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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第三章
127/163

期末試験結果

 意識が浮上し始めると、仄かに甘い香りを感じた。というかなんか顔が柔らかいモノに包まれてないか? 弾力があって吸いつくような心地のせいでずっとこのままでいたい気もしてくる。いやまぁ、顔というか全身それなりに柔らかくはあるんだが。

 俺はこの感触を知っている。似て非なる、とはよく言ったものだが、心当たりがあった。


 薄く瞼を持ち上げると、目の前にはやはりというか肌色が広がっていた。目を完全に開けて、状況を把握した。


「……意外と苦しい」


 どうやら、俺はレクサーヌ先輩に抱き枕にされているらしい。理由はどうあれ凶器とも言える胸を顔に押しつけた横向きの体勢で抱き着いていた。……いや、嬉しいと言えばそうなんだが、俺は昨日別々に寝ようとしたはずだ。

 なにがどうなっているのかさっぱりわからない。


「……随分と仲の良さそうな寝方ねぇ」


 背筋の凍える声が聞こえたので視線を動かすと、エリアーナ先輩が額に青筋を浮かべて仁王立ちしていた。俺が慌てて弁解するよりも早く、先輩は持っていたタオルを振り被った。

 彼女が得意とするのは伸縮自在と材質変化。つまり。


「起きなさいっ!」


 たかがタオルであっても強烈な打撃が可能なのだ。


 どごっとやけに鈍い音がして腹部に激痛が走る。


「いった~……!」


 一緒に殴られたレクサーヌ先輩も起きたようで、腰辺りを押さえるために俺への抱き着きが解除される。少し名残惜しいがやっと解放されたので、悶絶しながら転がって距離を取った。


「……どういうことか、説明してもらおうかしら」


 当然、一撃くれてやったくらいで怒りの収まらないエリアーナ先輩には従う他なかった。


 ◇◆◇◆◇◆


 俺とレクサーヌ先輩は床に正座させられていた。

 俺達の前には変わらずタオルを持ったエリアーナ先輩が立っている。


 レクサーヌ先輩はしょんぼりと肩を落として俯いていた。


「で、なんであんなことしたの、レクサーヌ」


 俺も怒られてはいるが、俺がなにかをしたわけではなくレクサーヌ先輩がベッドに入ってきたのだと理解しているようだ。

 「じゃあ俺は正座させなくてもいいんじゃ?」とは怒り心頭な先輩に聞けなかったが。


「……だって、……だもん」


 小さな声でぼそりと呟いた声は、隣に座った俺にも聞こえてこなかった。


「え?」


 エリアーナ先輩にも聞こえなかったのか聞き返している。


「……だって、エリちゃんばっかり狡いんだもん!」


 顔を上げ、不満をぶつけるようにエリアーナ先輩を睨み上げていた。


「ず、狡いってなにが?」


 睨まれた方は困惑している。

 聞かれたレクサーヌ先輩は俺の方をちらりと見た。……俺に関係あることなのか?


「……エリちゃんはルクス君と二人きりで龍と戯れてたじゃん!」

「そ、それは関係ないでしょ」


 気恥ずかしさはあるのか、エリアーナ先輩は頬を染めている。


「関係あるの! その後ルクス君よしよししたんでしょ!」


 レクサーヌ先輩が突然俺に抱き着いてくる。当たるというより挟まれるという表現が正しい魅惑的な感触に耐えつつ。


「私だっていっぱい頑張ってるルクス君によしよししたいのに!」


 どうやらレクサーヌ先輩がそこが不満なようだ。とはいえいくらなんでも納得できないのだが。


「……そうね」


 ……あれ? エリアーナ先輩が神妙な顔で納得しかけてる? なぜに?

 不思議と説得力ゼロのはずなレクサーヌ先輩の言葉が効いていた。


「だから、寝てるルクス君撫でてたら寝ちゃったんだよ~」


 俺が寝ている間にそんなことを……。しかしただ撫でるだけなら抱き着く必要はなかったんじゃ?


「事情はわかったわ。レクサーヌは寝相悪いものね」

「でしょ~」


 レクサーヌ先輩がいつものにこにこ顔に戻り、エリアーナ先輩は遂に納得してしまった。


「でも、男女が一緒のベッドに入るなんてダメよ。間違いがあったらどうするの」


 しかしエリアーナ先輩としては説教しておきたいのか、人差し指を立てて注意する。


「間違いなんてないよ~。エリちゃんと違って自重できるから~」

「……私が自重できないって言いたいの?」

「ルクス君、龍」


 睨み合いが始まるかと思ったが、レクサーヌ先輩の指示で龍気を使用すると、


「っ~!!」


 エリアーナ先輩が顔を輝かせて龍に飛びついた。


「消して」


 指示通りに龍を消すと、エリアーナ先輩が龍に抱き着いた姿勢のままではっとした顔をする。


「……んんっ」


 検証結果が出たからか頬を赤く染めて咳払いしていた。


「ほら、エリちゃんだって自重できてないじゃん~」

「……だって、その、龍は仕方ないでしょ」


 言い訳になっていない言い訳を口にするエリアーナ先輩は、先程まで優勢だったとは思えない。


「じゃあ自分のこと棚に上げて注意しないで」

「……うぅ」


 エリアーナ先輩がレクサーヌ先輩を嗜める関係かと思ったが、レクサーヌ先輩も言うべきことは言うのだろう。いい関係だ。


「で、でもルクスは明日テストなんだから、いつまでもくっついてないで勉強しないといけないわ」

「そっかぁ。そうだよね~」


 気を取り直したエリアーナ先輩に言われて、少ししょんぼりした様子でレクサーヌ先輩が離れていく。名残惜しい気がしないでもない。


「じゃあこうしよう」


 しかしレクサーヌ先輩はなにか妙案が浮かんだらしく掌に拳を打った。


「テスト終わったら、ルクス君を一日好きにさせてもらうね~」


 特に条件をつけるまでもなく断定事項とばかりにそう言う。


「そ、それはダメよ」

「なんで~? テスト勉強手伝ったんだからご褒美あってもいいでしょ~」

「か、勝手に手伝ったんでしょ」

「え~。あ、そっか~。それならエリちゃんもご褒美ないとダメだもんね~」

「そ、そういう意味じゃ……」

「じゃあその時はエリちゃんを龍いっぱいにするってことで~」

「……」


 おや。本人の加わっていないところで話が決まりそうだぞ。


「……わかったわ。でも条件はテストが終わったら、じゃなくてテストで赤点取らなかったら、よ」

「わかった~。じゃあ頑張って勉強しないとね~」


 先輩同士で話が完結してしまった。まぁ俺もそれで二人に熱が入るなら別にいいかと思う。というか既にお世話になっている身でとやかく言える立場になかった。せめて二人の期待に沿えるように頑張るしかないのだ。


 そうしてテスト前日である今日も、みっちり勉強したのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


「……どこ行ってたの」


 夜に部屋へ戻ったらフィナに怒られてしまった。なんとか誤魔化そうとしたが、「……他の女の匂いがする」と言われ詰め寄られる。

 それを「今日は勉強するからまた今度でな」と逃げ、「……ずっと一緒に寝る」というフィナの条件を呑むことでなんとか許してもらった。


 そんな一幕はあったが、無事テストの日を迎えることができたのだった。


 いよいよテスト、赤点を取るわけにはいかないプレッシャーの中で今までやってきたことを思い出し、心を落ち着けて細かなミスをしないように集中する。


 ……そんな今までやってきたこともないような取り組みが、三日も続いた。


 最初の方は緊張で書く欄がズレていたこともあったが、なんとか書き直せた。

 というか初日に思っていたよりすらすら解けていったため、二日目からは少し気が楽になった。自分でも今回は手応えがあったと思う。


 今までしてきたことなんてなかったが、自己採点なんてモノもやってみた。

 多分、大丈夫。


 これで赤点を取ったら絶望だ。過度な期待はせず、アリエス教師の採点を待つことにしよう。


 結果が出るまでの間落ち着かず、久し振りに思う存分身体を動かした。

 その時俺と同じような気分だったらしいセフィア先輩と遭遇し、軽く手合わせをする。久し振りに思い切り運動すると気持ちいい。とはいえこれからも勉強はしっかりやらなければならない。来年もここの期末テストは厳しいのだ。だというのに今回教えてくれた二人の先輩は卒業してしまう。


 ……鍛練も勉強も、日々精進ってことだな。


 その話をしたらセフィア先輩が落ち込んでしまった。……俺が気をつけたい二の舞を実践してしまったからだろう。


 そんなこともありつつ、長いようで短かった待機時間が終わる。


 テスト結果は翌週月曜日にまとめて配布された。


 解答用紙を一枚一枚捲る前に心臓が跳ね上がる。そうして確認している内に、


「……さて。今回の赤点だが」


 アリエス教師が厳かな声音で言う。空気が張り詰めて視線が赤点を取りそうな人物に突き刺さる。つまりは俺が含まれるのだ。


「――なしだな」


 丁度手元の用紙を全て確認し終わった時に、アリエス教師の言葉が聞こえた。


「「よっしゃ!」」


 俺が思わずガッツポーズをする声に、誰かの声が被った。おそらくクラス一の不安要素であるオリガだろう。あまり他のヤツの顔を見る余裕は今の今までなかったが、よく見るとチェイグがやつれている。オリガとマンツーマンで付き合っていたというのは知っているが、相当厳しい戦いだったのだろう。喜色満面のオリガとは裏腹に、気が抜けたのか机に突っ伏していた。


「まさかオリガが赤点を取らないとはな。だがお前の功績ではないぞ、チェイグの功績だ。次も赤点を取らないように気をつけろ」

「うっす!」


 アリエス教師の話が耳に入っているのか怪しいくらいに嬉しそうだ。


「次にルクス。試験一週間前に知らせた時はもう終わったなと思っていたが、随分点数が良かったな。次もしっかりやれよ」


 アリエス教師の不安要素第一は俺だったのではないかと思うような発言だ。心外だ、と言えるような立場でないことはわかっているつもりだ。

 俺は今回、平均が七割を超えた。これは学年全体だと今回が厳しい試験だったことを踏まえても上中下の上に足をかけたくらいだった。次もこれくらいできる自信はないので、少しでも日々勉強していかなければと心に決める。


 オリガと同じく俺自身の功績ではない。自分の勉強時間を削ってまで付き合ってくれた先輩方、特にエリアーナ先輩の功績だ。後で点数の報告に行かなければならない。


 ただ今日はゆっくり休もう。流石に今回は、疲れた……。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 試験が終わって二日が経った日。


「……オリガに教えるために基礎から応用まで全てさらったおかげでオール満点だよ……」


 とやつれた顔で笑っていた秀才チェイグと一緒に、食堂へ向かって廊下を歩いていた。


 そこで、エリアーナ先輩を見かける。

 今回俺の赤点回避に多大な貢献をしてくださった先輩だ。できればすぐにでもお礼を言いたかったが、都合がつかなかった。


 この偶然を逃す手はないと先輩へ駆け寄っていく。


「エリアーナ先輩」


 俺の声に気づいてこちらを振り返った先輩に、尊敬と感謝を込めて試験結果を報告する。


「おかげさまで赤点取りませんでした(・・・・・・)っ! ありがとうございます!」


 そして思い切り頭を下げる。

 俺にしては珍しく敬語だったのは、エリアーナ先輩が敬うべき先輩であると心から思ったからだ。尊敬できる先輩は多くいるが、会長なんかはいつか超えるべき相手として見ているし、例え地位が高かろうと尊敬に値しないヤツを形だけでも敬う気なんてさらさらなかった。

 その点エリアーナ先輩は違う。


「えっ、あ、そう。良かった、わね」


 俺が顔を上げると、なぜか先輩が引き攣った笑みを浮かべている。不思議に思って首を傾げていると、


「じゃ、じゃあ私はもう行くから」


 そそくさと少し早足で去っていってしまった。……なにか気に障ることをしたんだろうか。今回俺が赤点取らなければ大好きな龍と戯れ放題だってのに。


「……ルクス」


 俺が首を捻っていると、チェイグが話しかけてきた。


「なんで今敬語使ったんだ?」

「? そりゃだって、今回のテストで赤点取らなかったの先輩のおかげだしな。尊敬に当たるし」

「……なるほどな。けどよく考えてみてくれ。今までタメ口だったのに急に敬語使われたら、距離取られてるって思わないか?」

「なる、ほど?」


 そういう考え方もあるのか?


「だからまぁ、急に敬語使うくらいなら今まで通り接した方がいいんじゃないか? エリアーナ先輩も戸惑うだろうし」


 チェイグに諭されて、納得した。確かに戸惑って一旦気持ちを落ち着けるために立ち去るかもしれない。そういう配慮も必要なのか。となるとできれば最初に尊敬に値するか判断できた方がいいな。そこは俺の観察眼を鍛えるしかないのだが。


「じゃあ次会った時はタメ口に戻すか」

「それがいい」


 なぜか妙に呆れた様子のチェイグは置いておいて、次に会ったら敬語はやめておこうと思う。


 ちなみに。

 その日部屋に戻ってから同室のレクサーヌ先輩へ、エリアーナ先輩がそのことを相談したのは与り知らぬところである。

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