勉学に励む
エリアーナ先輩の協力を得られると決まってからは忙しかった。
早速その日の放課後に図書室に来るよう言われて、先輩と合流する。
「時間がないから言う通りにするのよ」
成績の奮わない俺は頷くしかない。
そこでエリアーナ先輩は俺の勉強方法から変えていった。
ひたすらを問題を解きながら覚えていく方法を取るようだ。わからない問題は教科書などを見てもいいが、どの問題がわからなかったかはチェックしていく。それでもわからなかった場合は羊皮紙に問題と自分の考えをまとめてエリアーナ先輩に提出する。
テスト勉強は授業中に行ってもいいが、授業は授業で次のテストに出るので勉強しておいた方がいいらしい。
まずはそうやって俺の苦手分野を洗い出し、弱点を克服する形を取るようだ。俺になにができないかを把握した上で勉強方法を調整していくらしい。
流石は先輩と言うべきか、チェイグを連想させる手腕だった。年齢的には同い年だからな。
俺はエリアーナ先輩に協力してもらえることになった火曜日の放課後、図書室でその話をされた。ついでにある程度勉強のできなさを見てくれる。真剣な眼差しでみっちり勉強しなさいと言われてしまったので、余程危ういのだろう。俺も気を引き締めて勉強していく。
俺が問題集を解いていると、不意に先輩から問題が飛んできた。
「時計を開発した人物は誰でしょう?」
突然のことであったが、しかし冷静になってみても元々わからないことだった。
「わかんね」
「正解はディルボード・ドナテロウスよ。彼は時を操る魔法の才能に秀でていて、その時間の概念をより深く理解していったところ、一日が二十四時間であることや一時間が六十分、一分が六十秒であるという定められた時の概念を理解するに至ったの。時計は秒と分で動くそれぞれの針を利用して作られているわ。家庭に普及していないのは時魔法によって制御されているから」
そんな人物がいるらしい。全く知らない情報だった。
「端にメモっておくといいわよ。問題集はそのまま続けて」
「わかった」
時計を開発した人物の名前と開発に至った経緯を簡単にメモしつつ、問題集を解き続ける。
その後もちょくちょくエリアーナ先輩から問題が投げられた。
「相手が手を前に突き出して魔方陣を展開した。相手はこちらの生死を問わないが、こちらは相手を生きたまま捕縛する必要がある。魔法を駆使した上で三手以内に相手を捕縛せよ」
「高度な技術でいいなら魔法の発動を解除する魔法、マジック・アウェイクとかを使った上でバインド系の魔法により捕縛。バインド系魔法は相手が得意とする属性がわかってるなら、有利な魔法を使うと良し、かな。一般的な技術なら魔方陣が手の前ってことはそこから飛んでくる魔法の可能性が高いってことになるから、魔方陣の直線上から逃れつつ足元から発動するタイプの魔法を放つ。若しくはリフレクションで魔法を反射して相手に当てるとかがあるかな」
「どれも正解ね。こういう問いは教師側がその手法で可能だと判断すれば正解になるんだけど」
「? なんか間違ってたか?」
「いいえ、さっきも言ってた通りの正解よ。ただその、魔力がないから魔法を使えないのは当然だと思うんだけど、随分詳しいのね。答えに躊躇がなかったわ」
「それは当然、戦いに必要な勉強だったからしたんだよ。一般的に魔力がない――少ない人への対処法は簡単で、より強い魔法を使うことで圧倒すればいいだけ。だからこそ相手がなにをするのかっていう予測を立てるために必要な知識は蓄えたんだよ」
まぁエリアーナ先輩みたく魔法の使い方が他とは違う人には意味ないけどな、と苦笑した。先輩は伸縮自在と材質変化、二つの効果を持った魔法を駆使して戦う。そんなことをする人物が少ない以上、俺が勉強してきた範囲ではなかった。となると攻撃や強化に使われる魔法ばかり覚えてきた俺にとっては予想外の攻撃となる。より多くの魔法を覚えて予測を立てやすくしないといけない。
「そう。なら魔法についてはある程度知識があると仮定して、他の部分を補う形にしましょうか」
戦いにおいて俺がおそらく一生懸けても理解できない部分だからこそ勉強してきたのだが、どうやらそこは試験で通用するらしい。今回は赤点を取ったらダメなので、高得点は取りにいかず弱点を補う形が最適だ。赤点を取らないように頑張ることが大切なのだ。
「歴史、技術、数学。この辺りがダメなのね」
問題集を解かせながら傾向を把握するために問題を出していたエリアーナ先輩がそう結論づけた。確かに、言われてみればその三つがダメだったような気がしなくもない。しかし全体的に赤点気味だったのはなぜだろうか。
「一学期の期末試験は、より問題数を多くして科目数を増やした試験なのよ。だから他の試験よりも難易度が高いって言われてるんだけど」
疑問をぶつけたらきちんと返ってくる。本当にチェイグと話している時のような安心感だ。
「なるほどなぁ。つまり俺が点数の取れるような問題と取れない問題が混合してたせいで、赤点ばっかだったと」
「……わかったなら苦手を勉強しなさい。あまり猶予がないんだから」
「うっす」
俺に拒否権などない。というかこちらから頼んでいるので進んで従おう。……試験が終わってもし赤点取らなかったら、先輩に頭が上がらなくなりそうだな。
そんなことを考えながらも、是非そうなって欲しいのですぐに別の思考をどこかへ追いやりつつ、問題集を解き続けた。
そんな感じで放課後はエリアーナ先輩とみっちり勉強して、夕食後は先輩からお許しが出たので一時間だけ軽く汗を流す程度の鍛錬を行う。シャワーを浴びたら自室で勉強だ。先輩からは睡眠時間は一日三時間で、と言われているので深夜の二時まで勉強して紙にわからなかったことをまとめ就寝。翌朝五時には起床しいつもの場所で一時間鍛錬し、戻ってからシャワーを浴びすっかり目が覚めた状態で朝食の時間まで勉強する。同室のアイリアとフィナが起きたら勉強している俺を見て唖然としていたが、そんなことはどうでもいい。俺は今回こそ本気なのだ。……もっと前から本気を出せという話だが。
とはいえエリアーナ先輩に教えてもらっている以上、彼女の評判を落とさないためにもしっかり勉強する必要がある。
残念ながら図書室に二人きりで勉強している場面を多くの人が目撃しているため、エリアーナ先輩との噂は加速してしまったのだが。そんなことは……どうでもいい。先輩が気にしなくていいと言うのだから気にしても仕方がない。俺は教室や廊下、食堂などで肩身の狭い思いをするのでできることなら改善して欲しい。
とはいえ授業中もがんがん勉強時間に使ったのでクラスメイトからも驚かれていた。放課後わからないところをまとめた用紙をエリアーナ先輩に渡し、翌日か放課後中に答えられれば用紙が返ってくる。わからなかった部分を復習して、時間を置いてから再度問題を解いてみる。記憶に新しいので解ける可能性はあるが、しばらく時間が経つとド忘れすることがあるのでまたわからなかったら復習だ。こういうのは特に一度寝てからやった方が記憶に染みついているか判断しやすいらしい。
「……お前、ようやくやる気になったんだな」
とはやや涙目だったチェイグさんのセリフである。ぽんと肩を叩かれてのこのセリフだった。……アリエス教師にも同じようにされてしまった。こんなことで感動するんじゃないと言いたいが、残念ながらこれまでの俺はそこまで酷かったようだ。まぁ居眠りもしてたから優等生とは言えないだろうな。
だが俺は本気だ。
活気を使えば長時間勉強した時の身体の疲労を快復しながら勉強できるので、正直なところ休憩が必要ない。とはいえ頭を切り替えるのに息抜きとして朝夕の鍛錬は行っている。エリアーナ先輩の言う通り、軽く汗を流す程度の時間で、集中して鍛錬することでその後の勉強に身が入るような気がする。鍛錬の間は勉強のことを考えない方がよりいいらしい。鍛錬の時に鍛錬のことを考えるのは当然だと思うのだが、どうやら世の中には運動していても勉強した内容が思い浮かぶ人がいるらしい。そういう人は運動中に頭の中で復習していればいいと思う。運動には集中できないだろうが。
そんな人生初めての勉強漬けな日が続き、金曜日の放課後となった。休み明けからテストが始まるので休日の二日間で更に追い込みをかけないといけない。しかも先輩とは学校で会うので協力を得られない可能性もあった。できるだけ今日中に吸収しようと思っていたのだが。
「明日と明後日のことなんだけど」
そう切り出されて、問題集に向けていた顔を上げる。
「良かったら部屋に来て勉強する?」
少し躊躇いがちな問いに、「是非!」と答えたのは言うまでもなかった。休日も付き合ってくれるなら、光明がより大きくなるというものだ。




