浮き出た悪意・9
「大仰に表現すれば、『穏健派』に属する者たちだ。『保守派』と表現してあげてもいいけれど。古き良きアオナシの体制を守る、そんな集団」
「穏健、保守、ねえ。字面通りとは思えねえけど」
その二つには「優しく、話し合いで済まそう」というニュアンスは含まれていない。それを感じ取ったようだった。
上手の手から水が漏れる、ではないが、全ての生徒に好かれるなんて不可能。僕の敬愛する佐手さんだって、去年は相応に批判を受けた。
アオナシは閉鎖された空間だ。自分の居場所を失えば、もう生きてはいけない。僕の兄弟は「小せえ世界だぜ」などと言っているが、それは外部の物の見方だ。集団の結びつきが、人間関係の全てとなる。
集団。そこには、どうしても孤立してしまう生徒が出てくる。そういった生徒の心に付け込んでいるのが、布浦後輩という人物。
「布浦後輩よりも総合的な評判は僕のが断然いいよ。自画自賛する。……でも、ニッチにつけこんでるから。絆は鎖。手じゃ引きちぎれない。そんな人がさ、『あの人は気に食わないから、排除しましょう』と言ったらどうなると思う? 鶴の一声。これに対抗する力は一つしかない」
「梨山は梨山で、ファンという名の多数派を率いているから、迂闊に手出しはできねえ。茨の壁を乗り越えないと、本丸には手が届かない。手痛いしっぺ返しがくるだけだ」
「当たり。一人一人の力はそう変わらないからね。多数派が勝つのさ」
僕を好きになってくれる娘を利用するつもりなんてないが、そうしなければアオナシ全体のバランスが揺らいでしまう。今更、これを解体することなんてできやしない。僕と布浦後輩が卒業するまでは、この構造が続くだろう。
「なんというか……女の世界だな」
「その指摘は否定はできないね。自分たちの価値観こそ、世界を構築する材料なのだから。君をこんなせせこましい騒動に巻き込むなんて、罪悪感すら覚えるよ」
「いいんじゃねえの。俺は将来、政治の世界にでも立とうとしてる身だ。この程度の問題を解決しねえで、どうやって国を先導できる。腹芸とかスパイの一つもできねえとな。もとより、俺が撒いた火種だ。消火できるだけしてから、古巣に帰ることにする」
「そうだよこの最悪な災厄を持ち込んだ張本人のゲスが!」
「なぜここでキャラを変更する」
「いやあ、なんか、ノリで」
たまに男っぽい暴言を吐きたくなるんだよね。本心じゃなくても。
「しかし、梨山がそこまで人を憎むとはな」
「僕はあの人とだけは親しくする気はない」
「随分、根が深いんだな」
「不毛だよね、僕と布浦後輩の諍いは。そうだね、僕も花の女子高生だからそんな感じに比喩すると、キノコ・タケノコ論争ぐらいの泥沼だね」
「……あん? なんのことだよ。すぎのこのパクリ?」
「すぎのこ一択なのにそういうツッコみができる君も大概だよね」
この世界にはすぎのこしかないので。こんな論争はないのであしからず。僕は自分へ向けてそう言った。
「羅紗、破魔、森羅。女性名は『Aで締める』けど、女こそ『I締め』……虐めの方が合ってるんじゃないかって思うよ」
「誰がこの場面で滑ったことを言えと」
「うぅ……」
言葉遊びという名の駄洒落が好きなんだよぅ。僕は気分を乗り換える。
「これは僕が女だから起きた問題だ――と、言わせる気はないよ。男だって、そういう一面は多少なりともあるはずだ」
「まあな。俺にも憎む野郎は二人いるからな。俺の産みの父と――」
諫早はそこで言葉を区切ったが、再開する気配はない。僕もそこまで踏み込まないでおいた。
「僕は布浦後輩を好きな娘まで嫌うつもりはない。――でも、向こうは違う。僕を好きな娘まで嫌うんだ」
根本的に、あの人は僕と相入れない。僕が好きなものを嫌い。こちらが許容することを向こうは拒否する。それらは逆も然り。
どうやっても、僕と布浦後輩は、捻じれの位置にしかならない。
「話しててむかつく女だったぜ、あいつ。俺がどうこうされるなら立ち向かえても、他人に手を出されるとな。真っ向からぶつかろうとする梨山のが清々する。……多数派が勝つ、ねえ。こっちから宣戦布告できるんなら打つ手もあるにゃあるが」
「秘策でもあるのかい?」
「秘策もなにも。お堂で祝詞を上げている牧師が、右手を挙げろと言ったらどうする?」
「君はなんの宗教で例えを出してるんだい」
「うるせえ俺は無宗教だし無神教だ。知識は教養としてあっても信奉はねえよ。重要なのはそこじゃねえ」
僕は考えてみるが、数秒もいらなかった。
「右手を挙げるだろうね。さしたる意味も考えたりせず」
「じゃあ、講堂に集まった生徒がいきなり、全員左を向いていたら、お前は敢えて正面を見たりするか?」
「多分、大衆に迎合するだろうさ」
諫早とは、もう一カ月以上、アオナシで過ごしている。もう諫早を仲間として受け入れてもいいではないか。諫早は、誰とでも爽やかに会話できるが、嫌がる娘にまで接触したりしない。せめてあとひと月でいいから、平穏無事に過ごそうではないか。誰だって、ギスギスした雰囲気は味わいたくない。みんな仲良く。理想論でしかないが、実現できれば素敵ではないか。
そういう空気で、アオナシを塗り替えてしまえば。【アオ】一色にしてやれれば。
「――あぁ、しょうゆうこと」
「せいゆうことだ。……いちいちボケるのやめれ」
「ごめん。でもノってくれる諫早も諫早だよ」
破魔が教えてくれたのを思い出す。あれを明確に記憶しておいて正解だった。
『もうひとつ、『どちらのアオが好きか?』というアンケートもとってみました。こうすると、二人の人気はほぼ五分五分だったんです。母体となる票数が、生徒数の六割ほど、というのもまた面白いですね。ラーナは好きだけどイサハヤは……という人も、意外と多いのではないでしょうか。……残りの票は、あの人の会員でしょうね。ラーナ単体ならともかく、梨山諫早連合軍となると、そこまで人は集まらないでしょう。何かの参考までに』
この言葉は少し前なので、少々パワーバランスは変わってしまっているだろう。だが信頼の置けるデータなので、とりあえずはこれを基に考察してみる。
僕が諫早擁護をした際、味方になってくれるのが三割。その逆で、絶対に諫早にはなびかない、布浦会の面々が四割。中立が三割。三(梨山派):四(布浦会):三(中立派)。これが各派閥の勢力。たしかに僕らは数で負けている。
だが、中立派はおそらく布浦会側には動かない。少数派だからこそ輝く布浦会では、これだけ人数を集めてしまうと、既に組織を維持できなくなるほど巨大。あの人は広い支持を得て『いない』のが武器であり、そして弱点でもある。
もしも、中立派をこちらになびかせることができたら。
「清純派で売り出してるわけでもないアイドルは、多少はっちゃけたほうがファンの期待に添えられるんだぜ。刺激のない学園。与えてくれる人が居るなら、その人の言い分に従うってんだろ、アオナシは」
「なるほどね。……君、かなり親密に考えてくれるんだねえ」
てっきり、俺には関係のないことだ、と吐き捨てるような男だと思っていた。
「俺に直接危害を加えるならいい。だが周囲に被害を及ぼさせるのは許さねえ。…………。よし、考えた。梨山、俺に戦略がある。細かい条件とかはそちらの判断に委ねざるをえねえけど。これが成功すれば、それなりの結果になってくれる。そういうものをだ」
先手必勝という言葉がある。一ヶ月ほど前、僕は先人の言葉を無視したために痛い目を見た。なら今回は素直に従ってみようではないか。
「諫早。とりあえず、明日のお昼は中庭辺りで、二人っきりになってお弁当を食べようか」
「……この流れで、なんで?」
「ちょっとしたジンクスみたいなものだよ。いや、ジンクスを、作るのかな」
諫早がアオナシを去るまで、あと少し。僕らが活動できるのも、あと少し。意外と楽しかった二ヶ月間。その思い出の締めに、ちょっとした花火を上げさせてもらおう。




