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「青」天の霹靂・5

 ランチボックスを紐解くと、白と白の境目には、緑やら赤やら黄やらの、色とりどりが挟まっていた。規則正しく揃えられたそれは、僕の胃から救難信号を発信させた。

「サンドウィッチにしたが、そんな気分でなかったりするかい?」

「大好きです。いいですよねサンドウィッチ。辛子がいい味を出してるんですよこれが」

「そうだよね。なかなか共感されなくて。みんな、レタスのシャキシャキ感とかに眼を奪われて、影で活躍している立役者を見向きもしないのだから」

「生徒会役員に是非とも欲しい、理想的な働きですね」

 そして一番無難なメニューだったりする。変なものを選ぶ、佐手さんの粋な遊び心が発動しなくて安心した。佐手さんのそこも悪筆と並び、愛情を持ってしても頂けない。

「いただきます」

「いただきます」

 我らに命を与え給う食材へ感謝の気持ちを忘れずに。

「食事中ということはくれぐれも忘れないようにね」

 食事は楽しく朗らか爽やかに。最後が理解できないけど、それが佐手さんの理念。

「喉に欠片も通らないほど盛大にショックを受けてたら、どうするつもりだったんですか」

 と言いながら、パクパクと食べる僕に説得力なんてない。ショックなんてないから。

 佐手さんはサンドウィッチを頬張り、咀嚼し、飲み込んでから口を開く。その一連の仕草、なんか好きだ。かっこいい。僕はそこまで流麗な動作はできない。

 お互い、相手が口を開いている隙にサンドウィッチを食べる。食べつつ話す、といった無作法は、校則などとは違って、自主的に破らないよう努力する。

「らしゃくん。ぼくは大変、【弟】のきみにがっかりしてるよ」

「僕にへこんでほしかったんですかい! ……男性が苦手でもありませんし。それよりも合田お兄さま。僕は【お兄さま】ですよ」

「『おっといけないいけないぼくとしたことが』と言ってほしいのか、『ぼくは会長であり、元お兄さまだよ、現行お兄さまくん』とでも言ってほしいのか、とても判断に悩むね。うふふ」

 僕らは笑いあいながらそんな遣り取りをする。ああ、楽しい。本当に楽しい。

「そういうのは冗談としておいて。ぼくの信頼に応えてくれてありがとう。本当に免疫があるんだね。申し訳ない。ちょっと、試験をしてみたんだ」

「所詮、庶子の出ですから。長期休暇などで一歩アオナシの敷地を踏み越えれば、男性は身近な存在なんですよ。しかも僕は兄弟が多いですから」

 春休みにまた一人、兄弟が増えた。僕の家はお母様三人が競うように子供を産むせいで、もう少しで二十人近い兄弟。しかもほとんど男。実家だとむしろ女の子に飢えるくらいだ。

「梨山の家柄で庶子と言ったら、本当の庶子に背中から切りつけられてしまうよ。謙遜はしすぎないべきだ。そこそこの爵位は持っているんだろう?」

「低俗には変わりありません。おかげでこうした事態に陥っても『ヤだ、男性と話すなんてどうしよう!』みたいなことにならないのは感謝しますけどね。佐手さんこそ、アオナシに居なければ僕の手も届かないような家柄ですのに、男性が編入したのに平気ではないですか」

「平気に見えるかい?」

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる。

「え、まさか、『実は男性恐怖症なんだよ、ぼくは』みたいな展開があるんですか?」

「そうなんだ。ぼくはね、その昔、屈強な男性に襲われたことがなくて」

「……ないんですかぃ」

「あるわけないだろう。それだったらアオナシにすら通わされてないさ、ぼくの父のことだから。下手をすると『傷ものになった女に価値はない!』と捨てられる可能性すらある。その父とだって、手紙でしか言葉を交わさない徹底ぶりだ。会ったこともないよ。おかげで男性の扱い方なんて『空を飛ぶにはどうしたらいい?』と幼等部の娘に質問されるくらい悩む。だからこの件、ぼくはこれ以上のことは何一つ、能動的に助けられない」

 机に頭をぶつけた衝撃で、ランチボックスを床に落としそうになった。

「……堂々と言うことですか?」

「無知の知ってやつだよ。なんでも知っているぞこの生徒自治会長は! と嘯くよりは何十倍もマシってじゃないか? ましてや苦手を得意と思われても荷が重いだけだ」

 不確定の情報を掴ませられるよりはそうかもしれないが、だからと云って、ここまで自信満々に胸を張って言われても困るものがある。

 ……いや、虚勢か。佐手さんは不安なはず。人の上に立つ身だから、弱みは見せない。

「でもらしゃくんだけに頑張らせるのは、生徒自治会超としての名が廃る。ぼくも可能な限り努力はするし、フォローするつもりだ。ぼくは元々、縁の下が住み心地が良くてね。見守らせてもらうよ。客観性を保つことも重要だ」

 それでも佐手さんは、僕に弱い部分を見せることなく、自分の出来る精一杯を買って出る。

 たかが一歳年上なだけなのに、本当に大人だ。佐手さんが後ろに控えてくれている。この事実だけで、僕には大きな自信となってくれる。

「これから起きるであろう出来事は全部イレギュラーなわけですか」

「そうだね。あまり背負わせたくはないけれど【お兄さま】の真価こそ鍵を握ってしまう」

 僕が最後のちょっと大きな一切れを口に詰め込むと、二人同時に食べ終えた。

「……むう、折角の会長との会食は、こんな会話だけで終わってしまいました。まだ何回もやってないですのに、勿体ないんじゃないか。意中に反するといった感じです」

 何回「かい」と言ったでしょうという謎々みたいだな、と発言の途中で気づいた。文脈的に繋がってない後半を無理矢理追加してみたのは失敗だったか。言葉遊びは中々好きだ。

 昼食の後片付けをしていると、会長が「ああ、忘れていた」と言いだした。

「そういえば、こんなメモを渡されていたんだった。ほら」

 僕は佐手さんから、佐手さんとは違う字で走り書きされたメモを受け取る。

『梨山さんへ。合田会長との用が終わりましたら応接室へ来て下さい。このメモを見ておきながら無視した場合、問答無用で来学期の国語の成績は乙にします。ハクラより』

 先ほど佐手さんが言っていた、ハクラ先生からか。この状況で僕を名指し。硝煙の臭いって嗅いだことないが、こんな感じなのだろうと僕は思った。しかも乙って。甲ではないところになんとも云えない嫌らしさを感じる。

「って、忘れていい内容じゃないでしょうこれ」

「うん。ごめん」

 素だったのか。……素を発動させてくれれば、僕は地雷が敷設されすぎて一歩も動けない地帯へ突入しなくて済んだのか。別に学校の成績なんて痛くない。もとより僕は学園からは問題児扱いされている身だ。

「らしゃくん。いや、【お兄さま】」

「はい?」

「骨は拾ってあげるから、思う存分特攻したまえよ」

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