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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第四章
130/163

それぞれの場所へ

※本日三話目

 夏休み初日。


 ルクス達一年SSSクラスの面々は、それぞれ向かうべきところへ向かおうとしていた。


 朝教室に集まって、互いの意志を確かめ合うと最初に三人が向かう。


 父に師事を仰ぐべく相棒のグリフォンに乗ってアイリアが。

 父に師事を仰ぐべく術式がなければ見つけることも入ることもできない魔人の里へ向かうフィナが。

 回復の専門家に師事を仰ぐべく急遽遠出の中では一番近い村へと向かうフェイナが。


 それぞれの決意を固めていった。


「さて。次はお前達を転移させる」


 徒歩、馬車で行くと遥かに遠い地へ向かう者達がアリエス教師に集められる。

 ルクス、オリガ、リリアナ、この三人である。


「お前達を師事する二人はとんでもなく強く、私のように優しくはない。死ぬ気で食らいついていけよ」


 アリエス教師が優しかったことがあるだろうか、と思ってしまったルクスとオリガは睨まれていたが。

 転移の魔法によってそれぞれ向かうべき場所へと移動させられる。


 それから理事長の下へリーフィスが向かい、イルファも三年SSSクラス担任のセドフのところへ向かう。


 そうして教室には、アリエス教師が直々に鍛え上げる大多数のクラスメイト達が残る。


「さて、お前達。約束通りみっちり鍛え上げてやる」


 にやりと不敵に笑うアリエス教師に、いよいよだと気分が高揚する。


「――つもりだったが、夏休みの課題は提出しなければならない」


 しかし期待は想定外に裏切られる。


「夏休みを返上して鍛えたいという意志は買ってやる。だがそれで課題を疎かにすることは許さん。だから課題が終わるまで、本番はなしだ」

「「「っ!?」」」

「本番を迎えたいならさっさと課題を終わらせろ。休日に遊ぶことも大事だが、遊びたいなら全力で遊べ。課題を残したまま遊ぶなどあってはならない。課題を持ってきていないヤツは取りに行け、サボるならいつまでも鍛えられないぞ」


 アリエス教師の残酷だが正しい発言に、何人かが慌てて教室を出ていった。

 そんな中、五人がアリエス教師の方へ歩み出る。


「ん? どうした?」


 その五人とは、チェイグ、サリス、レガート、レイス、ゲイオグだ。


「もう課題は終わっています。貴重な時間を、課題なんかで潰したくないですからね」

「私もです。力不足を実感しましたから」

「僕も、サリスさんと同じ気持ちです」

「まだ先があるのに、のんびりはしてられないわ」

「代表に入れなかった悔やみは、忘れ切れん」


 代表に選ばれていた四人と惜しくも代表落ちした一人。今回の強化訓練に対して如何に本気なのかを窺わせるようだ。


「ほう? ならお前達は先に始めるとするか。ほら、代表に近い者から、また差がつくぞ」


 面白いという風に笑って、課題に取りかかる生徒に対し煽ってから五人を連れ立って屋外訓練場へと向かうのだった。


 ◇◆◇◆


 職員室に来たイルファは、目当ての人物を見つけて近寄っていく。

 神経質そうな顔立ちの眼鏡をかけた細身の男性だ。


「あの……」


 イルファは恐る恐る声をかけた。男は机の上の書類を捲る手を止めて鋭い瞳をイルファへと向ける。


「話は聞いている」

「は、はい」

「君がイルファか」

「はい、そうです」

「君の資料を見させてもらった」

「資料ですか」

「そうだ。実に興味深い」


 また顔を机の上の書類に向ける。イルファとしては初対面なのでどんな人なのかを探りたいところなのだが。


「イルファ。“魔女"。代々魔女の家系に生まれ、魔法、調合、ゴーレム作成などに精通している。私の予想が正しければ、君の母親はナイフェだろう」

「お母さんを知ってるんですか?」

「ああ。同期だ。実に興味深い人だった。魔“女”の家系と言うように女系の家柄だが、君の父親も魔法に優れた人物だった。実に、素晴らしかった。君が魔法の才能を多く有しているのも、あの二人の遺伝を色濃く受け継いだ上で、女だったからだと推測できる」

「はあ」


 両親と目の前の人物が面識あったとは意外だったが、幼い頃からよく聞かされてきた家系の話だ。今更言うべきことなのかとも思った。

 名字が存在しないのでわからないのではとも思うが、


「ただ君の家系を知る身としては、不可解な点が一つある」


 そう言ってセドフはイルファの肩にちょこんと乗っている尾の長い黒毛のリスのような生物を指差した。


「君の家系は使い魔を有する魔女ではない。作り出すゴーレムが使い魔のようなモノだからと、君の母親から聞いた覚えがある」

「……」

「加えて君の戦闘記録などを見させてもらったが、その使い魔と融合、身体を明け渡すような状態になるという。これは極めて異例な事象だ。使い魔が身体的干渉、精神的干渉、魔法的干渉、全てにおいて関われるなど今までに聞いたことがない。そもそも、使い魔の契約形態として間違っている。本来使い魔とは、自分の長所を伸ばす、短所を補うために召喚、使役するモノのことを言う。つまり絶対的な主従の関係があるのだ。これは使い魔として契約した時に必ず用いる規則であり、ルールだ。そうでないモノを使い魔と定義することは許されていない。つまり君の使い魔であるというリオという生物は、使い魔ではないと予測を立てられる」


 セドフは持論を流暢に並べ立てた。イルファはなにも言わず俯いてしまう。


「私はなにも君を責めるつもりはない。君が使い魔だと言うのであれば使い魔で通せばいい。アリエスはあんな見た目だが聡明だ。おそらくリオと名づけたその生物の正体にも気づいているだろう。その力を引き出し、尚且つ制御するためには私の目と知識が必要だと判断した。だからこそ君を私の下へ送り出した」


 彼の言葉は情がなかったが、それは冷たいのではなく事情に首を突っ込むつもりがないと理解した。顔を上げて眼鏡の奥の鋭い瞳と目を合わせる。


「私がリオを解析すれば、君の事情をある程度把握してしまう。それが嫌ならそれでもいい。ただし解析を拒否した場合私にできることは、君の実力をかつて私が見てきた君の母親にできるだけ近づけることだけだ。それでも充分強くはなるが、戦闘記録を見る限りだと君はいざという時にリオを頼るだろう。その時の実力が変わらなければ、更なる力を得たと言えるかどうか、それは君が一番よくわかるはずだ」


 セドフの言うことは尤もだ。セドフに教示してもらえば、魔女としては成長することができる。ただしイルファ全体の能力としては、片方が伸びないために切り札として持っているリオとの融合に頼る事態を減らすことになる。別段ダメなことではないが、魔女として負けそうになったのに育ってないリオの力で打開できるのか、という切り札としての使い道がなくなるのだ。


「さて、どうする? 決めるのは君だ」


 セドフの問いに、イルファは決意を胸に答えた。

 団体戦の時、リオを狙われて引き分けに終わらされた。卑怯だという感情もあるが、勝負の世界だ。弱点を突くのは必ずしも悪いことではない。その点で言えば、その弱点を補えていないイルファの落ち度でもある。

 そのことが、強くなりたいという想いを強くしていた。


「……わかりました。リオの力、解析してください」

「わかった。では検証を始めよう。現段階でもある程度仮説は出来上がっているが、実際に見た方が確信が持てる。確かなデータが成功を導くのだ」

「はい」

「良し。では闘技場の方へ行こう。既に許可は取ってある。レイヴィスに着替えてすぐ集合したまえ」

「はいっ」


 こうして、イルファは“解析の魔眼”セドフという先達を得るのだった。


 ◇◆◇◆


 理事長室へ向かったリーフィスを待ち構えていたのは、理事長であるネアニだった。彼女は腕組みをして、ノックの後入ってきたリーフィスを迎え入れる。


「リーフィス。お前はあの一件後、ルクスに魔神のことを伝えたそうだな」

「……っ」


 バレていた。リーフィスもバカではないため、魔力感知で近くに人がいないことは確認していたのに、だ。


「なにを驚く必要がある。あいつはこの学校でも屈指の重要人物だぞ。英雄の息子、平民、落ちこぼれ、魔神。なにが理由かはわからないがカタストロフ・ドラゴン襲来の時殺されそうになった。そんなヤツに秘密裏な護衛をつけないなど、正気の沙汰じゃないと思わないか?」


 確かに。ルクスが狙われた瞬間はリーフィスも目撃している。外部と内部どちらの犯行かはわからないにせよ、信頼できる人物を選んだはずのこの学校に敵が潜んでいたということだ。

 そうなれば生徒の安全を守るために、また狙われる可能性の高い彼に護衛をつけるのは当然のことと言える。


「アリエスが直々に護衛していた。お前達生徒に気づけるはずもない」

「アリエス教師が」

「ああ。あいつは次元の壁一枚隔てた別空間に長いこと滞在できるからな。距離としてはすぐ近くにいたところで、空間が違うのだから感知できるはずもない」

「……」


 すぐ近くの別空間に誰かが潜んでいたなど、わかるはずもない。とはいえそんな芸当ができるのは世界でもアリエスのみだと思われるが。


「なぜ伝えたかは大体予想がつく。自分の中になにかがいて知らない間に人を傷つける。その恐怖をお前は知っているからだ。違うか?」

「……」

「その沈黙は肯定として受け取っておく。別にそのことでお前を責めるつもりはない。お前と私の境遇は似ている。お前のその気持ちを否定することは、私にはできない」


 ネアニは真っ直ぐにリーフィスの瞳を見据える。


「だが、ならなぜあの場でそう発言しなかった。反対するなら真っ向から意見をぶつけるべきだ。密かに伝えようなどと、逃げたのはなぜだ」

「……」


 答えられなかった。その時は良かれと思って行動したつもりだったが、正論を言われては反論のしようもない。


「……はぁ。いいか、リーフィス。お前は自分とルクスと重ねたようだが、あいつとお前では格が違う。ルクスの中にいるヤツはブリューナクやフェニックスとは異なる存在だ。魔物ではなく魔神。その意味が、お前にはわかっていなかったようだな。特に魔神アルサロスが解き放たれれば、世界は滅亡するしかない。魔力を無限に吸い上げることができるんだぞ。どんな生命体でも抗うことは不可能だ」


 ネアニのやや熱い物言いに、リーフィスは自分の我が儘で軽率な行動を取ったのではないかと不安を覚える。


「下手に刺激しない方がいい。アルサロスはルクスの生命維持装置のようなモノだと言っていたが、それが本当かどうかはわからない。だから様子を見ようと言ったわけだ。わかったな?」

「はい」


 リーフィスは過去の行いを反省し、しっかりと返事をした。


「よし。じゃあ世界で数少ない、お前に近い能力の私がお前を鍛え上げてやる。お前に教えるのは遠距離戦、近距離戦、空中戦の三つだ。基礎能力の向上はもちろん、どんな状況にも対応できるように仕上げてやる。弱点は力で捩じ伏せろ。単一属性しか使えない身となった私達に、それ以外の対処方法はない」


 いよいよ修行が開始される、のだが。


「近距離戦、ですか」


 氷の上なら兎も角、基本的に運動が苦手なリーフィスとしては気が重くなる修行だ。


「ああ。お前は運動が苦手らしいが、そんな甘いことは言わせない。体術を習え。というか身体に叩き込んでやる。わかったらレイヴィスに着替えて第一闘技場に来い」


 ネアニはそう言うと、身体を炎へと変え火の粉となって宙に消えていく。……おそらく少しだけ開いた窓から移動していったのだとは思うが。

 自分の身体を極小の火の粉に変えた上で精密にコントロールするなどリーフィスにはできそうもない。


 契約している魔物の格は同じだとしても、実戦経験、戦闘技術、契約の深度は相手が上だ。


 前提として素質がなければ契約すらできない以上、契約した時点では同じのはずだ。つまり、強くなればネアニと同等にもなり得るということだ。


 絶対に超えてみせると意気込みを胸に秘めつつ、着替えるために更衣室へと向かっていく。


 魔力を持たなくても強い人がいるのだから、ブリューナクと契約して魔力が無尽蔵になっているようなリーフィスが強くなれないわけはないのだ。

 団体戦では散々苦戦させられたが、次はそうはいかない。


 ネアニの言うように対応力の低さが露見し、自覚した。だからこそ彼女に師事してもらう価値がある。


 こうしてリーフィスは“紅蓮の魔王"ネアニを先達として得るのだった。


 ◇◆◇◆


 アリエス教師に転移させてもらったオリガとリリアナは、ドラゴンの突然変異がいるという霊峰カネルの麓から山を登っていた。


 いや、山を登るように逃げ回っていた。


「戦いてぇのに、腕が上がらねぇ! くそっ!」

「いいから足を動かしなさい! 余裕がないのよ!」


 だらんと力なく下がる右腕から血を流しているオリガと、普段の余裕ある表情など欠片もないリリアナが脇目も振らずに全力疾走している。

 二人の後ろには、大量の魔物がいた。


 ただの魔物なら、二人も強い方ではあるので蹴散らしてやるのだが。ここは霊峰カネル。凶悪すぎる魔物が跋扈する地である。


 最初こそ二人協力して数分かけて一体倒して進んでいたが、苦労して倒した相手がここではただの雑魚、群れの一匹に過ぎないと気づいてからは逃げに徹している。


「くそっ、埒が明かねぇ!」

「オリガ!」


 オリガが急停止して振り返る。リリアナが制止する声も届かず彼女は普段通り戦闘狂の笑みを浮かべて先頭の魔物へと全力で殴りかかった。全力で走っていたため、身体は充分に温まっている。本気の一撃なら戦先頭の魔物ごと何体か吹き飛ばせる、そう思っていた。


「あ!?」


 しかしオリガの拳は、先頭の魔物に受け止められてしまった。吹き飛ばず、数メートル後退するだけだった。


「……嘘だろ」


 本気の拳を受け止められたオリガが呆然としている内に他の魔物が彼女に襲いかかろうとする。そこをリリアナが糸でオリガをくっつけ引き寄せることで助けた。


「バカ、どっちにしてもこの数じゃ勝てないでしょう」


 考えなしのオリガを叱りつつ逃げようとするが、引き寄せている間に群れは二人を囲むように展開していた。


「あっ……」


 絶望。一体でもオリガが本気で振るった拳を耐えられるほどの強さを持っているというのに、リリアナの力で勝てるわけがない。毒にもある程度耐性があることは確認済みだ。待つのは死あるのみ。強くなるために来たというのに、弱さ故に途中で終わってしまう――。


「零点だな」


 不意に第三者の声が上から聞こえた。その存在を感知した魔物達が、一斉に震え出す。いや、二人の身体も震えていた。


「ここん中でも群れるタイプの、雑魚共にすら追い詰められるとはな。アリエスのヤツ、ちゃんと教師やってんのか? てんで弱ぇじゃねぇか」


 見上げると、一人の女性が立っていた。ただし空中にだ。和服に身を包み腕を組んだ姿勢で空中に留まっている。背中にあるドラゴンの翼で飛んでいるのだろう。逞しい尻尾がゆらゆらと揺れており、短めの赤髪の側頭部から一対の角が生えていた。黄色く瞳孔が縦に開いた瞳も彼女がなんであるかを示している。

 ドラゴンだ。


 しかもカタストロフ・ドラゴン襲撃時ですらここまでの恐怖は感じなかった。つまり彼女は人型という小さな体躯でありながら、災厄の化身とも呼ばれるドラゴンよりも格上ということになる。


「ああ、てめえら、いつまでいやがんだ?」


 そして、彼女が睨み回しただけで魔物達は怯えながら逃げ去っていった。


「「……」」


 あまりの出来事に呆然とする二人の方へ、ラハルが降りてくる。


「ったく。てめえらがアリエスの言ってた突然変異共ってことでいいんだよな?」


 ラハルは鋭い目を向けただ重くのしかかるような威圧感は消して声をかけた。


「ああ……」

「はい」


 それぞれが頷いたと見るや、盛大なため息を吐いた。


「マジかよ……こんなんでも今年の入学生最強クラスだってのか? 随分落ちぶれたもんだな、あそこも」


 普段ならむっとする場面だが、圧倒的な存在感を放っていた彼女からしてみれば、そう思われても仕方がないとすら思ってしまう。


「一応言っとくが、あたしはアリエスに頼まれたから受けてやっただけだ。てめえらを鍛える義理なんざねぇ。あたし達突然変異ってのはな、わかってるとは思うが最初っから強いもんだ。鍛えるなんて概念がねぇんだよ」

「でもラハルさんは、刀を使うんですよね」


 ラハルの発言を受けて、リリアナは彼女の腰にある刀に視線を向ける。刀を持っているということは、現生徒であればセフィアのように剣術を使うということに他ならないと思うのだが。


「ん? ああ、これか。こいつは私が戦う時にしか抜かねぇようにしてるんだよ。基本的に勝負にならねぇからな。武器なんか使うわけもねぇ」


 応えて、二人を先導するように歩き出す。


「ついてこい。相手だけはしてやる」


 横柄な態度だが、それをするだけの強さが彼女には備わっている。だから二人は大人しくついていくしかなかった。

 ラハルと一緒に行動していると、あれだけいた魔物は襲ってこなかった。おそらく彼女には敵わないと本能で理解しているのだろう。


 頂上へ着くと、かなり空気が薄くなってきた。また魔素がより濃くなり、霧のように視認できるまでになっている。普通の人なら身体に害を及ぼすくらいの魔素だが。


「魔素ってのが濃いだろ? ここならあたしを魔物として討伐しようと襲ってくる連中も近寄れなくて便利だったんだ。小さい頃からずっと住んでるとこなんだよ」


 確かに、強力なドラゴンは倒すだけで英雄と称えられる時代があった。そんなドラゴンの突然変異である彼女が、討伐対象として選ばれるのは不思議ではないのかもしれない。

 そしてその気持ちは、二人にもよくわかった。


「剣術は小さい時にあたしのとこまで来て、勝てなかった当時の“剣聖”ってヤツに習ったんだ。理不尽に殺されたくなかったからな、強くなる必要があった」

「“剣聖”……」


 刀剣の類いを扱わせれば右に出る者はいない、と世界に認められた者だけが得る称号。そんな者に教えてもらったのであれば、相当な腕前になっている可能性が高い。ただでさえ強いのに剣術まで扱えてしまっては、そんなの無敵ではないかと。


「つってもあたしは学校で一番じゃなかった。同じ突然変異に、ただの人間まで。あのクラスには最強のはずのあたしに勝てるヤツがいた。だがそれだけだ。上も下も相手にならなかった。後輩の一人にゃアリエスは気にかけてたみてぇだけどよ」


 当時の話を聞く限り、後にも先にもその時のクラスより強い者達は現れていない。現会長のリーグは潜在能力が最も高いとされているため、長い目で見れば強くなるのだが。


「だからあたしは、他人を強くする気はあんまりねぇ。弱いヤツをいくら鍛えても無駄だ。なにが言いてぇかと言うとだな」


 頂上まで来てラハルは二人に向き直る。


「てめえが強いことを証明しろ。でなけりゃ、あたしは鍛えねぇ」

「「……っ」」

「もちろんあたしに挑むだけで強くなりはするだろうが、てめえらが勝手に強くなるのとあたしが強くしてやるのとでは成長速度が変わる。夏休み中だってんなら期間は短いんだろ? それまでに強くなれるかの境目ってわけだな」

「おっし。んじゃやるか!」

「やる気だな。まぁいい、てめえらに課す試練は一つ。あたしに刀を抜かせてみろ。あたしが本気で戦うに値すると思ったら、合格だ」

「おう、やってやるぜ!」


 ラハルの試練に対して、オリガがやる気ある様子を見せるが、リリアナは表情が曇っている。本気を出さないとしても、勝てる気が全くしていないのだ。


「ほら、さっさとかかってこい」

「おっしゃ行くぜ!」


 オリガは相手が格上だと判断して、いきなり黒鬼を発動させる。強くなりたいという彼女に根づく思いに呼応して絶大な身体能力が手に入った。

 その状態でなら、真っ向勝負ならという条件つきで会長にも勝るのではと思わせた力だが。


「無駄が多い」


 正面から突っ込んだオリガは、顔面を掴まれ地面に叩きつけられた。気絶したのか黒鬼が解ける。


「突然変異としての力を全く使えていない癖に黒鬼だ? 欲張りすぎて扱えてねぇじゃねぇかよ」


 吐き捨てるラハルの強さに、リリアナは一層竦んだ。オリガの動きでさえ見切れなかったのに、その動きを見切ったラハルに敵うわけもないのだと理解してしまう。


「てめえはかかってこないのか?」

「……はい。だって無謀でしょう。私はオリガさんより力がありません。敵うはずありませんよ」

「はぁ……。まだかかってきたこいつの方が見込みあるな。てめえはそうやって、戦場でも勝てない敵がいたら見てるってのかよ? 誰かが助けてくれるのを待つのか? 言っとくが戦場では誰も助けてくれねぇよ。助かりたいなら強くなるしかねぇ」

「でもラハルさんに本気を出させるのは、強くならないと無理ですよね」

「まぁな。だが安心しろ。ここにはあたしより弱くててめえらより強いヤツらがうじゃうじゃいやがる。いくらでも練習できるぜ? 精々頑張って、あたしに教えてもらうとこまで行けばいいがなぁ」


 にやにやと笑うラハルに悔しさを覚えながら、リリアナは今より強くなるために思考を開始するのだった。


 ◇◆◇◆


 グリフォンに騎乗し実家へと帰ったアイリア。


 神槍と魔槍、どちらのグングニルにも選ばれるという前代未聞の快挙を成し遂げた彼女。

 父親譲りの才能だと、褒め称えられたのを今でも覚えていた。


 父親は魔剣レーヴァテインに選ばれ魔装を使いこなすことで武勇を立てていた。心得は教わっており、神装を発動するところまでは入学前にこぎつけていた。ただ制御は難しかったので、使えるところまで達したのは団体戦前のことなのだが。


 アイリアの実家は由緒正しき貴族である。


 豪勢な門構えと毎日庭師が整理している広大な庭園。そして校舎ほどもあるだろうかという建物。敷地面積は闘技場などで広いはずのライディール魔導騎士学校の三分の一から半分の間くらいだろうか。それは彼女の父が私兵として騎士を従える身であるため、普通の貴族よりも多くの人材を抱えているからでもあった。

 それとは別に領地を守っている騎士達もいるため、領地としての戦力は高いと言われている。


「……」


 そんな我が家を上空を飛翔するグリフォンの背から見下ろしたアイリアは、正面の門から玄関までずらりと使用人が並んでいるのを確認した。既に夏休みは帰ると手紙で報せているため、この大袈裟な出迎えも頷ける。

 しかし幼い頃はこれが普通だと思っていたのだが、普通の家には使用人がいないということを知り大人になっていっている今となっては煩わしいばかりだった。なぜ気の休まる実家でまで毅然とした態度で振舞わないといけないのか。

 アイリアはグリフォンに指示を出してグリフォンを休ませる小屋の方へと降りていく。誰もいないと思っていたが、そこには白髪に燕尾服を来た執事が待っていた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 熟練された動きで滑らかにお辞儀して迎えてくれる。


「シワスには敵わないわね」


 苦笑しながら、背中から飛び降りお疲れ様という気持ちを込めてグリフォンの首を撫でてやる。


「はは、このシワスドール、お嬢様のことならよく存じておりますからな」


 柔らかな微笑を浮かべた老紳士は、長年ライノア家に仕える現在の執事長である。家事はもちろんのこと、戦闘もこなす万能執事である。というかこの家には家事はもちろんだが、緊急時には戦えるように戦闘のできる者しかいない。毎日来ている庭師もそうだ。戦闘能力がなく主を守れないようではならないという鉄則である。


「じゃあ行きましょうか。お父様はお怒りでしょう?」

「いいえ。あの方がお嬢様を怒るなど一切ございませんよ。ただショックは受けるでしょうね」

「それもそうね」


 そう時間は経っていないのに、こうして談笑するのは随分久し振りなような気がする。


「お嬢様」


 アイリアの後ろを歩いていたシワスドールが不意に呼んだ。


「なにかしら」

「良き、出会いがあったようですな。顔が幾分か晴れやかに見えます」


 執事に指摘され、自分でも意識していなかったことを自覚する。確かに、以前は常に気を張り続けているような状態だったかもしれない。


「そう、かもしれないわね。王子殿下との婚約も破棄されて、肩の荷が下りたのよきっと」

「なるほど。話題の彼ですかな」

「っ!?」


 シワスの返しに、思わず動揺してなにもないところで転びそうになってしまう。


「シワス!」


 少し頬を染めて老紳士を睨みつけるが、


「はは、どうされましたかお嬢様。お嬢様が躓かれるような小石はないよう、庭師が尽くしていると思われますが。珍しいこともあるものですな」


 とどこ吹く風とばかりに微笑んでいる。相変わらずこの執事長には敵わない。


「……お父様は知っているの?」

「はい、当然ご存知ですよ。お嬢様の婚約について最も反対していたのはあの方ですからな」


 恐る恐る尋ねると肯定されてしまった。……そう。アイリアの父は猛反対していた。だからこそ、気をつけなければならない。彼と同室など、口が裂けても言ってはならないのだ。


 そして小屋の方から玄関まで歩いてきて、囲むように待機していた男女の使用人全員から、一斉にお辞儀される。一糸乱れぬ様は美しくもあるが、煩わしいというのが一番だった。


「おぉ、我が娘よ! よく帰ってきてくれた! 是非学校でのことを聞かせてくれ! なに久々の再会だ。この父の胸に飛び込んできてもいいのだぞ!」


 最も煩わしいのが、真面目にしていれば荘厳と言われる渋い顔つきを最大限に緩めて両腕を広げ待ち構える実の父親であった。


「ただいま戻りました、お父様」


 顔が引き攣るのをなんとか抑えて、冷静に彼の横を素通りする。


「!? 母さん、アイリアが反抗期だよどうしよう!」

「とりあえず黙っていてくださいね。お帰りなさい、アイリア」


 父の半歩後ろに佇む物腰柔らかな女性に振り返り、素っ気なく返される。


「ただいま、お母様」


 母の笑顔に釣られて笑顔で挨拶をし、使用人の開けた大きな扉から家に入ってくる。中にも使用人が並んでいた。仕方ないので順に頭を下げていく使用人の真ん中を通る。


 髪と瞳は両親共同じで、アイリアもそこは変わりなかった。

 金髪に碧眼。ただ父はこのところ白髪が混じってきていて老いを感じさせる。母はもう四十近いというのに未だ二十代と間違えられる美貌を維持していた。


 なんにしても、娘を溺愛している父がいる。大戦で活躍したとか思えないくらい緩んだ顔を見せるのだ。昔はもっと尊敬できたような気がするのだが。


「……だから、あんまり帰ってきたくないのよね」


 アイリアは使用人の列を抜けてぽつりと呟いた。その後ろでシワスが苦笑する。


 それから夕食を迎えると、アイリアが帰ってきたこともあって豪勢な食事が振舞われた。と言ってもアイリアにとってはこれが普通だと思っていたのだが。


「学校はどうだ? 友達は出来たか?」


 子供じゃないんだから、と言いたくなるような質問を食事中に投げかけてくる父親。


「ええ。それなりに楽しく、ためになる学校生活を送れていると思うわ」


 学校も楽しいとは思うが、こうした家での日常も心が落ち着いていくのがわかった。


「それは良かった。ライディールに行かせて良かった、なぁ母さん」

「ええ、そうね」


 父が昔話している中で、唯一同じ人間のはずなのに勝てないと確信した相手が出てくる。その人物はライディール魔導騎士学校の出身で、周囲にいる者達も楽しそうだったと。アイリアの父は別の学校の出だが、ライディールの方が学べるモノが多いかもしれないと思い、アイリアに試験を受けさせたという経緯がある。


「それでアイリアに聞きたいのだけれど」

「?」


 珍しく母から話を振られた。なんだろうと首を傾げる。


「好きな人はできた?」

「っ!?」


 咀嚼していた料理を吹き出しそうになった。危ない。そんな粗相は丹精込めて作っている料理人に申し訳ない。


「か、母さん。いきなりなにを言うんだ。アイリアがまさかそんな……」


 なぁ、と父が尋ねてくる。料理を飲み下して呼吸を整え冷静に考えみる。

 好きな人。うん、そんな人はいない。よくよく考えてみればいないとわかる。頭に浮かんできそうになる人物は押し退けておく。よく顔を合わせているから印象深いだけだ。そう、好きな人なんかいない。


「いないわ、お母様」

「あらそう」

「……ふーっ。だよな、アイリアに好きな人ができるなんてことないよな」


 アイリアの答えに、両親がそれぞれの反応を示す。


「じゃあ婚約破棄の時にアイリアを守ってくれた子は?」


 特定の人物を思い浮かべそうになる質問だったが、ボロは出さないように振舞う。


「……彼は全く。無礼な平民というだけですよ」

「そう? でもアイリアとしては嬉しかったから、普段以上にその子がカッコ良く見えるなんてこともあると思うのだけれど」


 流石に女性視点を持ち合わせる人は手強い。じゃなくて、別にそんなことはない。確かにあの時は少し嬉しかったし、奮い立たされたけど。だからと言って好きとは違う。


「それに凄く信頼しているのでしょう? だってアイリアがクラス対抗団体戦で大将を譲るくらいだもの。お母さんは戦うとしても生徒会長の子とならアイリアしかいないと思っていたのだけれどね」


 にこにこと微笑む母親が少し怖くなってくる。まるで娘である自分から言質を引き出そうとしているようだ。だが負けない。好きな人がいるという幻想を打ち砕く。


「そうね。でもあれは信頼しているというか、彼が気に特化していたからよ。会長は魔法も気も一流だと言われていたけど、彼は気の常識を覆したんだもの。気だけでも上の彼と、どちらでも敵わない私。どっちが勝機があるかなんて簡単でしょう」

「あくまで戦略的判断と言いたいのね」

「他意はないわ」


 きっぱりと告げておく。事実しか話していない。当然だ、思うところなどあるわけがない。


「そう。じゃあ彼がアイリアの好きな人なのね」


 にっこりと、母が断言した。完全に否定したはずなのに、もう最初から決めつけているかのような態度だ。


「違うって言ってるでしょ」

「ふふふ。アイリアは否定しているつもりでも、お母さんはあなたがそう言うのは隠したいことがある時だってわかっているもの」


 睨みつけても笑顔で流されてしまう。


「断じて違うわ。お母様の勘違いよ」


 だがここで焦っては思う壷だ。平静を保って否定する。


「あらいいの? 意地っ張りなのは悪い癖よね。じゃあお母さん、とっておきの情報お父さんに教えちゃおうかな」


 微笑みは変わらないが、薄っすらと目を開いて笑っていた。ぞっとする。嫌な予感がした。鎌をかけられているだけかもしれないという考えはない。母がそう言ったなら事実アイリアに不利な情報があるのだ。そういう人なのはよく理解している。隣で「と、とっておきの情報ってなに?」とおろおろしている父とは大違いの威厳だ。


「な、なにを言うつもり?」

「それはもう、とっておきの情報を。お父さん凄く怒ると思うわよ、まさかアイリアが年頃の男の子と同じへ――」

「お母様!」


 直前まで言ってマズいと思い、立ち上がって発言を中断させる。


「ふふふ。お母さんに隠し事はできないの。なんでも知っているのよ?」


 ころころと笑う母に対して薄ら寒いモノを覚えつつ、しかしよくよく考えてみるとこうしてアイリアが動揺するのを見て楽しんでいるだけで、別段怒ってはいないように思える。父親はわけがわからなかったようで怪訝な顔をしていたが。


「……んんっ。お母様、悪ふざけが過ぎるわよ」


 咳払いして腰を落ち着けて食事を再開する。


「あらごめんなさい。でも彼可愛いわよね、生意気そうで」


 その後に躾がいがありそう、と続きそうなセリフだ。


「か、彼というのは一体誰なんだ? いい加減私にも教えてくれないか」


 どうやら父には婚約破棄に影響している彼の名前すら知らされていないらしい。おそらく母の情報操作の賜物だろう。


「ルクス・ヴァールニア」


 母は躊躇なくその名前を口にする。そしてその名前を聞いた途端父が手に持っていたフォークをべきりとへし折った。


「……ヴァールニア、だと……?」


 わなわなと震え出した父からは怒りが読み取れる。


「はい。あなたもよくご存知のお二人の息子さんですよ」

「ガイスとエリスの息子だと!? あの野郎には学生時代から散々辛酸を舐めさせられてきたからな……。しまいには当時の婚約者がヤツに惚れて破棄した挙句興味がないからと断りやがって――」


 怒りに拳を固めて恨み辛みを口にする父のこめかみに、さくっとフォークが刺さった。


「あらあなた、私と出会う前の女が、そんなに恋しい?」

「…………いえ全く」


 怖い笑顔で言われてしまい、父の怒りが萎んでいく。流血事態だが使用人も慣れたモノで、二人に替えのフォークを用意していた。

 父はフォークを抜いて気を取り直しアイリアに向き直る。


「……しかしそうか、あいつの息子が同じクラスにいるのか」

「ええ。彼とはクラスメイトよ」


 父の調子が落ち着いてきたこともあってアイリアも落ち着た返しをすることができた。母が口だけで「ルームメイトの間違いでしょう?」と言っているのは無視だ。


「私はアイリアの口から聞くことを楽しみにしていたからあまり情報がないのだが、ルクス君とやらは強いのか?」


 父の問いに、アイリアは少しだけ逡巡してしまう。

 確かにルクスは会長相手に誰よりも応戦してみせた。だがかといって勝てないと思うほど強いわけではない。会長とルクスどちらが勝てそうかと聞かれれば、ほぼ全員がルクスと答えるだろうとは思う。惜しいと言えるくらいに善戦したとしてもそう思えてしまうのは単に才能の差を考えているからではないかと思う。

 あの試合でいい勝負ができていたのは気の練度でアドバンテージがあったから。会長は黒気を使い始めたばかりだし、魔法も全て駆使した全力中の全力だったわけでもない。しかしだからといってアイリアが今会長と戦ってあそこまで追い詰められるかと聞かれれば、二年最強と名高いスフェイシア先輩の方が善戦できると言える。

 要は、強いは強いのだが評価の難しい人物なのだ。


「どう、かしらね。今は確かに強いけど、魔力がないから」


 いつか行き止まりまで行き着いて、そこからは伸び悩むことになる。既に全ての気の融合とされる黒気を会得しているので、これから努力する者よりも伸びしろは少ないと言えた。それが理解できるからこそ、少しだけ寂しくも思う。


「魔力がない……? あの二人の子供がか? 不思議な話だな。人間であれほど強い者が、あの二人以外にいないというほどなのに」

「人間で、と言うけどアリエス教師は? あの人も人間でしょう?」


 姿は子供だが。


「ん、ああ。あの人は人間だが、見ての通り身体の成長を止めている状態だ。なにより半分人間を辞めているからな。人の身に余る力を持っている。その点あの二人は人の身でありながら途轍もない力を持っている。私のように魔装など使わなくても、ね」


 少し歯切れが悪かったが、考えてみれば両親と同じぐらいの年齢なのに見た目が十歳くらいの少女というなら、ただの人と言うには少し異質だろう。

 話が途切れそうになったことを確認して、アイリアは本題を切り出すことにした。まだ手紙では伝えていないことだ。


「お父様。こちらに帰ってきたのには理由があります」

「ああわかっている。お父さんが選りすぐった職人達にアイリアの可愛さがより一層引き立つ水着を認めさせよう」

「いえ違います」

「え」


 ふざけた調子の父を両断し、真剣な眼差しで父を見据える。


「グングニルの神装に加え、魔装も可能になりました。同時に発動する神魔装も、使うことならできるようになりました。どうか私を鍛えてください」


 敬語になり、恭しく頭を下げる。


「……ふむ。魔装に神魔装、か。魔装はいいよ、元々教えるつもりだったからね。ただ神魔装はダメだ」

「なぜですか!」

「誰も到達したことのない領域だからだ。魔装の使い手でしかない私が余計なことを言うわけにはいかない。神魔装はどちらも使いこなせるようになって、初めて扱えるモノだとは思うよ。そしてその扱い方は、アイリア自身が見つけるべきだ」


 親バカな態度を引っ込めて、真面目な調子で告げてくる。


「まぁある程度は予想をつけていたし、元々神装と魔装を使いこなすための特訓メニューは考えてあるから。あと、アイリアは別に焦る必要がないんだ。アイリアには才能がある。お父さんとお母さん譲りの素晴らしい才能がね。だからやっていれば会得できる。一気に駆け上がるのは難しいことだけど、着実に上がることはできるんだ。いいね?」


 修行を請け負いつつ、焦りを生ませないように言い聞かせる。やればできる男なのだ。


「わかりました」


 内心ではもっと早く強くなりたいという気持ちが渦巻いていたが、父の言うことも理解できるため頷いた。


「さて。アイリアの特訓メニューは色々とあるけど、夏休み中の目標は一つだ。それは」


 父が言って、二人が同時に口を開く。


「「お父さんとお母さんの二人を倒すこと」」


 告げられた目標に少し驚く。正直なところ、短期間でそんなに強くなれる気がしなかった。


「大丈夫、アイリア。神装も魔装も使えるようになれば、神魔装も使えるようになれば、魔装だけのお父さんよりは強くなる。そこに母さんを加えたとしても、充分勝ち目はあるはずだ。厳しい訓練になるけど、やる気はある?」

「もちろん。必ずお父様を超えるわ」

「いい意気込みだ。ただ余裕持って超えられるとお父さんの威厳がないから夏休みギリギリになるくらいで超えてくれるとお父さん嬉しいな」

「……」


 いきなり情けなくなった父を無言ジト目で見つめつつ。とはいえ二人は今のアイリアより遥かに強いと思っている。

 父は魔装の使い手としては世界屈指と称されるほどであり、母はそんな父を暗殺するために送られた暗殺者だった経歴を持つ。


 相手にとって不足はない。全力で挑もうと決意する。


 まだまだ自分に伸びしろがあるとわかっていてそこを突き詰めないのは、どこかの誰かさんにとって失礼だと思うから。


 こうしてアイリアは実の両親である“炎獄の魔剣士"カイウスと“くろ死手して”ハエリの師事を受けることになった。


 ◇◆◇◆


 学校を出たフィナは、故郷の里へと全速力で向かっていた。

 歩きであれば何日もかかる道のりだが、飛行術式で空を飛び加速術式を重ねて速度を増幅させることで、高速で移動をしている。それでも日暮れ頃に、着くくらいにはなってしまったが。


「……」


 森の中をとてとてと歩く。一見ただの森でしかなく、強力な魔物などもいないのだが。

 森を見つめるフィナの目には確かにドーム状の透明な壁があるのが見えていた。


 魔人にしか見えないように細工をされた、魔人の里である。

 壁の前まで来てから手を翳し、


「……開錠術式」


 里を出た魔人が授かる術式を使って、人一人分が通れるだけの空間を開かせる。フィナが中に進むと壁はすぐ塞がれた。


 元々あまり人数の多い場所ではない。フィナがいた頃でも、十家族があったかというくらいだ。魔人は強い種族ではあるが、その力を恐れた敵、加えて味方にまで殺されて数を減らしていった。強すぎる姿は人間からすれば人の形をした化け物に見え、亜人からしても別次元の生物だと思われる。

 どこにも居場所がなく、細々と生きるしかできなくなった。強いのと戦えるのは違う。だから数が減っていく。


 フィナにはそんなこと関係なかった。ただ単に、子供の少ない里と鬱々とした空気が嫌で、出ていっただけのことだ。


 そして自分の家に辿り着く。両親と自分の三人で暮らしていた小屋のような家だ。


「よぉ、フィナ。随分早い帰りじゃねぇかよ、なぁ」


 嫌らしい笑みを浮かべた小さい男が、家の前に立っていた。里を覆う壁を構築している者の一人だ。フィナの帰郷にも逸早く気づいたのだろう。

 身長はフィナよりも低く、百二十センチほどしかない。小生意気なガキにしか見えない容姿だが、身に宿す魔力は単体でドラゴン数体にも匹敵するとされている。

 フィナと同じ白髪をつんつんに逆立てていて、赤い瞳は鋭い。顔立ちもどこか彼女に似ているような雰囲気があった。家の前に立っていたことからもわかるように、彼女の家族だった。


「……お父さん」


 フィナは自らより小柄な父親をじっと見据える。


「どうだったよ、学校ってのは。魔人には窮屈だったろ?」


 まるで娘のフィナが落ち込んで帰ってくるのを望んでいるかのような発言だ。だがそうでなかったフィナはふるふると首を左右に振った。


「……全然。ちゃんと友達もできた。学校は楽しい」

「あんだと?」

「……意地悪な人ばっかりじゃない」

「……ちっ。多少なりとも外に出て言うようになったみてぇじゃねぇか。じゃあなんで戻ってきた? この里が嫌なんだろ? 学校はどうしたよ」


 フィナにはアイリアのように手紙を送る習慣がない。というかここには届かない。


「……夏休みになった」

「夏休みだぁ? っと」

「夏休みは一ヶ月ぐらいあって、学校がお休みの日よね」


 フィナの答えに首を捻る父の上に、二つの巨大な塊が降ってくる。小柄な父に後ろから抱き着くような姿勢で、身長が高くスタイルのいい女性がやってきたのだ。

 女性は誰もが羨む胸囲に加えて百八十もの身長を持つ。父親の一・五倍の身長差になるが、フィナの母親である。薄い黄色の長髪に白い瞳を持っている。


「……ん。お母さん、ただいま」

「お帰りなさい」


 両親が出迎えてくれると、我が家に帰ってきたのだという実感が湧く。この里の雰囲気は嫌だが、嫌っているわけではなかった。


「なるほどな。そういうのが学校ではあんのか。で、なんで帰ってきた? 休みだってんならお友達とやらと遊んだりするもんじゃねぇのか?」

「……本当は。でも今回は、皆頑張ってる」


 フィナは周囲のことぐらいにしか興味がなかったが、夏休み中は他のクラスでも強化訓練を実施するクラスがある。夏休みだからと遊び呆ける者の方が少なく、全員が強くなるという方向を向くようになったのだ。それはクラス対抗団体戦の決勝戦の大将戦が大半の理由だとは思うのだが。


「魔力持ってない俺でも会長追い詰められたんだけど、お前らサボってるだけじゃねぇの?」


 と言われた気分になった者は少なくなかった、ということだ。


「……もっと強くなりたい。だから魔人の戦い方、教えて」


 フィナの無感情な瞳には、普段と違って確かな意志が見えていた。

 そんな様子を見て内心嬉しく思い口端を吊り上げた父親は、しかし煽るように口を開いた。


「ほぉ? もう運動できないフリ(・・)はいいのかよ?」

「……いい。魔人とかじゃなくて、仲良くしてくれるから」


 断言して、それにとつけ加える。


「……今度は絶対ルクスを守る」


 その発言中フィナに今までないくらい強い光が宿ったのを見て目を輝かせた両親ではあったが、二人の理由は違っていた。


「いい目をするようになったじゃねぇか」

「ルクス君て誰? フィナちゃん好きな男の子できたの?」


 父は純粋な心の成長を感じ取って、母は娘から恋の予感を感じ取って。


「お、おい。フィナにはまだそういうのは……早ぇだろ」


 頭上からの声に動揺したのは、父親の方だった。


「そんなことないよ。フィナちゃんも年頃の女の子なんだから。好きな男の子の一人はいないと」

「いやいや、この見た目以上に精神が子供のフィナがか?」

「女の子の心の成長は、男の人が思ってるより早いんだよ」

「そうかぁ?」


 理解のある母と、納得しかねる父。父の怪訝そうな顔をの前には、こてんと首を傾げたフィナが立っている。この子に恋だなんていう甘酸っぱい感情があるとは思えない。元々感情の表現が苦手というか、薄いような子供ではあったのだが。


「……それで、教えてくれるの? 教えないの?」

「教えないって言ったら?」

「……絶交」

「△■$#!?」


 フィナの端的な言葉に、表面上より娘想いの父親が奇声を発してしまった。


「ふふふー。これはフィナちゃんの勝ちね」

「……? ん、お父さんに勝った」


 母の楽しげな調子に合わせてか、よくわかっていないようだったが喜んだ。

 しばらくフリーズしていた父だったが、気を取り直すと改めてフィナに尋ねる。


「おいフィナ。そのルクスってヤツはどんなヤツだ? 信用できるんだろうな?」


 一人の父親として、娘に近づくヤツのことは聞いておかなければならない。


「……ルクスは優しくて、強くて、いっぱい頑張ってて、ちょっと弱い」

「あん?」

「……だから守る。絶対」


 矛盾するようなわかりにくい評価だったが、言葉少なく全てが伝わることはなかったもののフィナが全幅の信頼を寄せていることだけはわかった。そして、それだけわかれば充分だ。娘の見る目が間違っているはずがないと信じているのだから。


「魔人に差別的感情がないってんなら、まぁ直接会うまでは保留だな」

「……ない。そもそも入学前は知らなかった」

「はあ? 魔人を? 昔っから最強で、大戦ん時も戦ってたのにかよ?」

「……って言ってた」

「なんだそりゃ。まぁいい。で、そいつのフルネームは?」

「……ルクス・ヴァールニア」

「あ!? ヴァールニアだ!? マジで言ってんのかよ」

「……ん」


 躊躇いなく頷いたフィナを見て、父は額に手を当てる。


「……そういやルクスっつってたな。ってことは成功したのかよ」


 小さな声だったが、フィナにも母にも聞こえていた。首を傾げる二人。


「あー……あれだろ、ヴァールニアってんだからどうせガイスの息子だろ?」

「……ん。知り合い?」

「まぁな」


 そう言ってフィナの父はガイスについて話す。


「ガイスと知り合ったのは大戦の最中だったか、その直前だったかってくらいだな。兎に角俺達魔人達の里が戦場にされそうな状況で、それを知ったガイス含む亜人共存派の一部の連中が里に来てな。どうやって俺らの結界を探知したんだかわかんなかったが、まぁ一人空間とかに精通したヤツがいたからそいつの仕業だろうな。まぁ兎に角ガイス達は里にやってきて、俺達と交渉した。大戦後の安寧を条件に、戦力として加わることを頼んできやがった。最初は渋ってたんだがな。まぁ俺個人の感情よりも優先すべきは種族としての存続だ。協力を約束して、結果この一切人の立ち寄らない土地に里を移して平和に暮らしてるってわけだな」

「……ルクスのお父さんと一緒に戦ってた魔人が、お父さん?」

「そういう風に伝わってんのならそうじゃねぇか? あいつは人間だが、あいつと肩並べられる魔人は俺ぐらいのもんだったぜ」

「……お父さん、嬉しそう」

「嬉しくねぇよ。人とかいう弱小種族に対等だと思われんのは癪だっつうの」

「当時はお父さん、俺とまともに戦える人間がいた、って毎日のようにガイスさんのこと話してたのよ」

「余計なこと言うんじゃねぇよ! 昔の話だろうが!」

「昔の話なら恥ずかしがることないでしょ」

「ぐっ……!」


 戦闘力は父の方が遥か上だが、口喧嘩で父が勝っているところを一度も見たことがない。不思議な力関係だ。


「……はぁ。ったくよ。まぁあいつの息子ならフィナが懐くのも納得か。教育が間違うわけねぇしな、ガイスなら兎も角あのエリスがいて」

「そうね。エリスちゃんはとても強くて優しくて怖いもの」

「ホントだよ、ったく。まぁ昔話はいい。兎も角フィナ、お前の気持ちはわかった。甘っちょろい根性を叩き直してやるよ」

「……ん」


 不敵に笑う父に対し、フィナはいつもの調子で頷いた。


 今までは強すぎるから仲間外れにされる魔人だと知って弱いフリをした。術式もただ使うだけ。身体もまだ拳を思い切り振るうだけ。それだけでも充分に強い才能を持っていながら、できるだけ弱く振舞おうとしてきた。幼い頃から友達がおらず、ずっと一人だったから。いつか見てしまった、同い年の子供達が一緒になって遊ぶ光景に、入りたかったから。

 だが弱くなくても受け入れてくれる場所が見つかった。だからもう、フィナは迷わない。


 目の前でルクスが殺されかけたこともあり、学校の相手がそれなりに強いこともあり、自分も強くあろうと決めたのだ。

 自分が強くなっていっても、ルクスやアイリアは傍から離れることはないだろうと思えたから。


 こうしてフィナは実の両親である“破滅の魔人”アガナンと“熾烈の揺り籠”フィアレから師事を受けることになった。


 ◇◆◇◆


 フェイナが向かったのはライディールから少し離れたところにある小さな村だ。危険地帯に近い場所のため魔物に襲われたら一溜まりもないと緊張していたが、村に入った途端安心した。

 人がいるというのもそうだが、村の大人達が全員才能ある者が集まる学校でも中間以上の強さだったからだ。自分は戦えないという負い目もある分、安心は一塩だった。


 そして村の人に場所を尋ねつつ、アリエス教師に聞いていた場所の家に訪ねる。


 小さな家の扉をノックすると、中から年齢よりも若いと見える物腰柔らかな女性が姿を現した。茶色の長髪を首の後ろで一つにまとめた髪型で、エプロンをしている。一見しただけではただの主婦にしか見えないが。


 この人物こそ彼の大戦で最も名を上げたガイス・ヴァールニアの妻にして、英雄と呼ばれる者達の中でもアリエスに並ぶ魔法の使い手であり、大戦中誰よりも多くの命を救ったとされる生粋の回復の使い手。

 エリス・ヴァールニアである。


「いらっしゃい。アリエスから話は聞いているわ。フェイナちゃんよね?」

「は、はいっ。よろしくお願いします」


 柔和な笑みからは威厳を全く感じないが、内に秘めた魔力の一端に触れてとんでもない人が目の前にいるのだと実感する。ぺこりと頭を下げた。


「ふふっ。ほら上がって。学校でのルクスの話も聞きたいわ。今日は疲れたでしょうから、修行は明日からにしましょう」

「はい」


 クラスメイトの母親と二人で、というのは妙な気分だったが、これも必要なことだと言い聞かせ一ヶ月くらいお世話になるのだからと距離を縮めるように様々なことを話した。


「エリスさんのお料理、美味しいですね」

「ふふ、ありがとう。じゃあしばらくは料理を教えてあげましょうか。掃除や洗濯はやり方を覚えちゃえばいいものね」

「え?」

「?」


 なぜか料理を教えることになっていて、思わず戸惑いを示してしまう。


「……あの、できれば明日から早速修行を……」

「? だから明日やりましょうって……」


 なにか妙な齟齬が発生している。エリスは小首を傾げて考え込み、やがて得心がいったように微笑んだ。


「ああ、そういうことね。女の子が修行に来るって聞いたから、てっきり花嫁修業なのかと思っちゃったわ。ごめんなさいね」


 彼女は頬に手を当てて照れ笑いをする。


「アリエスちゃんったら、急に連絡してきたかと思ったら修行をつけて欲しいとだけ書かないんだもの。もう恥ずかしい」


 顔を手で仰ぐようにして言い、しばらく経って落ち着いたのか真剣な表情でフェイナの顔を見つめた。


「フェイナちゃんの得意な魔法は?」


 エリスは特殊なモノでなければ全ての属性の魔法を扱うことができる。だからまずは教えるべき魔法を聞かなければならない。


「回復です」

「そう、なら私が適任ね」


 死の直後なら蘇生することも可能なのではないかと言われたほどの使い手なので、これ以上にない師匠となるだろう。


「はい、お願いします」

「それじゃあ明日から始めましょうか。多分半年くらいで充分になるから、もし良ければ護身術とか教えてあげるから、やりたいことの展望とかあれば言ってね」

「は、はい。でもなんで急に来てそんなに良くしてくれるんですか?」

「? だってルクスのことだもの。きっと学校でも無茶してるに違いないから。それを治してくれる子がいるなら、応援してあげたいでしょ?」


 包容力を感じさせる笑みを浮かべて言った。……確かにことあるごとにぼろぼろになっている気がしなくもない。


 こうして、フェイナは数多の敵を葬り数多の敵を救ったことから“冥王”と呼ばれたエリスを師匠として得るのだった。

ちょっと長めなのは途中で区切ってまた何週間後、だと話が進まなさすぎるかな、と思ってのことです。

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