姫騎士VS女神
お久し振りで、すみません
一応長めになっています
月一になりそうなら、一話をできるだけボリュームアップでいきたいと思います
「始め!」
レフェリーが試合開始を合図する。しかし、対峙する二人は動かない。
一年では魔人という人間からしたら滅茶苦茶強い種族のフィナに匹敵する実力の持ち主、アイリア。魔槍と神槍同時に選ばれる超天才。潜在能力は計り知れず、二つの槍の単体ずつではあるが、武装に成功している。もし同時武装を果たせば、その力は武装が使える者の中でもトップに躍り出るだろう。そして、歴史に名を残すに違いない。
片や、最強と謳われる生徒会の、副会長。物知りチェイグさんによれば、普段生徒会を率いているのは、実質彼女だという。普段の会長は弱々しくて頼りにならなさそうだからな、それは分かる。実力は、このライディール魔導騎士学校の中でもトップクラス。生徒会が強さ順なら、今でも二番手ということになる。しかし二年SSSクラスのアンナ先輩とシア先輩がいるため、本当に二番目に強いということはないだろう。今回もアンナ先輩に敗れている。魔法単体で言えば、世界屈指の学校であるここでも、三本指に入る実力者だ。
アンナ先輩との試合で見せてもらったが、副会長のイリエラ先輩は、無詠唱無魔方陣で物凄い魔法を連発できる。気にも限界はあるし、俺が相手をしたらなす術もなくやられる可能性だってある。
魔導に至っている者同士だが、イリエラ先輩は、全属性の魔法を吸収できる。アンナ先輩と戦った時に使った虹色の魔導がそれだ。アイリアが勝つには、武装でその吸収で許容できない程の攻撃を叩き込むしかない。……少なくとも、俺にはそれしか思いつかない。
「「魔導」」
二人が同時に動いた。魔導を発動させただけだが、戦いがこれから始まるという合図でもあった。
イリエラ先輩は虹色の魔導。対するアイリアは白と黒、つまりは光系統と闇系統の属性を吸収する魔導だ。
魔導は魔法を吸収するだけでなく、その属性の魔法効果を引き上げる力もある。イリエラ先輩はどの魔法も効かず、どの魔法の威力も上昇する。アイリアはやはりというか、一点突破を目指すようだ。武装の両立によって二つの属性の威力を跳ね上げるのが目的だろう。
「……」
アイリアは魔法を警戒しつつ、二本の槍をギュッと握り締める。
「神装・グングニル!」
まず、神槍の方の武装を展開する。レイヴィスの上から純白の甲冑を纏った。魔槍が文句を言うかのように震えていたが、アイリアは黙殺していた。
「神戟槍!」
イリエラ先輩がまだ動かないのを、先手を譲ってくれると解釈したらしい。アイリアは純白の神槍を、イリエラ先輩に向けてぶん投げた。三回戦で見せた、投げ槍としてグングニルを使用する戦い方だ。
神槍が純白の輝きを纏って飛来するのを、イリエラ先輩は余裕そうな笑みを浮かべて眺めていた。
ズガァン! と轟音を立てて神槍が直撃する。しかし――
「なっ……!?」
飛来した勢いで巻き起こった風に、長い金髪が靡いただけだった。アイリアが驚くのも無理はない。
「驚くことはないでしょう? 私は何もしていないように見せて、魔法を発動できる」
勢いを失った神槍がカラン、と地面に落ちる。
「逃げろ、アイリア!」
俺は嫌な予感がして、思わず叫んでいた。
「っ……あ……」
しかし次の瞬間には、アイリアの身体に地面から生えた蔓が巻き付いた。それだけでなく、上空に無数の槍が出現していた。光と闇を除いた、全ての属性の槍がアイリアに向かった降り注ぐ。
「……名付けるとしたら、そうね。《万象の槍雨》、というところかしら」
呑気に名前を付けているイリエラ先輩を見ているのは、向こうのベンチにいる数人のみだ。俺含め、全員が凄まじい攻撃を諸に受けてしまったアイリアを心配し、そちらを見ている。
「……へぇ、やるわね」
しかし、イリエラ先輩は何かに気付いたようで、アイリアの無事を確信していた。
「はぁ……っ……はぁ……」
槍の弾幕が収まった後、そこに、アイリアは立っていた。会場からおぉ、という歓声が上がる。
武装は所々が引き裂かれていて、その下のレイヴィスも裂かれて血が出ている。漆黒の魔槍を杖にして立ってはいるが、相当辛いのだろう。端整な顔を苦痛に歪め、額から血を流している。煌めくような金髪も、砂埃を被ったのか、幾ばくか輝きを失っていた。
たった一回の攻防で、アイリアはイリエラ先輩に大きく劣ってしまった。
「咄嗟に神槍を呼び戻して、致命傷を防いだという訳ね」
イリエラ先輩が納得したように呟いて、ようやく気付いた。イリエラ先輩の足元に転がっていたハズの神槍が、アイリアの右手に戻ってきていた。呼び戻し、二槍で降り注ぐ槍の、致命傷になりそうな分だけ防いだということか。
しかし――
「たった一回でそれだけの傷を負ったのだから、もう諦めたらどうでしょう」
イリエラ先輩の言う通りだ。こんな劣勢では、戦闘を続行する方が無謀だろう。
「……分かりませんよ、まだ。少なくともまだ、戦えますから」
アイリアは、まだ諦めないようだ。当たり前だろう、アイリアが、この程度の格差を見せ付けられただけで諦める訳がない。だって、降参して普通に負けて戻ってきたら、俺が滅茶苦茶バカにするのを分かっているだろうからな。
「魔法の発動さえ察知できない貴女に、勝ち目なんてないわよ」
イリエラ先輩は、スッと右手を差し出し、無数の剣を自分の前に出現させる。今度も光と闇以外の全属性の剣だ。大きさや形が様々なことから、ブレード系、ソード系のみでなく、シミター系やレイピア系もあるのだろう。その魔法全てを、一瞬で展開する手際と手腕は、見事なモノだ。
イリエラ先輩の言う魔法の発動の感知とは、魔法の仕組みに関わることだ。
魔法とは、魔力を消費して魔方陣を描き、それを媒介として様々な現象を起こす術のことだ。それを定型化したのが今の魔法であり、詠唱するだけで発動できるように定めた。そして、その一連の流れは例え、無詠唱無魔方陣であっても変わらない。現代人は、オリジナル魔法を創ることはできても、新たな定型の魔法を生み出すのとはできないのだ。
つまり、詠唱なしでも、魔方陣なしでも、発現する魔法の、発動前の潜んでいる魔力を、感知することは不可能ではない、ということだ。
より簡潔に言えば、魔法を発動するための魔力は、既に発動する場所にある。……言ってて余計に分からなくなってきた。こう、何つうの? 魔方陣があるべき場所に、魔力が存在する的な? ダメだ、上手く説明できん。お助けーっ、チェイグさーんっ!
「……何かよく分からないんだけどな。とりあえず、イリエラ先輩が言ってるのは、魔法を発動するために消費した魔力が、どこに行ったかってことだ。魔力で魔方陣を描くなら、そこに魔力を送らないとダメな訳だからな。で、魔方陣を使わない場合、その送られた、潜伏状態の魔力を感知しなきゃいけないんだよ」
流石は物知りチェイグさん。俺が説明を乞う顔で見ると、すぐに察して説明してくれた。しかも内容まできっちり察してくれるとは、誰にでも隔てなく接してサリスの反感を買うだけのことはある。
「……何か失礼なこと考えてないだろうな」
しかも鋭い。俺は「何もー」と半ば棒読みで答えて、白を切った。
チェイグはため息を一つついてから、
「魔法の発動を感知するのって、超高難易度の技術だよな?」
俺に尋ねた。
「まあな。魔方陣が現れてりゃ、一流の魔法使いなら感知できると思うけどな。ま、その時は視認できるけど、できた方が無駄にキョロキョロせずに済む訳だし」
俺はできるけどな。というか、できなければ魔法を回避するのが難しい。今は気を極めて、魔法を軽減する装気が使えるからそこまで意識することはない。……だが、相手が会長ならそんなことは言ってられないか。可能な限り、気は攻撃に回したい。そうしなければ、気が切れて負ける。
「俺は当たり前にできないが、アイリア様ならできなくはない、か?」
チェイグは少し自分を卑下して首を傾げる。……アイリアは優秀だから、そこに至っていないとも限らない。しかし、至っているという確証もない。さっきの槍の雨も、それができていたら事前に対処できていたのだからな。
「……さあ、あいつ次第じゃねえの」
俺は確信が持てず、曖昧な答えを返してフィールドを見やった。チェイグも、話を聞いていた数人も、それに合わせてフィールドのアイリアを見る。
襲いくる無数の刀剣を、二本の槍で捌く。神装を展開しているおかげか、身体捌きはいつもよりも軽やかで、傷を負っているとは思えない程だ。
しかし、それだけではイリエラ先輩を上回ることはできない。
「甘いわね」
「っ!」
刀剣を捌きながら少しずつ前進していたアイリアの四方八方に、新たな刀剣が出現した。しかもそれらが射出されると同時に、次の刀剣が出現する。絶え間なく射出するように発動しているようだ。
「神戟槍・乱!」
アイリアは勇ましい声とは裏腹に、神槍を軽く放る。しかしそこから回転し、加速を重ねてアイリアの周囲を縦横無尽に乱舞した。足元に出現する刀剣を優先して薙ぎ払いながら、全ての刀剣を防いでいく。
「アルファライト・レーザー」
初めて、イリエラ先輩が魔法を唱えた。イリエラ先輩の胸の前で青白い魔方陣が展開されていく。その魔法が何なのか、アイリアには分かってしまった。だからこそ、アイリアの注意を引くために詠唱したのかもしれない。
しかし、その程度で集中を乱すようなヘマはしない。アイリアは冷静に全ての刀剣を防いでから、神槍を手元に戻して構えた。
コォ、と魔方陣が青白く輝き、ヒュゴッ、と直径数メートルはある、巨大な光線を放った。空気中の水を蒸発しているのか、煙を噴いてアイリアへ向かっていく。
「神戟槍・防」
煌々と輝く防護壁を前に展開し、正面から受けた。
険しい表情をしているが、きっちりと防いでいた。
「……金、輪、雀、剛、玉――」
イリエラ先輩が、アンナ先輩と戦った時に使った必殺魔法を詠唱し始めた。アイリアはそれに気付いていたが、青白い光線を防ぐのに手いっぱいだ。
「っ!? ぐ、くぅ……!」
その時、アイリアの背中で空気が爆発した――おそらく、風系統魔法のエア・ボムだろう。その間も、イリエラ先輩は必殺魔法の詠唱をやめていない。
つまり、口で詠唱するのと同時併行で、頭の中で魔法を組み立てているということだ。
アイリアが光線を防いでいる間に、もし回避されても時間が稼げるように、他の魔法を発動する。そうやって、アイリアに何もさせないままにトドメを刺すつもりだ。
「……あぁ!」
またいくつもの水弾――アクア・バレットがアイリアの背を直撃する。しかし、アイリアもただやられているだけではない。
「っ、魔煉槍・突!」
光線を防いでいる神槍ではなく、投げ槍として使えないらしい魔槍を構え、黒々としたオーラを纏わせて、光線に向けて突きを放った。黒い波動が放出され、光線を押し返す。その隙に、神を手繰って背中に来る魔法を相殺した。何とか、時間稼ぎ用の魔法は防いだようだ。
しかし、もう詠唱は終わっている。
「……名付けるとしたら、そうね。《無限の剣幕》でしょうね」
詠唱が終わって何を言うかと思えば、先程やっていて刀剣系魔法の連続使用に技名を付けていた。おそらく、ようやく口が空いたからだろうが、今までずっとそれを考えていたのだろうか。
「少し間があったから、改良したのよ。金剛蓮華・煌皇光覇祭」
先に説明して、巨大な魔方陣を無数に展開する。……は? 地面にも、壁にも、結界にも無数に展開されてるんだが。あり得ねえ。これがあったら、アンナ先輩もヤバかったんじゃないか?
アイリアは呆然とそれらを眺め、しかしキッと目を細めた。……これは無理じゃないか? 黒気で装気特化にして耐えるかしか、方法が分からん。まあイリエラ先輩の後ろには魔方陣がないので、そこまで一気に移動でもできれば、何とかなるのかもしれないが。
「強がりはいけないわね。無理せず降参してもいいのよ?」
イリエラ先輩は薄っすらを汗を掻きながら、未だ無傷の状態で告げた。
「……降参は、しません。イリエラ先輩、ただ無闇やたらに数を増やすだけでは、改良とは言えないと思うのですが」
アイリアは意趣返しのつもりか、言い返してみせた。
「貴女が心配するようなことはないわ。自動で相手に向けられる効果があるのよ」
アイリアは魔力の無駄遣いを指摘した、と取ったようだ。地面に展開された中で、足元の一つしかアイリアにダメージを与えられないなら、それは魔力の無駄だろう。しかし、自動標準機能が付いているようだ。……どんだけ高度な魔法なんだよ。
「だから、安心してくらいなさい」
イリエラ先輩は必殺魔法を、一斉に発動させる。この数の高威力魔法を、アイリアの魔導では吸収し切れないだろう。それに、本当に光系統だけなのかも怪しい。しかし、アイリアは降参せずにスッと両手の槍を下げた。
諦めたのか、と会場がざわつく。しかし実は性悪なアイリアのことだ、何か企んでいるに違いない。
オオオオォォォォォォ!! と何やら光線ではあり得ない音を出しながら、光が放たれる。全てが浄化されていくように、消えていく。光に包まれ、フィールドが見えなくなる。「くっ!」と険しい顔をして、理事長が結界を強化しているのが見えた。
アイリアの姿も、すぐに光に包まれてしまう。歓声も何もなく、会場はただ静まり返る。
「……神戟槍・瞬」
「っ!?」
誰もがイリエラ先輩の勝利を確信する中、イリエラ先輩の背後に、純白に輝く神槍が出現した。続いて、アイリアも現れる。……どうやったかは知らないが、神槍を使って移動したらしい。
「神戟槍! 魔煉槍・突!」
イリエラ先輩は神槍の魔力を感知して振り返っていたが、何もさせまいと、アイリアはすぐに攻撃に移る。神槍を真っ直ぐ標的に向かって投げ、間髪入れずに魔槍で突きを放つ。疑似的な両立を作り出したのだ。
イリエラ先輩が咄嗟に展開した防護壁五つを全て貫き、無防備なイリエラ先輩を襲う。
轟音が響いて会場を揺らし、特大の砂煙が上がる。
勝負の行方はどうなったのか。アイリアが勝ったのか、それとも――。