試合前と膝枕
予定より少し遅れました
更新はこれくらいになるかと思います
翌朝、俺はいつもと同じ時間に起床した。……上に乗っかる柔らかい重みがあるのもいつものことだ。
「……」
俺はフィナを退けて起き上がり、木の棒は持たないでいつも鍛錬している場所に向かう。身体は疲れているというのに、いつものこの時間に起きられるのは、いいことだと思う。
「……ん?」
しかし俺はそこに向かっている途中、すでに気が二つあるのを感知して首を傾げた。片方はセフィア先輩、もう片方は……オリガか?
「……やっぱりか」
俺は鍛錬の邪魔にならないよう気配を消して近付き、呟く。気で感知した通りの二人がそこで戦っていた。
白に近いピンクのポニーテルをした美女が刀を振るい、赤髪で角の生えた美少女が拳を振るう。……ってかオリガはいいのか? これから試合があるんだぞ? しかも俺と違って真っ先に。
「……うん? ああ、ルクスか。もう傷は良いのか?」
オリガの身体が温まってるからだろう、激しい戦闘を繰り広げてた二人の内、セフィア先輩が俺に気付いて聞いてきた。……汗だくで笑顔を浮かべる朝のセフィア先輩程清々しそうなモノはないんじゃないかと思われる。
「……おう、ルクス! 怪我は治ったのか?」
セフィア先輩が俺に気付いてから、オリガが聞いてくる。……強い相手と戦えたからかセフィア先輩より眩しい笑顔を浮かべている。
「……まあな。それより珍しいな、二人が一緒に鍛練なんて」
まだ本調子じゃないが、とは言わず二人に尋ねた。
「ん? ああ、先輩とは偶然会っただけで、あたしが勝手に付き合ってもらってるだけなんだよ」
「……いや。最初こそ付き合っている、だったのだが途中からは私もいい鍛練になったと思っている」
オリガは苦笑して言い、しかしセフィア先輩がフォローする。……確かにスロースターターなんだから途中から強くなってくのがオリガなんだが、セフィア先輩も気の四つ融合を使って結構本気だった。フルパワーが見えないだけに、末恐ろしいもんだ。
「……まあそれはいいとして、何で試合前なのに頑張って鍛練してんだよ。試合前に疲れるだろ」
普通ウォーミングアップ程度に抑えとくんだが、セフィア先輩は試合がないから良いとしてオリガも汗だくだ。相当頑張ってることは分かる。その分疲労も多いハズで、それは試合前としちゃあやっちゃいけないことになる。
「……そりゃあそうなんだけどよ、あたしってスロースターターだから昨日もあんな簡単に負けたんだろ? だったら試合前に身体温めとかねえとあの先輩には勝てねえ。身体が温まるまで待ってくれる相手でもねえしな」
オリガなりに色々考えての行動だったようだ。……考えてみれば、そうか。オリガが今日試合出ることを知ってるセフィア先輩が互いに疲れるまで鍛練に付き合う訳じゃない。
「……なるほどな。でもあんまり疲れるなよ? それと適度に汗掻く程度にしとかないとシャワー浴びる羽目になって意味ないしな」
俺は言って、肩を回しながら森の中にある草むらに踏み入る。
「……? 今日は武器を持っていないのだな」
そこでセフィア先輩が気付いた。
「……ああ。また暇がある時に気を注入しないと蓄積させてた気が減っててな。今はまだ戦闘に使えるくらいの強度になってない。ほら言うだろ? 一回やると癖になるって」
「……それは捻挫だったと思うのだが、ということは生徒会長とは素手で戦うということか?」
セフィア先輩が軽くツッコみつつ聞いてくる。
「……ああ。だからオリガ、俺の鍛練に付き合ってくれ」
「いいぜ、久し振りにルクスともヤりてえしな」
俺が言うとオリガはニヤリと戦闘狂の笑みを浮かべて即答した。
「……私でもいいのではないか?」
セフィア先輩は少し不満そうに唇を尖らせた。
「……セフィア先輩と戦う時は剣で決めてるからな。また今度な」
俺は苦笑しつつ言って、納得したのか端に寄るセフィア先輩がいた場所に立つ。単純にオリガと対峙する位置だからだ。
「……イクぜ」
すでに身体が温まってるオリガと、俺はほぼ回避で戦った。……いや、ゼアスの時もそうだが気の流れを読んで動きを読むって結構ギリギリなんだよな。ゼアスは気を使ってきたから攻撃してくる部位に気が集中するから分かりやすいんだが、オリガは気を使わないので明確に分かる訳じゃなく、勘に頼った部分も多い。
結果、俺はボコボコにされてぶっ倒れた。
「……ん」
俺は意識が浮上してきて身体が柔らかい草の上に寝転んでいて、涼しげな風が吹いている。だが頭は地面に寝かされている訳じゃないようで、柔らかく弾力のあるモノに頭が載っている。
「……目が覚めたか?」
俺の漏らした声を聞いてか声が上から降ってくる。俺がどこかで聞いたことのある声だと思って上を見てみると、顔が見えなかった。……まあ目覚めてくると誰か分かったきて見えないのも納得なんだけどな。
俺の視界には左側から突き出すようにある、和服の上から存在を主張する二つの膨らみがあった。その膨らみのせいで下からだと顔が見えないんだよ。……和服でこの大きさは、一人しかいない。
「……セフィア先輩」
その名前を呟いた。
「……ああ。やっと覚醒したようだな。一応回復魔法を使っておいたが、大丈夫か?」
「……ああ」
セフィア先輩に言われて、思い出した。俺は気絶する直前までオリガと戦っていたんだった。で、そこにはセフィア先輩もいた。
「オリガはもう行ったよ。シャワーを浴びてから少し汗を掻く程度に走ってくるそうだ」
オリガがいないことを確認した俺にセフィア先輩が説明してくれる。……そうか。オリガなりに思うとこがあるんだろうな。
「……そうか。それで、セフィア先輩は何でここにいるんだ? 別に行っても良かったのに」
「……そ、それはだな。今日はせっかくの決勝戦なのだ、それなのに大将のルクスが寝坊して負けては意味がないだろう?」
俺が聞くとセフィア先輩は少し咳払いをしてから答えた。……確かにそうだな。でも膝枕まではしてくれなくてもいいと思う。気持ち良くて寝ちゃいそうだ。
「……そうだな、悪かった。ありがと」
俺は言って起き上がる。セフィア先輩の膝枕は気持ち良かったがいつまでも寝てる訳にはいかない。今日は会長率いる三年SSSクラスと戦う日なんだった。
「……そうか」
セフィア先輩は少し残念そうにしながら(?)頷いた。
「……じゃあ、俺の戦い見てろよ。気だけでも会長に勝てるってとこ、見せてやるぜ」
俺は二カッと笑ってサムズアップしてセフィア先輩に宣言する。……昨夜あんな夢を見て弱気になった心を奮い立たせるにはこれくらいしないとダメだ。俺の弱さなんて俺が一番よく分かってる。気で並ばれたら俺に勝つ術がないことくらい、俺が一番分かってる。だが弱気を見せるような真似はしない。
「……ああ、無茶はするなよ」
それは無理な相談だな、とは言わず笑うだけに留めて寮に戻っていった。
……さあ、相手は魔力も気も最強の部類に入る天才だ。精々落ちこぼれの底力ってのを思い知らせてやるとしようぜ。
俺は自分を奮い立たせるために、ニヤリと笑って決意した。