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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
131/163

見失った行き先を

 仙獣山の麓に転移させてもらった俺は、生物の気配が一切しない山を登っていた。


 気の感知をして山に魔物がいるかを探ってみたが気配はなかった。人気もなければ動物もいないな。危険はないが妙な不気味さがある。ただ尻込みしていては辿り着くことはできない。俺はとりあえず山登りを続けた。

 しばらく歩いていると妙に霧が濃くなる。顔を顰めながらそのまま進んでいたら、霧が晴れまず小屋が視界に入った。人の気配を感じなかったはずだが、小屋の前には人、と言っていいのかはわからないが二人いた。……さっきの霧は結界みたいなもんか。そういやあんまり人が好きじゃないって話だったな。おそらくあれで年中許可なく立ち入ることができないようにしているんだろう。

 二人は数の差こそあれど、狐のような尻尾を生やしていた。輝くような金毛だ。髪の毛も同じで細長い狐耳が生えている。目だけはどちらも赤かった。


 片方は小屋の外についた廊下に腰かけ足をぶらぶらさせている。見た目は俺と同年代くらいだろうか。娘さんなのかもしれない。

 もう片方は小屋の前に立って俺の方を真っ直ぐに見据えていた。顔つきや身体つきから大人びた色香を感じる。少女の方も同年代から考えると発育が良く見えるが、この人が母親なら順当な成長にも思えた。


「待っていましたよ」

「……あんたが九尾の狐の突然変異っていう、コノハか」


 大人の方が口を開いたので、尋ねると薄っすら微笑んだ。


「はい。……随分と懐かしい髪色です。紛れもないガイスの息子。生命の波動なんかそっくりですね」


 俺としてはあんまり嬉しくもないような気がするが。まぁ思っていたほど俺への警戒度が高くないようだ。


「そちらは娘のカエデ。ご挨拶は?」

「……カエデ。短い間だけどよろしく」

「ああ」


 カエデという娘さんはあまり歓迎していないようだ。まぁ年頃ならそんなところだろう。


「あまり人付き合いが上手ではないので、気にしないでください。それでは早速始めましょうか」

「始める、ってのは修行ってことでいいのか?」

「いいえ。まずは貴方がどれほどの力を持ってどの段階にいるのか、それを見極めます。全力でかかってきてください」

「……それもそうか。なら遠慮なく」


 俺とコノハさんとは初対面だ。鍛えるにしてもどの程度なのかを知らなければ教えようがないだろうからな。

 そういうことなら、全力全開でやるしかねぇ。


 俺は腰に提げた棒を握って集中する。……久し振りにこいつを使って戦える。

 左手に棒を持って右手の人差し指と中指を揃えて指先に気を集中させた。刃となる部分の根元から先まで指を這わせて剣気の刃を形成する。


「――黒気」


 全力でいくにはこれしかない。全身から黒いオーラが放出され黒い帯の束が複数本出現した。気の刃も黒く染まっている。

 これには注意を引けたようだ。ぴくりと狐耳が反応していた。カエデの方も驚いたようにこちらを見ている。


「……いくぜ」

「はい、いつでもどうぞ」


 佇むコノハさんは構えないが、感じ取れる気だけでも相当な量だ。魔力に関しては俺の感覚では読み取れない。明らかに格上。

 俺はとりあえず正面から突っ込む。先制して九本ある尻尾に向けて帯を放ち絡め取って封じてから斬りかかった。刃が直撃する寸前で圧倒的な量の気が放出され刃が押し返され、帯が引き千切られる。……マジかよ。

 一旦後退して距離を取り、改めて気を測った。……これは無理だな。俺の何倍あるかわかんねぇ。とりあえず五倍はあるだろうか。しかもあの尻尾もかなり力が強い。鬼気でもないただ放出した気による強化だけで黒気の帯が千切られた。おそらく通常の状態でも帯より強いだろう。これは勝てないな。不可能だ。手も足も出せず負けられるくらいの差がある。……まぁ実力を見るためのモノだから仕方がない。なんとか一撃当ててやりたいが、さて。


 まず黒気を大量に手元へ集めて、


「九頭龍!」


 九つの首を持つ黒龍を作り出してコノハさんへと放つ。もちろん黒気が通じない以上、埃でも払うかのような手の動きで掻き消された。ただその間に背後へと移動しており、黒気を刃に集中させ両手で柄を握り特大の斬撃を放つ。が、気を纏った九尾で守られてしまった。

 それでも構わず突き進み、九尾を打ち払おうとするが全く払えない。俺が今の全力を以ってしても微動だにしなかった。それならと剣にだけ五倍の黒気を纏わせる。今度は打ち払えたが、減り具合を考えて全身で行わなかったのが裏目に出た。一本だけ打ち払えても他八本で打ち据えられ大きく吹っ飛ばされる。……くそっ。活気混ぜてなかったら今ので死んでたぞ。

 明らかに地力が違う。気は元々身体能力を上げるモノだ。俺の身体能力を何倍にも何十倍にも跳ね上げたところで、元の強さに格差のあるコノハさんはわざわざ気に色を持たせて強化させる必要すらないということだ。


 と、そこで黒気が途絶えた。今日の分を全て使い切ったのだ。


「ここまでのようですね」


 コノハさんが告げてくる。その声には明らかな落胆があった。……冗談じゃねぇ。もっと黒気を上げれば戦えるはずだ。俺はこんなところで躓くわけにはいかねぇんだよ。

 俺は明日の分の気を引っ張り出そうとするが。


「――やめなさい!」


 ぴしゃりと言い放たれる。確かな非難の意思があったことに驚き、やろうとしていることをやめた。……俺の明日の分の気が引き出されるのを事前に感知したってのか? 気の感知っていう点でも俺の何段上をいってやがんだよ。

 俺が唯一誰にでも勝っている可能性があるモノをあっさりと覆されて、なけなしのプライドがどんどん傷ついていく。


「……はぁ。気が変わりました。帰ってください。自分の命を顧みない人に教える気はありません」


 コノハさんはきっぱりと冷たいくらいの声で告げてきた。……は?

 一瞬、なにを言われたかわからず頭の中に空白が出来る。


「……なんだと?」

「わからないはずがないでしょう? あなたは今、翌日分の気を引き出そうとしましたよね。それは要するに、明日一日分の命を消費することになります。気は一日に使用できる容量が決まっていること――その程度のことが、あなたにわかっていないはずもありません」


 そうだ。そんなことはわかり切っている。だが、それでも……。


「私は友人の頼みだから、友人の子供だからと今回の話を受けましたが、その大切な友人の家族であるあなたが自ら寿命を縮めることを見過ごすわけにはいきません。出直しなさい」


 コノハさんは冷たく言い放つと俺に背を向けてしまった。もう取り合うつもりはないようだ。……そうかよ。なら仕方ねぇ。


「……じゃあいい。あんたに頼む必要はねぇ」


 あんたがそういう態度を取るなら、俺もこうするしかない。俺は入ってきた時と同じ場所を目がけて歩き出す。


「いいのですか? 私に鍛えてもらうためにここまで来たのでしょう?」

「構わねぇよ。教える気がねぇヤツに無理に付き合ってもらう必要はねぇ。俺は俺なりにやるだけだ」

「そうやって、また命を削るのですか? そんなに生き急いでも得られるモノはありませんよ」

「っ……!」


 俺が彼女の横を通り過ぎるタイミングで、失望を隠さぬ声が耳に入ってくる。苛立っていたところにそんな声を聞いたせいか、頭に血が上り全身が熱を持ったようになって考えるよりも先に身体が動いた。振り返ってコノハさんの胸倉を掴み正面から睨みつける。


「……あんたには一生わかんねぇよ、弱ぇヤツの気持ちなんか!」


 生まれつき突然変異として想像を絶する強さを持ったコノハさんには、絶対に理解できない。


「翌日分を引き出して命を縮めてるから教えないだと? そんなわかり切ったことを言われに来たんじゃねぇんだよ! 魔力がなくて剣の才能もなくて、気の潜在能力だって大してねぇ俺が、これ以上強くなるのに命でも削らねぇでどうしろってんだよ!!」


 感情が昂ぶって制御できない。今まで十年前の一件直後以来では誰にも言ってこなかったことまで口にしてしまう。真正面から睨みつけたコノハさんの瞳が揺れているのがわかった。俺を諭す言葉を探しているのかもしれない。


「……どうしたら俺は、これ以上強くなれるんだよ……」


 魔力は生まれつき持っていない。剣の才能が飛び抜けてあるわけでもない。気の潜在能力も普通だ。鍛えている時間が他より長いっていうだけ。

 だというのに、既に黒気という全ての気を融合させ、最大にまで効力を高めた状態へと至っている。ここからまだ習得できていない仙気を加えたとして、たった一つ気を増やした程度で会長に勝つことなんて、親父に追いつくことなんてできるはずもない。


 ……もう、俺にはなにをすればいいのかわかんねぇんだよ。


 ある程度鍛えていると何事にも限界というのが見えてくる。俺にはこれ以上、気の先が見えなくなっていた。気の総量は使えば使うほどに増えていくものだが、十年以上使い込んでいてこの程度じゃ俺が他に追いつくまでに何十年もかける必要がある。それでは遅い。遅すぎるんだよ。


 気持ちが沈み込み、コノハさんを睨みつけていた顔が俯いた。……俺は初対面の人になに言ってんだろうな。


「……悪い。忘れてくれ。そんでできれば、誰にも言わないでくれ」


 感情が沈んだことで冷静、とは言えないが落ち着いた俺は手を離して踵を返し山を降りようと歩き出す。……そうだ。他人に理解してもらう必要なんてない。俺にはこれしかないから、そうするしかないってだけだ。それをダメ、って言われるならそれは仕方のないことだ。

 ないない尽くしの俺がなにかを残すには、代償を払うしかない。そうでもしなけりゃ俺はいなくてもいい存在だ。なにもしなくても、誰かを守ることなら他の強いヤツがやってくれる。わざわざ俺が命を削ってまでやらなくてもいいことだ。


 けど違うんだよな。こういうのは理屈じゃねぇんだ。やりたい、なりたいって思ったらもうやるしかないんだ。正論で抑えつけれるもんじゃない。


 ただまぁ、方向性が合わないなら仕方がない。そこまでしてもらう義理はないのだから。


「……待って、待ちなさい」


 と思っていたのだが、背後から呼び止められる。まだ説教が足りないのかと思って立ち止まり、振り返る。


「……なんだよ。もう教える気はないんだろ。だったら放っておいてくれ」


 なにを言われても俺は今の戦い方を変える気はない。今後も強敵を相対する度に、必要なら同じことをしていくだろう。例えその結果俺の寿命が残り二十年くらいになろうとも。


「……一つ、聞かせてください。あなたはなぜそこまでして、強くなりたいのですか?」

「……」


 聞かれて、もうあそこまで言ったら隠す必要もないかと思いながら空を見上げた。山を登ってきたからか太陽が近い。


「……どんなヤツからでも誰かを守れる強さが欲しい。昔村の俺以外全員が魔物に殺されてから、そう思った。そんな、どこにでもあるような小さな悲劇だけだよ、俺には」


 そう。世界全体で言えば、田舎の村が魔物の襲撃によって滅ぼされました、というのは珍しくない。あり大抵に言ってしまえばよくある話だった。


「……そうですか」

「話は終わりか? ならもう行くが」

「……いえ」


 お説教には聞く耳を持たないぞ、と暗に告げるがまだ話があるようだ。つかつかとこちらに近寄ってきて、右手を掲げた。なにをされるのかはわかったが、俺は甘んじて受けることにした。

 ぱぁん、と乾いた音が鳴り俺の左頬にじんじんとした痛みが来る。見事に平手打ちを食らった形だ。だがそれとは別に、俺は目を見開いて驚愕してしまった。


「……あなたが命を削っていることを、私の友人は怒るでしょう。これはその代わりだと思ってください」

「……」

「もう一つはおまけです。戦いで一日引き出した程度ではない単位ですね、十年分だなんて」

「……なんで」


 俺は平手打ちを食らって右向きになった顔をコノハさんへと向ける。俺の身体に、いつか宿屋の女将さんを助けるために消費した十年分の気が戻ってきたのだ。


「あなたの真意はわかりました。ですが死に急ぐような真似を見過ごすわけにはいきません。無理のない範囲で、数日分なら消費した気を回収する方法を教えます。ですから、もう二度と回収できないような量の気を引き出すのはやめると、約束してください」


 コノハさんは俺を睨みつけるようにして、きっぱりと告げた。


「それって……俺を鍛えてくれるって言うのか?」

「そう取ってもらって構いません。ですが覚えておいてください。私は自らを犠牲にするような人は嫌いです。それでも、大切な友人の子供が命を削るのを見過ごしては、友人に合わせる顔がありません」

「……そうかよ」

「それと、まだ気にはあなたの会得していない技術があります。通常人の身で寿命が尽きるまでに辿り着くことはできない境地にありますが……強くなりたいのなら、あなたはやるでしょう?」


 仙気だとかそういう次元ではなさそうだ。……もう先がないんじゃないかと思ってたが、まだあるんだな。それなら答えは決まってる。


「当然、やる。……えっと、よろしくお願いします」


 にやりと笑って答えた後、改めて正式に鍛えてもらえそうなので、敬語で深々と頭を下げた。


「……わかりました。約束は守ってくださいね」

「無茶な場面がなけりゃな」

「ダメです。絶対に守ってください」

「わかったよ、命の危機でもなけりゃ無理に費やすことはしねぇ。これでいいか?」

「……まぁいいでしょう。死んだら寿命を縮めるもなにもありませんからね」


 コノハさんは嘆息していたが、妥協してくれたようだ。

 コノハさんが家の方に歩いていったので、俺もそれについていく。玄関の方へと向こう途中で、我関せずとばかりに縁側に腰かけていた少女がぽつりと呟いているのが聞こえた。


「……バカみたい」

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