早速攻略完了!・6
倶楽部は倶楽部棟と呼ばれる建物に集中している。正式名称はなんだったか。保護者向けの、入学案内パンフレットを編集しながら、「そんな名前だったんだ」と破魔と言いあった記憶がある。その倶楽部棟の一室へ向け、僕らは歩いていた。
「どこの学校にも、新聞部のようなものはあるものですね。編入前の高校にもありまして、あの方々の渾名は『鼠』でした」
彼が両手の動きで鼠を表現する。手のひらを中心として指が蠢くその様は、負のイメージの体現だった。どちらかというと、鼠よりはゴ……例のあのムシに近いような。うっかり破魔に言うと僕が箒で叩かれるから、心の中でさえぼやかす癖がついてしまった。
「見聞がかなり違うようだね。アオナシの新聞部は、巷に溢れる流言飛語に確証を与えるための機関として設立されている。地道な草の根活動で『分からないことは分からない』で済ませない。情報によって誰が不利益になってはならない」
「これも異文化なのですか。……梨山さんの言に嘘や誇張が入っていないのでしたら、随分と純粋無垢な報道機関なのですね」
「そりゃ、世間とは隔絶された感はあるよ。娘に不純物を混入させないためにアオナシへ通わせるのだから。それでいいんだ。折角純粋に育ってるし、生のままでね」
諫早がアオナシ生に驚く回数の方が、その逆よりも圧倒的に多かったりする。アオナシ生は知識がない半面、外からの異物を「そういうもの」と素直に受け入れる。
「梨山さんは【お兄さま】以外の活動をしているのですか? あまりそういった面を拝見していないもので」
「それで当然だよ。【お兄さま】は自主的な参加はできないって決まりになってる。残念ながらこの一年はお休みだ。部員が少ない倶楽部だから相当な痛手なんだけど、しょうがないね」
アイドルである【お兄さま】は、広く浅い交友が望まれる。アイドルとして多くの生徒と接しながら、たくさんの倶楽部に顔を出し、共に活動をする。
ふと、曲がり角に折れると、前方に見知った背中を確認してしまう。その背中は、僕が目指す部屋とは違う部屋に消えていった。
あー、嫌なものを見てしまった。
「して、どのようなクラブに所属しているのです?」
諫早は僕の心情を理解せず、普通に質問してきた。とてもありがたかった。
「新聞部」
「…………」
ただでさえ漂っていたきな臭さを、より一層感じ取ったようだ。
「嘘を言ったつもりはないよ。主観的すぎて客観性を保てているか怪しい部分はあるよ。でもあれが僕の『新聞部はすべからくそうあるべき姿』さ」
誇りを持って倶楽部に挑んでいるから。まあ今年は過去形にしないといけないけれども。
「新聞部って、楽しいものなのですか」
「部員が少なくて、ちょっと寂しいけどね。それでも、楽しくやってるよ」
理解できない、という風に諫早は言った。噂を徴集して、誰かに害あることでなければ、あることないこと捏造するところが特にね。声には出さない。
「ここが新聞部の部室だ」
新聞部室まで到着した。勝手知ったる自分の部室。挨拶もなく扉を開け放つ。そこでは破魔が静かに書き物をしていた。それ以外の影はない。
「ここが、この女の、ハウスね」
「ラーナ。分かりませんそのネタ」
「ごめん」
ボケっていうのは、相手に伝わる形にしないといけないんだよね。
「新学期始まって最初の新聞部顔出しですのに、それがこれだなんて……はあ。【白羊宮(中一)】では憧憬となっている、かの梨山お兄さまが、悪い方向に冗談好きだなんて。ハマも同級生みたく、純真にラーナを憧れたいです」
「また思ってもないことを」
はんまはんま、と破魔は適当に、独特すぎる相槌を打つ。
「……ハマさんですか、少ない部員というのは」
より一層、僕らへの猜疑心を強めているようだった。あからさまに怪しいからなあ。
「他の部員もいないわけではないんですけれどね。新聞部は自由奔放が売りです。一か所に集まってワイワイやるものじゃない、って考えの部員が多いですからね。まあ新聞は部屋に閉じこもってではなく、足で書くものです」
「つまり新聞部というのはだね、」
「曲芸集団の集まり、というボケは在り来たりなのでよしてください。ただの語弊ですから」
「破魔の前で迂闊にボケない方がいいよ。返す刃でどれだけ傷つけられるか」
「身を持った説明、ありがとうございます」
いっそ適当感漂う諫早の声だった。
怖いのは破魔の、先を潰す能力にあり。これにどれだけ僕の冗談が叩き潰されてきたことやら。言葉の刃には銛のような返しがついているから、抜こうとするとこれがまた痛む。そのくせ、破魔もボケは嫌いでないのだから、攻守に跨って有能だ。
「それより破魔! 僕なら実際に曲芸しながら新聞記事を作成してやるよ!」
「梨山さんはくだらないことに全力ですね……失礼。それより、他の部員はいないのですか?」
さらっと毒を吐いてくれやがってからに。でも段々と、皮が剥がれてきた気もする。
いくら部室を見回しても人影は発見できない。それもそのはず。これが作戦なのだから。
さて。ここいらで自分自身のために、作戦のおさらいをしておこう。
新聞部としてインタビュー形式で、諫早にこれまで不可解であった点を質問し、答えてもらう。部屋の中に居るのは諫早と特に仲の良い僕と破魔の二人だけ。これにより、警戒心を抱かせることなく、リラックスして臨んでもらえる。これぞ、この完璧なる計画の全容! 多少不自然があっても、これなら彼の目的とやらを、本人の口から割り出してしまうことができる。
……付け焼刃だとこれが限界だったんだよ!
まあそれ以前に、思い切り怪しまれているけれど。しかしながら、ここまで持ってきてしまえばこちらのものだ。
「この部室も使われないよねえ。レイアウト会議ぐらいしか。文章はほぼ実地で仕上げちゃうから部員の繋がりがまるで感じられない。目玉記事を書くのは僕と破魔くらいかな」
「あら。愛の巣別荘版って感じだったじゃないですか。あまり人がこないことを利用して、たまにフラリやってきた部員に見せつけるように、」
破魔がキリッと眉で二つの連なる山を形成し、破魔なりの男性っぽい顔立ちをする。そして離れているはずの僕を押し倒す演技をする。嫌がりつつも、抵抗はしていない女を、好き放題にするかのように。
「せめて僕が男にしてくれないかな。女に押し倒される趣味はないんだ」
「男のように凛々しい女性を、女として手篭めにするのは、これはこれで乙だと思うんですけどねえ。ラーナだって去年、今の会長が青制服着用してた頃、女性な一面が出てたりしたとき、かなり興奮してたじゃないですか」
「そうだけどさあ」
完璧な人が少しでも崩れた場面を見せるのは、人間味があっていいものだ。佐手さんは、人間味の塊な人だけれども。
「…………」
「興奮するのか生々しさに引くのかどちらかにしたらどうだい?」
僕らの会話を複雑そうな顔をしながら見つめていた諫早。この程度でそんな初心な反応されても、こっちが困るというか。まあ平常な男子学生は、「らしい」関係を見ることなんてほとんどないだろうから、免疫をつくれるはずがないか。
「いつまでもくっちゃべってちゃ進まないです。さっさとインタビューをやっちゃいましょう」
身のない会話をしている間にも、破魔はインタビューの体裁を整えていた。粗末な部室に似つかわしくない、どこからか借りてきた一人掛けのソファーが一つ。その正面に机。机の側面側にはどこの部室にも備えられているパイプ椅子。どこに誰が座るのかは一目瞭然だろう。インタビューは身体を正面に向けあうよりも、九十度の角度をつけた方が、相手をリラックスさせる効果もあって好ましい。
「ところで破魔。どうして僕の席はないんだい?」
「ラーナに座らせる椅子なんて……」
はあ、とため息を吐き、呆れた顔をする。僕を憐れむような目。
「な、は、破魔! これだけ可愛がってきたのに、君ってやつは――」
「なんて冗談はやめておき、こんなこともあろうかと」
カーテンの裏にはもう一つ、ソファーが隠れてあった。色々と物置みたいにごちゃごちゃしているから、全く気がつかなかった。
「……あのねえ」
「ラーナは【お兄さま】、お客様です。ハマなりの茶目っ気ですよ。こんなところを下級生に見られたら、浴場で拾われた髪で藁人形を編まれてしまいます」
破魔ははんまはんまと独特に笑いながら、隠していたソファーをパイプ椅子に横づけした。




