力の暴走
『あんまり無茶しちゃダメでしょ? もう勝てそうだし、帰っていい?』
ブルブルと寒さに震えるかのようなリーフィスに、ブリューナクが告げる。
「……うるさいわね。いいからさっさと倒すわよ」
『はいはい。どうなっても知らないわよ?』
苛立ったようなリーフィスと、軽い口調のブリューナク。リーフィスを心配するようなブリューナクを見るに、ある程度の信頼関係は築かれているらしい。……神獣でも人につくという珍しいブリューナクは、そこまで気性が荒い訳じゃないらしい。
だが、異変は起きた。
「っ……!」
その後も魔法の撃ち合いを続けたリーフィスとニエナ先輩だったが、崩れ落ちたのはリーフィスだった。
半ば意地で立っているニエナ先輩だが、リーフィスは地面に片膝を着いた。
リーフィスは白い息を吐き、身体を寒さで震えさせている。雪のように白い肌がいつもより白んでいるようにも見え、霜が降りていた。
「……うっ、くぅ……!」
リーフィスが苦しそうに呻くと、一面が氷付けになった。……力の制御が、効いてないのか?
『だから言ったでしょ。ほら、早く解除しなさい。じゃないと私が胴体で真っ二つにされちゃうし』
ブリューナクは焦っているのかやや早口で言うが、
「……うるさいわね。黙ってなさいよ。私は、負ける訳にはいかないの」
リーフィスは意地っ張りなのかそれとも別の理由があるのか、脚に力を込めて立ち上がり、猛吹雪をニエナ先輩に放った。
「……お、らぁ!」
ニエナ先輩意地の一撃。いくらニルヴァーナの部品があるからと言って、魔力が切れるのも時間の問題だった。
「……っ、ブリューナク!」
『……はぁ』
蹴りと同時に放たれた波動に対し、ブリューナクはため息と同時に物凄い勢いのブレスを放った。……氷のブレスは波動を凍てつかせ、ニエナ先輩をも凍りつかせる。いやいや、ため息でこの威力とかあり得ないだろ。
「……ぐっ、あぁ!」
ニエナ先輩は氷付けにされるが、何とか砕いて脱出する。凍った波動は結晶となって宙に散っていく。
「……何で倒せる威力にしなかったのよ」
『仕方ないでしょ? そろそろリーフィスちゃんに影響が出る時間だし、もう危ないんだから』
責めるようなリーフィスの声に、ブリューナクは肩を竦めたと思わせる声音で応えた。
ブリューナクの言う通り、リーフィスは勝っているのに凍えて寒さに震えており、全身傷だらけで息も荒いニエナ先輩の方がマシに見えるくらいだ。
リーフィスは凍傷になっており、命の危険もありそうだ。レフェリーも止めようか迷っているらしい。
「……だから、気にしないでいいって言ってるでしょ」
リーフィスは凍え死にそうに見える様子でも、きっぱりと断った。何故そこまで意地になるのかは分からない。だが、仲間を応援するのは当然のことだ。
「……俺が勝つから負けてもいいぞ!」
「頑張れ」は頑張っているヤツに失礼だ。「勝てよ」は今の状態だと危険だ。少し考えた結果、応援じゃない気はするものの、当たり障りのないことを言ったと思う。
「「「……」」」
キョトンとする会場。何故か試合中の二人もレフェリーも、理事長も観客も、一斉に俺を見ていた。
「……ふっ」
最初に吹き出したのは、リーフィスだった。辛そうだったというのに、クスクスと笑い始める。リーフィスが笑うのは珍しいことで、クラスメイト達が唖然とする。だがそれよりも、冷たい風貌のリーフィスが可笑しそうに微笑むという様相に、会場中が見蕩れていた。とても魅力的で、可愛らしい。
「……ホント、バカなんだから」
微笑むリーフィスは舞う冷気の中で儚げに、しかし美しく見えた。思わず見蕩れているとフィナに腹を一回捻りになるぐらい抓られて悶絶したのは、余談である。……フィナさん容赦ないな。マジで痛かったんだけど。
「……あ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如、リーフィスの身体から吹雪が逆巻いた。膨大な魔力が吹き荒れ、理事長の張った結界に綻びを齎す。ニエナ先輩は魔力に直接中てられ、逆巻いた吹雪によって壁まで吹き飛ばされる。
『……ほら、だから言ったのに』
ブリューナクが呆れたように言う。だがその声音は硬い。それだけ楽観視出来ないということだろう。
「……」
吹雪の中、リーフィスがクリスタルように透き通った氷の翼と尻尾を生やす。パキパキと両手足が綺麗な氷に覆われ、氷で出来た角が一対二本生える。目だけが怪しく赤に光り、人間のままドラゴンに浸食されているようだった。
キュウン、と前傾姿勢になったリーフィスの口の前に淡い水色の光が球体となって集束する。
「……チッ!」
ニエナ先輩は舌打ちして、後方に跳ぶ。着弾までに波動をいくつもぶつけて相殺する気だろう。だが、それがいけなかった。
フィールドはすでにリーフィスが氷付けにしていて、一面が氷だ。よもや滑って転ぶことはないだろうが、それよりもヤバいのは、氷は全てリーフィスの支配下にあるということである。
「っ……!」
跳躍した無防備なニエナ先輩の両脚を、着地と同時に伸びた二つのトゲが穿った。鮮血が透き通った氷を染める。苦悶に表情を歪めるニエナ先輩だが、対するリーフィスは全くの無表情だ。……何かヤバそうな気が……。ってか躊躇なくでかいのをぶっ放そうとしてる時点でヤバい。殺すならさっきまででも出来ただろうが、リーフィスはそれをしなかった。「勝とう」としてたからだ。
もう、勝負なんて関係なく目の前にいる敵を「排除」しようとしている。
これはさすがにレフェリーを止めに入るべきだが、仮にも神獣の一撃を止められる程強くはないだろう。一流のエリートが揃うここでも、神獣と戦えるのは僅か数名ってとこだ。
「……致死攻撃と見なすしかないか」
誰かがボソッと呟き、フィールドを紅蓮の炎が覆った――理事長だ。
自身も紅蓮の炎で身を包んでおり、どこか悲しげな瞳でリーフィスを見下ろしている。
「……あっ」
氷は溶けて水となり、熱で蒸発する。リーフィスに起こった変化も解除されブリューナクが顔を顰める。
リーフィスは力を失い、ブリューナクの拘束が弱まったのかスルスルと魔方陣の中に消えていく。
『じゃあね、リーフィスちゃん。なかなか面白かったわよ』
ブリューナクはホッとしたような軽い口調で去っていく。
「……ちょっ」
リーフィスが途端に慌てたような制止の声を上げるが、ブリューナクは無視して魔方陣に消える。リーフィスから放たれていた強大な魔力がなくなった。
「……この勝負、お前の負けだな。ブリューナク家の娘」
理事長が呆然とする会場を他所に、リーフィスの負けを宣言する。
「……ま、待って下さい!」
リーフィスは食ってかかろうとするが、
「ダメだ。お前は致死の可能性がある攻撃を使おうとした。この大会においては、敗北を意味する行為だ」
「っ……」
取りつく島もなく拒絶され、悔しげに俯く。
「……し、勝者、三年SSSクラス!」
我に返ったレフェリーが宣言する。ニエナ先輩の傷は理事長がフェニックスの炎で治癒したのか、すっかり治っていた。
「……ごめんなさい」
ニエナ先輩にペコリと頭を下げてからベンチに戻ってきたリーフィスは、開口一番にそう言った。
「……おぉ、リーフィスが謝るなんて珍しいな」
俺は皆が唖然とする中、あまりの珍しさに驚いてしまう。
「……茶化さないで」
「……何で謝るの?」
リーフィスが俺を睨んでくるが、一つの不思議そうな声が聞こえてそっちに注目する。
二敗で迎えた三戦目の出場者、フィナである。
「……だって負けちゃったじゃない」
幼い目にジッと見つめられ、少し圧されつつもリーフィスは言う。
「……まだ負けてない。ただ、あと三回勝てばいいだけ」
フィナは至極簡単なことのように言ってみせ、ベンチが跳び下り地面に着地する。
「……」
自信たっぷりなフィナの様子に、さすがのリーフィスもポカンとする。
「……ただ試合数が多くなるだけだから、気にしない」
フィナは珍しくリーフィスを慰めるように言って、フィールドに出ていく。
自分は絶対に勝つ。そう信じて疑わないフィナの後ろ姿は、いつもより頼もしく見えた。
次回、フィナちゃん大活躍の回