最上級生二人
お久し振りで申し訳ないです。
やや疲れた様子で帰ってきたエリアーナ先輩と三人で夕食を済ませると、また勉強を再開する。
俺に休んでいる暇はない。とはいえ一晩中二人に付き合ってもらうわけにもいかないだろう。今日のまとめをやったら自室に戻ることにはなる。
と思っていたのだが。
「別にいいわよ、泊まっても」
「泊まればいいよ~」
なんと宿泊許可を貰ってしまった。俺がそろそろ終盤かと思って「帰ったらここら辺を復習かな」と苦手分野を勉強しながら言った後の発言だ。
男の俺が泊まることに抵抗はないのかと聞くと、エリアーナ先輩からは鼻で笑われてしまった。
要はそういう目で見られていないのだろう。俺が襲おうとしても二人なら対処し、助けを呼ぶだけの時間が稼げるという冷静な判断もありそうだったが。あと俺がアイリアとフィナの二人と同室ではないかと言われているがそういう関係ではなさそうなので、襲う気は起きないと思っているらしい。……俺がヘタレと言われてるみたいで微妙な気持ちにはなったが。まぁ信用があると思っておこう。
ともあれ今日は夜遅くまで二人に付き合ってもらえることになった。時間にすれば僅かな延びだがとても心強い。
俺の勉強につきっ切りで教えてくれているかと思えば、自分達の勉強をやりながら俺の質問に答えてくれる。頭の出来が違うんじゃないかと不安になる光景だが、おそらく二人はしっかりと勉強してきているからこそ、一年の勉強範囲などは知識として定着しているのだろう。思い出そうとしなくても知っているからこそすぐに答えが出てくるのだ。
俺がそこに至るまでどれだけの時間がかかるかは想像もできない。参考までに二人に一日の勉強時間を聞いてみた。
「自習は一時間くらいよ。日々の授業をしっかりと受けていれば、テストが近くなって急に勉強しなくてもある程度点数は取れると思うけど」
「私は勉強してないよ~。授業の分がほとんどかな~」
「レクサーヌは参考にならないわよ。記憶力がいいから」
ということだった。羨ましい限りだ。特にレクサーヌ先輩。というか俺が基本点数低いのは学園に入る前の学習期間がないからだろうが、二人の話を聞く限りだと普段の授業を真面目に受けていないことも挙げられそうだ。そうなるとレクサーヌ先輩は普段から俺の膝の上で眠っているフィナと同じタイプだということだろう。フィナもフィナで普段全く勉強している様子がないのに、点数が凄く高い。普段から真面目に勉強しているアイリアと張り合えるくらいなのだから、おそらく生まれ持った頭脳の差というヤツだろう。俺の場合は大して頭が良くないにも関わらず普段勉強していないだけだ。……超ダメなヤツじゃん。
仕方がない。三日坊主にならないことを祈って、これからは一日三十分でも勉強しようかな。あとちゃんと授業聞こう。
俺はそんなすぐに砕けそうな決意を固めつつ、試験前二日を過ごしていた。
「そろそろお風呂入ろうよ~。ルクス君も一緒に入る~?」
二十一時を回った頃だろうか。不意にレクサーヌ先輩がそんなことを言ってきた。「え?」と声を上げるのがエリアーナ先輩と重なり、レクサーヌ先輩と風呂……ということで視線が下がり始めたところで脛に蹴りを入れられるところまでがワンセットだ。
「な、なに言ってるのよ。いくらレクサーヌでも男子と一緒にお風呂だなんて……」
脛に蹴りを入れた張本人は戸惑いつつもレクサーヌ先輩を止めようと口を開く。
「え~? いいよ別に~。私は気にしないから~」
そこは気にして欲しい。俺の理性のためにも。
変わらぬにこにこ笑顔で言うレクサーヌ先輩に、心の中でツッコミを入れる。
「……はぁ。なにをどう言おうとダメなモノはダメよ」
「え~。そう言ってエリちゃんが一緒に入る気なんだ~」
「違うわよっ。もういいから一人で入ってきなさい。そしたら次私が入るから」
「はぁ~い」
少し渋々そうだったがレクサーヌ先輩は引き下がって、一人風呂場というかシャワールームの方へと歩いていった。
「……覗きに行こうだなんて考えないでね」
エリアーナ先輩がぎろりと咎めるような視線を俺に向けてくる。……あれ、やっぱ俺ってあんまり信用されてないのか?
「当たり前だろ」
正直なところ覗きに行きたい気持ちはある。ないわけでもないとか曖昧な言い方はしない。だがもしやってキレられたとして、テスト勉強で詰め込んだ知識が飛ぶまで殴られても困る。ここは大人しくしていよう。
目先の欲望より、目先のテスト勉強だ。
その後もやや集中を乱されそうになりながら、エリアーナ先輩の教導を受けていた。
そしてレクサーヌ先輩が風呂から上がってくる。男として、脱衣所に向かう扉ががちゃりと開かれたことに視線を向けてしまったのは言い逃れできなかった。エリアーナ先輩から厳しい視線を向けられるが、本能で反応してしまったのだから仕方がない。危うい行動は理性で抑えつけるので許して欲しい。
「あ、次エリちゃんいいよ~」
レクサーヌ先輩は肩にタオルをかけピンクと白の寝巻きに身を包んでいた。微妙に胸元が開けてあるせいでそこに視線が吸い寄せられる。しっとりした髪や風呂上がりで火照った頬がやけに艶っぽく映った。
「わかったわ。……ルクスは勉強しないといけないんだから、わかってる?」
エリアーナ先輩が交代で椅子から立ち上がり言った。俺は今更言われることでもないと頷こうとしたが、その前に別のところから声が上がる。
「言われなくてもわかってるよ~。邪魔はしないから~」
にこにことレクサーヌ先輩が応えた。
「本当かしら」
「ホントだよ~。ほら、早くお風呂行ってきたら~」
「……はぁ。すぐ戻ってくるから、変なことしちゃダメよ」
「は~い」
レクサーヌ先輩との会話を聞いて首を傾げていた俺をエリアーナ先輩がきっと睨みつけてくる。
「ルクスも」
「お、おう」
元々俺へのセリフだと思っていたところもあって少し言葉に詰まり、そのせいか疑わしげな目をされてしまった。しかしため息を一つついて浴室の方へ向かっていく。
先程までエリアーナ先輩が座っていた椅子にレクサーヌ先輩が腰かけた。大きすぎる胸が机に載る様子は何度でも目が吸い寄せられる。……あれ、既に理性半壊してないか?
レクサーヌ先輩は気にした風もなく頬杖を着くと普段通りにこにこと微笑んだ。
「じゃあ勉強の続きしよっか~」
エリアーナ先輩がなぜレクサーヌ先輩へ最初に注意したのかは気になるが、それを気にして勉強に手がつかなければ元も子もない。
レクサーヌ先輩がそこにいるだけで集中力を乱されそうになるが、なんとか目を向けないように気をつけて過ごした。
人間、集中しようと思っていると集中できないが、いつの間にか集中しているものである。
やがてエリアーナ先輩が脱衣所から出てくる。やや緩めのシャツにショートパンツというラフな格好だ。……レクサーヌ先輩より小さいとはいえ充分凶器たり得る。どこがとは言わないが。その上エリアーナ先輩は長くて綺麗な手足に男子の注目が集まっている、らしい。そこを惜しげなく晒す格好なので、状況的にも付属した役得感的にも知られたら真面目に抹殺されかねないんじゃないだろうか。隠蔽には充分注意を払おう。
……まさか、フィナが「……ルクスどこ?」って言って探し回ってるとかないよな? 言い訳を考えておいた方がいいかもしれない。綿密に隠蔽工作を行っておこう。
首を振って悪寒を払いつつ、
「俺も入っていいのか?」
二人に尋ねた。女性視点で考えると男と同じ風呂場を使うことに抵抗がありそうだ。いくら男として見られていないからといっても。
「別にいいよ~」
「いいわよ、風呂に入らないでいられるよりはマシだから」
レクサーヌ先輩は普段と変わらずだったが、エリアーナ先輩は少し呆れた様子だった。そんなことを気にする必要はないと言わんばかりだ。言われてみれば、確かに風呂に入らず不衛生で過ごされる方が嫌かもしれない。
「じゃあお言葉に甘えて」
俺はそう言って席を立ち、脱衣所のある方へ向かう。
「背中流してあげよっか~?」
「レクサーヌ。怒るわよ、いい加減」
「え~? いいよね別に~」
「……自分で洗えるからいい」
レクサーヌ先輩の申し出には驚かされるばかりだが、俺は誘惑を振り切って断りを入れた。……まぁ流石に俺も裸を見られるのは恥ずかしいというか、気まずいので遠慮願いたい。
からかっていただけなのかすんなり引き下がったレクサーヌ先輩を置いて、俺は脱衣所へ入った。よくよく考えてみれば脱いだ下着などがある可能性も捨て切れず、それはそれでまずいのではと思ったのだが。事前にこうする予定だったのか目につく場所には置いていない。探す気もないので助かった、のだがフィナが無頓着なせいであまり下着を見ても理性が揺れない可能性はあるかな、と冷静に考えてしまう。
……とか言って見渡している辺り探してると思われそうだ。変な誤解を招かない内にさっさと入ってしまおう。
とはいえ風呂が沸かされているわけではない。シャワーで済ませていたのだろう。アイリアが色々やっていたが、女子はやはり備えつけの石鹸などだけではダメなようだ。俺は特に拘らないので備えつけのモノを使う。
途中エリアーナ先輩が来て使ってないバスローブを使うようにと言及される、ということはあったが。特にハプニングなどもなくシャワーを浴びることができた。これがフィナだと乗り込んでこようとしてアイリアに止められる、なんてこともあったから三年生は常識ある人達のようだ。……というかフィナが例外すぎるのか?
入浴後はそれまで通りに勉強を再開した。バスローブという慣れない格好で居心地は悪かったが、借りている身なので文句は言えない。服を洗濯してくれるとまで言われたので、流石に文句をつけるような図々しい真似はできなかった。
そうして日付が変わろうという時に、
「そろそろ寝ましょうか」
エリアーナ先輩がそう言って手を止めた。
「俺はもうちょっとやろうかな」
「程々にしときなさいよ。明日も早起きして勉強するんだから」
「それに、充分寝ないと覚えたことが整理されなくて定着しないんだよ~」
「そうだなぁ」
二人に言われて勉強の手を止める。嫌いな勉強を長時間続けるには体力も集中力もいる。今日もほぼ一日中勉強漬けだったので、そろそろ休みたい気もした。
「やっぱ俺も寝るかな。明日に備えて」
大きく伸びをして肩と首を回し身体を解す。
「それがいいよ~。じゃあどっちのベッドで寝る~?」
「えっ?」
レクサーヌ先輩に聞かれ思わず聞き返す。……どっちのベッドって言われるとレクサーヌ先輩が使ってるベッドとエリアーナ先輩が使ってるベッドのどっち使うかってことだよな。正直人がついてくるかによる、って考えてる場合じゃねぇな。
「なに言ってるのよ」
「だってルクス君にも寝るとこが必要でしょ~? どっちのベッドで寝るかな~って思って~」
「だ、だからって一緒に寝る必要はないでしょ。でもそうね、どこで寝てもらおうかしら」
「だから一緒にって~」
「別に俺は床で寝てもいいんだけど」
「「それはダメ」」
二人の言い合いに入って提案したら揃って却下されてしまった。……正直一緒は嬉しいが心臓に悪い。床でも借りれそうな予備の布団などがあれば快適に眠れると思うんだが。
当事者である俺を蚊帳の外にして二人の話し合いが続いていく。
「じゃあこうしましょう。私がレクサーヌのベッドで一緒に寝るから、ルクスは私のベッド使っていいわよ」
「あ~。そんなこと言って夜お手洗い行って戻ってきた時に間違えたって言って潜り込むつもりだ~」
「そんなことしないわよっ」
結局他にいい案は出ず。逆パターンはレクサーヌがそれやるでしょ、とエリアーナ先輩が断固拒否した。結果俺はエリアーナ先輩のベッドで寝かせてもらうことになり、二人でレクサーヌ先輩のベッドを使うようだ。
急な宿泊で俺がベッドを一つ使うことになってしまったのは少し申し訳ない。だからといってどっちと一緒に寝たいか聞かれて困るのも問題だ。断った時の面倒さを予測して、今回はお言葉に甘えるとしよう。
とはいえ普段エリアーナ先輩が使っているベッドということを意識すると妙なことを考え出しそうなので、ベッドに潜ってからは目を閉じて無心になる。しばらくそうしていれば、自然と眠りに着くことができたのだった。