「その色は死神の服に似ていた」
涙が止まった後も僕は慌てて彼女から離れた。
「ご、ごめんね。も、もう大丈夫だから」
照れ臭くて彼女の顔を見ることもできなかった。
「気にすんなって! 仕方のないことだからな」
からからと笑う彼女の様子を見ていると少し気持ちが軽くなった。
「もう大丈夫だから」
そういって僕は彼女から離れた。
「そうかい」
微笑み彼女は僕から河へと視線を移した。
つられて僕も河を見た。
揺れる水面が月の光を反射していた。
カーテンのように揺れる光は幻想的で綺麗だった。
しばらく僕らは特に何をするでもなく、ただ隣に座り合って、水面を二人で眺めていた。
ふと、気になったことがあり、僕は彼女の方を向いた。
「そういえば、僕はいつ、どうやって死ぬの?」
何となく教えてくれないのだろうなと思いながらも、そう尋ねた。
「それはナイショ。教えたら意識しちゃうだろ? それでもしも死を回避されたら大変だからな」
とても真面目な表情と言葉で彼女は僕を制した。
そう思ってちょっと反省して、見てみると彼女はもう表情を崩していた。
「なんて、じょーだん。あたしもよくわかってないんだ~」
死神なのにね、と彼女は心底おかしそうに笑った。
「でも、間違いないのは、楽には死ねないよ」
「……」
僕は絶句した。
もちろん、覚悟はしていた。
どんなに痛みが伴うとしても、苦しかったとしても、僕は死にたいと思った。
そうでなければ、何が自殺志願者か。
でも、死神なのだからという期待がなかったわけではない。
死神なのだから、楽に死なせてもらえるかもしれないと思っていた。
現に僕は今、驚いているのだから、それが何よりの証明ではないだろうか。
言葉を発せない僕を、死神の少女は複雑そうな表情で見ていた。
「楽に死ねないことぐらい、覚悟してたさ」
僕は彼女を真っ直ぐに見つめてそう宣言した。
「とにかく、間違いなく死ぬから、心配しなくていいよ。
そんじゃ、あたしは行くわ」
彼女は立ち上がり、僕に向かって小さく手を振り、闇夜に消えて行った。
僕もそのまま家に帰ることにした。
堤防に上った時、何となく河原全体を眺めた。
ここ数日の間に、いろんなことがここであった。
死神に怒られて、蛇の足だの瞳だの話して、そして、僕の嘘を彼女に聞き届けてもらった。
でも、もうここに来ることはないのだろう。
僕は死ぬ。
ようやく死ねる。
酷く爽やかな気分で、僕はその光景に背を向けた。
でも、どうしてだろう。
こんなに後ろ髪を引かれるような思いを感じるのは?
翌朝目覚めると、奇妙な感覚に襲われた。
まるで自分の身体を他人が動かしているような感覚だろうか。
自分が自分の身体を動かしているように思えない。
そんな状態で朝食を取り、学校へ向かおうとする。そんな僕の視界の映像を見せられている。
その日は土砂降りの雨だった。
単純な雨量も多く、雨粒も大きく、地面の水たまりから常に低く飛沫が跳ねていた。
そのまま僕は登校していく。
おや? っと思った。
僕は雨の日は絶対に使わない道を通っていた。
それは遅刻しそうなときに使う道で、勾配が急な代わりに学校まで一直線で進めるルートだ。
しかし、雨の日は足場が悪く、危険なため使用を避けていた。
嫌な予感がする。
いや、僕にとっては良い予感なのか。
舗装された道を抜け、足元が水を吸った土に変わった。
そこはちょっとした雑木林みたいなところで、斜面になっている。
今のように雨でぬかるんでいれば最高に危険な場所だ。
ぐちゅっという音が聞こえた途端、僕の身体はバランスを崩していた。
足元を見ると泥によって隠れた木の根っこの端に、足が挟まっていた。
僕は水が流れる斜面をゴロゴロと転がり落ちて行った。
斜面でぼこぼこ体をぶつけ、体中を痣と傷だらけにしながら、舗装された道路へ落ちた。
通行中の人たちが絶句するのが分かる。
でも、僕の眼には映らない。
僕の眼に映るのは漣のように波打つ雨雲。その奥から覗く小さな日光。
その美しさだけだった。
誰かが、救急車を呼べと叫んだ。
そして、他の誰かが僕に駆け寄ってくるのが目端に映った。
だが、その誰かの手が触れる前に、僕の意識は暗黒へと呑まれた。
その色は死神の服に似ていた。