過去と現実
ルクスの過去について明かされる話です
今後は大体三~五日を目安に更新しようと思っています
懐かしい夢を見た。
十年前の、ある事件の時の記憶だ。当時の俺は魔力がないことにショックを受けていたが、色々あって何とか開き直り気のみで頑張っているところだった。親父もこの頃は鍛錬も多かったこともあり、俺も付き合ったり真似したりして身体を鍛えていた。気も教わっていて、すでに八つぐらい使えていた気がする。もちろん気の融合は三つか四つだった気がするが。
何気ない日常。だがすぐに崩れて非日常に変わった。
その日は急に召集がかけられたらしく仕事で親父と母さんを含め、ほとんどの当時俺より強くて歯が立たない程だった人達が村からいなくなった。オルガの森にある村なので少し不安も残ったが、全員が戦えるらしいので残った人達でも不測の事態が起ころうとも対処出来ると思ってのことだろう。
そいつが村に入ってきたのは、そんな日だった。
爪の長い人間からすれば大きいが、モンスターとしてはあまり大きくない猿だ。そいつの出現に、今村に残っている一番強い者から五人が立ち向かう。五秒後、全員が切り裂かれて死体が積み上がった。普段からオルガの森の浅域で活動し、モンスターを狩っている強者達。だが所詮は浅域でしか強いと言えない者達だった。モンスターの聖域と呼ばれる深域から出てきたそいつに敵うハズもなかった。
場面はそこから飛ぶ。
「……や、止めろぉ!」
俺はそいつの爪に浅く切り裂かれて地面に倒れている。手加減されていることは分かっていた。瞬殺された五人の一人が相手でも、俺は勝ったことがなかった。
それでも俺が愛用する木刀を片手に突っ込んだのは、殺されそうになった人を助けるため。そして今そいつに握られている人を助けるためだ。だが、呆気なく木刀は折られて俺はわざと浅く切り裂かれた。
「……くそぉ!」
俺はまだ四肢が動くことを確認して、ただ闇雲に突っ込んだ。そいつは足掻く俺を見てニヤニヤ笑い、わざと心臓を外して右側に左手の爪を深々と突き刺したとっても子供の身体なので爪はほとんど刺さってなかったといってもいいくらいだったが。
「……ルクス!」
その人が俺を呼ぶ。俺は血反吐を吐き、そいつに突き放される。俺は数歩後ろによろめいて、しかし何とか倒れずにそいつを睨み上げる。そこで気づいた。そいつは俺が助けようとしているその人を、喰おうとしている。その人を持ち上げて大きく口を開けたのだ。
「……っ! てめえ!」
俺は何とか立ち上がろうと、気の四つ融合を発動させて、立ち上がる。あまりよく覚えてないがこの時活気があったのかもしれない。活気を使えたことは覚えているが、この時に使ったかは忘れた。だが立ち上がった俺は、そいつの爪に浅く刺される。
「……た、助けて……っ!」
その人がそいつの口の上に来て、俺に助けを求め手を伸ばしてくる。俺もその手を取ろうと手を伸ばすが、届かない。そいつに、爪を突き刺されて、これ以上前に進めないのだ。たった五メートルもない距離が、途方もない距離に思える。
「……っ!」
そいつは、右腹に突き刺した爪を、左に払った。肉が抉り取られ、鮮血が噴き出す。俺は息を詰まらせて力なくうつ伏せに倒れた。その人が俺を泣き叫ぶ声がする。俺は何とか顔を上げるが、身体は動かない。立つこともままならないで、気の四つ融合も消えた。
「……ぁ」
声を上げたのは俺だったのか、その人だったのか。そいつが大きく開けた口に、脚からその人が入っていく。
止めろ!
そう叫んで飛び出したいが、出る声は掠れた呻き声で、身体は全く動かない。そいつが俺の大切な、守りたいその人の脚を口に入れ、鋭い牙で噛みついた。脚の付け根ぐらいだったと思う。その人の悲痛な叫び声と飛び散り俺の顔にもかかった鮮血。その光景は、俺を数日間苦しめることになる。いや、今でもこうして夢に出てきては俺を苦しめる。
「……ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺の口から出た声は、そういう、ただの絶叫だった。
……助けられなかった。
力なくその人が上半身を垂らし、鮮血は身体を伝って地面に滴る。
……憎い。
助けられなかったという後悔は、次第に目の前でニタニタと笑う猿に向けられる。
……殺す。
その人を俺の目の前に弄ぶように殺し、用済みだとばかりに吐き捨てるそいつに対する憎しみ。
「……殺してやる……っ!」
俺は憎悪の込められた瞳でそいつを睨み上げた。
次の瞬間、憎悪を形にしたようなモノが全身から溢れ出し、俺の意識が黒に塗り潰される。
▼△▼△▼△▼△
「……はっ!」
俺は長い夢を見て、目を覚ます。……寝間着に使ってるジャージが汗でビッショリだ。
周囲を見渡すと自分の部屋だった。時刻は薄暗く月明かりしか差し込んでないことを含めても夜。
「……クソッ」
俺は目覚めの悪い夢を見て、呻く。……あの時のことを忘れたことなんて一度もない。
「……って、夜!?」
そこで俺は気づいた。今が夜で、俺がここで寝ているということは、クラス対抗戦の決勝戦はどうなったのか。まさか人数が揃わなくて負けとか?
「……」
俺は気づいた。脚にくっつく柔らかい感触に。布団を捲るとフィナが俺の脚に抱き着くようにして寝ていた。すやすやと安らかな寝息を立てている。
「……アイリア」
寝起きのフィナは寝惚けていてあまり役に立つとは思えないので、隣のベッドで眠るアイリアを、フィナを起こさないように揺すって起こす。
「……うぅん? 何よ。起きたなら寝なさい。怪我人でしょ」
アイリアは寝惚けていたが俺の顔を見るとそう言ってモゾモゾ動き再び寝ようとしているのか布団に包まろうとしている。
「……待て寝るな。決勝戦はどうなったんだ?」
本来なら今日のあの後行われる決勝戦だが、どうなったのか。
「……会長が、ルクスが目覚めてからでいいって」
アイリアは布団越しにそう言った。……つまり会長から許しを貰ったから、俺はこうして寝ていられるのか。
「……ならいいか」
俺はホッとして息を吐く。
「……良くないわよ。あんな無茶して」
「……ん?」
聞こえないフリをした訳じゃなかったんだが、あまりにも急で珍しい言葉だったので聞き返すと、しかしアイリアは安らかに寝息を立てていた。……ま、いっか。
「……」
俺はフィナを脚から外してベッドから起き上がり、まだ倦怠感が残る身体で部屋を出る。自動ロック機能つきなのでスペアキーを持ち出すのも忘れない。
俺はゆっくりと身体の調子を確かめながら、寮の屋上に向かう。なんとなく、夜風に当たりたくなった。
「……忘れる訳ねえよな」
十年くらい前、あれから毎日寝ても覚めてもあの光景が脳裏に焼きついて離れなかった。ゲドガルドコングが目の前に現れても久しく見なかった夢だったのに、何故今夜になって悪夢を見たのか。
理由は分からないが、俺の身体は明日、万全の状態じゃないだろう。だから、明後日俺が無事かは分からない。だがせっかくここまできたんだ、優勝しても、いいんじゃないだろうか。
「……強くなりたかった」
あの時のことを思い返す度、俺に魔力があればもっと強くてあいつを助けれたんじゃないかって自分自身を恨むこともあった。
「……強くなりたいんだよ」
久し振りに夢を見て、弱気になってるのかもしれない。
「……強くなりたいなぁ」
弱々しく呟いた願いは、誰にも聞かれることなく闇夜に消えていく。頬を伝うハズの涙はすでに枯れていて、流れない。
あいつが死んだ後、俺は強くなりたくて気を極め続けた。
ゲドガルドコングを死滅させるため。
そして、二度とあいつのような犠牲者を出さないために。
他のヤツよりどうしても強くなれない俺は、敵わぬ願いを心に秘めて、強くなったことを確かめるために、俺が持たないモノを全て持つ相手と、戦う。
……本当は負けると、分かってる癖に。それを億尾にも出さず、戦う。本当は誰よりも強くなれないと分かってる癖に、余裕を気取って弱音を消す。
「……俺が世界中で、一番弱い……っ」