黒鬼
「………ああぁぁぁ……! あああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
オリガが絶叫する。だがそれは負ではなく、正の絶叫。
「……何かよく分かんねえけど、凄え力が溢れてくる……っ!」
「……嘘でしょ!? 大体何でオーガの突然変異が色鬼を……?」
嬉しそうなオリガと、反対に信じられないという表情のエリアーナ先輩。
「……やはり、至ったか」
驚く会場の中で、ただ一人ニヤリとしてやったりの笑みを浮かべるのは、アリエス教師だった。
「……アリエス教師、まさかこれを予測してたんですか?」
チェイグが驚きながら聞く。
「……まあな。オーガは元々鬼で、鬼人族も起源は鬼だと言われている。それならオリガにも使えるだろうと思っただけのことだ。ポテンシャルは奥義に至れる程だと見抜いていたが、まさか黒鬼とはな」
アリエス教師が偉そうに言った。
「……つまり、鬼と鬼で一緒だから出来るんじゃねえか、と。そういうことか」
「……私の色々と分析や観察で至った推論を、そんな簡単にまとめるな!」
俺が簡潔にまとめると、何故かちっちゃい手で殴られた。……ちっちゃい癖に。
「……あん?」
ギロリ、とアリエス教師に睨まれてしまったので、俺は視線を逸らす。
「……鬼人族の奥義、色鬼に至る条件は三つ。一定の潜在能力を秘めてること。瀕死のピンチを負ってること。そして、圧倒的なまでの純粋な力の渇望」
チェイグがそう説明してくれる。……つまり、黒鬼に至れる潜在能力があって、瀕死でも立ち上がって、力を渇望したから発動出来たって訳か。
「……黒って何番目に強いんだっけ?」
「……黒は、一番だよ」
俺がど忘れしてチェイグに聞くと、サッと答えてくれた。さすがは物知りチェイグ。二年も留年して溜めた知識は半端じゃねえな。おばあちゃんの知恵袋並みだ。さすがはチェイグ婆ちゃん。
「……で、チェイグ婆」
「……誰がチェイグ婆だ。で、何だ?」
「……エリアーナ先輩の拾番ってのも気になるが、黒鬼発動したところで勝てるのか?」
「……バカ言え。黒鬼は無数にある色鬼の内、一番身体能力が上がるんだぞ? それで勝てない訳がない」
チェイグは俺にツッコみつつも、少し得意気に笑った。
「……なあ、先輩。あたしは力を手に入れた。よく分かんねえけど、強くなれた。だから先輩も全力で来い」
オリガは黒い奔流のようなオーラを全身に纏い、短い赤髪と燃え盛るような赤い切れ目を爛々と輝かせ、茶色かった二本の角を黒に染めて言う。
「……それ程強いの? エンアラさんでも三つが限界だったのに」
「……ああ」
オリガはエリアーナ先輩に頷き、トンと軽く爪先で地面を叩いた。それだけで、地面に亀裂が走る。
「……っ! 相当身体能力が上がってるようね。いいわ、見せてあげる! 学園でこれを使うのは初めてだけど。――ラフェイン式舞踊・第拾番、龍舞踊」
エリアーナ先輩はそれに驚きつつも、切り札を使う。
龍舞踊というそれを舞うエリアーナ先輩の周囲を、強大で綺麗な龍達が囲い、舞う。……俺の龍気とは似ても似つかない程、綺麗な龍だ。神々しいというか。しかも一体一体が途轍もない力を持っている。どれだけの魔力を込めたらこれ程の龍を生み出せるのか。
「……ラフェイン家は龍信仰のある家でな。表立って宣言してはないが、家に行けば龍が所々に飾られているのが分かるハズだ」
龍達に魅入る俺に、アリエス教師が説明してくる。
「……いきなさい!」
エリアーナ先輩の命令により、龍達が一斉にオリガに向かって突進していく。
「……おらぁ!」
だがそれらの龍を、オリガは拳を一振りで消し飛ばし、さらにその余波でエリアーナ先輩をよろめかせて舞を崩した。
「「「……っ!?」」」
二度目の、全員での驚き。圧倒的な膂力だった。ってかどう考えてもあれを消し飛ばすとか無理だろ。
「……まさか突然変異のポテンシャルが、表になったということなのか?」
驚愕して冷や汗を掻くのは、もう一人の突然変異を知るアリエス教師だ。エリアーナ先輩も、舞を止めて呆然としていた。まさかこんなにあっさりと消されるとは思ってなかったんだろう。
「……ボーッとしてんじゃねえよ!」
オリガが遠距離で拳を振るい、拳圧でエリアーナ先輩を軽く吹き飛ばす。
「……っ! もう!」
自棄気味に腕を振るってオリガを狙うエリアーナ先輩だが、オリガはあっさりと裾を掴み取った。
「……このっ!」
エリアーナ先輩は裾を縮ませて戻そうとした。――が、それがいけなかた。圧倒的膂力を手に入れたオリガは裾を逃がすまいと渾身の力で握っていて、その強力すぎる握力はレイヴィスが爪で穴が開く程で、縮めて戻そうとしたが、縮まったのはいいが逆にオリガへ引き寄せられる形となってしまった。
「……しまっ!」
マズい、とエリアーナ先輩が理解する頃には、もう遅い。ドゴォ! と強烈な拳がエリアーナ先輩の背中に突き抜けたんじゃないかってくらいに突き刺さり、細い身体がくの字に曲がる。ゴボッと結構な量の吐血をしたので、内臓がやられたのかもしれない。
「……おらぁ!」
オリガは裾から手を放し、回し蹴りをエリアーナ先輩の頭に直撃させた。……腕力より脚力の方が高いのは当然で、それはオリガも例外ない。放さないで攻撃したのが拳だったのは良かったと言うべきなのか。エリアーナ先輩は途轍もない速さで壁に突っ込み、瓦礫で見えなくなる程だった。それでも貫通しないのは理事長の魔法で一番奥を途轍もないくらいに強化しているからで、そこに背中から叩きつけられた形のエリアーナ先輩のダメージは物凄いハズだった。
「……ぐっ、ぁ」
エリアーナ先輩は頭と口端から血を流しつつも、それでも瓦礫を押し退けて立ち上がった。二発なのに、生死に関わる程のダメージを受けているエリアーナ先輩はすでにフラフラだ。
「……いくぜ、先輩!」
オリガは言って容赦なく突っ込み、拳を叩き込む――直前でエリアーナ先輩が裾を硬化して伸縮させ、地面に突き立ててから縮めてその場に移動する、という身体をほとんど動かさなくていい回避方法を使って避けた。
「……そっちか!」
だが今のオリガにとってその程度は一時凌ぎにすらならず、すぐに追いつかれて重すぎる一撃をくらう。だが壁にぶつかる直前で、オリガが全速で回り込み、蹴りで受け止めた。
「……はははっ……!」
笑う。エリアーナ先輩の動かない肢体を押し出すようにして吹っ飛ばし、わざとなのか自分が回り込める速度で吹っ飛ばして何度も何度も殴り、蹴り続ける。
「……ははははははっ!!」
嗤う。どうやら力に流されて正気を失っているようだ。エリアーナ先輩の血がフィールドに飛び散り、すでに動かない。意識を失っているのかもしれなかった。
『……止めろ!』
理事長の拡声魔法を通しての怒鳴り声がレフェリーに向けられる。レフェリーはオリガが一方的にやられ始めた時から、ずっと入り込むチャンスを狙っていた。今も狙っている。狙ってはいるのだが……。
「……入り込めないか」
俺は呟いた。レフェリーの気は確かに一流と呼べるレベルだが、今のオリガを止められる程ではない。止めに入ったとしても最悪巻き添えをくらって死ぬ。それ程の、ただ圧倒的な暴力の嵐が吹き荒れているのだった。
「……っ!」
俺が動くべきか悩んでいると、向かいのベンチで何やら強大な魔力を拳に溜めている会長の姿があった。副会長の豊満な身体に抱き抱えられながらではあったが、そこに込められた魔力は一時的に強さを手に入れたとはいえ身体がズタボロのオリガを殺すには充分すぎる程だった。
「……クソッ! 戦闘獣龍錬硬活鬼!」
「ルクス!?」
俺はアイリアの制止を無視して、気の八つ融合を発動させると、ベンチを飛び出し跳躍した。
「……このっ、クソバカオリガがあああぁぁぁぁぁ!!」
そのまま、重力に従って落下すると共に、強烈な脳天チョップをオリガにくらわせてやった。オリガは「へぶっ!」と女子にあるまじき声を上げて地面に頭からめり込んだ。
「……な、何すんだよルクス!」
「……バカかお前は! よく相手を見てみろ!」
「……あん? ――あっ」
脳天を押さえて難なく起き上がったオリガがちょっと涙目で訴えてくるが、俺がドサリと力なく倒れたエリアーナ先輩を指差すと、やっと自分がやったことを理解したのかしまったという顔をした。
「……ったく。このアホ! お前は強くなれれば何でもいいのか! 人を殺しても!」
「……い、いやそんなことは……」
「……じゃあ後で土下座だからな! 目が覚めてからちゃんと土下座で謝れよ!」
「……おう」
「……それと今回は割り込んだけど反則じゃない――よ、な?」
オリガに簡単な説教をした俺だが、急に自信がなくなってレフェリーを見る。
「……あ、ああ。今回は止める気だったし、問題ない。だが今回はさすがに……」
「……おう、それでいい。とりあえず敗者はさっさとベンチに戻れバカ!」
「……うっす」
レフェリーが言いづらそうにするが、それは分かり切ったことなのでオリガをベンチに戻させて、唖然とする会場の中、瀕死状態のエリアーナ先輩をよっ、と抱える。お姫様抱っこの格好だが、まあ負傷者なので仕方がない。俺は三年SSSクラスのベンチに向かって歩きながら、活気の力を使って命に別状がなくなるくらいまで回復させる。……気の八つ融合だから結構消耗するが、まあ仕方ない。こっちの責任だからな。一応見た通りの傷がなくなるまで回復させた。
身体を売りにする踊り子のエリアーナ先輩の身体に傷をつけたら殺されかねないからな。内部ダメージは優秀な医療メンバーに任せようか。
「……ホントに、悪かった! ウチのオリガがバカで」
俺は三年SSSクラスのベンチの前まで行き、深く頭を下げた。エリアーナ先輩を差し出すような格好で。
「……ホントに、身体が売りのエリアーナ先輩を容赦なく痛めつけて笑うとか、マジでバカなヤツで悪い! またエリアーナ先輩には土下座するよう言っとくんで、教室で土下座しても笑ってやってくれ。あと一応傷は治したら後は内臓とか骨とかのダメージだけなんで」
「……あ、はい」
女子の先輩が戸惑い気味に言ってエリアーナ先輩を受け取り、治癒をかける。……これでもう心配はないか。
「……ホントに悪かった! ってことでじゃあ」
俺はもう一度深く深く頭を下げて謝罪し、踵を返して立ち去る。その直前で思い出した。
「……ああそうだ。会長」
俺は立ち止まって言う。
「……な、何?」
会長もいきなりの俺の行動に戸惑ってるのか、言葉を詰まらせながら聞いてきた。
「……さっきの溜めてた魔力、物凄い感じだったけど」
そこで俺は会長を振り向く。
「……オリガを殺すだったのか?」
打って変わって冷徹な目で、会長に向ける。
「……っ。そ、そんな訳ないよ。僕は生徒会長だからね。ちゃんと加減を考えてあるけど」
「……そうか。それならいいんだ。もし殺そうとしたら――俺がてめえを殺すとこだったよ」
会長が戸惑い気味に言うのに対し、俺は冷ややかな口調で告げて、その場を立ち去った。
「……あ~。リーフィス、ちょっと待って~」
その後ベンチに戻った俺は、倒れていた。……だって気の八つ融合使って疲れたし。まだこの前のゼアスとの戦いの疲労が取れてない。なのでオリガが負けた後の二戦目に向かおうとするリーフィスを呼び止めた。
「……何よ。さっきまで会長にガンつけてたのに情けないわね」
「……そうは言うけどな。とりあえず氷の枕と頭に載せる氷をくれ。辛い。疲れた」
「……まだこの前の戦いの疲れが抜け切ってないんじゃないの? 全く」
リーフィスは呆れながらも、ベンチでぐったりする俺に氷の枕と氷の俺の額にぴったり載る塊を作ってくれた。
「……おぉ、ぴったりだ。ありがとな、リーフィス」
「……べ、別にお礼を言われる程じゃないわよ」
俺が素直に礼を言うと、リーフィスは照れてそっぽを向き、「とりあえずゆっくり寝てなさいよ」と俺を心配してからフィールド中央に向かった。
一方その頃向かいの三年SSSクラスのベンチでは。
「……ぅん?」
重傷が綺麗に治ったエリアーナが目を覚ました。
「あっ。大丈夫?」
十八歳になる年の少年とは思えない程幼い会長が、エリアーナの顔を覗き込んでくる。
「……会長。私……あっ。会長が助けてくれたんですね? ありがとうございます」
エリアーナは意識を失う前の出来事を思い出し、会長が一番可能性が高いと思ってのことだ。
「……あっ、ううん。エリアーナを助けたのは僕じゃないんだよ」
「……?」
会長でなければ誰なのか。エリアーナはそれが分からず首を傾げたが、とりあえず置いておくことにした。
「……あっ、傷がない。ちゃんと傷跡が残らないように治してくれたのね? ありがと」
「……う、ううん。それも私達じゃなくて」
話を変えようと探し、丁度身体の傷がないことに気付いて礼を言ったが、またしても微妙な顔をされてしまう。
「……じゃあ、誰が?」
「「「……ルクス君」」」
こてんと首を傾げるエリアーナに、ベンチにいた全員が声を揃えて告げた。
「……ルクスってあっちの?」
エリアーナは驚いて聞き返す。何故敵であるルクスが自分を救ったのか。?が浮かぶばかりだった。
「……うん。お礼は言っといた方がいいと思うよ」
「…………あそこで死んでるんだけど」
会長の言葉に、ジト目を向かいのベンチへ向けるエリアーナ。
「「「……」」」
三年SSSクラスのベンチにいる全員が、気まずそうに視線を逸らした。