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早速攻略完了!・1

 僕と破魔が暮らすのはA寮で、同じく寝起きをする生徒は五十人強といったところ。A寮と云うからにはB寮もあるわけで、そちらもほぼ同数の生徒が住んでいる。奇数年に入学がA、偶数がBという割り振りだ(例外が幼等部で、こちらは幼等部棟という建物で一日の大半を過ごす)。僕はこの制度にとても感謝している。おかげで佐手さんとはすぐに会いにいけるし、あの人の顔を日常的に見ないで済む。A寮もB寮のどちらも共通して、全生徒が個室にしても足りるほどの部屋数が用意されている。しかも大抵の場合は、一人寂しく過ごすより、複数人で楽しくルームシェアをするのが通例。使われない「部屋」どころか「区画」も結構な数に上る。僕と破魔だって一つの部屋を利用している。寮では空間にゆとりがあるのだ。

 ……けれど、朝の食堂はそうもいかない。

「ごきげんよう、梨山お兄さま」

「ごきげんよう」

「ごきげんようお兄さま!」

「やあごきげんよう、みんな」

 僕に挨拶してくれる下級生や、「今日も寝ぼけないように」と釘を指してくる上級生に「僕だって【お兄さま】の自覚はありますよ」と対処しながら、群の一部と同化していく。

「ラーナも【お兄さま】が板についてきましたね」

「口調はまあそうだけど、元の性格はこれだからね。楽なものだよ」

「でも【お兄さま】になった途端、これまで通りの言動なのに、妙に美化されているのが理解できません。ラーナはラーナのままですのに」

「なにもしなくても美化される、それこそが僕の魅力なのさ!」

「ナルシシズムは格好悪いですよ」

「うぅ……そのぐらい自惚れたって許される立場じゃないかぁ」

 破魔と実に清々しい朝の会話を繰り広げながら、渡り廊下を歩く。

 食堂へ入ると、例によって混雑を極めていた。初等部の子が僕にぶつかる。「あ、ああ……お兄さまごめんなさい!」と大きな声で謝られた。「しょうがないよ、こんだけ混んでるんだから」と慰めになるかちょっと疑わしい言葉をかけてあげる。

 波に呑まれぬよう、列の最後尾をとる。僕が並んだら、またその後ろに人が並び、すぐその権利は譲渡。その後ろにもまた並び、最後尾という名の襷は次々と渡されていく。徐々に列は捌けていき、配膳カウンターまで到達。奥にある厨房では、配膳係と料理倶楽部の生徒たちが、調理のおばさんと混じって、あっちへこっちへと動き回っていた。この働きぶりに、僕はいつだって感心する。日替わりでこそあるが、朝食のメニューは一種類しかなく、イヤだと思ってもそれを選ぶしかない。今日はパンか。それにおかずがちょろちょろっと。

「あ、梨山お兄さま。今しがた、あの方が来てましたよ」

 僕と認めた配膳係の娘がそう教えてくれる。

「ありがとう。どこの席にいるかわかるかな?」

「申し訳ありません。忙しいのでそこまで見れませんでした。でもまた、角っこの方で囲まれていると思いますよ」

 やはりか。そうじゃないかな、とは思っていたのだが。

 全ての料理を受け取った僕は破魔とどこの席にしようかと、二人分の席が空いているところを探す。この混雑の中、それでも一際高い人口密度の集団がある。

 僕はそこへ向かって一直線に歩き出し、用意しておいた言葉を投擲する。

「ところで最近ずっと思ってたことがあるんだ正体は男性なんだけど性別を隠し女性として編入するってのがこういった学園での礼儀じゃないそれでもって男の格好をした女子生徒と女の格好をした男子生徒の秘められた恋が定番の展開ってもんだけどその見解は」

「ははは。小説の読みすぎですよ梨山さん。現実は、男の格好をした男が編入です」

 器用なことに、書物を眺めながらロールパンを千切って口に運んでいる。テーブルの上には、五人前ほど朝食のセットが並んでいる。

「なんでしょうハマさん」

「あれですよ。よく食べるなあっていう、尊敬の眼差しです」

 僕についてきた破魔がそう言った。どうも彼という人物にいい印象を持っていないらしく、こうしてよくジト目で彼を見ることが多い。皮肉も心なしか強い。

「食べることを褒められても嬉しくありませんね」

 諫早が困ったような顔で言った。それがまた爽やかで中てられた周囲の生徒が赤面している。

「よくもまあ、あまり美味しくもないここの食事をがっつけるものだと感心するよ僕は」

「食にありつける。それだけでありがたいものですよ」

 この食堂の料理は、御世辞にも美味しいと言える代物ではない。お嬢様の食するものとは思えぬほど質素である上に、メニューもしょぼい。一汁一菜が基本。精進料理並だ(洋食でもそう表現していいのかは少し疑問ではあるけれど)。こういうものにすらアオナシらしい理由がきちんと存在しているのだから、この学園の教育方針にはいっそ呆れる。

 僕は諫早の正面に座って食事をとる。諫早のご機嫌取り係を任されているも同じな僕。あまり放置しておくわけにはいかない。

「ふう。授業を受けなければならないなんて、いやだなあ。まだ今学期が始まってそんなに経ってないのに、もう実家に帰省したくなるよ」

「ラーナはズボラモノグサ、『人間としてどうなんですかそれ?』と三日三晩問いつめたくなるほど、ダラダラした惰性人間ですね」

「破魔。僕が嫌いならそう言えばいいだろう?」

 周囲の生徒にクスクス笑われる。諫早すらやや震えていた。もはや破魔に詰られ、僕が傷つくという展開は、お約束として受け入れられているらしい。

 食事を終えた僕らは一度部屋に戻って、授業に備えた支度をする。教科書などは教室前に設置されているロッカーに仕舞ってあるので、ちょっとした身の回りのものを。

 破魔とは中等部の階層である三階で別れる。四階の高等部フロア、二年生の教室へ入ると、もうクラスメイト全員が集まっていた。「ごきげんようみんな」とひとまとめに朝の挨拶をすると、「ごきげんよう、梨山お兄さま」と、ぴったり揃った返事が戻ってくる。

「……そんな練習、いつのまにしたんだい」

 僕は綺麗に整頓された、三×五の座席のうち、中心の席に座る。将棋風に表現するならば、「3二兄」といったところ。【お兄さま】は一年を通して真ん中の位置と決まっている。

「こうやってクラスの団結があれば諫早さんも本当の意味でうちのクラスに馴染めると思って」

 副委員長に今年も任命された蒔苗君が、僕の質問に対して、クラスの代弁者をした。

 クラスメイトは諫早の編入を大歓迎した。ここまで喜ばれるとは思ってなかっただけに、逆にどうしたらいいのか悩んでしまったほどだ。まだ新学期が始まって二週間しか経っていないけれど、気持ちの上では、もう九人目の仲間として認めてくれている。

 ――けれど、諫早の方はそうでもないようだ。

 廊下側最後列。僕の席の斜め後ろ、「1三男」。そこが彼の席。そしてまだ、その席は埋まっていなかった。

 チャイムが鳴る。それとほぼ同タイミングで、彼は教室に滑り込んできた。少し遅れて担任であると同時に、一時間目に入っている国語を担当しているハクラ先生も入ってくる。

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