第一話 標的は総理大臣 その3
屋外に出ると、数名の男性がわたし達の方へ向かってきました。
「君達。ここの家の子供かな?」
「はい、そうです」
この家の子供は長男だけのはずだが……と皆様が訝るので、「遠い親戚の娘で、日本に遊び来ています」と淀みなく答えます。
「お父さんはご在宅かな?」
「ああ。さっきは押入れだったから、多分次は二階の屋根裏部屋に居るんじゃないかな」
と、始さんは即答しました。
呆然としていると、急に始さんに腕を引っ張られ、ゴミ捨て場の裏に連れ込まれました。
壁から少しだけ顔を出すと、検事と思しき方々は郭名家へと乗り込み、パパさんが断末魔のような悲鳴を上げながら郊外の方へと逃げていく姿が見えます。
「何でバラしちゃうんですか!!」
「あいつら、ずっと僕のことを尾行していたからね。官邸までついてこられると困るから、一瞬の隙を突いて逃げおおせたわけさ」
「パパさんの身柄が……」
「革命に犠牲はつきものさ。なに、日本を乗っ取った暁には特赦で牢獄から出してやるよ」
その根拠無き自信は何処から湧いてくるんですかね?
東京メトロの地下鉄に揺られながら、私は気になっていた疑問を始さんにぶつけます。
「始さん。わたし、この国の政体について、よく分からないことがあるんですけど……」
「うん?」
「天皇陛下と総理大臣の位置づけが曖昧で……」
「う~ん、難しいな。じゃあ、簡単に歴史を絡めて説明しよう」
そう言って、解説を始めました。
「まず、この国の皇帝、つまりは"王"に位置づけられるのが天皇なんだ。皇帝は王の上位互換みたいなものだけど、ここでは解説をを省くよ」
「ふむふむ。つまり、国の統治を行う存在なのですね」
「そう。皇室の始祖である神武天皇は、天照大神という神様を皇祖とし、日本の支配権を神様に与えられた、と歴史書には記述されているんだ。まあこれはあくまで伝説で、神武天皇以下九代までは架空の人物だとするのが研究者の間では通説だよ」
しかし、と始さんは言葉を切り、
「この国を直接統治した天皇はわずかしかいない。殆どの天皇は統治権限の殆どを名代、つまりは代理者に任せることが多かった」
「どうしてですか?」
「それは難しい話だけど、かいつまんで言えば、皇室は他の家系との婚姻関係が多くて、その家系――蘇我氏や藤原氏、平家に権限を乗っ取られたんだ」
「その家系が高位の大臣や摂政、関白、太政大臣なんですね」
「その通り。その後、軍隊家系である源、足利、徳川といった一族が世襲で、天皇から日本国の政治、経済、軍事の統治権を与えられ、征夷大将軍の地位に就いた」
「では、内閣総理大臣は?」
「明治維新という、役に立たなくなった幕府追討のクーデターの際に、他国の政治体制をパクって作り上げた役職だよ。皇帝――ここでは天皇だね、から内政の権限を与えられた存在。つまりは宰相のことさ。そうして、70年前の敗戦後、天皇の位置づけも国家元首から、日本国民統合の象徴になったりして国政に対する機能を有さなくなったこともあり、天皇の名代である内閣総理大臣の立ち位置はより重要になったということさ」
「つまり、日本の頂点に立つものは殆どの場合、天皇の権威を利用して君臨しているのさ」
ふう、と一息をついた始さん。どうやら解説は終わったようです。
「なるほど。つまり、今の内閣体制破壊して、今度は始さんが政治の総代になろうという目論みなのですね」
「そうさ。――というより、皇居に襲撃しに行ったりしたら、宮内庁と皇宮警察に何をされるか……。昔、巨人やナル夫と一緒に皇居前で、ナル夫の会社が作った特製打ち上げ花火大会したら、東京駅周辺が殆ど戒厳令体制みたいな状態になっちゃって。巨人とナル夫はどさくさに紛れて逃げるから、結局、僕だけが公安のお世話になったんだ。まったく、もう武力攻撃事態法発令はこりごりだよ」
地下鉄の乗客たちが奇異の目でこちらを見ていたような気もしますが、恐らく気のせいだったと思いたいです。