「青」天の霹靂・4
私立セーム学園。
それこそ僕らが生活を送る、この学園の正式名称。「明治」に設立され、「大正」、「晴厚」、「化静」と、四つの元号を過ごした、由緒正しい学園。
しかし、同じくこの学園で暮らす生徒間で、あまり「セーム」の三文字は発音されない。「アオナシ」。僕たちはセーム学園のことをそう呼ぶ。それはなぜか。
この学園においては、男は青色、女は赤色が、それぞれ代名詞的表現となる。「あの人は赤々しい唇をしているわ」とでも表現すれば、それは女性らしくぷっくりとした唇を無条件に連想させる。反対に「まだ体つきが青いですわ」などと言われたら、それは未熟な身体つきというよりは、男性のように筋肉質な身体、と無意識に判断してしまう。
そう。この学園は、男は一人としていない完全に女の世界だから、青無なのだ。音読みをした青無とも掛けている。正式な制服は、桜色のセーラー服。
とどのつまり。男の一人称たる『僕』を使っている僕もまた、女である。
僕だけではない。破魔も、僕の苦手なあの人も、佐手さんも。
「――男、なんだよ」
だからこれは、異常事態なのだ。
「正直言わせてもらいますと、途中で予想はできましたよ」
間一髪のところで、近くにくべてあった薪に油を放り捨てることには成功していた。火の粉が撒き散って危なかったけれど、それ以上ではない。
「くそう。ぼくだって、らしゃくんの驚いた姿を見たかったのに」
「勿体ぶりすぎました。佐手さんの負けです。いくら僕でもそこはボケられません」
あそこまで溜められたら、ねえ。書類を渡されて目を通している時点で、想像ぐらいはできていたり。むしろ、白々しい演技が大変だった。
「……要点を纏める。この編入生は【獅子宮】、きみのクラスに入ってくるわけだから、基本的にそちらで対処してもらうことになる。らしゃくんは、男性が苦手でないのだろう?」
「お、男は……怖いの……とか言うような殊勝なキャラになりたいぐらいです」
なるほど、そういうこと。僕は一人で納得する。あの人の不可解な言動は、この一件に対して混乱していたから起きたものだったのか。破魔も、かなり動揺していたか。
「まことに心苦しいことだが、これは学園の意向で、変更は効かない。生徒が何を訴えても、男性が編入する、この事態を避けることはできない。真っ向から立ち向かうしかないんだ。生徒会長のぼくに与えられる情報すらもほとんどなかったりする」
「なんとも物事が陰で進んでいますね。悪事の匂いがぷんぷんします」
「手に入れられた、確かな情報は唯一。実はその男子生徒、今日の早朝には入寮していたらしい。物資搬入の業者と一緒にだ。そして寮といっても、教員棟に、その諫早男史の部屋があるのだと。必死に探って、これだけだ」
佐手さんでそれだけなら、他の誰かがやったらこの情報すらなかっただろう。
「教員棟。教員だって、男慣れの度合いでいったら、僕たちと大して変わらないと思うんですけどねえ。教員の半分くらいはアオナシの卒業生でしょう。五歳で免疫のない子が、二十歳で突然免疫がついたりはしませんよ。一人くらいはいるのかなあ」
「確定ではないが、噂によると、ハクラ先生が看守するそうだ。教師はハクラ先生、生徒はらしゃくんの二人に、色々と任せる算段なのかもしれない」
とにかく、男に慣れているという点でも、また立場的にも、生徒側は僕が中心とならなくてはいけないのか。
「まあそこは僕がなんとかしていきます。他にもなにかありますか?」
「ええと、この件とは関係のないことで一つ。今回はこれだけでなくて――」
佐手さんは会議テーブルの下から、ランチボックスを二つ、テーブルの上に並べる。
「一緒に食事を取ろう。きみの分も用意したんだ。こうでもしないと、きみと二人で昼食を取れる機会なんてほとんどないからね。適当に屁理屈をつけて、生徒自治会室に誰も近寄らないようにさせてもらったよ。と言っても、ぼくの手作りじゃないのが悪いけどね」
「あららら。佐手さんはお昼を取らなかったんですか?」
ちょっと話しただけのつもりなのに、すっかり一時を回ってしまった。僕は佐手さんと一緒に居られるだけでお腹が膨れるけれど、佐手さんはそうもいかないだろう。
「【お兄さま】と二人きりで食べられる幸福を、一足先に奪いたかったんだよ」
ああ、「昼食を取らずに」という一文はこのためか。佐手さんがやや色っぽく言ったその言葉に僕の胸は高鳴る。魅力的な提案。お言葉に甘えることにしよう。
ちらりと僕の視界の端に『生徒自治会室は飲食禁止!』といつかの教師が掲示した張り紙が映った。産みの親の達筆を見せびらかしたいかのように、この子も自己主張が激しい。が、ごめんなさい見たこともないその先生。生徒会に属する生徒にとって、そんな校則は最早、あってないも同然なのですから。大体、敬愛する先輩から誘われたら。後輩として拒否できるわけないじゃないですか。楽園の林檎だって齧ってしまう。




