夏休み前
今朝更新していますので、念のためご注意を。
※本日二話目
校内団体戦から四日寝ていた俺が目覚めた翌朝。……つまり五日後ってことだな。
「まず、ルクスも今日から授業に出られるようになった」
アリエス教師は朝のHRで開口一番にそう言った。朝少し早くアイリアに連れていかれて、アリエス教師に挨拶しに行っていた。もちろんその後教室に顔を出したから、クラス全員の知るところではあるんだが。
「ようやくクラス全員が揃ったからな。重要な連絡からするぞ」
どうやら俺が復帰するまで保留にしていた連絡があるらしい。全員に関係のある連絡なのだろう。
「まず、校内団体戦は準優勝だったわけだが。よくやった、お前達。正直ここまでやるとは思わなかった」
アリエス教師はいつもより若干柔らかく笑みを浮かべて告げた。クラスメイト達は彼の大戦の英雄に褒められて嬉しいのか、顔を見合わせて喜んでいる。出場した当の本人達で喜んでいる者は少なかったが。……まぁ多分、強い人達と戦ってそれぞれ思うところがあるからだろう。
「当初の見立てでは準決勝までいければいい方だと思っていたのだが、予想より勝ち進んだことは評価してやる」
しかし、とアリエス教師は鋭く目を細めてクラスメイトを見回す。ざわついていた教室が静まり返った。
「……わかっているとは思うが、決勝戦の後に襲来したあの蜥蜴。お前達ではあれに勝てない」
彼女の言葉に空気が少し沈んだ気がした。もっとも、俺は実際に見たわけではないのでその恐怖感というか、実際のところ体感したわけでもない。災厄の化身だとか国一つをあっさりと滅ぼせる強さだとか、知識としては脅威と認識してはいる。
しかし実際に対面してみないとその圧倒的な魔力量などを体感できない。その点で言えば気絶していたことが恨めしくもあったが。
「ここはライディール騎士学校だ。校内の相手に目を向けるのもいいが――本来の目的は外敵から国を守る騎士を育成することだ。つまり時と場合によっては、お前達があれと戦い撃退しなければならないということだな」
よく言って聞かせるように、アリエス教師は話を続ける。
「と考えたら、だ。まだ強くなる必要があることはわかるな? 無論、あれを倒すのは三年でも無理だが。今はまだな」
確かに、会長達なら今は無理でもいつかやってのける気がする。
「そこでだ。お前達も知っての通り、あと一ヶ月半ほど経つと夏休みになる」
神妙な面持ちで話を聞くクラスメイト達に向けて、アリエス教師は不敵な笑みを浮かべた。
「夏休み、もしお前達が望むなら特別訓練を課してやる。私が、直々にな」
「私が直々に」という部分をやけに強調して告げる。まぁ、アリエス教師直々に訓練してもらえるなら俺も大歓迎だ。一回本気で戦ってもらうだけでも充分学ぶことがあるはずだ。
そう俺がわくわくしているのを見越してか、
「ルクス」
アリエス教師が俺の名前を呼んだ。続けて、
「アイリア、フィナ、リーフィス、リリアナ、イルファ、オリガ」
皆団体戦に出場したメンバーだ。共通点は思い浮かばないが――ああそうだ。“問題児”達だな。
「お前達は正直、私よりも適任がいる。お前達は特殊すぎて私の手に負えん――わけではないが。お前達みたいな特殊なヤツはその道の専門家に任せた方が伸びやすいだろう」
受けてくれるかはわからないが、話は通してやるとのことだった。……俺にも専門家がいるのか。つまり気が得意なヤツってことだよな。誰だろうか。アリエス教師の知り合いにそんな人がいたっけか?
「……いい」
そんな中、首を横に振って断ったのは俺の膝の上に座るフィナだった。……なぜかというか、アイリアが昨晩話してくれたように、片時も離れようとしない。心配してくれるのは嬉しいんだが、目覚めたならある程度自由にさせてくれてもいい気がするんだけどな。
「そういうお話なら、私もお断りします」
意外と言うべきか、アイリアも小さく挙手して断っていた。
「ああ、お前達二人はそれでいい。元々お前達に関してはお前達の父親にでも話を通そうかと思っていたからな」
「「……」」
アリエス教師は答えがわかっていたかのように頷く。父親という言葉に二人はぴくりと反応していたので、おそらく図星だったのだろう。……アイリアの親父さんに関しては知らないが、フィナの方はわかる気がする。おそらく魔人としての能力に関して師事を受けるなら、同じ魔人がいいということだ。
「それで、訓練の話に戻るが。やるならみっちりやるから覚悟しとけよ? 言っておくが私の授業外での訓練は厳しいからな。途中退場は認めない。後日参加不参加の用紙を配布するから、夏休みを返上して強くなりたいヤツだけ参加しろ」
クラスの雰囲気を見て大半は参加するんだろうな、と思いつつ眺めていた。
「さて、もう一つ報せがある。夏休み明けに生徒会戦挙がある。次期生徒会を決める大事なイベントだ。会長、副会長、書記、会計、庶務の五人の団体戦を繰り広げて戦った結果と会長候補の演説の合計得点で決まる。ということで、一部の二年生や同じ一年生からもあったか。兎も角お前達の中に会長に立候補した生徒からの勧誘が届いている。一人ずつ呼ぶから前に来て取りに来い」
そうして一人ずつ名前が呼ばれて勧誘の用紙が手渡されていく。一番多かったのはアイリアだったが、俺にも二人の人物から勧誘が来ていた。
「せいっ!」
一枚は受け取った瞬間破り捨ててやった。
「……お前な」
「……ゼアスからだったんだよ、仕方ないだろ」
アリエス教師に呆れた目で見られ、言い訳を口にする。……あいつが会長やって、俺が庶務とか嫌に決まってるだろ。なんで俺があの野郎の下につかなきゃいけないんだよ。
もう一枚は知り合いからの勧誘だった。こっちも庶務の任命だったが、あの野郎からの勧誘とは桁違いだった。俺が生徒会だなんて全然思いもしてなかったが、まぁ普段やらないことをやるのもいいのかもしれない。
「休み明けの生徒会戦挙に向けて、来週の放課後から今の生徒会の仕事を体験することができる。そこで仕事を学びつつ、生徒会戦挙に本当に参加するかどうか決めるというわけだな。立候補自体はもう始まっているが、報せが遅れたのはルクスのせいだと思ってくれ」
俺のせいにするなよ。
「一年生でも会長に立候補はできるからな。戦挙に出るにはさっき言った五役が必要だ。今週は勧誘合戦になるからな――学校が荒れるだろう、気をつけろ」
今年から入学した新参者達に対して、アリエス教師が真剣な眼差しをした。
……いや、流石にそんなに酷いことにはならないだろ。
と思っていた俺は数分後、その考えを改めることになるのだった。
「アイリアさん是非うちの生徒会に入っ」「ずりぃぞ俺達が先に声かけただろうが」「アイリアさんなら会長にもなれるわ是非私達の会長に」「会長は推薦じゃなくて立候補ってルールだろうが」「さぁアイリアさん、こんなバカ共は放っておいて私達と」「抜け駆け禁止!」
などというやり取りが、押し寄せた二年生によって繰り広げられていた。
「んだとごらぁ!」「やんのかおらぁ!?」「死ねぇ!」「てめえがなぁ!」
などという物騒なやり取りの後、魔法を撃ち合おうとしていた。……おい。
「お断りします」
まぁ、アイリアのそんな一言で大人しく引き下がってくれたのは良かったが。
朝のHRが終わって早々これだからな。放課後になったらもっと遠慮がなくなるのかもしれない。
このクラスで競争が激しいのは、アイリアとフィナだな。フィナは「……興味ない」「……あっち行って」「……嫌い」の三段活用できっぱり断っていたので、多分大丈夫だとは思うのだが。……めっちゃしつこい勧誘は三番目の「……嫌い」で撃沈させてるしな。
前はもう少し柔らかかったような気がするが、やっぱり決勝戦後に魔法で俺が撃たれた時のことを気にしているのだろう。それについてもきちんと話して言い聞かせておかないといけないかもしれないな。
ともあれ、こうして残り僅かな一学期の日々が続いていくのだった。