「あんたは優しいウソつきだな」
夜になって、外に出た僕は願いが決まったよと呟いた。
「ホントに願いが決まったのか!?」
死神の少女は嬉々として宵闇から飛び出してきた。
「うん。ホントだよ」
「まぁたロクでもない願いじゃねぇのか?」
半眼で睨み付ける彼女の言葉に、僕は思わず苦笑いを浮かべた。
「今回は大分まともだと思うよ」
「ホントに? また素顔が見たいとかそんなんじゃねぇだろうな?」
「まあそれでもいいんだけど」
僕は笑った。
彼女も笑っている。
いろんなものがごちゃごちゃと混ざり、眩暈を起こしてしまいそうだったのに、この一分にも満たない会話だけでとても楽になった。
「……ありがとう」
「? 突然どうしたんだ?」
「いや、何となく言いたかっただけ」
それにはいろんな意味があって、言葉にしてしまえば全部が陳腐になってしまいそうな臭いものだ。だからそう言って僕は誤魔化した。
「自分を殺しに来た死神に礼を言うなんて、あんた、変わってるよ」
それもお礼の意味の一つではあるんだけど、僕は黙って笑っていた。
「それで? あんたの願いは何なんだ?」
「今度こそ、大丈夫なんだろうな?」
疑るように睨み付ける少女に僕は微笑みかけた。
「大丈夫。任せてよ」
すぅっと息を吸った。
僕は、
僕はあらん限り感謝とこれからの彼らの話をした。
体に気を付けてとか、僕の事は気にしないでとか、幸せになってとか。
でも、そのどれも僕の本心から望んでいたこととは言えないのだろう。
口にするのは簡単だけど、心を込めることはできなかった。
どうして。
その疑問を抱きながらも僕は、嘘を話し続ける。
両親、友人、その他いろんな人にメッセージを送る。
本物と変わらない偽物の笑顔で。
さよならを伝えた。
「これで終わったよ」
前回と同じように背後で僕の言葉を聞いていた彼女に話しかける。
その途端、何故か胸の奥からこみ上げるものを抑えられなくなった。
嗚咽と共に涙が溢れた。
「よくできました」
彼女はそう言って僕の背中を優しく撫でた。
人間と変わらない。その温度が涙腺を狂わせたのだろうか。
止めどなく涙が流れた。
「ど……うぅ、して……こ、っ……んな……」
どうしてこんなに涙が出るのだろう。
「あんたは優しいウソつきだな」
子供をあやすように、彼女は僕を抱きしめた。
ああ。僕は嘘を吐いたのだ。
結局のところ、僕は誰かに理解されたかった。
死後のメッセージも嘘で塗り固めた僕だが、その本心はなんてこともない、ごく普通のものだった。
共感してもらいたかった。
僕の想いを。不安を。恐怖を。
それが望めないとしても、せめて知ってもらいたかった。
僕がどう思っていたのかを。
僕がどんな想いを持って生きていたのかを。
僕は自分を騙していた。
間違いなく、これは僕の願いだったのだ。
誰かに、僕の本心を知ってもらいたかった。僕がどんな想いを抱いていたのか、死後のメッセージだろうとなんでもいい。知ってもらいたかった。
身勝手でもよかった。自己中心的だろうと知ったことか。
それは確かに僕の心からの『願い』なのだから。
僕は泣き疲れるまで泣き続けた。
彼女は変わらずに僕を抱きしめてくれていた。
慈母に溢れた女神のようだった。