青の稲妻・5
「俺の母もこの学園の卒業生らしい」
「初めて聞いたよ。そんな重要な情報、どうして隠してたんだ」
「梨山に話してなかったこと、すっかり忘れてて」
「母や祖母、何代にもわたってのアオナシ生は珍しくもないね。ふんふむ、OGか。探せば痕跡ぐらいは見つかりそうだ。っていうか、当時の教員はまだ残ってるだろうね。そういう人からの情報もないのかい?」
「教員に取り入ったのは、それを武器にしたからなんだよ。『まあまあ、あの加稲さんの息子さん。面影があるわ』ってなそんな感じで、お母様の昔を俺に話してくれたんだ。ただ卒業後についてはほとんど知らないみたいで。時間が掛かった割に得たものはなかった」
優等生モードであれば、聞き上手なのが諫早。さぞ、昔語りの甲斐があるのだろう。
「何代目の卒業生なんだい?」
「さあ。母上は年齢を明かそうとしねえからな、昔から。保護者のサインが必要な書類なんかは、母上が勝手に仕上げちまうし。息子にぐらい教えろよっては思う」
僕のお母様や、使用人も二十歳はサバを読むしなあ。いつまでも若々しくありたいのは古今東西、女性の夢だ。そういう大人にはなりたくはないなあ。……とは言え、諫早の母がそうしているのはまた違った理由な匂いを、僕は嗅ぎ取った。
「アオナシの卒業生。僕らの年齢。この条件だと、三十六歳以上は確定してるね」
「根拠でもあんのか?」
「考えてもみなよ。アオナシで妊娠する生徒が出たらどうなるか。女性同士の口づけで子供を授かるわけじゃない。そう思い込んでいる子もアオナシにはいないわけじゃないけどさ。想像で子供ができるなら、有性生殖という仕組みから生物は考え直さないといけなくなってしまう」
「休暇中に男と……な可能性だってあるだろ?」
一応彼も気を使ってぼやかしてくれた。僕としてもあまりに直接言われても困ってしまうのでありがたかった。下ネタは嫌いじゃないけど、下世話なのは、ねえ。
「なんのために娘をアオナシに入れるんだよ。成人で、清廉な身体。これを成立させるためにアオナシがあるんであって、しないならバカみたいに金を払う意味がないんだよ」
しかしこうして口に出してみると、つくづくおかしな学園だ。
「はあん。学生のうちに妊娠は絶対にありえないんだな。いや、普通の高校でも非常識だが。高校を卒業してから産むんなら、最速でも十九から。俺が十六だから、最低でも三十五となるってわけか。……マジかよ。色々ありえねえ。そうか、三十代なんだよな……。おギンも若く見えるけど、それ以上に若く思えるんだよな、母上は」
「頼むから息子の色眼鏡は外してくれよ」
そこまで母への愛が強いと、さしもの僕だって、ちょっと……ねえ。
「俺のツレまでもが言ってんだよ。老いをどこに置いてきたんだろうなあって」
「『老い』と『置い』を掛けた高尚なダジャレだね!」
「うるせえよたまたまだよ突っ込むなそういうとこに!」
こう、隙間があったら身体を入れてみたくなるよね。
「二十年以上前ってことが判明すれば、なにか探れるかもしれないね。そっち方面でアプローチかけてみようか。また違った目線になるかもしれない」
どうせ、アオナシの生活は暇なんだ。今日はもう門限がきてしまうので無理として、明日にでもやってみよう。そうだ、後で佐手さんの私室に行って相談してみようか。最近、ちょっと退屈そうだったからなあ。刺激物を持っていけば喜んでくれるかもしれない。
僕らがそうして語りあっていると、コツコツ、硬質な足音がこちらへ近づいてくる。
「坊っちゃん。門限です」
諫早の保護者たるハクラ先生が、僕らの元へやってきた。
「あのよ、おギン。十七にもなる男に門限を定めるとか、そりゃないぜ」
「ダメですよ坊ちゃん。夜遊びは不良の始まりです」
元使用人だとか言うけれど、ちょっと過保護だ。まあ十年前に別れたとかいう話だから、当時諫早は七歳。ランドセルを背負った諫早を生で見られたかどうか。ハクラ先生なりに当時の感覚で接していると、自然とこうなってしまうのかもしれない。親のような愛情。親にとっては息子なんて、いくら大人になろうが「子供のまま」だという。僕の祖父母は、よく父の幼き頃の笑い話をしては父を苦笑させている。
「ほら。先生もそう言ってることだしさ。子供はきちんと大人に従わないといけないよ」
僕はからからと笑う。子供っぽさを笑われているように感じたのか、彼は少しだけムッとした。それがまた子供っぽくて、一層笑いを引き立てる。
「カイナ様のことを話していたのか?」
「はいそうです。諫早が、すごく自分の母上を褒めるもので」
「こら。他意がちらちら覗いてるぞ」
だってあれほど力説していればねえ。
「カイナ様は素晴らしい【お兄さま】だった。まるで本物の男性のように」
そう言ったハクラ先生は、南の空を見上げた。綺麗な喉仏がその姿を覗かせている。もの憂い気な表情は、愛する異性を想うときの、熱いものであった。
あれ。ハクラ先生って、女では珍しい特徴しているんだな。世の中にはそういう人もいるか。なんか、紛らわしく思っちゃうんだよね、僕。
「ナシヤマも、あんな【お兄さま】になってみないか? そうすれば――」
「いや僕は僕でなりたい像があるんでご遠慮します」
付けくわえた言葉に凄みを感じてしまったので、そうそうに断っておいた。
それに、こればかりは譲れない。例え演技でも、目指せるものがあるのだから。
「ふう。今日のところはこれで終わろうか諫早。時間も時間だしね」
なにより、佐手さんに会う口実ができたし。一刻も早く会いたいこの乙女心。普段から幼児がなくても訪問してるんだけどさ。
「……あ、ごめん諫早、言いそびれてた。明日のことだけど」
「例の活動の予定か?」
「うん。『あの人』が所属している倶楽部の一つに招待されたんだ。とは言っても、メインではないのが救いかな。その後は生徒自治会の集会がある。それからは別行動だ」
諫早のこととは関係なく、【お兄さま】として、全ての部活に顔を出さなければならない。この仕事は正直嫌でも、逃げるわけにはいかない。
「文化系はパスして~。梨山に任せてもいい?」
「ははは。こらこら。目的のためには手段を選ばないんじゃなかったのかい? 僕は手伝うとは言ったけど、全部任せろと言った覚えはないよ。それに、君も招待するようお願いされたから、来てくれないと泣かれてしまうよ。うっ、うっ」
「泣くのは梨山なのかよ」
いい加減ハクラ先生が、凄く怖い眼力で僕らを見始めたので、ここいらで会話を打ち切っておいた。どうやらハクラ先生は、僕らが仲良さそうにしているのを好ましく思っていないようだった。……いや、そういう仲に思われても。
諫早とハクラ先生は教員寮へ戻っていく。「確かにナシヤマはいい娘ですよ。美人ですし、頭もいいですし、将来有望な『梨山』のご令嬢ですよ。ですが、許しませんからね」「いや、梨山はいろんな意味でありえねえよ」とか会話しているのが聞こえた。そこまで纏わりつく羽虫を散らせたいか。
なんか本当、諫早の親みたいだなあ、ハクラ先生。
この後は食堂でも諫早と遭遇しなかったので、今日のところは最後の顔合わせだった。僕は僕で、破魔とお風呂に入ったり、所要で佐手さんの部屋に寄ったり。
大まかいつも通り。つまりこれが僕の、安定した平凡な一日のパーツ、となったわけだ。




