「青」天の霹靂・1
「ほら、さっさとその散らかった机の上とか、片づけてください」
ルームメイトとしてほぼ毎日顔を合わせて過ごしている破魔は、僕には勿体ないほど甲斐甲斐しく働く。潔癖とはいかないまでも綺麗好き。なにかと理由をつけては掃除をしている。僕はそれにいつも巻き込まれているのだった。
うーん、うっかり約束しちゃったからなあ。「明日は始業式が終わったら掃除をしますから」に対し「僕も手伝うくらいの気概は見せるよ」と。
実家での怠惰な生活習慣が抜けないせいでまだ眠かった僕は、破魔との約束までちょっと時間があるからと一眠りをした。完全に反故にしてしまった責任もあって、こうして破魔を手伝うことになったのだった。
「これは散らかってるんじゃないやい。自分が使いやすい配置にしたら――」
「散らかす人はみんなそう言い訳をするんですよ。今年から【お兄さま】になるお方の台詞とは到底思えないです」
「う、」
鋭い一撃に、声が詰まってしまった。
自分の担当場所をそれとなく掃除をしながら、破魔を観察する。
明日からやっと中等部に進学する破魔は、今年で十三歳。身体の膨らみも、徐々にではあるが目に見えるようにすらなってきて、僕に春先の新芽を髣髴させる。最近では抱きしめ心地も、ふわっとした感触が混じり始めた。だというのにその中身たるや、どうやら僕より先に成熟しているらしい。
苦笑する。破魔が僕の後輩でなければ、僕はきっと、ダメ人間として育ってしまっただろう。ただでさえ甘やかされている僕は、破魔ぐらいの刺激があってちょうどいい。山椒は小粒でもピリリと辛いからこそ、料理の風味付けに一役する脇役となれる。
僕が渋々でも破魔に従うのはそういった、自分へ厳しくの精神が働いてるからだ。
――断じて、破魔に借金があるからではない。絶対にない。言い訳をする。
んー、たかが本一冊の借金で、年下にこうもあっさりとあしらわれるとなー。僕の年上としての尊厳も、破魔の前では保つのが難しい。……もっとも、私生活で四六時中だらしない僕のお目付役として、数年前からルームメイトを始めたくらいだから、破魔にとってはそんなもの、最初からないのか。
「ハマの手並みをご拝見でもしてる暇があれば、自分のもきちんとこなしてください」
破魔をじろじろ見ていたのがばれたのか、ハマはやや低い声で皮肉を言った。サボってると思われたようだ。うん。それ、七割は当たり。
「はいはい」
「返事は『はい』が一回です」
「はいはい、はい」
「…………」
僕のお茶目な一面を開けっぴろげにしてあげたというのに破魔ときたら、ハタキをフローリングの床に落としてまで頭を抱えた。
「ああ……これさえなければラーナを……」
ラーナ。梨山羅紗という名前を持った僕への愛称だ。英語式にラシャ・ナシヤマ。頭文字の一文字ずつを取って、ラーナ。この独特な渾名の付け方は、破魔特有のものだった。
「大体さあ、毎週日曜の早朝にも掃除してるじゃないか。こんなに綺麗なのに、どこを今さら掃除しなきゃいけないんだよ。麗かな朝は、放置しておいてほしいね」
僕は床を足で擦る。キュッキュと小気味の良い音が足を振動させる。
「……午前十時は早朝にはならないです。ハマは四時起きです」
「それは早朝なんかじゃない。深夜だ」
夜三時に眠って朝十一時に起きる。そんな生活を昨日まで送っていた僕が、始業式のためだけに四時起きで眠くならないわけがなくて。生活リズムがズタボロだ。
「だから生徒自治会の臨時徴集にも置いてけぼりされてしまうんですよ」
「え、集まりがあったのかい? 僕が昼寝していた間に?」
「はい」
なんと。予定は余裕を持って組むあの佐手さんが臨時に。あまり信じられることではないが、破魔は嘘をつかない。ついたとしても、すぐ訂正してくる真面目ちゃんだ。
「なんてこった……。どうして起こしてくれなかったんだよ」
「起こしてほしいとか起こさないでほしいとか主義主張が一貫しないですね」
「それとこれとは話が別すぎるだろう。朝寝と昼寝の違いもあるし。ああ、佐手さんは僕に失望しただろうなあ……」
「大丈夫ですよ。会長にラーナが昼寝をしていることを伝えたら、『じゃあ起こさないでくれ、かえって都合がいい』と言われたんですから」
「それはそれで、色々と謎だね?」
「議題が議題でしたからね。会長にも思惑があるのでしょう。それがどのようなものなのか、ハマには想像もできませんけれど。少なくても、あの中にラーナがいると会長には不都合だったのでしょうね。やや部外者気味なハマだって、こうして平常心を保っていますから」
破魔は大きなため息をした。
「……さ、掃除はハマの息抜きですから、じっくりとやりますよ」
僕が自分の机の範囲だけを綺麗にしている間に、破魔は部屋全体の埃を払っていた。「角に埃を残すなんて間抜けな行為です」と吐き捨てる破魔だ。姑、もとい寮監がチェックをしても、文句をつけられる箇所なんてない。ピッカピカ。これほどに堅物(ついでに毒舌)な破魔がクラス級長をしているのは、自然に納得できるというもの。
「さ、これが終わるまでは昼食も取らせませんからね」
「ぐえ……嗚呼、お助けよ!」
その時、本当に天の助けがきた。僕たちの部屋の扉がノックされたのだ。どうぞと促すと、僕の二個下の無口で有名な後輩が、やはり無口を貫き通したままに扉を開けて入ってきて、一通の封筒を僕に渡してきた。首の動きだけで「では」と別れの挨拶をして、後輩の娘は退室していく。あの娘はよく郵便屋の真似事をしている。
「どれどれ……」
早速確認しよう。封はされていなかった。ほぼ直通なのかな。取り出してみる。一枚の便箋の中央に、簡潔に本文が記されていた。
『十二時半、昼食は取らずに、制服着用で生徒会室へきたまえ。by合田』
悪筆なのは承知であっても、それにしたって殴り書きにもほどがある。数字を解読するのに数分は頭を悩ませた。佐手さんの、数は少ない代わりに、大きい欠点の一つだ。
「あれ? 今って何時?」
「十二時十三分です。いくらラーナの愛する会長命令だからといって、掃除を終わらせないままに退室させないですよ。せめて時間ぎりぎりまで、やることはやってください」
僕は肩を竦める。おお、律儀な妹分はこれだから。
「……はいはい、はい」
「『はい』は百回です」
「掃除ちゃんとやるから許して。ね?」




