問題は続くよいつまでも
「期待しているとは言ったが、学園全体を揺るがすほどは、さすがに推奨してないぞ」
「……はい。もっともです」
「お兄さまがそんなんじゃ、下級生に示しがつかない」
「……はい。おっしゃるとおりです」
僕は中庭のベンチで、のほほんとお茶を飲みながら、ハクラ先生から説教を受けていた。暇つぶしとはいえ、あまり楽しいものではない。
「自業自得ですね、ラーナ。普段の行いが悪いから、校則に抵触してないのに厳しく目をつけられるんですよ」
「ハマも同罪だぞ。なんのためにナシヤマの押さえ役として、いろんな教師からお墨付きをもらったと思ってる」
「申し訳ありません。ハマの監督不行き届きです」
「思うんだけど、なんで年上の僕が年下の破魔に面倒を見られる態になっているのだろう」
あれほど大騒ぎしたら、教師の耳にも轟くというものだ。あまりに騒ぎ過ぎたので、各方面の教員からお叱りの言葉を頂いている。立場が立場なのだから、もう少し慎みを持て、と。
おそらくもう一人の当事者は、僕と比べれば人格的にも役職的にもそこまで広い影響力がないので、それほど厳しくはない。そう考えると、やるせない気持ちがふつふつと。あの演劇で心から思ったあれは、間違えた感情だったのかなあ。
「センセイからはこれくらいにしておく。叱る姿勢だけは見せておかないと。大人は大変だ」
「はやっ」
「形だけにもほどがありますね」
開始からまだ一分すら経っていないぞ。ティーカップに注がれた緑茶は熱々だ。
「ふう」
正門前に僕らはいる。少し前まで綺麗な花を咲かせていた桜は、すっかり葉桜に身を移している。例年は、ここまで時の流れを速く感じてなかったのに。それだけ、楽しかった。
始業式から今日で二カ月が過ぎた。つまり――諫早とお別れ。
「それにしても、坊ちゃんもカイナ様の血を引いているものだ。さすがは親子。ナシヤマを扇動したのは坊っちゃんだな? ナシヤマはそこまで直情的な生徒ではなかっただろう」
「加稲さんも、そういったエピソードをお持ちで?」
「生徒会長の優等生さと、フウラのカリスマと、ナシヤマの容姿が合わさって、しかも沢山魅力のあるものがくっついてる、って感じだったな」
「僕は顔だけですか!?」
おそらく長所を上げたつもりなのだろうが、全く嬉しくない……。庶民派アイドルじゃあるまいし、【お兄さま】のくせに容姿が良くないなんて、よほどのプラスがない限りはなれない。ある意味、一番大切な要素ではあるが。
「カイナ様は、それだけお美しい方だった。もうあれ以上麗しい女性に会えない」
「そんなですか」
それほどに、入れ込んでしまったのか。
「ハクラ先生。恋する乙女であり続けるのは勝手ですが、どうして諫早に、名乗りでないんですか。ハクラ先生こそ、諫早の産みの母親だって」
「え!?」
何も知らない破魔は、このタイミングで驚く。
諫早は自分の父が身近にいることも知らず、ついでに実の母も知らず父探しをしている。どんなタイミングで明かそうか、ちょっと想像もできない。
「いいや。坊ちゃんは、カイナ様が産んだ」
「……認めたくないというのなら、僕は強要しませんけどね」
どんな事情があったかなんて聞かないでおく。想像はできるが、想像でしかない。
「お、なにやってるんだお前ら」
諫早が、傍らに一人の女子生徒に荷物を持たせて登場した。教師へのお別れの挨拶などで、少し遅れることになった。先に僕たちは門の前で待っていたのだ。
「坊ちゃん。女の子に荷物持ちさせる男に育てたつもりはありませんよ」
「こいつが勝手に持って先に歩いたんだからしょうがねえだろ。言っても聞かねえし」
まあ彼女は頑固だから。僕はその性格を、誰よりも知っている。
「坊ちゃんは昔から正義感は強かったですのに。戦隊モノを見ては、緑になりたいって騒がしかったですもん」
ハクラ先生から、またそういった発言が飛び出す。これでお別れだからか、絶好調だ。緑って。また微妙なポジション。いや、ピンクと言われるよりはいいけど。
「はいはい、おギンはいい加減にせい。……そろそろ俺も、リーダー的真っ当な正義でも目指してみるか。それもいいかもしれない。この学園を、少しは変えた。今回のは橋頭保。このくらいでききゃ、二人いる『母』を守ることなんてできやしないぜ」
…………。
「おかげでいい経験になったよ。誰にもない、俺だけの語れるネタもできた。母上が、どうして女で有り続けたのか……その理由も、アオナシで知れた。危うい橋を渡ってきたけど、バレてなかったようだったからよかったぜマジで」
あっれえ?
そういや、資料室の扉が空いていたことがあったっけ。……ああ、そういう。諫早。僕は、諫早を見くびっていたようだった。そこまで材料は揃ってなかったはずなのに。強い先入観もあったはずなのに、よくぞ一人で。
「それじゃ、俺はここで」
「うん。また会おうね、諫早」
多くは語らず。男同士なんて、そんなもので十分だ。
待たせていた車に、諫早は乗りこむ。
「……坊ちゃん。カイナ様……お許しがあれば、ワタシは……」
小さくそう言ったハクラ先生は、いつまでも諫早の背中を見送っていた。――なんとなくだが。誰かの目論見は、十分に達成していた。そんな勘が働いた。
それから僕は、『彼女』に向き合った。
「ありがとうございます。あなたのおかげで諫早も少しは安心したようです」
「本人の意向で見送りは最低限の人数で。わたくしと梨山先輩の二人で、全校生徒の代表。なら、アオナシを賑わせ、たくさんの娘に幸せを降り注いでくれた恩人に、敬意を払わないわけにはいきませんもの」
「はい。お見送り、ありがとうございます」
僕は布浦後輩に、労いの言葉を掛ける。「ふん」と鼻を鳴らして、寮へ戻っていく。
「ラーナもあれから少しは丸くなりましたね」
「嫌々だけど。布浦後輩とは、今もできることなら接触したくない。……ただ、僕も諫早と同じように、大人にならないといけないからね」
それにはまず、大きな目標でも決めておこうか。よりよい【お兄さま】として、ますます精進できるように。
「僕よりもイケメンな女は、見つけ次第その背中を追いかけ追い抜き、誰よりもイケメンな女となってやる」
それが、今年の【お兄さま】たる、梨山羅紗の一言です。
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これで終了です。こうしてみると、自分の力不足がまざまざと見せつけられます。
ここまで読んでくれた方。もしもいましたら、深く、お礼を申し上げます。




