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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
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まだ見ぬ気の先へ

 一悶着はあったが、なんとか九尾の狐の突然変異であるコノハさんに修行をつけてもらえることになった。


 とりあえず一旦休憩ということで食事を済ませる。立派なモノではなかったが美味しい料理だった。三人で食卓を囲んではいたが、残念ながらあまり会話はなかった。特に娘のカエデが無口だったのが原因だとは思うが。コノハさんがなにを話しかけても一言くらいで返すだけで、話はしない。反抗期なのかとも思ったが、コノハさんが奇妙な顔をしていたのであまりないことなのだろうとは思うのだが。


 そして午後から今回の修行についての話が始まった。カエデは全く俺に興味がないような風を装ってはいるが、離れた位置に必ずいる。本当に興味がなければ別の場所にいると思うのだが。妙な真似をしないか見張っているという可能性もある。


「先程見せていただいた黒気。あれはその歳で辿り着く気の練度としては素晴らしいモノでした」


 褒められてしまった。英雄譚をよく聞く身としてはちょっとむず痒いのだが自惚れてはいけない。


「いや、どうだろうな。二つ上に初めて見た癖に会得したヤツがいたし」

「それはただの才能でしょう。あなたには飛び抜けた才能はないようですので」


 ……自分でわかってるつもりでも他人に言われると傷つくことってあるよな。


「気しか使えないというあなたが今以上に強くなるには、まず仙気を会得する必要があります。とはいってもある程度掴みかけているので、三日以内に体得できるでしょう」

「そんなことまでわかるのか」

「はい。私があなたに突きつける条件、気を無闇に引っ張り出さないという条件ですが、仙気があればある程度軽減できます。仙気なら植物などが発している気を感じ取り、また吸収することが可能となります。もちろん必要以上に吸収した場合は植物が枯れてしまうので看過できませんが……。全体的に少しずつ吸収し蓄えることで、消費した分を回収することができるようになると思います。まずは、そこからですね」


 なるほどな。仙気で消費した気を回収……戦う手段の少ない俺にとっては重要なことだ。


「それが自然とできるようになってから、次の段階に移りましょう」


 次の段階、と来た。しかし俺には仙気を会得した先がわからない。気も残り少ないしな。というか王気だけだ。これだけは会得しようとして会得できるようなモノではないだろう。


「あなたは気に、二つ種類があることを知っていますか?」


 尋ねられ、首を傾げた。二つ……鬼気とか闘気とかそういう類いの話でないことは明白だ。なにかこう、兆候でも感じ取っていれば良かったんだが。


「どうやら心当たりはなさそうですね。それも当然、気のもう一つに踏み込むには人の生では短すぎます」


 コノハさんはそう言った。落胆などはなく、さも当然といった風の口調だったので良かった。


「ルクスさんを始めとする大半の方が使っているのが、外功。身体の体内を巡っている気を体外へと放出し、纏うことで自分を強化するモノです」


 一般に聞く気だ。とはいえそれ以外に気でできることがあるなど聞いたこともない。


「もう一つは体内の気を巡らせることで強化する内功。こちらには放出できないために自分の強化しかできませんが、その分格段に身体能力が向上します。黒気以上に強化されることでしょう」

「黒気以上、だって……?」


 嘘だろ。黒気以上ってことは俺にまだまだ先があるってことじゃねぇか。これは希望が見えてきたのか? いやでも、さっき人の生ではって言ってたし楽観視できないんじゃ。


「あなたなら既に感じ取れているとは思いますが、気は気孔という穴から常に放出されています。外功でもここから放出し纏っていますね」


 それはわかる。気孔は人それぞれある場所が違って、ただ基本両の掌には存在していることが多い。全身にいくつかあるが、その全てを把握し切るのは難しいだろう。“仙人"と呼ばれた人物なんかは気孔を突くことで人体に大ダメージを与える秘技を持っていたと聞くが、十年以上鍛錬して自分の気孔の位置がわかる程度の俺では、あと最低でも十年は必要だろう。他人の気孔がわかり、その気孔を攻撃する手段がわかれば可能だそうだが。


「内功は逆に、気孔を閉じて体外へ気を放出せず完全に体内だけで気を循環させることが必要となります」

「閉じる……ってことは身体に害があるんじゃないか?」

「ええ。それくらいは知っていますか。生物は生きているだけで気を体外に放出していきます。気は体内を巡り生命活動を補助していますが、一定時間以上体内に残ってしまうと逆に不調を来たす、と言われていますね。そのため気孔を閉じ体外へ逃がさない内功は使いこなせなければ死に至るほどとも言われています」

「……。ちなみにあんたはできるのか?」


 危険ではあるが、その代わりに強力ってことか。ならやるしかねぇが。


「はい」


 俺の問いに頷くと、コノハさんは白い右掌を俺へ見せる。


「ここに気孔があるのは感じ取れますか?」


 言われて、今まであまりやってこなかったことだが挑戦だけはしてみる。目を閉じ神経を集中させてコノハさんの気を感じ取り、気の流れを追う。そうして体外へと出てきている気孔を探っていった。今回は掌にあるとわかっているため集中してそこを探ったからか、少しして掌の真ん中から気が溢れ出ているのが感じ取れるようになった。


「……わかった」

「やはり練度は素晴らしいですね。ではそのままで、いきますよ」


 集中していないと逃してしまいそうな状態だったが、なんとかできた。言われるがままそのまま感知していると、気孔を閉じたのか気の流れが止まり溢れ出ていた気が霧散していく。代わりに体内の気が活発に動き始めているのが感じ取れた。


「っ……!」


 数秒して気が再び溢れ出す。終わったかと思って目を開くと、コノハさんは汗を掻いていた。苦しいのか痛いのか、どちらにしてもそういう類いのモノが襲ってくるのだろう。


「……気が身体を守るために、早く体外へ出ようとして早くなんのか?」

「ええ、そうですね。その結果体内を巡る気が物凄い速さが動くことによって、身体能力が劇的に上がります。まずは集中しやすい掌から試して、気孔を閉じる練習ですね。全身は私でもできませんが、数秒なら可能でしょう」

「使いこなすには流石には夏休み中じゃ無理ってことか。まぁ方法さえわかれば練習あるのみ、と」

「そういうことです。では仙気から始めていきましょう。自分以外の気を操るために難易度が高いですが、すぐに達成してしまいましょうか」

「わかった」


 とりあえず先の光明は見えてきた。こうなったら頑張って仙気も内功も会得して先へ進むしかない。

 内功はちょっと時間がかかりそうなので、感覚でも掴めておけばいいと思うのだが。


 ◇◆◇◆◇◆


 ということで二日が経ち、その日の午後に仙気を会得することができた。非常にいいペースだ。難なく周囲の気を感じ取ることができるようになったので、次の段階である気を吸収するという段階へ移っている。

 こちらも仙気を会得するまでになんとなく理解できるようになってきたので、かなり会得の時間は短かったはずだ。


 というかコノハさんが仙気について詳しい。そう思って聞いてみたら、


「九尾の狐は最強の魔物の一角ではありますが、別の地域では仙獣と呼ばれる種類だともされています。仙気を広めたとされる初代“仙人"は、私の一族からそれを学んだらしいので」


 つまり仙気の元となる存在の系列ということだった。そらコツとかがわかってて当然か。アリエス教師はそれを知ってるから俺をこの人に当てたんだろうなとは思うが。


 俺がちょくちょく習得しようとしてできていなかった仙気をたった二日で習得させるのだから人に教える力はあるようだ。


 そして明日から内功の練習だ、となった時。夜中にちょっとやってみたくなって外へ出てきてしまった。


「……気孔を閉じて体内で気を巡らせる……」


 言葉にすると簡単そうに聞こえるが、そもそも気孔を閉じるってのはどうやってやるのかがよくわからない。


「……」


 集中させやすいという掌の気孔を感じ取り、それをゆっくりと閉じてみる。閉じろと念じて閉じるモノではないようだが、外側に向けて開いているモノを閉じていくようなイメージで閉じることができた。鍋に蓋をするようなイメージではダメだったので、おそらく気孔というのは内気を噴き出すために内側から突き破っているようなモノなんだろう。

 ぴたりと閉じた瞬間、


「ぐぅ……!?」


 気孔を閉じた左手から肘にかけて激痛が走った。集中が乱れて気孔が開いたことで通常通りになり痛みも引いていくが。


「……くそ、こんなに痛いのはまだ俺がコントロールできてねぇから、なんだとは思うが」


 内功は気孔を閉じて体内だけで気を巡らせることだとコノハさんは言った。だが多分気孔を閉じるだけじゃダメだ。他になにかをする必要がある。


「……バカみたい」


 俺が痛みに堪えて呼吸を荒くしていると、不意に背後から声をかけられた。振り返るとそこにはカエデがいる。彼女が話しかけてくるのはこれが初めてだった。俺もどう話しかけたもんかと思ったし、相手が話す気がないなら話しかけても無駄かと思っていたのだ。


 クラスメイト達もなかなか粒揃いと言われているが、彼女もそこに食い込み頂点を争える美貌の持ち主だった。コノハさんと違って年相応に見えるが充分に美人と呼んで通用する。そんな端正な顔で呆れを表して俺を見ていた。


「バカで結構。俺にはこれしかできることがないんでな」

「……ホント、バカみたい。お母さんも、あなたも」


 俺を見ていると嫌気が差してくると言わんばかりの視線を向けられてしまった。一応初対面だと思うのだが、なんでこんなに罵られないといけないんだろうか。


「基本、バカばっかりだぞ。利口に生きても楽しいことなんてないだろ」


 色んな人を見るが、真に利口に生きてる人なんていもしない。誰も彼も、利口な生き方なんて選ばず自分のやりたいことに目を向ける。それをバカと称するなら、賢いヤツなんて存在しないことになる。


「……ふぅ」


 嘆息された。無言と罵倒よりキツい。


「……あのなぁ。不満があるなら言ったらどうだ? 付き合いないんだから『バカみたい』って言い続けられてもわかんねぇよ」

「バカなんだ」

「うるせ」


 察しろと? いやまぁチェイグ辺りなら察して遠回しにフォローするんだろうが、俺はわかることしかわからん。そしてそのわかる範囲がちょっと狭い。


「私、人間が嫌いなの。できれば目に入れたくもない」

「なら俺が修行してる時に一々見てなくてもいいんじゃないか?」

「あれはお母さんに手を出さないか見張ってるの。人間なんてどいつもこいつも野蛮でどうしようもない」

「それは同意するが、道を間違えたら人間だけじゃねぇよ、それは。人なら誰だってそうなるきっかけがある。人間は数が多いからそういうのが目につくだけで、割合で言ったら他と変わらんねぇだろ」


 少なくとも俺はそう思う。学校内に俺を殺そうとしたヤツがいるらしいので、道を違えているヤツが少なくとも三人ぐらいはいる、という話だ。だがそれが必ずしも人間だけの問題になるとも思えない。亜人のヤツかもしれないし、潜入した敵なのかもしれないし。


「……つまり、人間の数を減らせばいいの?」

「さぁな。減らすために動いた結果そういう連中が増えることだってある。知性ある生き物がいる限り、終わりはないと思うぞ」


 言い出したらキリがない、というヤツだ。


「そう。でも私は人間が嫌い。お父さんを殺した、人間が」

「――」

「……」


 俺が驚いて振り返っても、彼女はなにも言わず踵を返すだけだった。

 完全に誰もいなくなって、俺は頭を掻く。


「……なるほど。そりゃ人間嫌いにもなるわけだ」


 文献などを見ても家族構成やなんかは明らかになっていないことも多いのだが、コノハさんは別だ。確か人間と結婚し、子供を授かったとかうろ覚えの記憶にある。

 人間が人間を殺す、なんてよくある話だが。コノハさんは一大事でもなければ参戦することはなく、静かに日々暮らしているという印象があった。その平和を壊し父を殺した人間を、二人は恨んでいるのだろう。コノハさんは大人だからある程度整理をつけているが、カエデの場合まだ俺と同年代くらいなので整理をつけられていない、とかだろうか。


 なんにせよ、仲良くなりたいとは思わないがそういう連中しかいないと諦め切っている目が気にいらなかった。


「とはいえ俺にできることはねぇか」


 自分のことで精いっぱいだ。他人のことを気にかけている余裕がない。


 とそこで、ふと自分の母さんを思い浮かべた。


 子供のことを見透かすような母さんの様子を思い出し、コノハさんは彼女のことを知っているのではないかと思った。だが自分ではどうすることもできないから、穏やかにここで暮らしている。

 となると彼女が嫌っている人間であるところの俺をここへ呼び寄せたのは、娘のためでもあると考えることもできるのかもしれない。


「いやまさかな」


 娘の内に抱える問題を、信頼している友人の息子に委ねるなんてそんなことがあるわけがない。いくら俺が親父に似ているとは言っても、性格が違う全くの別人だ。大戦の英雄の中でちゃんと人に関わっているのはアリエス教師くらいなので、人を導く教師という仕事をしている彼女に頼んだ方がいいとも思う。あの人見た目の時点で人と言っていいのかわかんないとこあるし。

 とはいえ俺にできることはない、という変わらない結論が出たところで、心を落ち着けるために少し仙気の予習をしてから眠りに着くのだった。

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