龍好きの先輩
週明けから、いよいよ生徒会体験が始まった。
俺はきちんと場所の変更がないことを確認した上で、昇降口に来ていた。……ここに集まっている人数の数だけ生徒会候補がいて、その数だけ競い合うようだ。
役員は五人なので、今ここにいるのが五十人ぐらいだからその五倍の候補者がいるわけだ。一クラス五十人程度で十クラスあるうちの学校の規模を考えれば、一学年の半数は参加していることになる。二年七割、一年三割ぐらいの割合ではあるが。
……生徒会役員ってそんなに魅力あるんだろうか。
確かに学校を背負う立場になるわけだから、経歴としてはいいのだろうが。
「それじゃあ、庶務の体験を始めるわよ」
昇降口の脇に集まっていた俺達のところに、女生徒の声が届く。談笑していた者達が静まり返って声のした方を向いた。
昇降口の段差に上がって立つ美女は、長い金髪を頭の後ろで結って垂らし、切れ長な紅の瞳を弓形にして微笑んでいる。
現生徒会庶務、エリアーナ先輩だ。
制服姿は初めて見た気がする。レイヴィスを着ている時の布面積の少なさから考えれば新鮮だった。
「と言っても、今年は例年より立候補者が多いみたいだから大人数でできるようにしてあるんだけどね」
先輩はにやりとした笑みを浮かべて後ろの方で突っ立っていた俺と目を合わせる。……? 例年より立候補者が多いのと俺は関係ないと思うんだが?
(((……これ以上二年三大美女を好きにさせてたまるか……っ!)))
なんか怨嗟の声を聞いた気がするが、きっと気のせいだろう。
「ということで、あなた達には校舎中の掃除をしてもらうわ」
なるほど、確かにそれは大人数でやるに相応しい仕事だな。
「いつもなら私が誰もいないことを確認してから雑巾を操って一瞬で終わらせるんだけど。今日明日で担当場所を掃除しましょうか。私がイマイチと感じたら三日目もやらせるから、そのつもりで頑張って」
にっこりと微笑むエリアーナ先輩は可愛いが、言っていることが全く可愛くない。しかしその程度で嫌だと思うなら庶務は務まらない、か。
「生徒会は大半の人が思っているより地味な活動が多いわ。覚悟しなさい、生半可な気持ちじゃ痛い目見るだけよ」
真剣な面持ちで告げた後に、
「ああ、それと。今回は私の独断と偏見で点数制にするつもりだから。もし持ち点の十点から五点以下に下がったら今後の体験に参加することは認めないから」
にっこりと再び微笑んだ先輩。それを見て頬を緩めた者はいなかっただろう。これは気合いを入れて臨まないといけないようだな。
「じゃあ五人ずつ適当に班作るから、協力して割り振られた場所を二日で掃除し切ること。時間は一日三時間以内と決めましょうか。決められた時間、限られた人数で与えられた仕事をこなす。精々真面目に頑張りなさい。じゃあ班と担当決めてくわね」
エリアーナ先輩は前から順に適当な括りで五人ずつを分けていく。割り振られた場所は校舎だったりコロシアムだったりと色々だ。
割り振られていく内次第に結果が見えてきた。これはもしかして、
「……一人余ったわね」
後ろにいた俺が一人になってしまった。数えてみると九つの班が出来上がっている。俺含めて四十六人だったようだ。……わざと俺を一人にさせたような気がするんだが。まぁ無理なく組ませてたとは思うんだが、一人余るとわかったら最後の班に入れるとかあるだろうに。
「仕方がないわね。あなたは一人で体育館を掃除してもらいましょう」
一人で、全校生徒が入る、広大な体育館を、合計六時間で掃除しろと。無理では。
「別に一人で全部やれって言ってるわけじゃないわ。やれる範囲でいいから」
先輩は恨みがましい俺の視線を受けてかそう言って、全員を見渡す。
「じゃあ担当場所に向かっていいわよ。私は順に見回るから。掃除の出来と態度が採点に関わるから、充分注意するように」
念を押して言ってから、生徒達が各方面に散っていく。候補者達がいなくなってから俺も仕方なく体育館へと向かった。……俺にも伸縮自在の魔法が使えれば楽だろうに。
「ルクス、早く行きましょう」
憂鬱な気持ちを抱えていた俺に声がかかる。
「えっ?」
その言い方だとエリアーナ先輩が一緒に来るように聞こえるのだが。
「なんで不思議そうにしてるのよ。体育館を全部やれるとは思ってないから、少し手伝うって言ってるの。もちろん、布を操るような真似はしないわ。あなたのやり方に合わせるから」
できることなら人の手を借りずに達成したいが、先程先輩も言っていたように「決められた時間と限られた人数でどこまでできるか」を把握しないといけない。断って結局終わらず時間内にできませんでした、じゃ話にならないわけだからな。
「……わかった。まぁ全部できるかわからないしな」
「ええ、賢明な判断よ」
先輩は笑って先導するように体育館のある方へ歩き出した。俺はその背中についていきながら声をかける。
「気のせいだったらいいんだが、わざと俺を一人にしなかったか?」
雑談代わりに尋ねてみた。
「ええ、もちろん。あなた、班行動とか苦手そうだし。協調性なさそうだし。加えて周りも敵視されてるし」
エリアーナ先輩は面白そうにそう言っていた。……俺は周囲からそんな風に見られてるんだろうか。確かに普段から謙虚な行動を心がけてるわけじゃないが。むしろ大胆不敵ぐらいで丁度いいとは思ってるんだが。
「そんなに敵視されてるのか」
「そうよ? もしかして気づいてないの? 例年より多いの、あなたのせいよ」
「俺かよ。そんなに嫌われるようなことしたっけな」
「嫌われてる、というより嫉妬ね。なにせシア、セフィア、アンナ、エンアラと立候補したんでしょう?」
愉快そうに笑う先輩の言葉で、ようやく理解できた。
つまりこれ以上二年三大美女との関わりを増やさせないために自分達で立候補、当選したいわけだな。
「随分と下らない理由で立候補してるんだな」
「全くその通りね。だからこそ厳しめにしていいとは言われてるんだけど。多分ここはマシな方よ。会長とイリエラなんか、半分は篩い落とすって張り切ってたくらいだから」
「まぁ不純な動機でやられて、学校の質落とされても困るだろうからな」
「ええ。きちんとこのライディール魔導騎士学校を背負って立つ覚悟と自覚のある者に譲らないとね」
「なるほど。先輩になると後輩育成もしなきゃいけないんだよな」
まだまだ先の話だが、俺が誰に師事するなど想像もできない。一応今までも誰かに気を教えること自体はあったが、それは所謂能力的、技術的な面でしかなく。精神的な面での成長を促す必要がある。そんな大それたことが、自分のことでいっぱいな俺にできるとは思えなかった。
「そうね。この間のクラス対抗団体戦も、今回の生徒会体験も。直接語り合う機会は少なくても二年生はもちろん一年生にも、この学校の生徒であるという自覚を持って、成長できるように全力を尽くす。それくらいはやらないとね」
と言ってもあなたはまだ一年生だから、来年生徒会になったとしても見送る立場だから関係ないけど、とエリアーナ先輩は笑う。……そうか。確かに夏休みが終わった後、いくつかはイベントがあるものの三年生と関わる機会は少なくなっていく。生徒会が代替わりすればもう今の三年生がメインになることは少なくなるだろう。当たり前のことだが卒業して、いなくなってしまうのだ。
「まだ俺には難しい話だな」
「いいのよ、それで。私だって一年生の時には同じように思っていたんだから。あなたにも後輩が出来ればわかると思うわ。特に、個人的に指導する後輩が出来ればその後輩はあなたの背中を見て学ぶのだから」
……俺の背中なんか見ても強くなれないと思うんだが。魔力があまりないヤツなら可能性はあるんだろうか。
「今はわからなくてもその内わかると思うわ。だって、あなたはあの会長を三年間で唯一苦しめた生徒なのよ? あの戦いを見て、来年の新入生があなたにつく可能性は充分にあると思うわ」
それほど影響があれば、あれだけ頑張った甲斐もあるというモノだが。
「着いたわ。掃除用具は体育館の裏から入らないといけないから、こっちね」
話している内に体育館前に着いたようだ。正面の大きな入り口から右に逸れていくと半ばにも扉があり、そこを更に行ったところにまた扉があった。他とは異なり両開きの扉ではない。エリアーナ先輩は右のポケットから鍵の束を取り出すと、ドアノブの鍵穴へと差し込んだ。しかし回すわけではなく鉄の扉に魔方陣が展開されてがちゃりと音が鳴る。……掃除用具の入った部屋にしては随分と厳重だな。魔法で開けるようにしているとは。
おそらく鍵を差し込むことでしか発動しないタイプなのだろう。
「体育館にかかった魔法によって、他の入り口から入るとここに入れないようになっているの。ここには体育館で行っている式に必要な機材とかもあるから、こうして魔法で施錠しているってわけ」
エリアーナ先輩が説明しながら鍵をしまいドアノブを回して扉を開けた。最初は薄暗かったが開いたことで自動的に明かりが灯る。便利だ。
「こんな場所があったのか」
先輩に促されて先に入ってみると、やや埃っぽい部屋だとわかる。体育館を使う機会が少ないからだろうか、あまり頻繁に掃除していないようだ。もちろん道具などは保管されているが、置かれている机や椅子は埃を被っている。
「そこのロッカーに色々入ってるから」
後から入って扉を閉めた先輩の指す先にロッカーがある。近づいて開くと、中には箒や雑巾、バケツなど掃除用具が入っていた。魔法で動く便利用品はなさそうだ。
「そこの壁が通れるようになってるから、そっちから出入りできるわよ。私は他の場所も見ないといけないから、一時間後にまた来るわ。その時までに私が手伝う範囲とかを決めておいて」
「了解」
エリアーナ先輩はそう言うとさっさと部屋を出ていった。忙しい身だからな。その辺りも踏まえて与えられた仕事を割り振らないといけない。
まずはこの広い体育館を一人で掃除した場合、一時間やってどれくらいできるかを確認してみるか。
俺はまず体育館の床を掃除するべく擦り抜けられるらしい壁から顔を出す。……ホントに擦り抜けたよ。外から見たら顔だけ出てる状態なんだろうな。体育館には誰もいなさそうだ。他のコロシアムとかなら放課後自主練を行ってるヤツがいたり、それを見学してるヤツがいたりするからな。体育館で自主練はしないと思ってたが。
「……広いなぁ」
なにせ一学年五百人、合計千五百人プラス教師陣を加えて手狭にならない広さなのだ。これを一人でやれと言うのは無理だ。だが持てる力全てを以って効率良く進めていきたい。
まずは箒がけと雑巾がけだ。顔を引っ込めてロッカーから箒、雑巾、バケツを取り出した。
俺は魔法が使えないが、天変地異を再現する龍気を極限まで弱めて洪水または氾濫の小さな龍を作り出す。表に出てからバケツを置いてその淵に龍を乗せて口から蛇口のように水を出させた。これができないと一々バケツの水を汲みに水道へ行かないといけなくなる。魔法が使えないなら尚更だ。学生のいる校舎なら兎も角、体育館では水道に行くのも面倒だ。
水がある程度溜まってから龍を淵で待機させ、腕捲りをすると雑巾を持って水に手を突っ込んだ。雑巾を解すようにして一応洗いと水分吸収を行ってから上げる。二度畳んでから両手で吸いすぎた水分を絞った。あまり水が多いと良くないので、程好く絞ってからバケツで龍のいない部分にかけておいた。
「さてと」
雑巾はこれでいいが、問題は箒だ。この広さを箒がけしていたら今日の時間がそれだけで終わってしまう。ならどうすればいいか。風系統の魔法からゴミを巻き上げつつ一気に行うことが可能だろうが。
やはり俺なら龍気で代用するしかないか。
そう思い竜巻を起こす龍気を作り出す。形状変化によって龍の姿をしており、体長は一メートル程度と少し小さい。突風を起こす気はないので、これくらいでいいだろう。尻尾の先に竜巻を纏わせ、床すれすれを悠々と行き来してもらう。見事にゴミが尻尾の竜巻へと巻き上げられていった。これなら代用が利きそうだ。
「よし、やるか」
龍に箒の代わりをやってもらっているため、俺が雑巾がけに集中できる。実家でもだらしない親父のせいで俺が掃除などを手伝っていたので、要領はわかっていた。
俺は雑巾を手に取り屈んで木の板横何枚分かを真横に拭く。右から左へ動かした後は少し前に動かして右へ動かす。そうやって地道に雑巾がけをしていった。雑巾を両手で押さえて真っ直ぐダッシュすると、綺麗な場所ならいいのだが汚れが上手く拭き取れない場合がある。丁寧にやるならこの方法がいいだろう。
竜巻の龍には床が終わったら奥にあるステージの周辺などもうろうろしてもらい、ゴミを一つに巻き上げていってもらう。俺は気にせず丁寧に手早く雑巾がけを進めていった。
「精が出るわね」
集中してやっていると時間が経つのが早く、いつの間にかエリアーナ先輩が戻ってきていた。そういや、一時間後ぐらいに戻ってくると言っていたか。実際時計を確認すると集合時間の十六時半から一時間が経過していた。俺がここに来てからは大体五十分ぐらい経ったか。
「ず、随分と進んだわね」
エリアーナ先輩はなぜか動揺したように言った。不思議に思っていると、先輩の視線がちらちらと動いているのがわかる。その視線の先には体育館の二階や天井でもゴミを巻き上げている龍と、バケツの淵でのんびりしている龍がいた。
……そういや、エリアーナ先輩の家は龍信仰があるとか聞いたっけな。
信仰対象である龍に掃除させていることを怒っているのだろうか。小間使いみたいな扱いをしていたらそれは怒るだろう。わかりやすく言えば神をパシリにしているようなモノだ。
「……ああ、そういやエリアーナ先輩の家は龍信仰があるんだったな。気で作ったとはいえ、消した方がいいか?」
「とんでもない! ……こほん。あなたはあなたの力を使って効率良く掃除をしているだけに過ぎないんだから、気にしなくていいわ。それに、本物なら兎も角ただの気でしょう。私個人もあんまり信心深くないから大丈夫よ」
エリアーナ先輩は強く止めた上で、咳払いしてから普段と変わらぬ口調で続けた。
「……」
エリアーナ先輩は意を決したように表情を引き締めると、正面の扉を閉める。その上で他の扉が閉まっていて、窓が開いていないかを確認するように視線を巡らせた。
「……ここで話したことは口外しないと約束できる?」
周囲を警戒しているような様子だったが、真剣な眼差しで俺を見てきた。大事な話なのだろう、俺も気を引き締めて屈んだ姿勢から立ち上がる。
「なんだ?」
「…………触っていい?」
「は?」
聞き返した俺に、先輩は頬を朱に染めて言ってきた。思わず失礼な聞き返しをしてしまったのも仕方がないと言える。
「だ、だから、龍気を触らせて欲しいの」
本人としては勇気を振り絞っているのだろう、顔が真っ赤に染まっていた。
「それくらいなら、別にいいけど」
「よしっ!」
俺が了承すると、エリアーナ先輩は右を向いてガッツポーズをしていた。
「ほら、これでいいか?」
俺は新たに龍気を使う。俺が普段作る時と同じ大きさだ。大体三メートルぐらいだろうか。
「……はぁ」
エリアーナ先輩は龍の方を向いて両手を前に伸ばし、恍惚とした笑みを浮かべてため息をついていた。そのまま悠々と先輩の方へ行く龍にふらふらと歩いていく。
「捕まえたっ!」
届く距離になると、エリアーナ先輩から龍の身体に抱き着いた。心底嬉しそうな笑顔で頬擦りまで始めてしまう。……これはあれか。龍信仰というより龍好きと言うべきか。
「ふふふっ、可愛い……」
全身で感触を味わうよりに抱き締めているため、どこか艶かしくも見えてしまう。舞っている時とはまた別の艶かしさだが。
「……増やそうか?」
「それはダメ! 私が興奮しすぎて死ぬわ!」
俺が遠慮がちに声をかけると、片手を伸ばして制止してきた。……そんなにか。まぁいいや、用事は龍気と戯れたいだけだったようだし、俺は掃除に戻るか。
俺は先輩のお楽しみを邪魔しないように、呆れてため息をつきながら雑巾がけに戻っていった。
「悪い、そこまで雑巾がけしてないからあっちでやって」
「はぁーい」
終いには龍に抱き着きながら床をごろごろし始めたので、せめて掃除が終わった方でやってもらう。素が出すぎてか俺に敬語を使って返事するくらいだ。まぁ、楽しそうなのでいいだろう。舞っている時の綺麗さと今のだらしないくらいの可愛さと、エリアーナ先輩の意外な一面を見られたことだからな。
「……ありがとう、満喫したわ」
一時間ぐらい経ってからか、エリアーナ先輩はどこか肌の艶が増した顔で礼を言ってきた。三十分でいいだろうと思って消した時の慌てっぷりは気の毒になるほどだったが、どうやら満足できたらしい。
「いや、別に大した消費じゃないからいいんだけど。龍なら先輩も第拾番の舞踊で使ってなかったか?」
「……ええ、そうね。ただあの舞踊は全ての属性を使った上で龍を顕現して良しとされる私の家系の秘奥義みたいなモノよ。軽々と使えないわ」
なるほど、龍舞踊をやるには前提条件があるのか。それなら手軽に龍の形を形成できる俺の龍気がいいとは思うが。
「……まさかエリアーナ先輩にあんな一面があるとは思わなかったな」
「……ぜっっっったいに誰かに言ったらダメよ。龍の裁きと称して殺すわ」
怖い限りだ。先輩の舞踊と布による攻撃を見切れるまでは遠慮しておこう。
「とはいえ、あなたのおかげで幸せな一時を過ごせたのは事実よ。龍気が龍の姿を形成できるのは、あなただけなのよね?」
「ああ、多分な。気をなにかの形にできるならやってみる意味はあるだろうけど、そういう前例がないわけだし」
「なら仕方がないわね。今後もあなたに頼むことにしましょう」
「……たまにしかダメだからな。俺だって気を使わないようにしたいし」
できるだけ消費を抑えて溜めておきたい。会長との試合みたいに、何日分も前借りして挑んでいたら今後強敵と戦う度に寿命を縮めてしまう。それなら消費を抑えてストックしておけないかと工夫しているわけだ。
「もしかして、未来に使うはずだった気を使ってたの?」
エリアーナ先輩は顔を顰めて聞いてきた。……はぐらかすのは簡単だが。
「……まぁな。そうでもしなきゃ会長とあそこまで戦えてないだろうな」
「……そこまでして会長に勝ちたかったの?」
「ああ。……これは誰にも言うなよ、さっきの代わりに」
「わかってるわよ。大体、気を使った寿命操作は禁忌とされてるのよ。そんなこと誰にも言えるわけないじゃない」
「俺に他人の寿命を吸う気はないんだけどな」
「でもそれなら、自分の寿命を他人に分けることもできるわけでしょ?」
「まぁ、な」
そういえば、いつだったか死にそうな人に寿命を分けて回復させたような気がする。寿命を奪うような行為でなければ厳密には禁忌ではない。更に言えば、バレなければ問題ない。
「そんな瞬間が来たとして、俺がその人を助けるかどうかはわかんないしな。回復の魔法でも使えればいいが、俺には魔力がない。俺にできることは他の人より少ないんだ。できる中での最大限をやるしかないだろ?」
「……それは、そうね」
俺が言うと先輩は微妙に納得し得ないという顔だったが頷いてくれた。怪我した人を助けるより、怪我をする前に助けた方がいいに決まっている。怪我をするという痛みをその人が受ける前に助けてやれるならそれが一番だ。
先輩は俺の方に向かって歩いてくる。対峙して話そうということだろうか。
「あなたはなんでそこまでして戦うの」
真摯に俺の目を見つめてくる。
「もちろん、俺の強さを証明するため――」
「嘘よね」
適当に誤魔化そうとしたが、ばっさりと切り捨てられてしまう。……どうしたもんか。正直に本音を打ち明けるのは躊躇われる。というか恥ずかしい。随分と身勝手な、カッコつけた話だからな。
エリアーナ先輩に睨まれるような状況になり、どうするか考えながら頭を掻いた。
「言いたくないなら言わなくてもいいけど、私は聞きたい。あなたのことが知りたい」
真っ直ぐな言葉だった。逃げ場がないように感じてしまう。
俺は一つ嘆息し、観念して話すことにした。俺ももしかしたら、いつか誰かに打ち明けたかったのかもしれない。それがエリアーナ先輩になるとは全く思っていなかったが。
とはいえ誰でもいいわけではない。信頼に足る人物だと思ったから打ち明けるのだ。
ただ気恥ずかしいのは変わらないので、頭に手をやったまま明後日の方向を見て告げた。
「……落ちこぼれの俺が会長にここまで戦えたんだから、俺より才能のあるてめえらが胡坐掻いて諦めてんじゃねぇよ、って伝えたかっただけだ」
自分が勝てないのはわかり切っていた。なにせ俺は会長の持つ力の内半分しかないのだから。負けるのは当然だ。あれだけ無茶に無茶を重ねたところで勝てなかったのだから、元々勝算はないに等しかった。それでいい。それが普通だ。それが当たり前のことで、会長が最初から全能力を解放していたら手も足も出なかっただろう。事実、会長は俺と戦っている時あまり魔法を使わなかった。無論会長が徒手空拳で戦うタイプだからというのもあるが、気は兎も角魔法に関しては全てを費やしていたとは言えないだろう。
それがわかるからこその完敗。もっと強くなる方法を探している。
「……そう」
エリアーナ先輩は優しげに微笑んでいた。初めて人に言ったせいか顔が熱い。やっぱり言うんじゃなかった、という後悔が俺を襲っていた。
エリアーナ先輩の方を向けずにいると、ぽんと頭に手が置かれる。
「偉いのね。よしよし」
先輩は微笑を浮かべたまま俺の頭を撫でた。子供扱いされたことよりも安心感があったことを隠すために、
「……なんだよ」
精いっぱい不満そうな声を上げる。
「いいじゃない。頑張った子にはご褒美が必要でしょ?」
「こんなことならいらないんだが」
「そう言わずに大人しく受け取りなさい。たまには年上のお姉さんに甘えるのも必要よ?」
なぜか満足そうなエリアーナ先輩だった。
逃げるのも躊躇われてじっとしていると、やがて手を放してくれる。やっと自由になったかと思ったら、
「よし」
という声が聞こえたかと思うと後頭部に手を回され、そのまま引き寄せるように俺の頭を胸元に呼び込んだ。必然、俺はエリアーナ先輩の豊かな胸元に顔を突っ込むことになる。
柔らかいやら甘いいい匂いがするやらで頭が真っ白になった。……一昨日も同じようなことがあった気がするんだが。
「……あなたの頑張りはきちんと周りに伝わってるわ」
そのまま構わずに頭を撫でてくる。このまま顔を埋めていたいという邪な気持ちと安心感で動けなくなった。
「あれから放課後に自主練習をする生徒が増えたのは知ってる? 休日にもコロシアムの貸し出しを願い出る生徒が増えたくらいに、影響されてるの。もちろん全てがあなたのおかげ、ってわけじゃないだろうけど。例年以上に気合いが入ってるのは間違いない。それはきっと、今回最後の戦いであなたが一つの可能性を見せたから。気を極めれば“天才”ともあそこまでやり合えるんだって、あなたが見せてくれたから」
「……なら、頑張った甲斐があったな」
「ええ。あなたの戦いを見て頑張らないとって思った人は多かったのよ。あれね、尻に火が点いたってヤツ」
「……そうだと、いいな」
「そうに決まってるわ。だって、私がそうだもの」
「……」
「けど残念だったのは、会長にも火が点いちゃったことね。『落ちこぼれがあそこまで強いんだったら、俺はその十倍強くなんないといけねぇな』って言ってたから」
……十倍ってなんだよ。そんなん人類の強さ超えてるじゃねぇか。
「……でもまぁ、誰かに伝わったならいいかな」
「ええ、充分伝わってきたわ。ありがとう、ルクス。あなたの頑張りは皆を動かしたのよ」
「……そっか」
心地いい言葉を聞いて、すっかり動揺がなくなってしまった。あるのは安心感だけだ。
その後は話もなくただそのままの体勢だった。俺達が我に返ったのは校舎内から立ち去るようにアナウンスがあったから、つまりは今日掃除するための時間を全て使ってしまったのだ。
気恥ずかしさが今になって湧き上がってきたのか、頬を染めながら平謝りしていたが、お互い様ということで不問した。
また今日のことは互いに誰にも漏らさないことを約束した、のだが……。
……まぁ、翌日閉め切った体育館でエリアーナ先輩と二人きりでナニをしていたのかという噂が広まったのは言うまでもない。
要は体育館に入っていくエリアーナ先輩を見た生徒がいて、加えて扉を全て閉めた後で(俺の龍気を抱いて)悶えるエリアーナ先輩の声を一部聞いた生徒がいたらしい。
それらが合わさって悪い方向に誇張され、色々と憶測が飛び交ったのだろう。
もちろん、クラスメイト達から殺意を向けられたのも言わなくていいだろう。