邂逅
まだ薄暗く、霧が出ているような早朝。毎日の日課となっている素振りをしていた。
「……ふぅ」
俺ーールクス・ヴァールニアは早朝の素振りを終え、一息つく。使っていた何の変徹もなさそうな木の棒を下ろし、右腕で額に流れる汗を拭う。
この時間に素振りをする理由は、一晩経って休んだ身体を起こすことと、一日のウォーミングアップだ。何より、素振り後の早朝の冷たい空気が気持ちいい。
「朝早くからご苦労なこった」
欠伸を噛み殺しながら寝癖だらけで黒に白の混ざった頭をボリボリと掻いて、ゆるゆるのシャツとズボンでだらけた感じしかしない無精髭のおっさんーー俺の父親のガイス・ヴァールニアが言った。
「……俺は騎士になるんだよ。そしていつか親父を負かす!」
……まあ、それ以外にも理由はあるが、俺が騎士を目指し始めてから一度も親父に勝ったことがないのは悔しい。
「……ま、頑張れよ。今日だろ? ライディール魔導騎士学校の入学試験。お前にゃあ無理だと思うが?」
「……一番最初に応援するっつったのは親父だろうが。実力じゃあ落ちる気がしねえな」
俺は胸を張って言う。……それ以外に落ちる要素があるんだが。
「……そうかよ。まあ、受かってこい」
「当たり前だ、バカ親父」
俺は笑って親父に答える。
親父の言ったライディール魔導騎士学校とは、世界有数の魔法使い、騎士を育てる学校だ。
この世の戦闘術、魔法と気について学ぶ学校で、卒業後は騎士か魔法使いになって王宮直属の師団に入る。
要するに、エリートの通う学校だ。
毎年春の初めに入学試験を行い、倍率十倍以上の中から五百人が選出され、入学を許される。
試験は実技、理論、測定の三つで行われるが、実技は教官との手合わせ、理論は魔法や世界の地理や気の理論の筆記試験、測定は全員参加で、他二つがダメでも魔力がバカ高ければ、見込みありと言うことで合格することもある。実技と理論は両方受けるもよし、片方に賭けるもよし。俺は理論なんざさっぱりだから、実技と測定のみだ。
「ご飯出来たわよー」
木造の一階建ての家から、エプロン姿の茶色い髪を一まとめにした柔和な笑みを浮かべる女性ーー俺の母親、エリス・ヴァールニアが顔を出して言った。
「はいよー」
俺は軽く返事をして、愛用の武器である長さ一メートル程の真っ直ぐな木の棒の、剣で言う柄の部分ーー白い帯が巻いてある部分を上にして家の壁に立てかける。
▼△▼△▼△▼△
「これで、ちゃんと受かってくるのよ?」
母さんの料理を平らげた俺に、母さんが言う。実を言うと、俺がライディールを受けることに真っ先に反対したのは母さんだった。それがよく許してくれたと思う。
「ああ。ま、何とかなるさ」
「またそんなこと言って。そんな適当なこと言ってると、いつか父さんみたいになるわよ?」
「……それは困るな。まあ、大丈夫だろうし、大して心配してないな」
俺の見た目はよく親父に似てると言われる。
黒と白のマーブルな寝癖だらけの髪。俺はよく分からないが、顔も似ているらしい。……性格だけは似てるって言われたくねえ……。
「まあ今年の顔ぶれにもよるだろうよ。今から心配してもしゃーない」
親父は酒瓶片手に言う。頬は若干赤く、吐く息
が酒臭くて酒気を帯びている。……この酔いどれ親父が。朝っぱらから酒飲んでんじゃねえよ。
「まあ、頑張るのよ」
「はいよ。……っと、そろそろ行ってくるわ」
俺は少し急いで旅支度を済ませる。旅支度と言っても、早朝の素振りでかいた汗を流し、昨夜用意したバッグを持っていくだけだ。
「……おっと」
俺は愛用の木の棒を忘れかけた。
「じゃ、行ってきまーす」
「気を付けるのよー」
「精々受かれよ」
二人に見送られて、少し走ってライディール魔導騎士学校へと向かった。
▼△▼△▼△▼△
ライディール魔導騎士学校は俺の家もあるディルファ王国の中心都市ライディールにある。
ライディールに行くには、俺の家がある小さな村から魔物が多く存在するオルガの森を通り抜け、途中のベイルナ川を渡り、ライディールを囲むイデオル草原に出て、とかなり遠く、八時間かかる。
走って八時間だから、面倒だ。
最短距離で八時間って、嫌だよな。俺の住む村は何の間違いかオルガの森の中にある。小さな村なので地図には載っていない場合もあるくらいだ。どうせ森を突っ切るしかないと言う、危険な場所だ。それでも平和なのは、結構強いヤツが多いらしいと言うことだ。それを知ったのは、親父に勝負を挑んだら「あいつでいいだろ」とか適当なことを言われて、その辺の大人に挑んだ結果、まあ、負けたからだ。最近手合わせしてないヤツもいるが、強いらしい。
「……う~ん」
俺は魔物の気配を避けながらオルガの森を駆けていた。
薄暗いオルガの森は、どこか不気味さを醸し出していて、あまり一人では来たくなかったんだが。
俺は身体強化でも使って早く行こうかとも思ったが、着いた時が疲れるので止めた。
「……」
俺は気配察知をしている中で、面倒なことに気付いた。
魔物の群れがいる。俺の進路を全て塞ぐように。……運悪いな、俺。
つくづく自分を不運だ不運だとは思っていたが、ここまで来るといっそ清々しい。……そんな訳あるか。
「……じゃあ、やるしかねえか」
俺はソッと右腰に差した木の棒に手を添える。
さらに速度を上げ、一気に魔物の群れとの距離を詰めた。
「……結構な数がいやがる」
魔物はイービルアイと言う一つの眼だけの魔物で、蝙蝠のような翼で飛んでいる。
……正直言ってキモい。だが、数百体もいれば少なからず近隣の村などに影響を及ぼすだろう。何より、俺の進路を邪魔してやがる。
「……まあ、敵じゃねえな!」
俺が木の棒を抜こうとした瞬間、紅の焔がイービルアイ全てを一瞬で焼き尽くした。
「……は?」
俺の出番ねえの?
俺はその焔が来た方向を向いて、主を確かめる。
「……」
煌めくように鮮やかな膝裏まで長い金髪に澄んだ紅の瞳。高価そうな白いマントに白いミニスカートと白い長袖シャツ。両手には一本ずつ先端が黒く柄が紫の槍と先端が白銀で柄が白の槍を持っている。……装備が豪勢だ。どっかのお嬢様だろうか? さっきの焔を見る限り、相当な腕前だとは思うが。
「……あら。そこの貴方。私に何か用?」
澄んだ声がそう言った。
「……いや。俺はあんたが倒したイービルアイの群れが邪魔だったから倒そうとしただけだ」
……自身の見かけもお嬢様のように整っている。スタイルは抜群とは言わないまでもそこそこいいし、顔立ちは整っている。
「そう。じゃあ私のおかげで時間短縮になったのね? 有り難く思いなさい?」
ファサッと髪を後ろに靡かせて言う。
「……ああ。あんたの後ろにいるそいつを倒したらな」
少女の後ろに翡翠色の蝙蝠のような翼を持つ二本足で立った魔物ーー竜がいた。
竜は結構厄介で、魔法を防ぐ魔力障壁に、全身を覆う硬い鱗を持ち、さらにはブレスや魔法を使ってくる。
最強種の魔物の一角だ。
「っ!? ……何でもっと早く言わないのよっ!」
少女は後ろを振り向いて驚き、俺に文句を言いながら槍で一回ずつ突いて牽制しつつ、後ろに跳んで距離を取る。
「……って言われてもな。てっきり気付いてるんかと思ってたんだよ」
俺は少女の隣に出て言う。
「……下がってて。貴方の敵うような相手じゃないわ」
少女は二つの槍を構えて翡翠色の竜を見据えて言う。
「俺の実力知らない癖に、よく言うよな」
俺は苦笑して右腰から木の棒を抜く。
「……ぷっ。何よそれ。貴方の武器はそんなの?」
少女は木の棒を見て思わず吹き出していた。……うるせえよ。
「……笑うなよ。これが一番俺の力を生かす武器なんだよ」
俺は少し眉を寄せて言う。
「こいつであいつ真っ二つにするから、手え出すな」
「何を言ってるの? そんなので竜を真っ二つに出来る訳がないわよ。当たった瞬間にその木の棒が真っ二つに折れるわよ」
少女はまだ笑いを堪えながら言う。
「……見てろ」
「嫌よ。私が他人に竜討伐を任せるなんて、いい恥さらしだわ」
少女は一向に引こうとしない。……プライド高いんだかは知らないが、面倒だし任せるか。
「……ふぅ。じゃあ任せた」
俺は言ってさらに後方に下がり、観戦に努めることにする。
「……試験まで使わないと思ってたけど、予想外な場面で使うものね。……」
試験? じゃあこいつもライディール魔導騎士学校の入学試験を受けるのか? ……手強そうだな。
「……はっ!」
集中してから、気合いの声を発する。すると、二つの槍は焔を纏った。
「……嘘だろ……?」
俺は呆然として半笑いしてしまう。
少女のやった焔を含む属性を武器に纏わせることを魔導と言う。魔導は熟練した魔法と武器を極めた者でも魔力が高くなければ辿り着けない……筈。魔法と武器を両立するヤツも結構少ないのに、魔導に至ったヤツは少ない。
誰でも出来る付与とは違い、魔導は威力を倍加させられる。相手がその属性を放ってきたら、吸収出来る。
……イービルアイの群れを全滅させたのは魔法だろうか? まあ、魔法でもあれだけの規模を一気に殲滅出来るんだ。魔法と武器、両方共相当な使い手だろう。
「……さあ、いくわよ!」
少女は威勢よく翡翠色の竜に突っ込んでいく。
「グガアアアァァァァァ!」
翡翠色の竜は少女に向かって翡翠色の焔を放つ。……バカか。
「……ふっ。貰うわよ」
翡翠色の焔は少女の槍に吸収され、少女の槍が纏う焔は一層強くなる。……熱くないんだろうか?
「……翡翠大炎槍!」
そして、吸収したモノを使える。
ゴォ! と翡翠色の焔が巨大な槍となって竜に向かっていく。
「グガアアアァァァァァ!」
翡翠色の竜はまたしても焔を吐き、相殺しようとする。……いやだから、バカかって。
魔導の属性吸収は技にも適応されるので、相殺するどころか、吸収されてさらに巨大化して襲う。
「ギャアアアァァァァ!」
悲鳴を上げて仰け反るが、魔力障壁もあってあまり効いていない。
「……じゃあ、これならどう? ーー光気閃!」
右の槍に光を収束させ、太い光線を放つ。しかも、気で強化されていて、竜の魔力障壁を突き破り、竜の腹にでかい風穴を開けた。
「……さすがは魔導使い」
翡翠色の竜は倒れる。……こいつが同じ試験のライバルとは考えたくないな。
「……ふぅ。竜に会うとはついてないわね。早くしないと試験に遅刻するわ。貴方も早く去った方がいいわよ? 竜の血の匂いに釣られて魔物が集まってくるわ」
少女は言って、二つの槍を背に収める。
「あんたの言う試験ってのは、ライディール魔導騎士学校の入学試験のことか?」
「ええ。首席は間違いないわね」
少女は自信満々に言う。……まあ、魔導が使えるんだから、ほぼ間違いないな。
「……俺もその試験を受けるんだ。よかったら一緒に行かねえか?」
「えっ? 貴方、本当に出る気? 恥をかくだけよ?」
「……俺の力も見てない癖によく言うよな」
俺は苦笑する。木の棒が武器な時点でバカにされるとは思っていたが、それだけで実力を決めるもんだから、困る。
「……まあ、恥をかいてもいいならいいけど。少し待ってなさい」
少女は呆れたような顔をして言うと、ピーと指笛を吹いた。
バサッ。
頭上を何かが通り過ぎる。
「……おぉ。って、王宮騎士団かよ」
俺はそいつを見て、感心してからツッコんだ。
「私の移動用のグリフォンよ」
少女はそう言って、傍に着地した、鷲の頭に獅子の身体に翼があるグリフォンの頭を撫でる。
「……戦闘用じゃないのか?」
グリフォンの鎧を装備していた。
「……まあ、念のため戦闘も出来るようには訓練されてるけど、あまり戦闘向きな性格じゃないのよ」
少女は言いながらもグリフォンの背に跨がる。
「……俺も乗っていいのか?」
「ええ。けど、途中で下ろすわよ? 私が平民と一緒に来たなんて、妙な噂が立ったら困るわ」
「……そうかよ。じゃあイデオル草原までよろしく」
俺は言って、グリフォンの背に手を着いて跳び、跨がる。
「……じゃあ、いくわよ」
少女が言って、手綱を引く。
「ピイイィィィィ!」
グリフォンは一鳴きして駆けながら翼を羽ばたかせ、ジャンプすると同時に真上に滑空していく。
「うおっ?」
危うく落ちるところで、慌てて何かを掴む。
むにっ。
……ん?