ。これで足手纏いにはならないって、喜んでたんじゃねぇかな。それを、自分の責任だと思う必要はない」
俺は言って、できるだけ優しくカエデの頭を撫でてやる。真実は、コノハさんもわからない。俺もただそうした可能性があるっていう話をしただけだ。誰も真実を知らないなら、一番綺麗な可能性を考えよう。少なくとも、自分の子供が自分の死に責任を感じて塞ぎ込んでしまうのは彼の思うところではないだろうから。
「……っ」
感情が昂ぶって、それから落とされて。揺り動かした俺が言うのもなんだが、彼女の中は滅茶苦茶だろう。涙を流し、嗚咽を漏らす。溜め込んだモノは全て吐き出してすっきりした方がいいとは思う。
しばらくそうしていて、手を離した。
「少しは落ち着いたか? なら、コノハさんとゆっくり話すといい」
「……うん」
俺の言葉に、素直にこくんと頷いた。
「じゃあ、後のことは頼んだ」
近くまで来ていたコノハさんに告げて、俺は席を外す。これからは親子の時間だ。部外者は立ち去るとしよう。……まぁ、部外者が家族の問題に首を突っ込んだ時点で今更な気もするが。
よくよく考えてみると、元々俺ってそういうことばっかしてたような気がしなくもない。
それこそ今更のようだった。