他に宿す者
「……おいおい、マジでブリューナクかよ?」
ニエナ先輩は苦笑に近い半笑いで尋ね、そして凍りついた。
『あら、ごめんなさい。ついやっちゃったわ。大丈夫?』
透き通るように綺麗な声音で、しかし冷たい声質の白々しい女性の声が、クリスタルのように美しいドラゴンが口を開くのと同時に聞こえた。……あのブリューナクの声だろう。
「宿主を無視して、勝手に行動なんて止めてくれる?」
魔力のない俺でも理解出来る程の、強大すぎる魔力の奔流。魔力感知が敏感なヤツは凍え、鈍いヤツでも畏怖を容赦なく覚える。
ただ見た目だけの存在でないことは、否応なしに理解させられた。
だがそんな会場全体の中でも、ただ一人呆れたような様子で言うのはブリューナクを召喚した張本人、リーフィスだけだった。
「そういや、ブリューナク家ってのは代々ブリューナクを宿す当主がいるっつってたな。だが、当主でもないてめえが何でだ?」
リーフィスの家についてニエナ先輩は少し知っているようで、尋ねた。……俺はブリューナク家を全く知らないが、イレギュラーなことらしい。
「当主のお父様より、私に適性があったってだけです」
リーフィスは変化した赤い瞳をニエナ先輩に向けて告げる。……ってことは親父さんよりリーフィスの方が相応しかったからリーフィスがブリューナクを宿す、と。
『私の気紛れもあるわよ。中年のおじさんより若い娘の方がいいじゃない?』
ブリューナクは少し楽しげに言う。……確かにそれはそうかもしれないが。
『あら? フェニちゃんじゃない。久し振りね』
ブリューナクが不意に斜め上を見上げて、言った。……フェニックス? っていうと、あれか。氷がブリューナクとフェンリルなら、炎はフェニックスだ。もう一体はフレイオスっていう炎の獅子だな。
「……ふん」
ブリューナクの視線の先にいるのは、このライディール魔導騎士学校の理事長だった。……理事長も何か仕組みとかはよく分からないけど、理事長もリーフィスと同じく身体に神獣を飼ってるらしい。
フェニックスは炎の神獣であり、鳥系モンスターの頂点に立つ。炎で出来た身体は魔力が尽きなければ不死となり、触れれば常人は灰塵と化す。再生を可能とし、攻撃から防御、治癒までをその紅の炎で行うことが出来る。
理事長が“紅蓮の魔王”と呼ばれる実力の一端は、そこにあるんだろう。
『……それでえーっと? もう一つは――っ!?』
どうやらブリューナクは何かを宿しているヤツを探知出来るらしく、視線を彷徨わせ、そして一年SSSクラス、つまりは俺達に視線を合わせ紅の瞳を大きく見開いた。……まだクラスメイトにおかしなヤツがいるんだろうか。候補としてはアイリアのグングニル達、フィナの潜在能力に隠された何か、オリガの内に秘められた潜在能力、あとはアリエス教師が実は何か飼ってるとか。一番ありそうなのはフィナかアリエス教師だよな。本気が全く分からないってのはこの二人だろうし。
「……誰のことを言ってるのよ?」
『あの黒と白の疎らな髪した子よ。如何にも自分は関係なさそうな顔してる……』
「「「……」」」
ブリューナクの発言により、会場中の視線が俺に集められる。……えっ? 俺? いやいや、俺は何も宿してないけど?
「……ルクスがどうしたのよ」
リーフィスが怪訝そうにブリューナクへ尋ねる。チラリと俺にも視線を向けてくるが、俺は知らん。首を左右に振った。
『……いや、ホントに分かんないの? あんなのがいるとか聞いてないんだけど。危険なヤツはマークしといてって言ったじゃない。いつ私を召喚するか分かったもんじゃないんだから』
「……そんなにヤバいの?」
ブリューナクの言葉に、リーフィスが若干引いて聞き返した。……えっ、マジで? 俺って氷最強のブリューナクに「あんなの」とか言われちゃうくらいヤバいの? 何も宿してないし、魔力がないだけで特にヤバい点はないと思うけどな。まあ普通からしたら魔力がないってのはヤバいが。
『ヤバいに決まってるでしょ。あんなの宿してるとかあり得ないから。表に出てない内はいいけど、出てきたら私でも対処出来ないわよ? 自覚はなさそうだし、今は大丈夫そうだけど。目覚めたらホントヤバいから』
……ブリューナクがそこまで言う俺って……。ってか俺に何かヤバいのが宿ってるとか……。憂鬱すぎる。何で対戦に関係ない俺がこんな憂鬱にならなきゃいけないんだ……。
「……いいからやりましょう。倒すわよ、ブリューナク」
『ええ、もちろん。私の契約者がただの人間に負けるなんて、承知しないから』
頭痛がするようにこめかみを押さえてリーフィスが言い、ブリューナクはそれに応えて気を取り直す。
「……しゃーねえな。ブリューナクと戦えるなんて滅多にねえことだし、本気でいくぜ!」
ニエナ先輩は最強の神獣を目の前にして嬉しそうに笑い、気を三つ融合させて纏う。身体強化の魔法を発動して、グッと全身に力を込めた。
「おらぁ!」
拳を振るう。見えない爆撃がリーフィスへ飛び、瞬時に展開された氷の壁によって防がれる。
「……チッ! さすがに構築速度は高えな」
ニエナ先輩は舌打ちしつつ、駆け出した。円やジグザグなどの不規則な動きを繰り返しながら、攻撃の手を休めずにリーフィスへ肉薄していく。
「……」
爆撃も、波動も、別の魔法でも、物理攻撃でも。ニエナ先輩の怒濤の攻撃は全てが防がれる。
防御だけじゃない。ニエナ先輩の攻撃を氷で防ぎながら、氷を展開してニエナ先輩に攻撃している。詠唱もなしに氷が次々と展開され、ニエナ先輩の攻撃の手も減っていく。
「……クソッ!」
汗を掻き、呼吸を荒くし肩を上下させる。攻撃を全て回避か相殺しているのは見事というしかないが、体力の消耗は激しかった。長期戦は無理だろう。
一方のリーフィスは、絶対零度の冷気を纏って悠然と佇むのみ。その女王のような美しい佇まいは、まさに“氷の女王”。神獣を従え、今まで無敗で勝ち上がってきたニエナ先輩を圧倒するリーフィスに、会場が湧く。
だがリーフィスは決していい顔をせず、身体をブルブルと震わせていた。……何だ?
「……っ」
湧き上がる会場とは裏腹に、リーフィスの周囲は氷点下の温度となっていた。