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ワンダリング・ゲヒャッハー

作者: 向行彼方

約十年前ほどに書いた代物。


とあるSNSで、北○の拳のやられセリフで人名はありえんわなぁ、とかいう会話があったので「いや、いけるだろ。日本ではともかく、それぐらいのは向こうじゃ普通だから」ということで、人物名をそれ系統にして書いてみるためだけに作られたお話w


話としては嫌いじゃないが、なんせ書かれたのが昔過ぎて文章が今よりもさらに荒い。

大幅に直すのも面倒なのでほぼそのまま出してますけどw

ワンダリング・ゲヒャッハー




 夜闇を裂く二条の暗塊。

 音もなく飛翔し、突き刺さる。

 「!!」「!?」

 悲鳴は上がらないまま、門前の二人が何が起きたか理解も出来ていない表情を壊され落ちていく。

 放ったのはただの石塊。どこにでも落ちていそうで、事実そこらに落ちていただけのなんの変哲もない石だ。

 専用の投擲弾を使うまでもない。相手は丸腰ではないとしても全身鎧に身を包んだような、完全武装の騎士連中などではないのだ。

 門前の二人が倒れきるのを待つことなく、俺こと、ゲヒャッハーは手にした紐状の物体、伸縮性を持つ革紐製の投石紐、いわゆるスリングに次弾であるさらなる石を番えていく。

 ラバーのように伸びる革紐を弓のように引き絞り、番えた石の狙いをつける。悲鳴は上がらずとも、二人の人間が倒れ伏した音を聞きつけてその場へ駆けつけてきたさらなる番の人間へと。

 引き絞った革紐を解き放つ。石は伸びた革紐が引き戻っていく勢いのまま、狙い通りに宙を裂いて飛ぶ。

 再び音もなく、しかしわずかな激突音と破砕音を鈍く轟かせ、飛んだ石塊は一人の人間の顔面を破砕した。

 崩れ落ちていく屍を尻目に、林の影の中、足元の石をさらに二つ拾い上げ移動を開始する。

 今度はさらに四人もの番が騒ぎに気づき駆けつけてきたのを確認。その瞬間には移動しながら拾った二つの石をスリングの石受けに置き、さきほどとは違い通常通りの使用法を用い、振り回すことで遠心力を石に伝えて次弾の準備とする。

 走りながら番に向け革紐の一方のみを放す。解き放たれた二つの石が同時に勢いの箍を外され飛翔する。俺は脇目も振らずにそのまま走り去る。

 飛んだ石はしかし、そのまま直線の距離を翔けなかった。軌道を曲げて最初に投石していた地点の近くを通り過ぎるようにして番の二人へと襲い掛かっていく。あらかじめ与えられていた回転がその軌道を曲げたのだ。

 通常のスリングでは出来るはずがない芸当。出来るとしても普通の投擲の仕方では有り得ない変化だ。しかし現実に放たれた石は宙を曲がって落ちていった。当然種も仕掛けもある。

 だが今はどうでもいいことだ。重要なのはそうして曲がった石が番の二人の顔面に今度も突き刺さり、砕いて散らしたということだけでしかない。

 駆けつけたばかりだというのに倒れ伏していく二人を見て、石の飛んできた前方に注意を向ける残り二人。その間も休むことなく、しかし音もなく走り、回り込んでいた俺はそのうちの一人の背後へ林の影から飛び出ていく。

 しなる革紐、スリングを、背中をさらす一人の首元に滑り込ませる。異変に気づいたその一人が反応しようとするが、それよりも前に革紐は首元に巻き付いて、俺の手で引かれると共に声を封じながら瞬時に締まる。

 首を締めたまま体のひねりで回転を加え、遠心力で首の骨を勢いに任せて圧し折りながら開放し、その一人の体を投げ捨てる。あっさりと絶命したその一人は投げ飛ばされて地面を力なく転がった。

 味方の異変に地へ屍が落ちる音で気づいたさらなる一人は振り向き、手にした武器を振り上げようとする。が、すでに肉薄していた俺の手が伸び、そいつの顔面、その眼球へ虎爪にした掌が抉りこんでいた。

 俺に捕まえてもらうためだったかのようなタイミングでこちらを振り向いたために眼窩に指を滑り込まされた最後の一人は、その痛みに絶叫を上げる間もなく痛みで硬直した体を、眼窩を取っ掛かりとして俺に倒される。そして倒れた体に流れるような動作で落ちた膝が、その喉に突き刺さって頚椎ごと破壊した。

 そうして最後の番も、断末魔の一つさえなく絶命して片付いた。しかし本番はこれからだ。まだ仕事は終わってなどいない。

 足早にその場、木造の何の変哲もない一軒家の前を離れ、再び林の影の中へと戻る。そしてそこには数体の死体が山にされて転がっていた。格好は武装も何もあるわけがない、一般人のそれだ。

 「元の、居住者達か・・・」

 運が悪い。それ以上の感想は持たなかった。実際運のいい話なんてものはどこにも転がっていなかったのだ。だから俺はここにいるわけだ。

 始まりは近くの集落、ごく小規模の村に流れの傭兵である俺が行き着いたことだった。

 その時俺は重症を負っていた。とある連中との諍いで負った傷だった。生死の境をさ迷うほどの傷を抱え、逃げ延びた先がその村だったのだ。

 だが、俺は村に入ったところで気が抜けたのか、その真っ只中で倒れ伏してしまった。しかし目が覚めたとき、俺は手当てを施されベッドの上にいた。

 助けてくれたのはブベラという名の村娘だった。理由は優しさ、それだけのよくある話だった。

 俺は感謝した。しかしそれ以上甘えるわけにも行かないと、すぐに立ち去ろうとした。追っ手がかかっている、それは明白だったからだ。

 娘はしかし訳知り顔で答えたのだ。大体の事情はわからなくもない、けれどその体では逃げ延びることは難しいだろうと。それならここで息を潜めて待ったほうが賢いのではないか。貴方が出歩いたりしなければ、私が貴方を拾ったことはほとんどの人が知らないのだし、簡単には見つけられないだろうと。

 確かに無理が出来る体ではなかったこともあり、娘の言うことにも一理あると、俺は甘えることにした。そして運の良いことに追っ手は最後まで来ず、二月あまりを傷を癒すことに専念することが出来た。

 そして完治した俺は娘にいつか礼をしに戻ってくると約束をし、まずは自分の問題を片付けるために再び旅に出たのだった。

 そこまではよかったのだ、そこまでならば。

 村から旅立ってたった三日目に、俺の耳にちょっとした情報が舞い込んだのだ。とある村が賊に襲われ壊滅したのだと。

 言うまでもないだろう、その村の名前はたった三日前まで俺がいた村だった。急ぎ足で俺は戻った。放っておけばいい、どうせもう何もかも手遅れだ。そんな心の声に逆に憤怒し突き動かされるように俺は走った。

 村にたどり着いた俺が見たのは、完全な残骸の数々だった。野犬などに柔らかな腹の肉などをごっそりと食われながらも、未だ判別がつくほどには原型を留めた人達の腐乱し始めの死屍累々。焼かれてはいないがご丁寧にも一棟残らず粉々に砕かれた家屋の名残り。完全な廃墟でしかなく、もう後には亡霊の棲家にしかなれなさそうな終わった地に成り果てていたのだ。

 俺はそこで探した。何を言うまでもない、ブベラという名のあの娘をだ。だが、予想に反して、いいや、予想以上に最悪なことに彼女の姿は見つけられなかった。

 俺には喜びはなかった。喜びよりももっと悪い予想しか、俺の頭には浮かんでこなかったからだ。

 そして事態は今度こそ予想通りに推移した。亡霊の棲家と化した村の中で『痕跡』を探す俺の前に、向こうのほうからわざわざ声をかけてきたのだから。

 そいつは一見すればただの同業、もしくは山賊か何かの類にしか見えない男だった。おそらくこの村に留まり監視していたのだろう、暇でしょうがなかった作業が徒労に済まずに終わってやれやれだとでも言いたげな表情で俺に声をかけてきたのだ。

 「アンタがゲヒャッハーかい?まぁ聞くまでもなさそうだが、そうなんだよな?しかしまさか伝言を届ける前に戻ってきちまうとはな。恐れ入ったよ。小間使いが無駄にならずに済んでよかったがね」

 「・・・言いたいことだけさっさと言うんだな」

 「こりゃまた淡白だな。それとも短気なだけかい?まっ、予想がついてるだけなんだろうけどな。で、予想通りだ。嬢ちゃんは預かってるから、さっさと寄越すもんを寄越しな。そうすりゃ命ぐらいは助けてやろうって話だ。別にアンタが仲間になりたいってんなら、今更だが、考えないこともないって話だけどな。なんつっても、その場合嬢ちゃんと一緒に飼い殺しのわけだから、選らばねぇほうがいいと思うぜ?お互いのためにな。親切な俺からの忠告だ、感謝してくれよ」

 「そうか・・・そいつは良かったな」

 なにが、と俺の言葉に男は問い返したかったのか、大げさに芝居っ気たっぷりに笑って見せようとしたのかは知らない。俺がそいつに放った最後の言葉と共に放たれたもの、スリング用の投擲弾の礫がそいつの眼窩を抉り射抜いていたからだ。

 片手で取り出していた鋼の投擲弾を手首のスナップだけで投射し、礫としたのだ。これ以上生きていて貰っても意味がまったくないため、さっさと口を閉じてもらおうと。そう、つまり俺が男の答えを知らないのではなく、知る必要が全くと言っていいほどなかったということだ。

 男がいなくなっても現状は全て把握できていた。やはり予想通りの一番悪い事態が起きていたのだ。

 村がこうなった原因はまず間違いなく、俺がここに逗留していたせいだ。

 そしておそらく三日前にここから旅立つ時かその近日までは、連中は俺がここに隠れていたことに気づいていなかった。

 そうでなければおそらくではなく、傷が癒されるのを待つことなく寝込みを襲われていただろうからだ。

 しかし最近、少なくとも俺がほとんどの傷を完治させた頃に連中は俺がここにいることを掴んだのだ。だから村が襲われた。俺を直接相手にするより人質を取る方が楽と考えたからだろう。

 連中に誤算があるとすれば人質に取ったブベラの身の安全を引き換えに、俺と取引を行うための連絡を取るより早く、俺が噂を聞きつけてこの村に引き返して来てしまったことだろう。連中も馬鹿ではないため、ちゃんとこの村に見張りを残し、伝言役を仕立てていたようだが、予想外には違いないだろう。その伝言役があっさりと殺されることなどは。

 いや、よく考えてみれば予想外ではないはずだ。もう少し頭が回るなら、ここで伝言役が俺に何を伝えたところで、この村へと俺に戻ってこられた以上、連中のほうが逃げ延びることは出来るはずがないと考えないのは。

 連中は俺が今も顔に掛けている、実用性皆無にしか見えない赤色のレンズを持ったこの眼鏡を、一番の標的としているはずなのだから。

 この赤眼鏡は言ってしまえば馬鹿馬鹿しいが、『魔法の道具』とやらの一つなのだから。

 

 連中こと、ただ簡素に〈商団〉と呼ばれている気狂い共の集団との出会いは、そう昔のことではない。

 俺が傭兵として、ある国での城落としに参加していた時の事だ。

 俺が請け負っていた仕事は一言で言えば汚れ仕事、暗殺だった。

 とはいえ大部隊が城に陽動攻撃を仕掛けている隙に数人で乗り込み、敵の将軍の首を取るという、別段珍しくもない任務。さほど汚いとも言えない。

 むしろ戦場で殺すのだ、まだマシな部類だったと言えただろう。

 そんなことはどうでもいいとして。それなりにきつくはあったが、上手く事を運ぶことに成功し、肝心の仕事は実に見事に終わった。

 問題はその後だった。仲間の連中が将軍の首を持って出る前に、部屋にある物品を戦利品にしようなどと言い出したのだ。見ればなかなかの収集癖が有ったようで、金銀財宝とは言わないが、それなりに見える品々が部屋のあちこちに並んでいたのだ。わからないこともないな、と俺は思った。他の連中も同様のようだった。

 そしてとりあえず手早く物品を懐に納め、温かくして行くかと全員が思い思いの物品を掻き集めだした。俺も倣って、しかしこうした物品を売り捌くのも色々と面倒なため、手軽な品か実用品でもないか他の連中とはおそらく違う視点で部屋を物色した。

 真っ先に目に付いたのはやはり武器の数々。だが、それらはさすがに実用品に儀礼用にしか見えない豪奢な品と関わらず誰もが集中して漁っていた。だからそれらは出遅れたことであきらめた。しかしそこで誰にも相手にされていない品が目に飛び込んできた。それは貧相ながらもしっかりした作りに見える投石紐だった。

 いかにも安物しか見えないそれは、スリング使いである俺以外には無用に映るだろう品だ。まさに俺にぴったりだなと、残り物に福がある気持ちでそれを手に取って懐に収めた。しかしそんな自嘲気味に控え目な品などをようやく確保しているような俺を尻目に、他の連中はあらかた捜索を終え、すでに戦利品に満足した様子になっていた。

 これはもう選んでいる時間もないな、と貧相な投石紐を手にしただけでいいとするかと思い始めた俺の目に、さらに一つの物がとまったのだ。それは将軍の死体、その顔に掛けられていた赤眼鏡。おふざけで作ったのか、なんとも奇妙な品だと俺は死体からその眼鏡を取り上げ、自分の顔に掛けて見た。他の連中が悪趣味なことだと笑っていたが、それがいいんだろうとひねくれた考えで笑ってみせながら。

 そして景色は一変した。世界はそのまま、ただ赤く見えた、というわけではなかった。赤く見えることはなく、驚いたことにランプの明かりで照らされていただけだった薄明かりの部屋が、真昼のように鮮明に見渡せたのだ。なんだこれはと驚く間もなく、その鮮明な視界の中、赤が見えたのだ。巨大な、視界を埋め尽くすほどの赤が。

 本能が焦げついたように警告を発したのか、俺は急速に迫ってくる赤に対して瞬時に身を翻した。先には部屋の窓、地上五階以上の落差があったが、そんなことはおかまいなしだった。ただただ身の毛がよだつその赤から逃げなければと思ったのだ。

 窓を叩き割って飛び降りていく俺の眼前に、何が起きたのか呆然としたような部屋に残った連中の表情それぞれ、が次の瞬間には部屋を染め上げた炎の渦に全て瞬時に押しつぶされて、それこそ焼きついたように消えた景色が流れ落ちていった。

 本能の危機警告は正しかった。何が起きたのかは理解できていない、ただ俺は助かったのだということは理解できていた。そして俺はかすかに覚えていた通り、窓の外、その下にある中掘りへと落下して水中に入った。

 要人の部屋への侵入者除けと、攻め入られたときの要害として作られていた中掘り。事前の情報でその存在を聞いていたのが、刹那の判断ともいえない判断の中生きたらしかった。

 後は爆破炎上した将軍の部屋を中心に巻き起こった騒ぎに乗じて逃げるだけだった。ただ必死に、それこそどれだけ不可解な事態が起きていたのかなど気にせず、一時置いて置けるほどに。

 ただ道中において、中掘りへの落下にも、その後の脱出行でも傷一つ付くことがなかった赤眼鏡と、ただの投石紐にしか見えなかった投石紐の効能は、根本的な謎はともかく解明されていくことになった。

 まず赤眼鏡は基本的に自分で外そうとでもしない限り外れる事がない。それだけでもある意味で十分な代物だが、先ほどすでに判明していたように、周囲の環境に関わらずもっとも見やすい状態で見せてくれる。さらにこれが一番重要な効能だが、赤の色の塊で巨大な炎塊が迫っていたのを察知できたように、様々な物の状況、おそらく空間の揺らぎのようなものをある程度まで視覚化及び透視出来るのだ。それも装備者の心象に作用されてか、足跡の名残りを見ようとすれば足跡を、空気の流れを感じようとすれば空気の流れを、的確に映し出してくれるのである。

 まさに魔法の眼鏡と言うしかない、あまりにも便利すぎる代物だったのだ。

 よくぞこんな代物を身につけていたにも関わらず、俺達にあの将軍は殺されたものだと苦笑できるほどにだ。

 そして投石紐のほうは、赤眼鏡に比べればなんとも地味な代物だった。材質がただの革紐に見えて別の何かで出来ているらしく、異常なほどの伸縮性と強度を持っている他、この時点ではまだわかってはいなかったが、遠心力を加えて投擲するときに射出物に想像通りの回転を加えて軌道を変えられるだけだったのだから。普通の人どころか、投石紐など使わない大勢の傭兵にとってさえ、ほぼ無用の長物でしかないものだったのだ

 ともかく、俺はそんな二つの品の利便性に助けられ、単独で命からがらながら城からの脱出を果たすことに成功したのだった。ただし雇われていた陣営の元へ戻ることはしなかった。

 例の炎がなんだったにしろ、それは俺達ごと暗殺の証拠を隠滅しようとした、俺達を雇った連中の仕業だったかもしれないからだ。それがとんでもない不効率でしかないことから考えて、到底ありえないことでしかないにも関わらず、あまりに不可解な事態に全てを疑うしかなかったのだ。

 そして俺は逃亡した、その国から遠く離れようと。だが道中、付近一帯を掌る大支流の横でテントを張っていた夜営中の俺の元に、唐突に集団が囲いを作って訪れたのだ。

 それが連中、〈商団〉と名乗った奴等との出会いだった。

 連中は語った、『魔法』の存在を。そしてその顕現が俺が手にした赤眼鏡や投石紐、それらのような物品であると。装飾過多の昔話、いわゆる伝説語り等を代わる代わるとしながら自慢気に。

 俺にはそんな話はどうでもよかった。『魔法』とやらにも興味はなかった。ただなにやら不思議な力を持つ道具というものがこの世に存在しているらしいということだけは納得した。実際その力にあやかった身としては当然だろう。

 そして長話の後、連中は言った、私達の仲間になるか、その道具を引き渡せと。つまりは両方同じ意味だ。魔法の道具を独占するのは我々だから、協力か死かどちらかを選べと言うわけだ。

 最高に陳腐だと思った。こいつらには目的がない。少なくとも伝説を語り、その伝説を手中に収めていることに陶酔していた集団の統率者らしき男には、単に魔法の品という凄い物を集めて自慢したがっている子供とそう変わらないようにしか見えなかった。

 だからというわけでもないが、こんな連中に頷いてやって、従ってやろうとは思わなかった。

 俺を今まで雇ってきた数多の下種野郎共でさえ、腐った支配欲や独占欲を同じように持っていたが、少なくとも何かの目的のために動いていた。だが、こいつらは単に目的のための手段が欲しいのだ。魔法の道具さえあれば後は何とでもなると思いのぼせているだけなのだ。

 それが胸糞悪いと思うほど、俺自身が自分を誇れる人間ではない。だからただ思ったことは一つだった。つまらない、こいつらは至極つまらない、と。

 そして決めた。いや一度も揺るがなかった。こいつらに敵対して、目に物見せてやろうとする気持ちは、集団に囲まれた当初から。

 だが、俺が最初にしたことは頷くことだった。了解、わかった、言う通りにしようと降伏してみせたのだ。

 もちろんブラフだ。だが、連中は簡単にそれを信じたようだった。どうも『魔法の道具』とやらには心を読んだりするほどの便利な道具などないようだった。拍子抜けする。

 だから聞いてみたのだ。「ところで、お前達が持っている魔法の道具とやらを見せてくれないか?俺が持っているものについてはともかく、それ以外には半信半疑でな」と。

 統率者らしき男はその言葉に過剰反応した。よくぞ言ったなとばかりに激発し、愚かな俺に目に物見せてやると言いたげに、仲間に魔法の道具の力を見せてやれと命令したのだ。

 上が上なら、部下も部下か。まるで無邪気な子供が大好きなおもちゃを侮辱されたかのように、得意気に俺の前で道具の数々を見せ付けていった。

 確かにそれらは『魔法の道具』だった。火を噴く剣に、宙を飛ぶ短剣、統率者の男が着込んでいたただの布にしかみえないのに鋼の武器も防ぐ外套など、実行部隊らしく実用的な装備ばかりだったが。

 しかし拍子抜けだった。その程度なのかと。剣が火を噴いたところでなんだ?短剣を宙に舞わせたところでどうだ?布が鋼の刃をふせげてどうする?確かに有用だろうが、そんなものではどうにもならない。少しばかり普通より有利だというだけだろう。対人では使えても、世の中の大局を動かせるとは思えない。

 だから俺は言ってやった、肝心なことを確かめる意味合いが強かったが、こんなものしかないのかと?

 統率者の男はその言葉にさらに激昂し言った。私達は実行部隊であるから、このような武器の類しか持っていない。しかし上層部の連中はこれらより凄い物をたくさん持っているのだと。

 確かに赤眼鏡のようなすこぶる便利なものもある。それにあの爆炎だ。俺はそうやって力説している男に最後の質問として問いかけた。「それは俺が城で見た、あの爆炎を生み出すようなものか?」と。

 男は答えた、その通りだと。アレは自分達の中でも最高位にいる者が持つ、強大な道具の力なのだと誇らしげに。

 ああ、そうかと俺は安堵した。あの程度かと。そしてどうやら俺のこの赤眼鏡は、そんな強大な道具にも並ぶほど価値の高い品らしいのだ。そうだ、たかがこの程度の品がだ。

 城の一部屋をも炎で吹き飛ばす事ができる、そいつは凄い。空間の流れを読む事ができる、そいつは便利だ。だが、それでどうなる?そんなものはただのそれだけだ。出来たら便利だ、なんてその程度の話だ。爆破なら爆薬や大砲で事足りるし。空間の流れを見るにしても、大抵のことは感覚を磨いて知識をつければどうにかなってしまう。結局何が出来るかといえば、現実の延長で何らかの工作を行うぐらいにしか役に立たないのだ。

 そんなものをありがたがってどうするという?所詮道具だ、使い方次第でしかない。使い勝手が多少良かろうが、ただの道具止まりの品を崇める気にどうしてなれる。まったくもって馬鹿らしかった。

 そしてこいつらもその程度の連中ということ。それが今一番肝心なことだった。ショボくれた『魔法の道具』とやらに魅了されて踊らされ、自信を肥大化させた隙の多い連中。そういうものにしか俺には見えなかった。

 ましてやそんな連中を使いに寄越し、自身が持っている最大効率で威力を発揮できるだろう強力な道具を出し惜しみしているようなこいつらの上役共は、甘く見積もっても無能だと思えた。

 だから俺は躊躇なく行動した。連中に「凄いな」と心の一欠片もこもっていないおべっかを使いながら、そっと囲まれた瞬間に腰の袋から取り出していた球体を足の側面に擦りつけ、そのまま腕を大げさに振って見せ付けるように投げて落としたのだ。

 連中は何が落ちたのかを馬鹿なことに目で追ってくれた、その間に俺は懐から赤眼鏡を取り出して掛けてみせる。直後に閃光が走る。俺が足にすり付け摩擦熱で着火したそれは、ちょっとした閃光弾だったのだ。

 強力な閃光を一瞬で発する、とはいえ、ちっぽけな代物だ、それほどの目くらまし効果はない。赤眼鏡の効能で目がくらむこともなかった俺はすぐさま目がくらんで、ついでに何が起こったのか理解できず慌てている連中より先に動いてみせた。

 しかし隙は一瞬しかない。ただの目くらましで逃走するだけでは、この人数相手に捕まるだけだ。だから俺はすでに手を考えていた。ありがたいことに連中は手の内を先に全て見せていてくれたのだから。

 連中が目をくらませているうちに肉薄したのは、先に見せてくれた炎の噴き出る剣を持つ男。腰の剣を強引に抜き放つとそのまま男を適当に切り伏せ、そのまま炎を発する剣を統率者の男に俺は放り投げた。

 剣を所持していた男は、撫で切られただけで致命傷には程遠いながら、炎に焼かれて巻かれて転げ周り。統率者の男は鋼の武器をも通さない布鎧を燃やされて、役にも立てず同じ目にあっていた。

 しかしそれだけでは何の解決もしない。たかが二人を炎で巻いただけだ。敵は十人からいるのだ。統率者を倒したとはいえ、まだまだ安泰には程遠い。

 そこで俺が取った行動は当然に、宙を飛ぶ短剣を持つ男への攻撃だった。事前に見せてもらったため、その仕組みが対になっている短剣の片方を持っていなければいけないことは分かっていた。だから俺は腰袋から取り出していた投擲弾で礫を放ち、短剣を操るための短剣を抜いていたその手ではなく、短剣そのものを狙い打った。

 打たれた衝撃で弾き飛ばされる短剣は、狙ったように、実際狙ってこなした通り、宙を飛んで俺の手に渡った。持ち手そのものを狙わなかったのは、離して飛ばされる短剣の軌道を操れないためだ。短剣を抜いてすぐの握りの甘い状態ならば、刀身そのものを打っても同じ効果が得られると思ったからでもある。そして事実そうなった。

 そのまま俺は俺に向かって飛ばされようとしていた短剣を、適当な要領で、動いてくれと短剣を持って念じ明後日の方向へと飛ばす。なんとも予想通りに簡単に操れるものだ。こんな連中が技量のいる物を使いこなせるとは思えないと推測した俺の考えは当たっていたようだ。もし間違えていれば少し危ないところではあったが。

 周りの連中は宙を舞う短剣を恐れて、瞬時に間合いを取ろうとばらけていく。短剣を避けるためと、集中していては一網打尽と考えた結果だろう、そこまで悪くない判断だが、この場合は甘すぎる。

 最初からおれは連中の一人も狙っていなかったのだ。飛んだ短剣は連中を威嚇するように蛇行して飛んだ後、とあるものへと向かった。それは落ちたまま火を噴き続けていた剣。

 そして宙を飛ぶ短剣は火を噴く剣を弾き飛ばし、横を流れていた大支流へ一緒に落ちていった。唖然とする連中、つくづく馬鹿だ。せっかく拾ったお宝をどうしてそんなに粗末に扱うのかとでもお怒りのようだ。

 そんな連中を尻目に俺は残った短剣の片割れを放り投げ、大支流の流れに消し去って見せた。さらに慌てる連中。ここで連中が支流に消えた道具の数々を残念がらないようなら、少し俺が甘かったと言える。なにせどう見積もっても俺が持っている赤眼鏡一つのほうが価値があるだろうからだ。

 しかしこいつらにとっては赤眼鏡より、支流に消えた道具のほうが予想通りに大事だったのだ。なにせ赤眼鏡は手に入れたとしてもどうせ上役の連中に献上するだけだが、今支流に没していった道具は連中に与えられた『お宝』なのだ。どちらのほうに価値があるのかは、こいつらの頭の中では明白なのだろう。

 俺をちらりと見て、思案する様子は見せたが、無駄な知恵は回るのだろう、ここで俺を逃がしたとしても責任は俺の抵抗があったためということで分散されるが、道具は二度と戻らないとでも思ったのだろう。覚えていやがれとでも言いたげな、憎らしい表情をして次々に大支流へと飛び込んでいく。いつのまにか炎から回復した二人もついでにだ。

 大支流は表面上そこまで流れが強くないように見えても、その中は激流どころの騒ぎではない。自殺志願ご苦労様、と俺は思いながらその場を足早に離れていったのだった。

 それからだ、俺と連中の追いかけっこが始まったのは。当然のように簡単にあきらめてくれなかった連中は、次から次に追っ手を出してきたのだ。

 何度となく追っ手から逃れた俺だが、疲労と数には誰しも勝てない。ましてや敵は、一気に攻めきらないその行動も馬鹿らしいが、次々と追っ手を強化してきたのだから。

 そして二月ほど前、次々に激化していく追っ手の攻撃の前に不覚にも深手を負った俺はブベラの居た村に生き倒れることになったのだ。

 

 亡霊の棲家と化した村を赤眼鏡で見渡す。

 だが、その時点ではまだ夕暮れに近づいた薄闇を、昼間の明るさで見通させるだけの効果しか発揮しない。

 それはまだ俺が何を見ようとしているかを決めていないからだ。

 この赤眼鏡にも良し悪しがある、見えるのは見えるのだが、見えすぎるのだ。

 例えば足跡。そこらかしこに残る誰かや何かが残した、その移動の痕跡を意識して赤い跡で見ることは出来る。しかし、そうすると残った全部の足跡が、遥か過去までさかのぼるわけではなく、現存する痕跡だけを浮き彫りにするとはいえ本当に残らず全てが浮き上がってしまうのだ。

 そうなってしまうと大変だ。そこら中が赤い足跡だらけになって、染まってしまう。人がほとんど出入りしないような場所ならともかく、そうではないのなら逆に捜索の邪魔にしかならないのだ。ましてやそれが考えたとおりに足跡を見つけようとしただけならまだいいが、空気の流れ、つまり匂いなどを『追う』ということだけを意識した結果赤く見せてくれた場合などは目に当てられない。視界全てが赤だけに染まるようなことになるなど、よくある話なのだ。

 つまり結局、なにを見ようとしているのかを明確に意識できていなければこの赤眼鏡は大抵の場合役に立たず、むしろ邪魔にしかならないのだ。結局は道具、使うもの次第、その能力に頼るものでしかない。『魔法の道具』自体に意思があって頭脳があって、勝手に物の判断でもするようなら話は別だが、数々の道具を見せられてきた俺にしても今までにそんなものは見たこともなかった。

 そして俺は村を見渡しだす。自分の目で見て、痕跡を見出すために。

 何の痕跡か?言うまでもない。ブベラをさらったクソ共の痕跡だ。

 普通なら事件が起きた直後でもなければ痕跡の発見は難しい。だが、なんともやりやすいことに、連中はこの村を壊滅してくれた。壊滅後からの人の出入りはそう多くないに決まっている。そのため痕跡を判別する難易度は相当に落ちていたのだから。

 最初に目を付けたのはブベラの家などではなく、出来上がったばかりの死体、俺が打ち倒した見張り役だった男。赤眼鏡を使うまでもなく見える足跡を辿り、こいつの出てきた隠れ場所へとの足跡を辿る。

 確かに正攻法で痕跡を探るのなら、誘拐現場であるだろうブベラの家を探るのがもっともいいはずだ。だが、こいつらは村をわざわざ壊滅させてくれている。それが誘拐の後か前かはともかく、一本道で村から出ている可能性は低い。しかし今辿っている足跡、見張り役の物なら、連中が事を終えた後に分かれて役目についた可能性が大だ。ならばこの足跡を辿り、そこから分かれただろう本隊の足跡へ辿り着くほうが余計な手間は省けるというわけだ。

 そして実際その通りに、俺は連中の痕跡へと数分足らずで辿り着いた。途中からの痕跡はさすがに俺にも判別不能に等しかったが、この赤眼鏡の前には容易いことだった。目で追う目標が判別できているなら、この赤眼鏡の効能は絶大なのだから。

 そうだ、この赤眼鏡の存在を知っているのならば、こうして痕跡から足跡を辿られることなどは容易に予想できることのはずなのだ。だが連中は見張りを残したにもかかわらず、こうして自分達の側が後を追われる事になるとは考えていなかったのだ。つくづく愚かというしかない。

 それとも俺を甘く見ていたのか?それこそ馬鹿というしかないだろう。今までどれだけやられてきたのか理解していないはずがないだろうに。

 かくして俺はここにいる。連中がブベラを監禁している思しき、林間部の中の一軒家の前に。

 番の連中はおそらく全員あれで屠ったに違いない。後は中の連中がどう反応するかだ。

 それを見極めるために俺は一旦林の影の中に戻り、奇襲しておきながら待ち伏せの体勢に入ったのだ。

 だが、静寂。誰一人出てくることはない。番の一人が落とした明かり、松明の火が薪の山を火種に家に燃え移り始めてもだ。

 家の明かりはついたまま。そこまで確認して、俺は認識を少し改めた。今回の連中は比較的だが少しばかり頭が回るようだと。

 松明の火のことは気づいていないにしろ、出てこないのは正解だ。引火に気づいていたとしても、出てこないのは正解だ。やつらは人質をとっている、それが結局今一番重要な点だからだ。

 人質をとられた場合、もっとも警戒するべきことは何かわかるだろうか?それは人質を目の前にして刃でも突きつけられ、脅迫によって動きを制動されることだ。

 よって人質をとられた場合の対処法は大きく二つにわかれる。まずは今まで俺がやっていたように、刃を突きつけられて脅される前に敵を排除する方法。そして二番目、次善の策は人質を見捨てる方法だ。

 人質を見捨てるとはいっても、安全を一時棚上げするという意味でしかないが。人質などを取られた場合一番犯していけない行動とは、敵の言う通りに動いてやること。要求を呑んでしまうことだからだ。

 要求を呑んでしまえば相手は希望を叶えてしまう。希望を叶えた相手には、もはや人質を人質にしておく意味がない。となれば後は言うまでもないだろう。それが基本であり鉄則だ。

 だからこそ誘拐や人質という手段はリスクが高く、また現実的でないのだから。

 連中は結局のところ、その時点で失敗を犯しているのは明白だった。

 だとしても、人質に効果があるのは確かなのだ。そうでなければ俺はここにいない。危ういバランスの上で踊っているに過ぎないのだ。

 有利か不利か、そんなものは実のところない。誰もがいつでも手にあるものを取りこぼすか、さらに手に入れるか、それだけで成り立っているのが現実なのだ。

 待ち続けても連中が出てくることはおそらくない。炎が回り始めれば別だろうが、それがまた大きな問題だった。

 俺がすでに奇襲を仕掛けたこと、つまりは人質を取っての脅迫に対し屈しないことを態度で示した時点で、人質の無価値を連中は悟っているだろう。俺を誘き寄せる効果があるとしても、俺の目の前で刃を突きつけたところで逆効果になるだけだろうことは見抜かれているに違いないということだ。

 そうなってくると連中は炎が家屋を脅かす段階にまで至った場合、ブベラを人質としてではなく、捨石として置き去りにする可能性が出てくる。そこで俺が助けに行こうが行くまいが、結局のところ連中にとっては何も変わらず。もしも俺が助けに入るようならば、それは連中が俺に対して奇襲を仕掛ける機会となることだろう。

 ならば、火を消してこのまま待ち続けるべきかといえば、論外だ。連中が人質を盾にすることを許した時点で、負けはしなくても、俺が今ここにいる目的も、奇襲を仕掛けた意味も失われるからだ。

 だとすれば俺が取るべき行動はただの一つしか残ってはいない。

 家屋が燃え落ちるの止めないまま、出来るだけ早く突入して連中を制圧すること。それだけだ。

 待ち伏せを仕掛けられて後手に確実に回ることになるが、その待ち伏せを潰す前提で先制を仕掛けることで先手を取り返すしかないのだ。

 俺は腰のバックパックを開け、中の空間の大半を占有していた物を取り出す。それは左手用の篭手。折りたためるように作ってあるため強度は低く全面ではないが、きちんとした金属製のものだ。

 家の中に突入するということは、比較的狭い空間の中での戦闘になる。そうなれば俺が得意とする奇襲攻撃や騙まし討ちはほとんど機能しない。真っ向からの肉弾戦になるだろう。

 篭手はそうした近接戦闘用の盾だった。

 もちろんそんな篭手一つでは、短剣程度を止めるので精一杯だろう。まともに攻撃を受ける役には立たない。ましてや先ほどまで装備していなかったことからわかるように、繊細な動きをする分には邪魔になりかねない。

 だが、それでも最低限の防御力は必要だ。そのための装備がこれなのだ。

 そして後は素手のままで林の影を飛び出し、家の玄関へと近づいていく。ナイフすらも持っていないのではなく、ナイフに類する刃物を所持しているにも関わらず、あえてだ。

 まずスリングに投擲弾を番えて振込み、家の玄関の扉まで走り出しながら前進の勢いをも加えて放つ。目標は玄関の扉そのもの。走る俺より当然早く射抜き、小さい穴を穿って小規模に粉砕する。扉自体が壊れてしまうこともない、扉のすぐ後ろで待っているような馬鹿もさすがにいない、一見無意味な攻撃だ。

 だが、それで反応はあった。

 赤眼鏡を通して見る世界、そこに俺の見通したかった赤が映る。連中の姿だ。それが建物越しに薄っすらと大雑把にだが確認できる。

 熱源感知などではない。それなら初めから見ていただろうし、家の壁に邪魔されてそこまでは見ることが出来ない。これは音、つまり振動探知だ。

 扉を貫いた投擲弾に反応し、中にいた敵が反応して動いた動きを開始したのだ。俺が何処から奇襲してきてもいいように、おそらく窓や扉の近くで待ち伏せしていた連中が対応しようとして。その動きで生じた振動を赤眼鏡で見たのだ。

 やはり甘い。直接敵が飛び込んできたわけでもないのに、そこへと意識だけでなく体も向かわせてしまう。だが、こちらにとって好都合に過ぎる。

 反応は六つ。玄関のすぐ横に一、その後ろに二、左右に二人ずつで四、六。まずは玄関横すぐで待ち伏せしている敵を標的に定める。

 すでに玄関は目前、あとは叩き割って突入するだけの段階。しかし一瞬の制動を置いて、突入の速度を緩めながらスリングに投擲弾の次弾を装填。今度は振り回さず引き絞って撃ち放つ。玄関横に潜んでいる一人に向かって。

 返る手応え、投擲弾が貫いた壁の向こう側で赤が崩れ落ちていくのが見える。まずは一人。そうしているうちに目前には扉、地を蹴って勢いを増し、蹴破り飛び込んでいく。

 蹴破られた扉の先、飛び込んで来た光景は当然に家の内部。林の中に立てられてはいるが、山小屋の類ではなく立派な住居であるため屋敷というほどではないが、一部屋や二部屋のみの構成ではない。玄関の正面から二階、おそらく寝室などのスペースへ続く階段が配され、左方向に居間、右方向に調理場が見える。

 そして俺の目の前、階段へと続く廊下に短剣を振り上げ入って来た俺に襲い掛かる敵が一人。左と右からも同様に、いくら手狭ではないとはいえ家の中で長剣を振り回すほど愚かではないらしく同じく短剣を装備した敵が二人ずつ近づいてきている。だが、その五人よりも目を引いたのは、階段に居た第七の男。家の中で振り回せるとは思えない長槍を担いだ、明らかに他の連中とは違った毛色の存在。

 見覚えがある、俺は槍の男を見知っている。だが、それよりも先にすでに肉薄している敵への対応が先だ。突きこまれて来る目の前の男が放った短剣をかわし、前に出て懐へ飛び込むと同時に短剣を持ったその右腕をこちらも右腕で掴み取る。

 右腕で右腕を掴んだままさらに肉薄、体を捻り前後を反転、背中で敵と密着する。その時点で残り四人の敵が、一足飛びで切りかかれるほどの間合いに到達した。俺は腕を拘束した相手を背中で押しながら回転し、動き自体を封じ込めながらさらに敵が近づく、すなわち攻撃してくる機会を見定めた。

 示し合わせたかのように俺を包囲した四人は一切に飛び掛ってくることはなくその場に止まり、そのうちの一人が前に出て短剣を突きこんで来る。予想通りの動き。

 人数が多くても、閉所でない場所でさえ実際には一度に襲いかかれるわけではない。一斉に切りつけるのは仲間を切りつけてしまう可能性を孕んでいるように、味方の体がただ突っ込むだけでは大いに邪魔になる。だから結局のところ数で押すということは、多い手数で時間差攻撃をし、息つく暇なく敵を仕留められることと、包囲網を敷いて逃がさないことにある。

 だから敵の動きは正しい、一人をかわしても次が、さらに一人をかわしても次が、となれば対処が間に合わずにやられてしまうだろうことは明白だからだ。

 だが、本当の正解はこの場合、武器などの同士討ちの可能性がある装備を用いず、全員肉弾で一切に飛び掛り俺を拘束することだ。さすがに俺もそんな物量攻撃と圧力に成す術はないだろう。

 しかし敵はこちらが武装しているだろうという当然の懸念から、相手が一人だとわかっていても武器に頼った。さらにはこちらが素手であると見てからは、より武器の優位を確信していることだろう。実際それは勘違いにすぎず、俺にとっては好都合にしか過ぎなかったが。

 敵は同士討ちを恐れ、こちら側が持つ武器などで傷を負うことを恐れている。間違っていない感覚だが、それだからといって安易にセオリー通りの行動を取るのは思考が硬直しているというだけのことでしかない。勝利への貪欲さがない、もしくは勝利への貪欲さしかない、俺にはそういう者達がもっとも与しやすい相手なのだ。

 そして切りつけるにしろ、突きかかるにしろ、連中が取った方法では前後から一人ずつというのが精一杯。だが、背後は連中の一人そのものが肉の盾となっているため、前から一人が襲い掛かるしかない。それが今の状況だった。

 それでもこのままならジリ貧は確定だ。一人を拘束しながら襲い掛かる連中をいなすことは無理に近い。だから俺は一人が突きこんで来た時点で動いていた。

 連中の考えは簡単だ、俺が突き込みを肉の盾で防ごうとしても、別の一人が他の方向から前をついて刺そうとしているのだろう。またもやそれも間違っていないが、結局は甘い。俺はその想定通りに突きこんで来た敵に対し、背中の肉の盾を向ける。それに対し突き込んできていた敵は踏みとどまり、俺が前をさらした別の敵が突きこんで来る。

 一見理にかなった動きだが、突き込みを途中で止めるために連中の踏み込みは甘くなっており、時間差攻撃としての鋭さを失っている。さらには俺がするような動きを想定していない。俺は途中で動きを止めた最初に突き込んで来た一人に対し、肉の盾を押し飛ばしたのだ。反転した勢いをそのままに、左の篭手の手刀で拘束していた敵の目を薙ぎ払って視界を奪っておいてから。

 最初に突き込んで来ていた一人は、投げ捨てられた肉の盾にぶつかりもつれ、倒れこむ。しかも拘束状態から視界を奪われ自由にされて、暴れるしか出来ないお荷物に圧し掛かられてだ。俺はそのまま一時的に無害になった二人の方へと下がり、前から突き込んで来ていた一人をまたかわす。

 連中は全員で特攻して自分達の動きが互いの邪魔にならないように配慮しているが、こんな閉所で包囲網を敷いて密集隊形を作っている時点で互いの動きを互いが邪魔をして制限する状態を作りこんでいる。俺はただそれを利用しただけというわけだ。

 俺はそのまま倒れこんでいる二人へと飛び込み、倒れた仲間が邪魔になることに躊躇した敵の追い込みを避けながら、二本の足で折り重なっている一人の鳩尾と、顔面を踏み抜いて潰す。そして二人を踏み潰したままの勢いで、二人を倒していた側に残った一人へと飛び掛る。

 斬りかかってこようとしていたようだが、まさか足だけで二人を踏み潰して、そのまま一足飛びに飛び込んでこられるとは思っていなかったらしく反応が遅い。それでも最初の一人の失敗を見てか突き込むのではなく斬り込んできたため、簡単に腕を取ることなどはできない。

 だが、出足の早い突き込みより、斬撃はさらに軌道が読みやすい。不意でないならともかく、一拍遅れた上にこちらがすでに敵の動きを認識出来ている状態でなら対応も出来ようというものだ。

 落ちてくる剣先を回り込むように左手の篭手を放つ。内側からではなく、外側から拍子を合わせて剣の腹に打撃を叩き込む。進行方向からの抵抗は武器を振っている時点で当然としているが、自らが振りぬいている方向と同じ衝撃にまで対応出来るものはほとんどいない。案の定敵は衝撃に耐え切れず、短剣を取り落としてしまう。

 落ちる短剣を篭手の表面で滑らせて、一回転。そのまま自分の手の内に納めると返す刀で前に出て、喉を切り裂き払った。面白いように鮮血が吹き出る喉を押さえながら、また一人が崩れ落ちる。

 そして俺の背中に向かってこようとしていた残りの二人のうち一人へと、そのままさらに体の反転に合わせて手に入れたばかりの短剣を投げ放った。顔面を射抜かれ、さらに一人が崩れ落ちる。

 いきなりの飛び道具に前進を躊躇して警戒する、残ったもう一人。しかしそれは対応が逆だ。何が何でも前進し肉薄して相手を叩き伏せるか、自らもまたその武器を投げるぐらいのことをすべきだった。俺はそうやって自ら的になった一人へと、短剣を投げた後の流れ動作のまま足の側面に取り付けてあった投擲弾の一つを取り外して投げて放ったのだから。

 失敗を悟って歪む顔面へ投擲弾が着弾し粉砕。そうして残りの一人もあっけなく崩れて落ちた。だが、まだ終わっていない。むしろ今まで手出しを一切していなかったのが不思議のようでいて、当然のように階段に居た男が動き、家屋内で振り回すのに向き不向きの以前のものでしかない長柄武器である長槍を振り落としてきたのだ。

 しかし予想の範囲内の攻撃に俺は後ろに転がって回避。だが、おそらくまだ息があったかもしれない二人。俺に鳩尾と顔面を踏み抜かれた連中が、血飛沫を散らして肉片を飛び散らし、その長槍の露となって消える。

 男の長槍は常識外れなことに、家屋の天井を削り、さらには床板まで削りあきれるほど抵抗なく振り切られて男の手の中に納まっている。その時点で俺は気づく、長槍が『魔法の道具』の類であることと、男の正体に。

 「お前、アベシか?」

 「よう、ちゃんと気づいたか兄弟」

 何が兄弟だ、気色の悪い。問いかけた俺に槍の男、アベシが答えたことで確認が取れる。こいつは俺と以前仕事を共にしたことがある傭兵の一人、ただそれだけの男。

 「タワバはどうした?」

 「相棒は別行動中だ。にしても、お前何も聞かないでいいのかよ?なんでこいつらと一緒にいるとかよ、色々あんだろが?」

 アベシは以前タワバと言う名の男と一緒に組んで動いていた、だからこその確認だったが、それはもうどうでもいい。完全に確認が取れた、こいつは馬鹿共の仲間入りを果たしたのだ。おそらくは今手に持っている長槍を目当てに。

 〈商団〉の連中も次々と倒される手駒共の不甲斐なさに気づいたか、この頃は手練れの傭兵等を取り込み始めていた。こいつはその一環というわけだ。

 「聞くまでもないだろ、そんなくだらん話は。見え透いてるんだよ、お前は」

 「そうかいそうかい。そいつは残念だな。で、ここは相談だ、お前俺たちの仲間にならないか?別に〈商団〉の連中に媚を売れってわけじゃねぇ、」

 「仲間になる振りをして、お宝だけ戴こうってわけか・・・馬鹿が」

 「ひでぇ言い方だな、おい。そりゃ俺達はお前なんかと違って頭が回らねぇのは確かだがな、そう悪い話じゃないはずだぜ?この槍の力も見たろ?どんな物をぶち壊そうが、抵抗が返ってこねぇなんて最高じゃねぇかよ?」

 だから低脳なんだ、お前らは。内部に潜り込んだほうがどうこうしやすいと考えた結果だろうが、それは逆に敵にも同じ条件を与えるだけだ。もし連中の『魔法の道具』だけが目当てなら、連中を殲滅して奪ったほうが早い。しかしそれには戦力が足りないと感じたのだとしたら、内部から攻める力も足りていないというのと同義だ。内部から突き崩す戦略も戦術も、被害を少なくするための策にしか過ぎないのだから。

 そして連中がこれほど俺を執拗に狙うことなどをするように、それなりに大掛かりに動いていること。『魔法の道具』などという数多の連中に狙われてしかるべき物を所持しているにもかかわらず、組織が潰されていないこと。それらのことを考えた時点で、背景にどこかの大国などが存在しているか、想像以上の大規模を誇っているかのどちらかとうかがい知れる。その時点で個人の力でどうにかなると思えるはずがない。

 さらにアベシ達は知らないのだろうが、連中の持つ『魔法の道具』は〈商団〉が持っているだろう別の道具によってマーキングされている。俺も倒した連中から道具を奪ったことがあるが、その道具に追跡するための何らかの力をかけているらしく、所持しているだけで連中に居場所を知られるため、道具の利便性より所持している危険性のほうが遥かに高くなっているのだ。俺のように〈商団〉の連中の手が伸びる前の道具を手に入れられたなら別だが、そんな識別は通常不可能でしかないのだから。

 こいつらは自ら死地に踏み入った。もしくは奴隷への道を歩んだ。ただそれだけのことだ。馬鹿以外の何者でもない。ましてやこんな馬鹿連中の企み程度なら、さすがの〈商団〉の連中も見え透いた上で利用しているに違いない。とことんまで最悪だ。

 「どうせなら連中の仲間に、そのまま本当になることを勧めるな。お前等死ぬだけだぞ?」

 「こいつはとんだ忠告だな。じゃあ、お前も仲間になるか?それなら別に連中の中でのし上がるのも悪くねぇ」

 「御免こうむる。勝手に死んでろ」

 「おいおい、どっちにしろ死ぬのかよ。そいつは傑作だな。ならよ、先にお前が死んでみるか?」

 しかも安い挑発、程度の低いくらだない話術、それだけでこいつは乗ってきた。実際のところこいつはただの快楽主義者、大した思想も思考も、主義どころか主張さえもない、傭兵が楽しくてやってるような戦闘狂に近い馬鹿だ。だからこんな場面で俺に向けて槍を突きつけるなどというパフォーマンスなんてものをしてみせる。

 一瞬の転換で返す言葉は無言、しかし言葉を返すようにそのまま俺は槍を俺へと向けた隙だらけの姿勢のアベシに投擲弾を放ったのだ。

 腕を伸びきらせ、戻すのに時間のいる槍を片手で前に突きつける。これ以上ないほどの隙だ。ちらりと目をやればさすがに火が回って家屋の壁から内部を焼きだしたらしく、時間もない。中身も意味もない会話に費やしている暇は当然皆無だ。それでも会話してやったのはこうした隙を作るため。それが生じたのならもう言葉は無用でしかない、そういことだ。

 だがアベシは槍を床に落として突き刺し、槍を重心にすることで即座に体をかわして投擲弾を回避して見せた。そうだ、こいつは馬鹿だが、腕は俺より立つと言っていいだろう、生粋の肉弾派なのだ。

 「そいつが答えか、残念だぜ、ゲヒャッハーよぉ!!」

 叫びと共に空いていたもう一方の手で槍を掴んで自らの体を引き寄せ、一瞬で体勢を立て直したアベシの槍が振り回される。俺は何とか槍を上体を逸らして回避、そのまま懐に飛び込もうとするが、返すように回ってきた石突の部分に阻まれまたも後退を余儀なくされる。

 飛び込んだのは居間のほう、通常ならテーブルや椅子などの障害物が多く、槍にとっては不利になるはずの場所。槍の長所はその長さ、そのため槍の主な攻撃方法は先端での突き込みではなく、振るって棒のように使う薙ぎ払いとなる。点の攻撃である突き込みは長さを活かせるが、逆に長さのために戻りが遅く主体にはなり得ないのだ。

 だが、アベシの持つ槍はそんな欠点を超越している代物だ。効能自体はおそらく弱い。抵抗をなくすと言っていた通りに、単に物体と当たったときの衝撃や抵抗が伝わらないようになっているだけなのだろう。つまりそれ以外はただの槍に等しい。しかしアベシの腕力と技量ならば、抵抗などがなければ家屋の中の障害物が多い場所でも問題なく振り回すことが出来る。おそらく村の家屋が残骸になっていたのもその槍の仕業であるように、所かまわず破壊して蹴散らしながらだ。

 ただし、そんなことはすでに読み通りに過ぎない。俺は暴風雨のように迫る槍の旋回に追い込まれたかのように見えて、実際は計算通り追い込まれて見せたに過ぎなかったのだから。

 足元には死体、先ほど俺が喉を裂いて殺した屍。俺はそいつを両手で無理矢理持ち上げると、槍の薙ぎ払いへと自ら突っ込んだ。

 激突するアベシの豪槍、骨が砕け、肉が裂け、鮮血が迸る。だが、俺が受けた衝撃は体を痺れさせる程度の痛み。アベシの槍と俺の間に死体を挟み肉の盾としたのだ。

 確かにアベシの槍の威力は恐ろしいが、それは結局現実の範疇で、『魔法の道具』の力でもなんでもない威力のものでしかない。槍の先端部分以外ではただの棒、打撃攻撃を見舞う武器にしかならない。全てを切り裂く槍などではないのだ。だから肉の盾を挟むだけで衝撃は吸収することが出来、槍の振りも止められる。

 槍の長所はその振りの広さにあるが、それは振りが止められないことを前提としているからに過ぎない。振りに当たれば相手が致命傷、だからこそそれは攻防一体の攻撃となれるのだから。もし止められ、懐に入り込まれたならば、結局は戻しの遅い長柄武器の弱点を露呈する物でしかないのだ。俺はそこを突いたのである。

 そして死体を挟んだ槍に滑り込み、その長柄を掴み取る。アベシはさすがというべきか、肉の盾で防がれたと判断した瞬間、槍を戻すことなくそのまま振り切ろうとしていた。槍を戻していては隙が生じるが、そのまま肉の盾ごと俺を叩き伏せれば少なくとも打撃を与え、さらには攻撃も封じることが出来るとの判断で。

 間違っていない、的確な判断だ。だが、それが間違っている場合もある。俺のようにその反応をあらかじめ予想し、待っていたような敵と遭遇した場合だ。

 振り切ろうとする槍を俺は掴み、そのままアベシの勢いを奪って引き込んでいく。そこで俺の行動の意味に気づいたアベシだがすでに遅い。自らが槍を保持するためしっかりと握りこんだその手が仇となり、瞬時の反応で離せない。

 アベシの勢い、そして自らの膂力、倒れこむ力、全てを総動員して掴んだ槍を引き投げる。掴んだ槍に引っ張られ、宙を浮いて転び飛ぶアベシ。

 アベシは俺に槍ごと投げられたのだ。そして床に叩きつけられ、衝撃に息を詰まらせているアベシに流れ動作で詰め寄ると顔面に篭手を叩き込むようにして、今回も眼球を抉りながら保持。そのまま右手で顎を叩き殴るようにして、一気に首を圧し折り絶息させる。

 言葉も断末魔もなく、アベシはそのまま物言わぬ存在に成り代わった。が、そこへ風が飛び込んできた。突如の影が天井から。

 しかし俺は慌てることもなく、それすら流れ動作で、予想通りの一連の動きのまま左手の篭手で叩き伏せる。

 影は人間、タワバと言う名のアベシの相棒。小柄な男で俺と同じく不意打ちなどを得意としている。が、アベシと同じく頭が根本的に弱いため、その腕は良くて二流の身軽さが身上なだけの雑魚だ。まともに戦えばどうということもない相手だった。

 こいつは天井に張り付き俺への不意打ちを狙っていた。俺はそれを視界で捉えられてはいなかった。だが、逆に普段なら気を配れるはずの天井に俺の視線が向かわせられないことには気づいていた。それはおそらくなんらかの『魔法の道具』で視線を向けがたくなっているのだろうと。

 そしてアベシの出現、さらにはその槍が天井をなるべく掠らないように振られていたことを考えれば、もう何らかの作為があること。その作為がタワバのためであろうことと、タワバが天井に潜んでいるだろうことは容易に推測できたのだ。『魔法の道具』の効能も、姿を隠すものや完全に視線を向けられないようにするものではなく、向けにくいようにする程度のものだということも同じく。

 本当なら俺が家に突入した時点、もしくは他の敵と戯れていたいた時に奇襲しておくべきだった。それなら仕留められるかはどうかとしても、効果はあっただろう。だが、アベシが連中が全滅するまで手出しを控えていたことからわかるように、こいつらはくだらない話をするために機を逸した。

 それに、そもそもこいつらのコンビが最悪だった。俺が先制攻撃を仕掛けた段階で、最後の奇襲の機会は奪われたのだから。アベシが槍を振り回している間はタワバもうかつに近づけないという、ただそれだけのことで。

 同時に攻撃できない時点で、アベシとタワバの協力関係は無意味に等しかったのだ。もちろん上手くやることも出来ただろうが、こいつらの性格で、この程度の思考も出来ない連中であること考えれば、まさに無理からぬことだと言えただろう。

 「でべぇ、げっはっはー!!」

 顔面を篭手で殴られて床に転がり、折れた歯の見える口で言葉にならない言葉を投げかけたタワバだが、もう何を言っても無駄で手遅れだった。俺はそのまま転がったタワバに詰め寄ると拾った短剣を容赦なく突き刺し終わらせたのだから。

 空しい、くだらない、どうでもいい。高揚感は一欠片さえもなく、作業をこなした疲労しかない。それだけで事は済んだ。

 後は二階へと上がり、ブベラを助け出すだけだ。おそらく敵はもう残っていないだろう。アベシの反応を見る限り、その可能性は限りなく高い。だが、連中が念のために人質に誰かをつけている可能性は捨てきれない。しかし完全に家の中にまで侵食し始めた火勢を考えても猶予はあまりない。手早く済ませてしまわなければならないだろう。

 階段を警戒しながらも足早に上がる。赤眼鏡を駆使して索敵しながら、脳裏には状況に関係なく益体もない考えが駆け回る。俺は何をしているのだろうかと。

 連中は馬鹿だった。『魔法の道具』などというただの道具に惑わされ、道を誤り、結局は自分達こそが道具となってここで死に果てた。そこに連中が想い描いたような夢や希望の具現が少しでもあったのだろうか?なかっただろう。だから連中は愚かだったのだから。

 なら、俺はどうだろうか。俺は連中と違って理想の世界にいるのだろうか、少しでも幸せなのだろうか?そんなことはないだろう、俺も結局連中と同じだ。

 『魔法の道具』を特別視はしていなくても、俺は結局この赤眼鏡や投石紐を使い続けている。それは連中と関わって、追われるはめになったからこそ仕方がないように見えて、その利便性に頼りきり捨てられないでいるだけに過ぎない。

 俺と奴等の何が違うか。それは単に今もまだ生き延びているかどうかでしかないのだろう。

 何のために今ここにいるのか、誰のために今ここにあるのか。それに俺は答える術を持たない。しいて言うならば、単に己が希う欲望の具現のためにだ。それがたとえブベラを救う道へと通じているのだとしても、やはり連中と根本的になんら変わらないだろう。

 考えても考えても終わらない、悩むためだけの思考。それも両腕を後ろ手に回した格好で寝室の寝台の上に転がされていたブベラの前にたどり着いた時点で霧散した。本当にそんな程度の思考でしかなく、俺はそんな程度で割り切れる自分自身しか持っていなかった。

 「すまない、こんなことに巻き込んでしまって・・・」

 そんな俺の口からブベラへと向けて吐き出されたのは、月並みすぎて誠意の感じられない歯の浮く言葉。そうだということは自覚していても、それでも俺は言わずにはいられなかった。そういうものではないかと思う。

 ブベラは心配していたより元気そうで、暴行された様子も見せず、しかし気だるげに体をゆすって起こそうとする。俺はそんなブベラを助け起こそうと近づいて手を伸ばした。

 俺に言葉を返さず、無言のままの彼女と目が合う。そこには非難の色はなく、ましてやこんな状況に対する混乱も見られない、落ち着いた冷静な目だった。

 それに違和感を感じたわけではなかった。ただ、後で思い起こせば何かがおかしかったと言えるようなそんな予感を感じはした。事実それが確かな違和感だったことを直後に俺は思い知らされた。

 鈍い衝撃、軽い衝突、そして広がる熱い痛み。

 「なっ?」

 俺の口から漏れたのは、間抜けな疑問符一つ。引き起こそうとする俺に寄りかかったかと思えば、あっさりと引き離れたブベラが近い距離を遠ざかる中、俺は自らの腹部に突き立った異物を認識しかねていた。

 ブベラの両手は自由になっている、いや、最初から自由だったのだ。そう気づいて、状況を理解した瞬間から吐き気を催すように痛みが這い上がり、吐血した。

 俺の脇腹に突き立っているのは短剣。ブベラが俺を不意打ちし突き刺した凶器の刃だ。

 「どう、して、だ?」

 致命傷ではない。だが、長くは持ちそうにもない。そんな傷を押して俺はブベラに問いかけた。想像はいくつかすでに頭の中を駆け巡っていた。そのどれかは当たっているのだろうか?

 「どうして?なんでそんなことを聞くの、ゲヒャッハー」

 ブベラという名を持つ年若い一人の少女は、俺の問いに心底不思議そうに問い返した。その表情に浮かんでいるのはかすかな微笑み。

 あまりにも自然で、だからこそ違和感があるブベラの表情を見て、俺は事態のあらましを半ば確信しながら現実味を感じ取ることが遂に出来なかった

 「理由は、脅迫、ではないな・・・非効率すぎる。かといって、君が、俺の敵に、なっていないのだとしたら、こうする、意味が、わからない。なら、君が、俺を騙した、可能性が、もっとも高くなる・・・ただ、こんな方法は、やはり、非効率でしかない。不可解、だろう?」

 ブベラがこんな行動を取った理由は大きく二通りに分けられる。自分以外の意思に行わされたか、自分の意思で行ったかだ。

 だが、ブベラが自分以外の誰か、この場合ブベラを捕らえた〈商団〉の連中などに、何らかの脅迫――たとえば村人の生き残りを別に捕らえてあって人質にするなど――を受けて俺を刺したとするならば、状況がおかしすぎる。

 俺を油断させるためだったとしても、これならブベラを素直に俺に返した後、俺を刺すように仕向けるだけで良く。また、そうであるべきだったはずだ。

 外と一階でくたばっている連中とは別の何者かに脅された結果だという可能性もなくはないが、現実的ではなく、結局あまりに非効率だ。

 それになにより、彼女の様子が彼女の本意ではない行動の結果として、俺を刺したのだとは思わせない。

 だからこそブベラ自身の意思で俺を刺した可能性を考えれば、少しは合点がいく。幾通りもの展開、事実上無限に等しい経緯が考えられるが、結局のところ彼女の意思一つでどうとでも言えるからだ。

 たとえば村が壊滅させられたことを恨んでの復讐。たとえば連中になびいて肩入れしてしまった場合。もしくは最悪なことにブベラもまた『魔法の道具』に魅入られて、それらを手中に納めようとした結果だったりするならば、ごく自然なことに過ぎないからだ。

 しかしそうは思えない、ブベラとの二月に渡る共同生活などから知りえた人物像から、そんな思考をし行動を取る彼女の姿は浮かんでこないのだ。村の壊滅などを引き金として心変わりが起こったのだとしても、こんないつも通りの柔らかい笑みを浮かべられるとも到底思えない。

 ならば、ブベラが俺を刺した理由はなんなのか?それが彼女の意思であろう事は間違いないだろうが、それが何故なのか見当もつかない。

 ただし、現実的に考えなければ、その限りでもない。

 ブベラ自身の意思でないなら非合理な答えはおかしいが、彼女自身の意思であるならば幾らでも非合理な答えが想像出来るのだ。たとえば村の壊滅からここまでの経緯全てが彼女の策略だった、などという誇大妄想じみた答えさえ出せるからだ。

 だが、現状を鑑みるに、そんな馬鹿げた可能性がもっとも高いと言わざるを得ないと俺は思っていた。だがそれでも感じる違和感を払拭するため、聞いてどうしようがあるわけでもないのに、俺はブベラに問いかけたのだ。何故なんだと。

 「なんにもおかしくなんてないでしょう?貴方さえいなければ、貴方さえこなければ、貴方さえ生きていなければ、こんなことにはならなかったんだから。だから貴方を殺そうとするなんて当たり前でしょう、ゲヒャッハー?」

 そして再びブベラから返った答えは、なお不可解なものだった。彼女はまるで自分の身に降りかかった不幸の全ての源が自分であるかのように非難しているにもかかわらず、激昂することもなく淡々と微笑んだままだったのだから。

 「だからお願い、死んでよゲヒャッハー」

 おかしい、なにかがおかしい、間違っている気がしてならない。だが、目の前のこれは現実だ。その証拠を示すかのようにブベラは背中に隠し持っていたらしい二本目の短剣を短い言葉を俺に投げかけると共に抜いたのだ。

 現実は待ってくれない、だからこれは現実なのだと現実そのものから脅迫を受けるように、俺に向かってブベラが短剣を突き出してくる。

 俺は、そんなブベラに言葉もなく、ただ防衛衝動のまま反射的に腹の短剣を引き抜き投げ放っていた。

 がくんと、糸が切れた人形のように俺を目前にして崩れ落ちるブベラ。その喉には俺の腹に先程まで突き立っていた短剣が生えている。倒れた体からは血溜りが染み出し、その絶命を物語っていた。

 終わった、何もかも。ただ、そう思うしかない状況だった。

 何故俺は彼女を殺したのだろう。俺なら彼女を組み伏せることすら簡単だったはずだというのに。などと、疑問を思い浮かべる暇もなく、二階にまで侵食してきた炎から逃げ出すために動かなければいけなかった。

 腹の傷から溢れる血潮と痛みを無視して、炎の中を駆け抜ける。まだ燃えているのは外壁が主で、最大の敵は煙だけだったのが幸いか、さほどの時間をかけずに俺は脱出に成功したのだった。

 しかし、家の外に出たからといって、そのままそこにいるわけにも行かない。炎はどこまで広がるかわからない。この傷で近辺に倒れこんでいるわけには行かない。俺は傷のために次第に鈍っていく自分の脚の動きと、体力はもちろん気力さえ失われていく苦しさに喘ぎながらも、なんとか林を抜けて燃え落ちる家から離れていった。

 倒れこむ、十分炎に焼ける家から離れたと認識できた瞬間に。すでに意識は朦朧としている、早く傷だけでも塞がなければまずいことになるだろう。

 消毒液代わりの度数の高い酒の小瓶を取り出し、傷へとぶち撒ける。針と糸を取り出し、強引に皮を貫き傷を縫い合わせる。最後に包帯できつく縛る。幸い傷は大きくも深くもない、これで少しは楽になったはずだ。吐血したことから内臓が傷ついている可能性が高いが、いまはどうしようもない。血が足りないこともどうしようもない。俺の体力がこの状況を乗り越えられるかに賭けるしかないのだ。

 運が悪いことに近隣で人がいる場所は、壊滅したばかりのあの村だけだ。他にもあの家屋のように、離れ住んでいる住人はいるだろうが、簡単に見つけられるものでもない。人に頼ることは考えないほうがよさそうではある。だが、家から離れているとはいえ、ここに留まっているわけにはいかない。連中の仲間が近くにこないとは限らないのだ。

 少し体を休めたら、すぐ動き出したほうが良いだろう。一応赤眼鏡を使い、周囲を見渡して危険がないか調べてからだが。

 皮肉を感じ俺はその状況に唇を数かに吊り上げる。笑えてはいない、しかし笑うしかないと思えるような状況だとは思った。やはり俺は結局連中と同じく『魔法の道具』に頼り切っている。この赤眼鏡は便利すぎて、手放せないのだ。なのに連中と敵対しているのは、本当に俺個人の自己満足の面が大きいのだろう。それがこんな事態を招いたのだから、本当に皮肉としか言いようがない。

 俺はこんなことを望んではいなかったし、こんな事態になって欲しいとももちろん思ってはいなかった。しかし、結局こんなことになる。どこに進んでも、どちらへ行っても泥沼だ。俺はどうすれば良かったのだろうか。

 連中に赤眼鏡と投石紐を渡して、それで逃げていればよかったのだろうか?それなら連中もしつこく付きまとっては来なかっただろう。そうだ、やはりそうだ、どうして俺はこの道具達を捨てなかったのだろうか。

 『魔法の道具』が便利だからか?確かにそうだ、だが俺がその道具を所持し続けることでこんな状況に陥いる可能性を、何故今まで考慮しなかったのかがおかしいのだ。俺は自分で言うのもなんだが、そういった思考を回すことだけが取り柄で、そのために今まで生き延びてこれたかのような男なのだ。なのに、その俺が今まで一切疑問にも思っていなかった?そんなおかしいことがあるというのか?

 俺だって人間だ、考え違いなんて多々ある。不思慮のまま何か行動を起こしてしまう場合だってある。だが、こんな根本的なことに、一度も、ただの一度も考えが及んでいなかったのは不可解すぎる。自分を疑わざるを得ない。お前はそんなに馬鹿だったのかと?

 そして傍と気づいた。まさか『魔法の道具』の真価は俺達にとっての利便性、例えば赤眼鏡で空間の流れを読むことが出来るような、そんな即物的な効果ではないのではないかと。

 今まで見てきた『魔法の道具』。それらは使い方になれる必要もなく、使う人間を選ぶわけでもなく、簡単にそして平等にその能力を発揮させていた。つまりは所持者や使用者が「使いたい」と思うだけで反応し、思い通りに動いていたのだ。

 「はは、はははは、はははは」

 俺は笑った、かすれた声で、疲れた声で、傷の痛みを無視して笑うしかなかった。

 なんのことはない、『魔法の道具』は使用者や所有者の意思を、その考えを読んでいるのだ。数多に溢れるおとぎ話類のせいで、魔法なら人間の意志に感応して勝手に動いてくれる便利なもの程度の認識で済ませてしまっていたが、これはそんなものではなかったのだ。

 何が意思がないただの道具だ、逆だったのだ。人間の意志が『魔法の道具』を動かしていたのではなく、『魔法の道具』が道具として動いていたのだ。そしてそこまで考えてしまえば、それどころではない最悪の解答にたどり着ける。

 もし『魔法の道具』に意思があるならば、そしてその意思が持つ力は人の思考を読み取るほどのものならば?つまり、その精神に干渉できるほどだとすれば?

 そうなると〈商団〉の連中が馬鹿ばかりだったのも合点がいく。おそらくそうでなければいけなかったのだ。さすがに完全に人間を支配するほどの能力はなく、おそらく俺が『魔法の道具』を手放したくないと思っていたからこそ手放すという思考を排除できたように、切欠を足がかりにしての傾向管理が出来る程度なのだろうからだ。

 いや、しかし、だとすればおかしい点がまだ一つある・・・ブベラのあの行動がもし、道具に操られた結果なのだとしたら、あまりにもその力が強すぎることだ。それほどの力があるなら、〈商団〉の存在はいらないはずだ。

 ブベラのあの行動はやはりどう考えてもおかしかった。そう考えようとして俺がこんな風に考えているだけかもしれない。そもそも俺が無思慮だったことも、本当に俺の落ち度でしかないのかもしれない。

 だが、それさえ道具による干渉なのだとしたら?

 そう考えると俺はもう我慢が出来なかった。『魔法の道具』の正体に結論付けて、赤眼鏡を取り外し、結果を見てやろうとした。

 その瞬間、背中に鈍い衝撃を感じた。瞳孔が開いていくのがわかる、意識が飛びそうになる。取り外そうとした赤眼鏡を外すのをやめ、背後に振り返り、ついでのように背中に手を伸ばす。背中にあったのは短剣、突き刺さったその柄が手に触れていたものだった。

 短剣を引き抜き、眼前に持ってくる。さらなる出血によって意識が朦朧としていく中ですら、もう確認しなくても理解は出来ていた。この短剣は先程まで何度も見ていた、連中やブベラが使っていた同じ形をした短剣だ。

 だが、それより以前に俺はこの短剣を見た覚えがあったのだ。

 この短剣は、連中に初めて襲われたときに見た覚えがある、あの宙を飛ぶ短剣と同じ形をしていたのだから。

 そして全てを裏づける、というよりは先に真実を提示するように、赤眼鏡の視界には合計二十本以上にも及ぶ宙を飛ぶ短剣の群が映っていたのだ。誤解のしようもない現実。俺が考えたことは最悪以上の結果で当たっていたのだ。

 「まったく・・・最後までお前の世話になったようだな、相棒」

 あきらめたように俺は嘆息し、赤眼鏡を外すのをやめると、赤眼鏡に向けての皮肉を呟いた。

 その直後、刃の群は俺に向かって一斉に雪崩落ちていった・・・。

 

 ***

 

 息せき切って走り、誰かが近づいてくる。

 長い間埃を被っていた俺の元へ。

 閉じていた意識を覚醒させる。

 あれから十数年以上の時間が過ぎたのだろうか。

 〈商団〉はいまだに存続し続けているらしいこと、それどころか残念なことにその勢力を増しているらしいことを俺は知っている。

 走り寄ってくるのは見る限り少女らしく、追われていそうな様子から見ても、連中の仲間とは縁遠そうな人間だ。

 なら、ようやく動き出すときが来たのかもしれない。

 復讐のときは今なのだ。

 さぁ、早く俺を手に取れと念じる。

 そして少女は念が通じたのか、そうでなくてもこの埃にまみれの倉庫の中で一際目を引くだろう赤眼鏡を手に取った。 

 

 

 NEVER END

ちゃんと話を作れば、まぁ面白くなりそうではあるんだけどね。

ちょっとありがちだけど。


まぁ、世の中はもっとありがちなので溢れてるけど・・・(これを言ったら駄目なんだが

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