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禁気の刃使い  作者: 星長晶人
第三章
113/163

ルクスの意地

遅くなりました

『禁気』は約五カ月振りの更新となってしまい、申し訳ありません

もうちょっと短くなる予定だったのですが、思いの外長くなってしまい更新を先延ばしにしてしまいました

自分の作品全体でも一ヶ月ぐらい更新していませんでしたね、申し訳ありません

 九つの気の融合で自身を強化した会長と、黒気を発動した俺は真っ向から殴り合いを始めていた。


 俺の目の前にいる、嬉々とした笑みを浮かべて殴りかかってくる見た目の幼い少年。普段のおどおどしている時とは人が変わったように見えた。

 「ように見える」のも当然だ、実際に人が変わっている。


 チェイグによれば、入学当初会長は稀代の天才と称される才能を持ってSSSクラスに入学を果たしたが、その心優しく気弱な性格が災いしてまともに対人戦ができなかった。

 そこで担任教師に相談したところ、戦闘用の別人格を作ってみては、となる。……その時点で担任教師も余程あれな感じだが。三年SSSクラスの担任教師はアリエス教師も認めるほどの天才であり、見た目は白衣を着た冴えない男性だが戦闘力は皆無であれど開発、発想に関しては天才だという話だった。

 事実、こうして会長は別人格を作り出し成功している。


 心優しく気弱な人格から、痛みを与えられることをトリガーとして荒々しく戦闘狂な人格へと変化する。


 これを聞いた俺は初撃必殺を実行してみようとぶん殴ったわけだが、まぁ予想通りこうして失敗に終わっていた。


 黒気を使って全力全開で殴り合ったのは、親父を除けば初めてな気がする。


 下から突き上げた右拳が避け損なった会長の左肩を直撃する。確かな手応えはあったのに、会長はすぐに体勢を立て直して殴り返してきた。


 意地と経験と忍耐の成せる業だ。


 痛みだとか、相手が気での格上だとか、そんなことは気にせず戦っている。加減なく自分の全力で俺を倒そうとしている。

 しかし今はまだ、全力で叩きのめす下準備をしているだけだ。黒気を使った俺の実力を肌で感じるため、同じ土俵で戦っているに過ぎない。


 なにせ相手は稀代の天才。俺と違って魔力の素質も桁外れの領域にある。


 今の会長を超えずして、全力全開の会長を超えることなどできはしないのだ。


 何秒、何分、何発殴り合っただろう。


「いいじゃねぇか」


 会長が口端を吊り上げて笑う。その顔にそんな笑っている余裕があるのかとばかりに右拳を放った。


「アクセル・ギア。ヒートアップ。フィジカル・ビースト」


 会長は素早く唱えた三つの強化魔法により、あっさりと俺の拳をかわす。おまけとばかりに小柄な体躯で俺の腹に蹴りをくらわせてきた。どすっ、という重い衝撃が腹部から背中まで突き抜ける。呼吸が止まり、思わず数メートル後退してしまった。

 なんとか半ばで踏み留まったが、気を抜いたら確実に壁まで吹き飛ばされてしまいそうだ。けほっ、と一つ咳き込んでから会長を見据える。


「これでたぶん同等程度だろうが、こっからさらに上げてくからな?」


 強化魔法がたった三つしか使えないということはない。会長は続け様にいくつか魔法を唱えていく。数えるのはやめた。バカらしくなりそうだ。

 会長は俺と違って魔気が意味を持つ。俺の場合魔気を使えるようにするのは黒気で相乗効果を増すためだ。会長なら魔気でただでさええげつない魔法をさらに高めることができる。


 くそったれの天才め。


「さぁ来いよ、一年坊」


 余裕の表情で構える会長に対し、俺は真正面から突っ込んだ。


 左右の拳脚を使って会長に挑みかかるも、全て見切られいなされてしまう。

 まだまだ余裕があるようだ。全力の黒気で対抗できないとなると、俺にはもう打つ手がない。


 開始早々、俺は会長の天才さに敗北感を味わってしまった。


 ここまでは今まで会長が戦ってきた相手と一緒だ。こいつには敵わないと、勝てるわけがないと諦める。

 いや、戦う前からわかっていたはずだ。俺が会長に敵わないことなんか。自分が本当に落ちこぼれていることなんて、十五年も生きていれば十分に理解できる。


 だとしても、このまま諦めて、引き下がっていいわけがない。


「テレスト・ファーヴ」


 だが天才にとって俺の心情など知ってたことではないのだろう。一定時間自己強化を行う魔法を唱えて、反撃に出てきた。

 防御しようと交差した両腕が、たった一発のパンチで弾かれる。腕が持ってかれたかと思うほどの衝撃だ。俺は身体が流れていくのをどこか他人事のように感じながら、選択肢を誤ったことを認識した。


 会長が小さな拳を構えているのが見える。その先はよく見えなかったが、腹部にやってきた衝撃と懐に入られているのを目にして、殴られたのだとわかった。


 飛んだと思った次の瞬間には背中が硬いモノにぶつかり、身体が埋まる。会長の姿がやけに遠く見えていた。


 壁まで吹き飛ばされてめり込んでしまったらしい。活気で回復後に再度突撃を――と思っていたら、黒気が消えてしまった。

 気が尽きてしまったらしい。全力の殴り合い中に忘れていた疲れが、一気にのしかかってくる。身体が重く、もう目を閉じて「やっぱり勝てませんでした」と諦めたくなってしまう。


「俺をここまで到達させてくれた、特別サービスだ」


 動かない俺を見てか、会長はなにやら両手を胸の前に持ってきて、手と手の間に気を集中させていく。なにをするつもりだろうか。


「今展開している気に加えて、俺が使える全部の気をぶち込んでやる」


 にやりと笑って告げたセリフに、俺は会長がなにをしようとしているのか察した。察してしまった。


 ――黒気を発動させる気なのだ。


 今使っている剣魔狂獣装錬硬闘鬼。残るは戦気、衝気、破気、龍気、仙気、王気、活気。活気は例外なので今は置いておくが。


「まずは戦気と衝気と破気だな」


 今纏っている多色の気に加えて、新たに三色が混ざり合う。気の融合は崩れなかった。


「残念だが龍気と仙気は使えなくてな」


 霞んだ視界で、多色のオーラが混ざり合う光景を目にしていた。


「あとこれは先輩からのアドバイスだ、一年坊。王気ってのはな、王族だけが使えるわけじゃねぇ。民主主義国の指導者まで使えるようになったっつう事例に説明がつかねぇからな」


 会長が言葉を紡ぐ中、多色のオーラに金色が混ざり始める。


「王族が使えるから王気っていうのが由来なのは間違いねぇ。だが、王気ってのはな、人の上に立つ素質のあるヤツが使えるもんなんだよ!」


 観衆と対戦相手が注目する中で、会長は全力を注いで黒気を完成させようとしている。成功すれば、現在確認されている中で俺に次いで世界で二番目の黒気の発動者となるわけだ。


 しかし会長の発する気は綺麗な多色のままで、黒一色に染まっていかない。……憎悪が黒に染めてしまったからだという理由で黒気が出来たなら、今の会長には無理だろう。ただ気の実力としては俺と同等以上なので、同質の気を発現することは可能なはずだ。


 仮に黒気の発動条件が、一定以上の気の実力と、|生涯を賭してでも成し遂げたい目的・・・・・・・・・・・・・・・・があることだとすれば。


 俺が復讐心に駆られて黒気を発現したことにも説明がつく。なにより、どの仮説が正しいのかはこれから会長が証明してくれる。


「ぐっ、う、おおおぉぉぉぉぉぉ!!」


 一向に黒へ変わらない自らの気に焦りを感じたのか、気を大量に掻き集めて無理矢理混ぜ合わせようとする。衝動的に開花した俺とは違って、意識的に作り出そうとしている。偶然到達した黒気に対して、条件さえ整えば確かな道が開けることを証明するかのようだった。まさに次世代を担う天才に相応しい所業だ。


「俺が、ここで可能性を見せてやる――!」


 そう会長が吼えた瞬間、歪に混じり合った気は一つに溶け合っていく。


 その時会長がなにを思っていたのか、俺にはわからない。それでもなにかしたらの信念があったことは確かだろう。


 溶け合った瞬間に光が零れ、旋風が巻き起こる。


「……くそ、ったれめ」


 今日何度目かの悪態をつく。


 傷つき倒れた状態で、おそらく最も近くで会長の全ての気の融合を、肌で感じていた。


「……化け物だ」


 思わず呆れて笑みを零してしまうほどに、バカげた強大さだった。

 これまで傾倒してきた、するしかなかった気において、同年代で負けるとは思っていなかった。自信があるといえばそれくらいだったのだが。


 そんな俺唯一の自信さえも一笑に伏す。


 圧倒的なまでの才能というのは、他者にとってこれほど酷な影響を齎すのか。


「……」


 光と旋風が収まると、そこには輝くような透き通った黒いオーラを纏う会長が立っていた。


 俺のように禍々しい黒ではなく、帯の束のようなモノもなく、純黒と呼ぶに相応しいオーラを纏っている。

 不覚にも見蕩れてしまった。同じ気でも、これほど見た目に差が出るのかと。


「これが、黒気か。凄ぇな。今ならなんでもできそうだ」


 会長は自らの両手を見下ろして、呆然と呟いていた。……黒気だからできることはあまりない。俺なら形状変化が起こるせいで変な付属品もあるが、黒気に至ったからこれができるようになる、という明確なモノはないはずだ。融合させた全ての気の効力が格段に上昇する、というくらいだろうか。


 会長は続けて先程かけた強化魔法をかけ直す。黒気によって格段に効力の上がった魔気で強化された魔法だ。もうなにがなんだかよくわからないが、とりあえず本来の魔法とは次元の違う効力を持っていると思われた。


「立てよ、一年坊。それとももう降参するか?」


 準備を終えた会長が、悠々と声をかけてくる。レフェリーがこちらを離れた位置から覗き込んできて、俺に続行の意思があるか確認してきた。


「……ったく」


 俺は仕方なく、ボロボロの身体で崩れた壁の中から起き上がる。もう気が僅かも残っていない。


 今日の俺では、勝てなかった――だから、諦めるとでも言うのだろうか?


 今日勝てなくても明日、明日勝てなくても明後日。


「降参なんて、するわけねぇだろ……っ」


 口元に滲んだ血を手の甲で拭って、俺は笑う。同時に一日分の気を前借りして黒気を発動させた。ボロボロだった身体が活気の効力によって全快していく。


「いい度胸だ、一年坊」


 会長はにやりと笑って拳を胸の前で打ち合わせると、


「回復の気は持ってねぇな、そういや。いくら黒気の段階で上回っても、油断はしねぇ。ハートウォーム・ヒーリング。これで俺も怪我がすぐ治るってわけだ」


 持続性のある回復魔法を使って俺と同条件にしてきた。わざわざ俺の土俵で戦おうとしてくれるのは、天才の余裕だろうか。


「だが――これじゃあ勝負にならねぇぞ?」


 会長は微かに失望していた。……確かにな。今の俺じゃあ、黒気を発動しても足りない。


「……お前に、魔力があればいい勝負になっただろうにな」


 俺が黙っていたからか、会長は憐れむような視線を向けてくる。……見慣れた目だ。今まで何度も向けられてきた、魔力がないことを憐れむ視線。俺の実力を認めてくれたからこそ、またそこへ戻ってしまう。


「ライトニングランス」


 ばりばりばりっ! 猛々しい放電が吹き荒れて、無数の槍が形成される。

 会長の理不尽な魔力の質に、黒気で強化が加わった魔法だ。一つ一つが直撃すれば即死級の威力を誇っているだろう。魔法の弾幕を張られれば、対処しようにも一発受けて倒されること間違いなし、か。


「……理不尽で結構だ」

「あ?」


 ぼそりと呟いた俺の声に、会長が怪訝そうな顔で聞き返す。


「理不尽で結構だ、っつったんだよ。俺にとっちゃ魔力も気も持ってる恵まれたヤツらが毎回相手なんだ。いつでもバトルすりゃ理不尽な相手になるわけだからな」


 魔力があれば良かったのに? 俺に対する常套文句だ。今まで何回言われたかわかんねぇし、これからも言われ続けることだろう。


 けどな、それを誰よりも俺が望んでる!


「俺はどうしようもできない落ちこぼれだからな。誰とやったって不利なのには変わりねぇんだよ」

「つまり、なにが言いてぇ?」


 会長の問いに、俺は胸を張って答えた。


「いつだって下剋上!」


 同時に四日分の黒気を前借りして発動させ、無数の束で会長の魔法を貫いた。


「……はっ。上等だ、受けて立ってやるよ!」


 面白い、とでも言いたげな笑みを浮かべた。


 戦闘再開、二人同時に駆け出した。ほぼ一瞬の内に互いの中間地点で激突する。


 右拳同士がぶつかり合い、互いに弾かれた。俺の方が若干大きく体勢を崩されてしまう。会長はその隙を見逃さず、横っ面を殴ってきた。脳味噌が揺れたせいか視界が歪み、拳打によって頭の中で火花が散った。

 ――まだ足りない。

 怯んでいる余裕はない。すぐに顔を上げて会長の追撃に備えた。腹部を狙った蹴りに対し両の掌を重ねて受けるが、数メートル後退させられてしまう。飛びかかってくる会長を見てから、黒気を五倍から七倍まで跳ね上げて加速しカウンター気味に顔面へと拳を叩き込んだ。後方の壁まで吹き飛ぶ小柄な身体だったが、すぐに砂煙から飛び出してくる。

 ――もっとだ。もっと力を。

 全然足りない。こんなんじゃすぐ会長に追いつかれてしまう。


「お、おおおぉぉぉぉ!!」


 咆哮し、黒気を十倍まで持ってくる。……これ以上上げると持たないからな。全身常時黒気発動状態でバカみたいに倍率上げると身体に負担がかかりすぎる。


 会長に勝つには後のことなど考えてられない。しかし、俺が会長との戦いで成し遂げたいことは、その先にある。


「凄い執念だな。……認めてやるぜ、ルクス(・・・)。お前は強い。俺はお前を、真っ向から倒す!」


 ……強いって認められるのは、嬉しいんだが。

 しかも天才の代表とも言える会長からの言葉だ。嬉しくないわけがない。

 天才なのに努力をしている人からの言葉だ。歓喜が込み上げてきていた。


「……会長は、なんのために努力してんだ?」

「あ?」


 急にそんなことを聞いたせいか、怪訝そうな顔をした。しかしがりがりと頭を掻きながら答えてくれる。


「……一年は知らねぇのか、てめえが知らねぇのか。まぁもう公言してるからいいんだけどよ」


 まるで俺が無知だとでも言いたげだ。心外だな。


「俺は生まれつき魔力の質が高かった。気の潜在能力が高かった。実戦経験も訓練もなく、ただ才能だけでこの学園のSSSクラスに選ばれた。周りから進められてここ来たんでな、明確な目標があったわけじゃねぇよ」


 疎まれそうだな、と思った。

 苦労してない人間なんて滅多にいないとは思うが、会長は苦労がつき纏うような才能を持って生まれてしまったらしい。


「だがある日俺は頂上を目にした。凄かったんだぜ? ドラゴンが瞬殺だった。その時それをやった英雄が言ったんだ」


 意味ありげに俺を見ながら、いや俺の髪を見ながら語る。


「『そんな凄ぇ才能持ってるんなら、俺なんてあっという間に抜いちまうだろうな』ってよ」


 会長はどこか優しげな笑みを浮かべていた。


「最高の英雄が、俺にも英雄になれるって言ったんだ。俺はどうしても苦手なことがあるからって、潜在能力の高い俺がどこまで行けるか楽しみだって言ったんだ」


 仄かに目を輝かせて話している。そうしていると、夢を語る少年のようだった。


「俺は天辺を目指す。最強とかそんなんじゃない、人類の最高到達点を目指す。俺自身が、人間が到達した最高地点となって人類の可能性を示す」


 なんとも壮大な夢だ。

 自分が人類の可能性の体現者になるだなんて、俺には到底口にできない。落ちこぼれだしな、しょうがない。


「そうか、随分壮大な夢だな」


 そう返すしかなかった。そんなこと、才能溢れる会長にしかできない所業だ。


「そうか? ま、これが俺にできる最善だと俺が思ったんだ。やってやるさ」


 気負ってもいない。責任を感じて押し潰されることもなく、純粋に人類の限界を目指している。


 誰かに言われたからやるのではなく、自分がやりたいからやるのだ。


「……あんたは凄いな、会長。俺にできることなんて――」


 落ちこぼれだなんだと自虐して、限界だなんだと決めつけて、努力をやめたバカ共のケツ叩いて火ぃつけてやることくらいだ。


「ここで、あんたを倒すことぐらいだ……!」


 いつも通り不敵な笑みを浮かべて、これまで通りの俺として戦いを挑む。


「いい度胸だ一年坊! 決着といこうぜ!」


 会長は額面通りに俺の宣言を受け取ってくれたようで、にやりと戦闘狂の笑みを浮かべる。


 二人同時に駆け出して、何度目かの激突を果たす。


 こっからは意地と意地のぶつかり合い、どっちの心が折れるか、どっちの身体が限界を迎えるかの勝負だ。


 ……ああ、くそ。強いな、会長は。


 激しい殴り合いの最中、俺はぼんやりとそう思った。

 会長が俺に対して告げた言葉とは意味合いが違う。こいつには敵わないと、俺はもう思ってしまっている。

 だからどうした。会長が強いからってそのまま諦めていい理由にはならない。


 ……そうやって意地張ったって、俺の根本的な弱さが変わるわけじゃない。


 会長の拳が諸に入って、俺は仰向けに吹き飛ばされる。


 揺らぐ視界の中で、包帯身体中に巻いた痛々しい姿のシア先輩が見えた。


『正直勝てる気がしないもの』


 シア先輩は初めて会った時、会長との戦いについてこう言った。


 ……ふざけるな!


 俺は追撃に来た会長に対し、上体を起こして頭突きをかました。


 俺が勝つ気で戦うように言ったからいいものの、そのまま戦っていればシア先輩の糧にならないし、会長への侮辱にもなりかねない。

 勝負の前から勝てないことがわかっていて、諦めるのは当然だ。

 だがな、それでも抗うのが挑戦ってヤツだろう。


 挑戦し続ける意義を、ただで負けることを良しとしない弱者の意地を、俺がここで見せてやる。


 会長が後退して、再び仕切り直す。


 獣気が混じっているせいかもしれない。殴られすぎて意識が半分吹っ飛んでいたからかもしれない。

 ただ無心に、反射と膂力だけで戦っていた。


 考えるより先に動かないと手が届かない。


「……ごほっ!」


 どれだけ戦っていたのだろうか。会長の放った拳が俺の腹部を直撃し、その直後に俺の黒気が解けてしまった。

 喉からせり上がってくる吐き気を堪えられずに吐血する。口中に錆びた鉄の味がこべりついた。


 今日既に一度味わった、気の尽きた脱力感に苛まれる。


 意識ももう掠れて、瞼も重い。このまま倒れて寝てしまえば、楽になれる。


「……あぁ。やっぱ勝てなかったか」


 声援も飛び交う中で、なぜかその言葉だけが妙にはっきりと耳に届いた。


「……ふ、ざけて、やがる」


 自分の身体に僅かな力が戻ったのを感じる。口を動かし、だんと力強く前に一歩踏み込む――と同時に黒気を十倍で発動させた。勝負が終わったかと思っていたのか、会長は余波で後退する。地面がヒビ割れて陥没した。


「てめえ、なんでそこまで……」


 会長はまだ戦う気を見せた俺を、驚愕して見つめる。


「……やっぱ勝てなかったとか、バカなこと言いやがるアホがいるからな」


 口元に笑みを浮かべ、活気で治った後の血を拭う。


 自分の弱さを見つめることは大切だ。強くなるには自分のできないことを見つめる必要がある。


「自分の弱さを認めるのはいいことだ。人が強くなるには、そっから始めなきゃならねぇ」


 しかし、ただ弱さを見つめるだけで強くなれるわけがない。


「弱い自分を見つめて、自分の弱さを受け入れて、それでも強くなろうと足掻いてるヤツだけが、強くなれるんだよ」


 勝てないからと諦めて、勝つための努力を怠り才能がある癖に胡坐を掻いてるヤツばかりだ。


「……はっ。落ちこぼれだからこそ言える言葉だな」


 落ちこぼれという言葉に蔑むような声音は感じられず、どこか面白そうであった。


「そうでもねぇよ」


 努力を怠らないヤツなら誰だって思う、当たり前のことだ。だがそんな当たり前のことさえ、圧倒的強者の前では忘れて頭の隅に追いやってしまう。

 だから俺が――


落ちこぼれ()天才(あんた)を超える」


 圧倒的弱者として生まれたはずの俺が、それを思い出させてやらなければならないのだ。


 不敵に笑って、気を二倍に膨れ上がらせる。元来の二十倍もの黒気だ。


「ははっ! まだ上がるか! いいぜ、やってやる! 死力を尽くせよ、ルクス!」


 会長が最高だとばかりに笑って、俺達はまた激突する。


 最初に直撃を入れたのは、俺の方だった。……二十倍もの黒気に耐えられる状態じゃない。早めに決着をつける必要があった。少しでも持続回復に魔力を浪費させて、会長が先に力尽きるのを狙うしかない。

 ただでさえ限界を超えて未来に持っていたはずの気を消費してるんだ。これ以上、死力を尽くすもなにもない。


 激化する拳の応酬。互いに己のできる全てを絞り出していく。


 確かな手応えが、俺の拳には残っていた。


 ……届く。二十倍まで使えば、今の会長に俺の拳が届く。


 それでも圧倒的に叩きのめせないのが、会長の強さを物語っている。今までなら黒気を発動するだけで相手より優位に立てた。今はそれがない。どれだけ頑張っても、必死になって戦っても俺が大差をつけて勝つことは難しいだろう。勝てたとしても、明日以降無事でいられる保証がなくなってしまう。


「黒龍っ!」


 一気に畳みかけるべきだと踏んで、両の拳に黒い龍を宿した。後方へと尾が流れる。左右に構えた拳をぎゅっと握り締め、脚を開いて腰を落とした。呼吸を止め、一心不乱に拳打を放つ。

 殴って吹き飛ばすまでの僅かな瞬間に、十何発もの拳を叩き込んだ。


 壁まで飛ばしたが、まだこんなもので倒せる相手ではないだろう。


 俺は右拳の龍を消し、左拳の龍の尾も消す。代わりに、特大な龍の頭を左拳に纏わせた。大きく息を吸い込んで、雄叫びと共に駆け出し左拳を会長がいるであろう場所に向けて振り下ろした。びきびきと嫌な音がして音のする方を見上げると、理事長の張った結界が蜘蛛の巣のようにヒビだらけになっていた。


「っ、がっ!」


 一瞬気を逸らしてしまったばかりに、会長の反撃を諸に受けて中央まで押し返される。


「……はぁ、はぁ……っ!」


 しかし、瓦礫の中から姿を現した会長は、疲弊していた。さしもの天才も、これほどまともにやり合ったのは久し振りなのかもしれない。


 なんにせよ、相手の限界も近い。勝機がようやく見えてきた。


 疲弊した様子を見せてはいるが、目が死んでいない。


 会長は疲弊なんて感じさせない速度で――否、さらに速くなって突っ込んでくる。……そう楽には勝たせてくれないか。


 だが勝機は見えてきた。ここから先は、意地の張り合いだ。どっちの方が勝ちたいか、どっちが我慢強いかという勝負になってくる。


 激しい殴り合いが再開された。相手が倒れるまで、今負けを認めるまでこの殴り合いは何度でも続けられることだろう。


 もう手足は考えてから動かしていない。反射だけで戦っている。最早手足の感覚さえ曖昧になってきていた。疲労のせいか戦闘の高揚感からか、理由はわからないがきちんと戦えているようなので、とりあえず休まなければいい。


 ――やけに、音が遠く聞こえる。


 耳に薄い膜が張られてしまったかのように、音が遠くなっていく。


 そのせいで頭が働くようになってきた。


「……ばれ!」


 遠くの観客席から、微かに聞こえる声。


「頑張れ!」


 はっきりと聞こえなかった声が、妙にはっきりと耳に入ってきた。


「負けるな!」


 他の声も次々に耳へ届いてくる。


「頑張れルクス!」


 聞き覚えのある声だ。同じクラスの誰かだろう。疲労のせいか、あまり頭が回っていない。


 ……うるせぇな。これでも滅茶苦茶頑張ってるんだぞ?


「頑張れ!」「負けるな!」「もうちょっとだ!」「頑張って!」「勝てるぞ!」「もう一踏ん張りだ!」「会長を倒せ!」「意地見せろぉ!」「まだまだいけんだろ!」


 ……どいつもこいつも、勝手言いやがる。こちとら疾うに限界だってのに。


「俺に勝っといて、生徒会長と戦う役奪ったんだ。情けなく負けんじゃねぇ」

「頑張れ、と言うのは違うだろうな。ルクスは頑張っている。なら、勝てと言ってやるのが、妥当だ」

「負けたら恨むわよ、せっかく大将任せたんだから」

「……ルクス、勝って」


 ……わかってるよ。俺は今まで一人で勝ち上がってきたわけじゃない。お前らと戦って、協力して、ここまで来たんだ。


 皆の声がやけにはっきりと聞こえた。……ボロボロの人間にもっと戦え、だなんて酷いヤツらだ。


 ……ああ、そうだ。俺はこれまで色んなヤツに支えられてきた。ここまで来れたのは、会長と戦う機会をくれたのは、そいつら全員だ。敵だって、俺を強くする糧となってることを考えればそう悲観したもんじゃない。


 眼前の会長が、とても必死そうに見えた。もう、倒せそうじゃないか? 周りの期待に応えられるんじゃないか?


 ……あともうちょっと、もうちょっとなんだ。


 自然と動いた拳が、会長の脇腹を掠める。それだけで小柄な体躯が僅かによろめいた。相手ももう限界だ。

 出来た隙を見逃さず、拳をもう一発叩き込む。


 会長が大きく怯んだこの好機、活かさない手はなかった。


 限界を超えた身体に鞭打って、追撃を行う。だが会長もまだ倒れてはいない。目が死んでいなかった。油断するな、畳みかけろ。


 ……これだけ大勢に認められて、最強の男にも強さを認められて。応援されて、背中を押されて。


 必死に身体を動かしながら、最後の一押しを願う。


 ……もうこれ以上ないくらいに勇気を貰ってる。後は、お前だけだ。


 あいつのことを思い出すと、身体から余分な力が抜けて、会長のカウンターを回避できた。その隙に会長の背後へと回り込み、左拳を大きく振り被る。

 会長がしまったという表情でこちらを向き、防御するため腕を交差しようとしていた。


 ……お前のために得たこの黒気だ。


 黒気を駆使して天才を超える。その一押しには、最初に黒気を発動させた原点へと戻る必要があった。


 ……だからさ、オリヴィア(・・・・・)


 残る全てを左拳に込めて振るった。


 ……最後に俺の背中を押してくれ――。


 拳は交差される直前の腕の間に、吸い込まれるように入っていく。これ以上ない確かな手応えが拳に伝わった。

この話はかなり前、黒気が登場した頃かする以前かに思いついて、ずっと書きたかった話です

……ここに来るまでのストーリーで追いついていて欲しいですね

ダメならこれまでの話を読み返して、ここでここを書くべきってのを見直していきます

……この更新頻度なら、先の話になりそうですが(苦笑)


次回、ルクスVS生徒会長、決着

三人称視点になります

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