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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第三章
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先輩方へのご褒美

お久し振りになりすみませぬ。


何話か連続で更新します。


※本日一話目

 夏休みまであと一週間を切ったという時期。


 夏休みは誰か俺を専門的に鍛えてくれる人のところへ修行に行けるらしいので、楽しみではある。……今回のことで勉強は疎かにしてはいけないとわかったものの、夏休みくらいはいいだろう。あれから数日はちゃんと毎日一時間ぐらい復習の時間に当ててるし。というか勉強できる余裕がない可能性もあるし。


 とはいえ普段からの鍛錬は欠かさない。一応仙気会得までもう少しといったところではあるが、それを会得した後はどうするかという目標を作らないといけないが。

 そんな先のことより目の前のことに集中するべきだ。


 ……ということで、現実逃避をする間もなく今日は先輩方二人の部屋に呼び出されていた。


「じゃあ、私達へのご褒美を貰おっかな~」


 エリアーナ先輩とレクサーヌ先輩は、それぞれのベッドに腰かけている。……なんだこの状況。


「エリちゃんが龍いっぱいで、私はルクス君を一日中好きにするからね~」

「……うーん。これでいいのかな」


 レクサーヌ先輩はいつもと変わらぬ笑顔だったが、エリアーナ先輩は少し悩むようにしている。なにか引っかかることでもあるんだろうか。


「ほら、ルクス君~。エリちゃんを龍塗れにしてあげて~」

「あ、ああ」


 俺はレクサーヌ先輩に言われるがまま、エリアーナ先輩へと龍気を放つ。戸惑いはするが非常に助けられたという感謝の気持ちは確かにある。先輩が喜んでくれるなら、俺も望むところだ。大小色合いが様々な龍を作って彼女の方へ向かわせた。


「ふぇあっ!?」


 大好きな龍が一斉に押し寄せてきたからか、変な声を上げて仰向けになる。そこへと殺到したところで、わかりやすいくらい頬を緩ませて龍気に抱き着いた。嬉しそうでなにより。


「じゃあこっちも始めよっか~。おいで~」


 俺はレクサーヌ先輩に手招きされるがまま、ベッドの方へ歩いていった。

 俺が近づくとレクサーヌ先輩はベッドの奥の方に移動する。座れってことだろうか。


 俺がベッドに腰かけた瞬間、ぐいっと頭を掴まれ引っ張られた。抵抗する間もなく横たえられる。なんとか身体に力を入れてゆっくり横たわるようにすると、後頭部に温かくて柔らかな感触があった。何事かと思って上を見ようとして、大きな膨らみが真上にあるのを視認してしまう。……ああ、俺の下にあるのは膝か。

 柔らかく、しかし弾力のあるモノだ。これはあれか、膝枕というヤツか。そういやレクサーヌ先輩は、俺をよしよししたいとか言ってたような気がする。


 俺がそう思っていると不意に俺の頭を先輩の手が撫で始めた。優しい触れ方だ。正直心地良くて、眠ってしまうかもしれない。……多分だが、幼い頃に母さんにこうやってされたんじゃないか? 記憶は曖昧だが、どこか懐かしくて安らいで、自然と目を瞑ってしまう。


「ルクス君はさ~」


 上から声が降ってきた。目を閉じたまま「ん?」と声を上げる。


「凄く頑張ってるよね~」

「まぁ、そりゃ強くなりたいからなぁ。でも、そんなの誰だってそうだろ?」


 このライディール魔導騎士学校に来た人達の大半は、そのはずだ。中にはチェイグみたいな例外もいるし、うちのクラスにも回復専門のヤツがいたはずだ。誰しもが強くなるために門を叩いているわけではないだろうが、なにかしたらの成長を求めてやってくることは確かだ。


 俺は、誰かを守る力が欲しい。


 十年前のあの日、目の前で幼馴染みを失ったことから二度と、俺の目の前で誰も死なせまいと思って、今日までやってきた。


「うん~、そうだね~。でもね、ルクス君ほどじゃない人は多いよ~」

「そうなのか?」

「うん~。だって、この学校を受けようと思う時点で、『自分はある程度優秀なんだ』って思ってるからね~。だってそうでしょ~? 優秀な人材が集まる学校を受けるなんて~、自分が劣ってると思ってたらしないもんね~」


 意外とドライなことを言う。まぁ一理はあるだろう。だがそれが全てじゃない。必ず、アリエス教師や理事長なんかの英雄達に憧れて入学しようと思うヤツもいるはずだ。分不相応な夢を抱いているとわかっていても、それでも諦め切れなくて。


「もちろんそれだけじゃないのはわかってるよ~。でも現実的に考えたらそうじゃないと受からないんだよね~」


 そうだ。受けること自体は難しくない。ただし、倍率の高いこの学校に受かるかどうかは別の話だ。


「……」

「だから結局、どれだけ入学したくても入れない子は多いと思うよ~。そして残るのは、才能がある人達だけ」

「まぁ、多くはそうだな」


 会長なんかはそうだ。確か、最初はあんまり実技の成績が良くなくて、ただ圧倒的な潜在能力で合格にされたような人物だ。努力し続けた人でも、し尽くした人なら入れる意味がないのだ。


「私もね~。ただ地元で敵なしだったからここに来ただけだったの~」

「そうなのか」


 まぁ確かに、あの怪力じゃ狭い範囲で最強ってのも頷けるか。


「うん~。でもこの学校に入学してわかったんだ~。上には上がいる、って~」


 それは会長のことなのだろうか。


「いくら努力しても、頑張っても、絶対に敵わないな~って思う子。それも元々の才能の違いだって、頭が理解しちゃうんだよね~」


 表情は見えないが、少し声が寂しそうに聞こえた。


「私達の二個上でも一個上でも同級生でも一個下でも、生徒会長の『最強』は揺るがなかったんだ~」


 ……そして、二個下でもだな。結局俺は会長に勝てなかった。会長の最強を崩すことはできなかった。しかも、多分手加減されてる。正面から殴り合って、俺の土俵で戦った上での敗北だ。目も当てられない。


 会長戦のことを想うと俺の心は悔しさと劣等感で沈み込んでいく。


「――でもルクス君は違って見えたんだ」


 そんな俺の心境を知らないだろうに、レクサーヌ先輩はそんなことを言った。


「……えっ?」


 予想外のことに目を開けてしまう。やはり顔は見えなかった。


「私はね~、元々あった身体能力だけで入学して、元々あった身体能力だけで今も戦ってるんだ~。強くなりたい目標なんてなかったし~、全部才能とかそういうので勝敗が決まるんだって思ってたの~」


 頭を撫でる手が止まる。


「でも、違ったんだ。目の前でそんな価値観を崩した子がいたの」

「……それが、俺?」

「うん~」


 レクサーヌ先輩は恐る恐る尋ねた俺の問いを肯定した。だがそれは違う。俺は負けた。結局才能が全てなんだと証明したようなもんじゃないか。なのに、なぜ。


「あの時、三年生の間でルクス君がどんな風に思われてたかっていうとね~」


 そう言って当時の俺の評価を並べていく。


『所詮魔力の使えない落ちこぼれ』

『どっかで負けるだろう』

『そもそも本戦で使うのか?』

『確かにそこそこ強いみたいだけど、会長には敵わない』

『会長に瞬殺されるに一票』

『棄権した方が身のため。調子に乗らない方がいい』


 心ない言葉だった。しかし、魔力を持たない俺に対しては当然の評価とも言える。


「酷いよね~。でも本当に、大半の人はそう思ってたんだよ~。ルクス君がどれくらい持つかで賭けやってたくらいにね~」


 結果としては全員負けちゃったみたいだけど~、と軽く言う。

 当然、当然の評価だ。だがわかっていても心に重くのしかかってくる。これは俺のネガティブじゃない。世間一般からの評価だ。悔しいが、仕方のないことだ。


「言っておくとね~。会長と戦うのはルクス君じゃなくてアイリアちゃんと思われてたんだよ~」

「……まぁ、妥当だけどな。気と魔法、両方の面でなんとかできるとしたら同じ道を行けるあいつの方が勝負になると思うのは、当然だ」

「うん~。でもそれじゃ絶対に勝てないのもわかり切ってるんだよね~。だって完全に会長の下位互換になっちゃうもんね~」

「ああ。だから、万能じゃなくて特化してる俺が出た方がまだ勝機があるってことも理由の一つだったかな」


 あの頃はまだ俺以外に到達していなかった、黒気も使えた。アイリアにも二本のグングニルっていう会長にはない要素を兼ね備えてはいたが、魔装も会得したばかりでは難しいだろうと、クラスで予想を立てられていた。


「うんうん~。でも皆無謀だと思ってたんだよ~。『落ちこぼれが最強に敵うわけない』って~。私もね~、素直に言うとそう思ってたんだ~。あんまりそういうとこで感情的に考えられないみたいなの~」


 なるほど。ドライなのは元からなのか。現実主義と言うか。それは多分、今までレクサーヌ先輩自身が努力の積み重ねを才能で打ち砕いてきたからだろう。自分が努力しなくても勝ててしまうことから、才能が全てだという価値観に繋がっていく。そういう感じなのかもしれない。


「でも、違ったんだよ。あの時、最強に最も近かったのは他でもない、落ちこぼれのルクス君だった」


 妙に真剣な声音で告げてきた。


「皆すぐ負けるって思ってたのに、ルクス君はそれを上回った。あんなに懸命に戦う会長なんて、初めて見たもん。試合開始してからも、会長が黒気使って絶対に勝てないと皆が思った時も、ルクス君だけは諦めなかった。立ち向かった。『ダメだ』って思うところを超えてきた。凄くね、カッコ良かったよ」


 優しい声で褒められてしまった。どこか気恥ずかしくもあり、誇らしくもあった。エリアーナ先輩にもレクサーヌ先輩にも俺の悪足掻きは伝わったのだ。無駄じゃなかった。それがわかっただけでも良かった。


「あんなに勝って欲しいって思ったの初めてだったよ~。試合中ぼろぼろ泣きながら頑張れーって叫んでたくらいでね~」


 おそらく、声の調子からして照れ臭そうに笑っている。


「絶対に勝てないと思ってたのに、ルクス君は食い下がった。それでね~、私の価値観、壊されちゃったんだ~」

「そう、か……」


 元々、負けることはわかっていた。どう足掻いたって才能の差が障害となる。事実そうなったと思っていた。けどそれは違った。俺の悪足掻きは無駄ではなかったのだ。

 レクサーヌ先輩は俺の頭を撫でるのを再開する。


「皆は『あいつにできたんなら俺も』とか『落ちこぼれに負けてられない』とか言ってるけどね~。私も頑張ろうっていう気にはなるんだけど~、もう一個思うことがあって~」


 俺もそれが目的みたいなところがあったから、そう思ってくれるヤツが出てくるだけで充分な成果なのだが。俺がそう思っていると不意に頭を撫でている方の左手ではなく、右手が俺のTシャツを捲くった。


「へ?」


 予想外の行動に間の抜けた声を出してしまう。

 加えて柔らかな指が俺の無数にある傷跡をなぞった。くすぐったい。


「傷跡は弱さの証って言うこともあるけど、傷跡がいっぱいある子は強くなった証でもあると思うんだ~。だからね、私はずっと人よりできないのに頑張ってあそこまで強くなった、ルクス君を労ってあげたいんだよ~」


 労う、か。確かにそれはあまりなかったような気がする。


「よく頑張ったね~、って。ルクス君は凄かったよ~、って」


 まだまだ頑張りが足りない。情けない姿ばっかりだった。それでも、その言葉は嬉しかった。心に染み入ってくるようだ。


「もちろんルクス君はこれからもいっぱい頑張ると思うけど~。これまでいっぱい頑張ってきたから、たまにはこうしてのんびり癒すのも大事かな~って思うよ~」

「……そうかな」

「うん~。少なくとも私は、ルクス君を癒してあげたいな~。たまには人に甘えることも大事だよ~」


 そんなもんなのかと思いつつも、されるがままに目を瞑っていると少し眠くなってくる。


「いや、このままだと寝そうなんだけど」

「寝ちゃえばいいよ~。そしたら添い寝してあげるね~」

「いやそれはちょっと……」

「ルクス君に拒否権はありません~。今日は一日好きにされてもらうんだからね~」

「……そういやそうだったな」


 それが条件である以上、俺はレクサーヌ先輩のやりたいようにやらせるしかないのか。まぁ本気で嫌がればやめてはくれるだろうが、なんと言うか正直なところこんな優しく美人な先輩に膝枕とか添い寝とか役得すぎて俺へのご褒美になりかねない。


「でも癒すって言うならレクサーヌ先輩への褒美にならないんじゃ」

「なるんだよ~。私がそうしたいたらさせてもらってるの~」


 そういうもんか。


「寝るなら寝るでいいからね~。Tシャツ脱いでおく~?」

「……なにする気だよ」

「なにもしないよ~。なでなではするけどね~」


 いつもと変わらない口調ながら、妙にスキンシップの多い先輩だ。この人は自分の魅力をわかっているのだろうか。この状況を誰かに知られたら本気で殺されかねないんだぞ。


「じゃあ、寝るかな」

「うん~。おやすみ~」


 丁度眠くなってきたので、大人しく寝ることにしておいた。


 結果、起きたら上半身裸でレクサーヌ先輩に抱き着かれるという少し危うい状況になってしまっていた。


 まぁ一日とはいえ流石に夜が明けるまでいるわけにもいかなかったので、今回は日が暮れる時間に部屋を出ることにした。


「ルクス。レクサーヌじゃないけど、私は先輩なんだから。困ったことがあったら、いつでも頼りなさい」


 部屋を出る時になってエリアーナ先輩が告げてきた。頼もしいことだ。

 そういえば途中先輩がレクサーヌ先輩に膝枕された俺を不満そうに眺めていることに気づいて龍を三体ほど増やしたが、龍の数が少ないっていう不満で良かったんだろうか。なんかこう、嫉妬っぽい雰囲気はあったんだが。まぁ要因が全くわからないから多分龍の方だろう。


「またよしよしして欲しくなったらいつでも言ってね~」


 レクサーヌ先輩も満足はしたのか晴れやかな笑顔で見送ってくれる。


 ……誰かに頼る、甘える、か。久しくやってないな。


 おそらくあの日、あいつを殺された日からずっと。俺は弱さを見せないようにやってきたつもりだ。

 人に甘えたり頼ったりすることは、俺が強くなるという道の停滞だと思っていた。


 ただ今回のことで、なんて言うか心が満たされたような感覚があった。確かに鍛錬にはならないことだが、やる気が漲ってくるように感じる。


 ……二人には、感謝しないとな。


 ある種の新しい観点を与えられたような感覚だ。


 もっと強くなろうという気持ちが湧き上がる。


 そのためにはまず、夏休みの修行が必要だな。

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