迫る試験
生徒会体験が始まって二日目は、初日のこともあってエリアーナ先輩の動向に注目されてしまい、結局協力を得ることができなかった。
例え誤解だと互いに言ったところで、勘繰る輩は出てくる。なら本当に体育館の掃除を手伝うなど行わず関わりを最低限にしようとなった。
仕方ないので広大な体育館の掃除を一人でこなし、ステージ裏の部屋まで綺麗にしておいた。割と自棄になって一生懸命掃除したので、及第点は貰えるだろう。
三日目はまた昇降口に集まったが、そこで今日から参加を認めない生徒達の名前を読み上げられた。俺は入っていなかったのでほっとしていたが、一日目を少し潰した張本人が採点係なので甘くつけられているのかもしれない。
庶務内での篩い落としは二割と優しい方だったが、半分減らすと意気込んだ会長副会長のところは五割、丁度半分減らされたらしい。これがなにを意味するかというと、生徒会戦挙では演説、試合、推薦の三点から合計点を競い合う形になるらしいが、三つ目の現生徒会からの推薦が得られなくなり当選が絶望的になるのだ。中にはやる気がなくなってサボった人もいるらしいので、全員に機会を与えすぎるのは良くないのだろう。
実際に夏休み明けから戦挙に参加するかの表明がまたあるので、本当に参加できないわけではないのだが。
当選しないとわかっているのに参加するほど意欲があるわけではないだろう。だからサボったのだろうし。
「今日からは実際に私がやっている仕事について説明するわ」
エリアーナ先輩は二日間やってもらった校内の清掃も仕事の内だけど、と言いながら結果的に二十二人まで減った候補者達へ告げた。庶務側では三割だったが、他の役職で体験不参加となってしまった人の生徒会候補は辞退している。大人しく引き下がるのがいいからだろう。
「庶務の仕事は基本的に他の役職の補佐、手伝いよ。雑用担当みたいなところはあるけど、逆を言えば他の役職の仕事を覚えていなければ他の役員のフォローに回るなんてできないわ。加えて、その他細々とした業務があるから、ある意味業務数では最も多いと言えるかもしれないわね」
エリアーナ先輩が真剣な顔で言った。庶務がメインで取り扱っている業務はないらしいが、生徒会全体でやる業務の一部を担当することぐらいはあるだろう。
「基本は掃除と荷物運びだけどね」
やっぱり雑用がメインらしいが。
ともあれエリアーナ先輩が個人的に請け負っている仕事もなくはないだろう。今日は仕事の説明会みたいな形で昇降口から空き教室を借りて実施された。座学が苦手なことは言うまでもないため、眠らないように必死に堪えるので精いっぱいだったが。……俺のヘマで最有力候補である先輩方の当選を邪魔するわけにもいかないからな。
四日目と五日目は実際に仕事をやったり荷物運びをやったりしていたが、掃除の時よりは短く終わっていた。
短い一週間の生徒会体験は終わりを告げ、夏休みまで残すところ約一ヶ月となった。
……この時の俺はまだ気づいていなかった。
夏休み前に今までの人生の中で最大の試練が訪れようとしていることを。
◇◆◇◆◇◆
俺はほどほどに勉強し、鍛錬の時間を増やしながら夏休みを待っていた。
なにせアリエス教師が俺の成長に必要だと思って師事してくれる人を紹介してくれるというのだ。楽しみにしないわけがなかった。
とはいえ身体を鍛えるのと併行して知識を増やしていかないといけないな、とも思っている。魔神とやらが俺に宿っているらしいので、その辺りで文献がないか探していた。後はもう少し魔法の知識を蓄えたい。一応一通り唱えた後にどんな魔法かわかるよう内容を覚えてはいるのだが、学生の段階ですら無詠唱無魔方陣で魔法を連発してくる者もいるくらいだ。そういう相手には太刀打ちできないだろう。そのために魔力感知能力を高める特訓も独学で始めているが、上手く上達しない。やはり魔法のことは魔法のできるヤツに教わった方がいいだろうか。
しかしそんな俺の地道な努力を無に帰すとばかりに、夏休みまであと二週間と迫ったタイミングでアリエス教師が言った。
「一週間後に期末試験がある」
……キマツシケン?
その存在を知らなかった俺は首を傾げるが、他のクラスメイトは特に問題なさそうだ。むしろそれを聞いて気を引き締めたのか、ぴりっとした空気さえ纏っている。……あれ、なんで皆そんなに真剣なの? 一応今までも試験はあったが赤点取って笑い合うくらいはやってたじゃんかよ。
「……一人だけ不安なヤツはいるが、大半は問題ないようだな。わかっていないヤツはいないと思うが」
アリエス教師は明らかに俺を見てため息をついた。
「一年間で行われる試験の中でも最難関とされる夏休み前の期末試験。筆記と実技があるが、どちらかでも赤点を取ったヤツは夏休み中も補習を受けることになる。そして補習を実施するのは担任である私だ」
もうわかったな? と俺を真っ直ぐに見据えて告げる。
「つまりお前達に実施しようと思っていた夏休み中の強化訓練ができなくなる、ということだ」
「……っ!」
それはつまり、俺がもし赤点を取って補習になったとしたらクラスメイトの大半が受けるはずだったアリエス教師からの強化訓練を受けられず、クラスメイト達から恨まれる結果になるわけだ。
……それはマズい。とてもマズい。テスト勉強なんて一切やってないぞ。
「精々気を引き締めて挑めよ」
アリエス教師の話はそこで終わった。……ヤバい、早くなんとかしないと。だが俺が自力で勉強して一週間で赤点取らないようにできるか? いや、無理だな。なにせ筆記に自信がないから入学試験でも実技だけで頑張ったんだ。誰かに勉強を教えてもらうしかない、のか……。
「チェイグ、俺に勉強を教えてくれ」
「悪い無理だ」
HRが終わった直後チェイグさんに頼んだが、即答されてしまった。そんな拒絶することないだろ、と助けを求める目をしてみるが、
「……そんな目をしても無理なモノは無理だ。俺はクラスのほとんどに勉強を教えてる上に、一番の問題児を担当してる」
「一番の問題児?」
苦笑して言うチェイグに俺が聞き返すと、彼は親指でクラスの席で一番前にいるヤツを指差した。
「……ああ、オリガか」
クラスにおけるバカの代名詞を俺と競い争う(本当はそんなことしたくないが)オリガだった。確かにあいつに勉強を教えて赤点を取らせないとなると、チェイグぐらいしか適任がいない。
「多くに教えてるんならそこに俺を混ぜてもらうとかは?」
「ルクスの成績を片手間で改善できる気がしないな。……それに一週間前から勉強させるのは厳しいぞ」
チェイグは申し訳なさそうに苦笑しつつ、声を潜めて言ってきた。……やっぱり厳しいよな。だが諦めたらダメだ。流石に皆のやる気を削ぐような真似はできない。
「悪いな。ってことで他を当たってくれ」
ぽんとチェイグに肩を叩かれてがっくりと肩を落としつつ、心当たりを頼ってみることにする。
「無理よ。人に教えるのもあるけど、ルクスの面倒まで見られないわ」
「……勉強するから無理」
「もっと前から言ってくれれば良かったのに。私も追い込みの最中だから」
アイリア、フィナ、リーフィスには断られた。……クラス内でテストに余裕ありそうな面子はこれぐらいか。となると一年生は全滅と考えるしかない。
「ごめんなさい、セフィアを教えるので手がいっぱいなのよ」
「残念だけど、自力で頑張って」
「すまないな、ルクス。二人は私が貸し切り状態だ」
というわけで二年生の知り合いを当たってみたが、ダメだった。どうやら去年セフィア先輩が赤点を取って痛い目を見たらしく、二人がかりで勉強させるらしい。……どこも自分達のことでいっぱいいっぱいか。
なにより気づいたのが遅かった。とはいえ今日から勉強は頑張ろう。無駄な足掻きとはいえやらないで赤点確定のまま試験に挑むのはダメだ。悪足掻きぐらいはしておかないと。
とりあえず今日のところは協力者を得られなかったので、自力で勉強を始める。……のだがわからないところが出てきて悩んでいる内に寝落ちしてしまった。気づいたら朝だったのは言うまでもない。更に言えば早朝の鍛錬をやってから勉強するかと思っていたら鍛錬を中断できず結局時間いっぱい鍛錬していた。
……ヤバい。急に勉強しようと思ってもできるわけがなかったんだ。どうしよう。
授業中に、授業を聞きながら過去やった部分を見直すが、それでも間に合うとは思えない。
……マジで、どうしようかな。
俺は根を詰めすぎているかと思って昼休みに屋上で黄昏ていた。わからないところを誰かに聞こうにも、皆空き時間は勉強をしているか教えていて、聞けそうになかった。特にいつも頼りにしているチェイグがオリガにつきっ切りで教えているので、俺としては詰んだと思える状況だ。どうやら休み中も追い込みで勉強するらしい。
「……はぁ」
屋上の柵に組んだ上を乗せるような体勢でため息をついた。
今までこれほどまでに余裕がなかったことなんてあっただろうか。補習を回避できる兆しさえ見えない。補習になってクラスメイトから恨まれアリエス教師から失望される光景が目に浮かぶようだ。
「……はぁ」
何度目かわからないため息をつく。本当はこの時間も勉強した方がいいのだろうか。
「……辛気臭いわね。こんなところでなにをしてるの?」
その時、呆れたような声が聞こえて振り返る。やはりというべきか、先週お世話になったエリアーナ先輩の姿があった。
「なにか悩み事でもあるの? そういう時こそお姉さんを頼るべきでしょう?」
そう言うと俺の隣、柵に背を預ける格好で微笑んだ。
「……実は夏休み前の期末試験があるってのを知らなくて、昨日まで全く勉強してなかったんだ」
「それは憂鬱にもなるわね。補習で夏休みが潰れるわよ? 誰かに教えてもらうとかできないの?」
「頼れそうなヤツには当たったんだが……皆教えるのと自分のことで精いっぱいだってよ」
「それもそうね。特にこんなギリギリになって教える余裕のある人はなかなかいないでしょうね」
「……なんだよなぁ」
ホント、どうしたもんか。死ぬ気で勉強するしかないんだろうか。
「……はぁ」
「なら、私が教えてあげましょうか?」
現状の厳しさを再確認してため息を漏らすと、エリアーナ先輩がそう言った。
俺は思わぬ申し出にゆっくりと横にいる先輩の方を向く。
「えっ……?」
「だから、私が教えてあげましょうか、って言ったのよ。普段から勉強していれば期末試験は問題ないでしょうし、教えたからと言って成績が悪くなることもないと思うから」
「ほ、ホントにいいのか!?」
俺はここに来て「やっぱ無理」とか言われないかと思い、思わず先輩に詰め寄った。
「え、ええ。一年生の範囲ならまだ簡単な方でしょうし、これでも学年五位には入ってるから」
「ありがとう、助かる!」
俺は先輩が若干仰け反っていることに気づかず、手を取り両手で握って礼を言った。まさかこんなところで教えてくれる人に出会えるとは……。しかも学年五位の成績優秀者だという。これ以上ない助っ人だ。もしかしたら赤点を回避できるかもしれない。
「……これくらい大したことじゃないわ。言ったでしょう、困った時はお姉さんを頼りなさい、って」
エリアーナ先輩は必死な俺の姿にか苦笑して言ってくれた。
こうして俺は試験の六日前に強力な助っ人を得ることができたのだった。